第103話 荒廃した土地にて

 北街道へと出たクリエスたちは西の玄関口である港町ダリスへと到着していた。


 しかしながら、瓦礫の山である。ここにかつて北大陸との交易で栄えた港町があったなんて想像もできないくらい破壊し尽くされていた。


「邪神竜ナーガラージ、何てことを……」


 ヒナは手を合わせている。失われた人々が迷わず天へと還るようにと。


「ああ、酷ぇことしやがるな……」

「べ、別にクリエス様が見ているから祈りを捧げたわけではありませんからね!?」


 相変わらずヒナはクリエスが話しかけるとツンデレムーブをしている。かといって突然にデレたりもする厄介な性格となっていた。エルサやイーサとの会話では素の彼女であったというのに。


 さりとてクリエスはもう慣れていた。指輪の効果であることは分かっていたし、元々の彼女だって知っているのだ。嫌われているとは思えなかったし、何よりツンツンしたあと照れる仕草が可愛くて仕方がない。


「もう誰も生きてはいないのですね……」


「お嬢様、私どもにはどうしようもできませんでした。気落ちなさらぬよう願います」


 かつてダリスへとやって来た折には活気溢れる街だと思っていた。だからこそ、対照的な現実は受け入れ難いものである。


 ヒナが改めて死者に祈りを捧げていると、北街道の東側から馬車がやって来た。

 どうやら行商のようで、荷馬車には様々な商品が積み込まれている。


「お嬢さん方、ダリスの生き残りかい?」


 御者台から商人らしき男が聞いた。彼は祈りを捧げるヒナをダリスの人間だと勘違いしたらしい。


「いいえ、わたくしたちは旅の途中ですの。以前、ダリスに立ち寄ったことがございましたので……」


 ヒナが経緯を口にする。見る影もなくなった惨状に、祈りを捧げるしかなかったことを。


「そうだったのか。まあしかし、本当に酷い有様だな。私は東から行商に来たのだが、途中にある村々まで破壊されていたよ。ダリスでは重要な商談があったというのに……」


 商人は途中にあった惨状を見ていながらも、一縷の望みに縋るようにしてダリスまで来たらしい。どうしても成功させたい商談があったとのこと。


「依頼者に怒られてしまうよ。せっかくダリスの貴族様がハチミツクラウンを譲ってもいいと仰っていたのに……」


 どうやら商人はハチミツクラウンを手に入れるため、遥々東端からやってきたようだ。


「ハチミツクラウンならございますけれど……」

「お嬢様、あれはクリエス様が頂戴したものですよ!? それに高価なものです! 軽はずみに口にしてはなりません!」


 ヒナが答えると、透かさずエルサが口を挟んだ。憐れむような目で見るヒナが、クリエスの所有物を与えてしまうのではないかと。


「エルサさん、俺は別に構わないですよ? どうせ汚物だし……」


 クリエスには必要なかった。適当な金額で購入してもらえるなら願ったり叶ったりである。


「本当に持っているなら、是非とも譲って欲しい。金ならたんまりと依頼者に頂いている。品質にもよるが、幾らでも払う用意があるんだ」


 商人は好機と見たのか、資金が無尽蔵であると話す。依頼者は貴族らしく、大金を彼に預けていたようだ。


「お嬢様、せっかくですので高値で売り捌きましょう。この先も旅が続くのですから」


 尻穴大辞典によると、価値は白金貨になるという。金貨にして千枚という大金である。エルサは少しばかり吹っかけるようヒナに助言していた。


 このときエルサは忘れていた。ヒナの金銭感覚が普通ではないことを。


「では白金貨を百万枚でいかがでしょうか?」

「お嬢様ァァァッッ!」


 確実に失敗であった。ヒナにとって白金貨はお小遣いの単位である。よって彼女が吹っかけるなら、一般常識と桁が異なってしまう。


「商人相手に白金貨ジョークとか、可愛い顔してやるじゃねぇか。嬢ちゃん、金額に関しては実物を見せてもらってからだ。俺は鑑定眼持ちなんでね……」


