第105話 救世主
クリエスたちは東端の港町プルネアへと到着していた。久しぶりに生きた人々を目にする。ここまでにあった街や村は全滅であり、邪神竜の発生地に一番近い街が平穏を保っているのは皮肉な話であった。
港で北街道への航路について聞くと、やはり再開されていないらしく、近海の漁業すらも満足にできない状況のようだ。
とりあえず、聞き込みをしてクラーケンの出現場所について統計を取ることに。船乗りはクリエスが冒険者であると察したようで、快く引き受けてくれた。
「……とまあ、中海の全域で現れているんだ。討伐隊が壊滅してからは誰も挑んでいない。相当な強さみたいだからな。期待していた北大陸のパナン連邦国も魔王候補に滅ぼされてしまったというし……」
パナン連邦国は北大陸の南東にある国だ。聞けば魔王軍に攻め込まれ全滅したとのことで、連邦国が予定していたクラーケン討伐計画は立ち消えとなってしまったらしい。
「魔王軍の動きは分かりますか?」
「いや、もう半年以上も交流がないからな。魔道通信による情報しか持っていない。北大陸はかなり危ない状況だと聞いている」
女神が慌てるくらいなのだ。魔王候補ケンタは猛烈な勢いで北大陸を侵攻していることだろう。
「邪神竜を討伐した救世主様がプルネアにも現れて欲しいよ……」
ここで聞き慣れぬ話があった。船乗りが話す邪神竜ナーガラージを討伐したのはクリエス。どうしてか遠く離れたプルネアにもその一報が届いているらしい。
「救世主ですか?」
「ああ、女神シルアンナ様が再び降臨されたんだ。邪神竜ナーガラージが救世主クリエスにより討伐されたこと。シルアンナ様は我がエマストア王国の危機にいち早く対応してくれた。今では正式にシルアンナ教が国教となったんだぜ?」
どうやらシルアンナの根回しであるようだ。また彼女は真摯に対応した結果、信仰する国を一つ手に入れていた。
「オジ様、何を隠そう救世主様はこの方ですわ!」
「おい、ヒナ!?」
道中はずっとデレモードであったヒナはここでもクリエスの腕に抱きついて、そんなことを言い放つ。クリエスとしては大事になって欲しくなかったというのに。
「君が救世主なのかい?」
流石に懐疑的である。それはそのはずクリエスは十七歳の未成年だ。荷馬車に乗って現れた少年が救世主だなんて俄には信じられない話であった。
「俺はクリエス・フォスターと言います。一応はシルアンナ神の使徒なんです」
クリエスは隠すことなく事実を告げる。全てはシルアンナのお膳立てなのだと。確かジョブチェンジには世間の認識が関わっているという。従って救世主との名声が高まればメインジョブが昇格するかもしれないと。
「おお、そういえばシルアンナ様に聞いたままだ! 確かにシルアンナ様は使徒を向かわせたと話されていたんだよ! ということはクラーケンを退治してくれるのは君なんだね?」
「当たり前ですわ! この方はわたくしのフィアンセですの! 世界で一番強く、一番カッコいいのですから!」
デレヒナは自慢げに返している。まだ正式なフィアンセとなった事実はなかったというのに、堂々とそのような話をしてしまう。
「ヒナ、そんなにも俺のことを……?」
デレヒナは悪くないと思う。クリエスは頬を赤らめながら問いを返す。
「クリエス様、勘違いなさらぬよう願います! 嫌いではないという意味ですわ!」
「マジ面倒臭えな!?」
即座にツンモードへと移行してしまう。このままデレモードであれば楽であったというのに。
「御仁、この方は本当に邪神竜ナーガラージを討伐された方であります。クラーケンくらい造作もないことかと。何しろ魔王候補の討伐に向かわれているのですから」
追加的なエルサの話によって、船乗りは確信している。クリエスこそがシルアンナ神が使わせた救世主なのだと。
「よろしくお願いします! クリエス様、アストラル世界をお救いください!」
前世からは考えられない話である。しかし、クリエスは頷いていた。自身は紛れもなく女神シルアンナの使徒であり、転生した目的は邪竜と魔王候補の討伐であったのだから。
「俺はクラーケンを討伐したのち、北大陸へと向かいます。連絡はしませんが、一ヶ月もしない内に航路の安全は保証します。それでよろしいですか?」
「もちろんです! どうかお願いいたします!」
深々と頭を下げられている。正直にステータスはヒナとの合流により半減していたけれど、クラーケン如きに負けるなんて露ほども思わない。
「じゃあ、俺たちはクラーケン退治に向かいます」
クリエスが視線を向けると、ヒナはアイテムボックスを操作して小舟を浮かべる。
三人で乗ると窮屈ではあるのだが、クラーケンが暴れ回る現状で船乗りを雇うわけにもいかず、小舟で向かうのが最善策であった。
早速とプルネアを発つクリエスたち。早々にクラーケンとの邂逅を果たさねばならない。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
巨大なサンドワームの一団が西を目指している。先頭を走るのはこれまた巨躯のケンタウロスだ。上空にはインキュバス族の姿もあった。
「ケンタ様、アルテシオ帝国が見えてきました!」
「ふはは! 最初からこうしておけば良かったな!」
魔王候補ケンタは今までゴハラ砂漠のオアシスから動かなかったものの、人攫いを決めた今は率先して各地を回っている。その時々で性欲を解消できたし、自身との交尾に耐えうる新種の誕生を心待ちにしていた。
「まったくです。ケンタ様のご勇姿は私が想像していたままのお姿! 感服いたしました!」
インクもまたご満悦である。一族揃って軍門に降ったまでは良かったが、これまではずっと性処理を任されるだけ。世界統一を果たす王の側近となるはずが、馬の世話に明け暮れていたのだ。各地に攻め込む勇猛なケンタの姿はかつて想像していたままであり、彼が望んだ現実であった。
「次の街では千人は攫うとしよう!」
荒野に蹄の音が高らかに鳴る。ただの馬とは思えぬ地鳴りと共に。
「テンガーにデンマー! ナホとホール、ロー太は待機だ! 全て俺様がやる!」
遂に西部への侵攻を始めたケンタ。新たな国に魔王候補ケンタの名が轟くよう、先陣を切って攻め入っている。
敗北など少しも考えることなく……。
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