 ところが、商人は冗談だと受け取っている。査定は鑑定のあとにすると口にしていた。


「ああ、じゃあこれを……」


 クリエスがアイテムボックスから取り出して、商人へと手渡している。

 徐にハチミツクラウンを受け取った商人は愕然と声を詰まらせていた。


「こ、これは……?」


 恐らく品質に間違いはないだろう。何しろその汚物はマイア皇妃による大災害の産物なのだから。


「是非、売ってくれ。流石に白金貨百万枚とかは無理だが……」


 直ぐさま品質に間違いはないと気付いた商人であるが、ヒナが口にした冗談を気にしてもいる。充分な資金があるとはいえ、流石に百万枚は用意できないようだ。


「でしたら、白金貨十枚でもよろしくてよ?」


 ここでヒナから再提示。エルサがずっと小声で囁くものだから、彼女はエルサが話す通りの金額を伝えている。


「おお、それなら手が届きそうだが、生憎と手持ちの白金貨は9枚しかなくてな。残りは金貨二百枚ほどしかない」


 値引き交渉なのか、商人は手持ちが足りないと口にする。白金貨百万枚から十万分の一にまで値下がりしたというのに、商魂たくましいとはこのことであった。


「無理に買い取っていただく必要はございません。わたくし白金貨千枚程度でしたら、常に手持ちがございますので……」


「マジで!?」


 思わずクリエスが口を挟んでしまう。北大陸随一の大国にあって、公爵家のお姫様である。生活の次元がクリエスとは完全に異なっていた。


「いや待ってくれ! 手持ちは足りないが必要なんだ。足らずは俺の馬車にある品物で好きな物を選んでくれ。これでも割と高級品を扱っているんだ」


 商人は交渉が難しいと判断し、現物にて足らずを補うつもりのよう。超レアなハチミツクラウンは何があっても手に入れようと考えている。


 仕方なく、クリエスたちは積み荷を物色し始めていた。先を急ぐ旅だというのに、足止めとなってしまう。


 適当な武具を選んで見たものの、どれも金貨単位であってなかなか白金貨一枚分には到達しない。


 もう残りは勘弁してやろうかと誰しもが考え始めたとき、


『む、婿殿! 真・尻穴大辞典があるのじゃぁぁっ!!』


 イーサが大声を上げた。どうやら彼女も物色していたようで、愛読書であった尻穴大辞典を見つけたという。


「んん? それってイーサが持っていたものか?」


『いいや、これは尻穴大辞典よりもずっと新しい! 恐らく妾が死んだあとに出版されたものじゃろう。著者の隣にサソイウケ氏の名前が併記されておるし、彼の弟子が記したものに違いない!』


 嬉々として語るイーサ。著者の名を大きな声で告げる。


「著者はソウウケ氏じゃ!!」

「まるで興味ねぇし!!」


 どうやら真・尻穴大辞典は弟子のソウウケ・ネコ氏が記した書物らしい。クリエスがそれをもらい受けてくれることを、イーサは目を輝かせて待っている。


「ま、他に必要なものもねぇし、時間の無駄だ。おっちゃん、これをもらうぞ?」


「おお、それはなかなかマニアックなものだぞ。オークションにて金貨八百枚で落札したものなんだ」


 やはり千年も前の書物。内容はろくなものではないことが確定していたけれど、古文書としての価値があるのかもしれない。


「じゃあ、これで契約成立だな?」

「君たち、助かったよ。またどこかで出会ったときにはよろしくな?」


 立ち寄ったダリスで思わぬ出会いがあった。ご満悦なのはイーサだけであったものの、クリエスとしては汚物処理できただけでも幸運である。


 これより一行は北街道を東へと向かう。北大陸への玄関口プルネアを目指す。海路を荒らすクラーケン退治が女神より託された使命であった……。



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土日は朝と夕方の二話更新です!

どうぞよろしくお願いいたします(>_<)/

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