第101話 ライオネッティ皇国再び

 キアブスから鉱山都市ミクスへと進み、大深林へと入ったクリエスたち。朧気な記憶を頼りに馬車を走らせていた。


「この辺りなんだけどな……」


 寄り道といいつつ、大深林はちゃんとした街道がない。早く辿り着かないことにはヒナに残された時間が目減りしていくだけであった。


 急に視界が変わる。それは以前と同じ現象に他ならない。ミアが戻ってきたと察知したエルフたちが幻影術式を解いてくれたのだろう。


「これは……?」


 隣に座るヒナが驚いている。書物で見た幻の都。彷彿と現れたコロポルックの街並みに息を呑んでいた。


「クリエス様、どうぞお入りください。宮殿には伝令を走らせております」


 以前とは大違いである。エルフたちは深々と頭を下げてクリエスを迎えていた。

 礼を言ってからクリエスはマイア皇妃がいる大木(宮殿)を目指す。いよいよ憂鬱な報告をせねばならなくなっている。


「クリエス様、有名人なのですね?」


 ヒナが聞いた。正直に争いごとも覚悟していた彼女はエルフたちの対応に驚きを隠せない。


「まあ俺に取り憑いていた悪霊はハイエルフの姫君だったしな……」


 それはヒナも聞いていた。何しろ彼女の使役魔であるキングヒュドラアンデッドと戦ったのだ。彼女が失われたからこそヒュドラゾンビが進化し、果てにはヒナが天使となる切っ掛けとなっていた。


「そうでしたか。わたくしもお会いしたかったです」


「どうかな? あいつはイーサと違ってヤキモチを焼いただろうし。ま、現状ではいない方が良かったのかもしれん」


 軽く笑うクリエスだが、ヒナは分かっていた。わざわざ成仏したことを伝えにライオネッティ皇国までやって来たのだ。そんなクリエスが彼女の成仏を望んでいたとは思えない。


 しばらく進むと巨大な木の根元に到着。直ぐさま輝きを発し、宮殿という大木の扉が開いていく。


 既に知らせを受けていたからか、マールではなくマイア皇妃がいきなり現れている。尻に敷かれた感じの皇様はまるで付き人のような感じだ。


「クリエス、よくぞ戻りました……」


 ミアがいないというのに、マイアは歓迎するような言葉。クリエスは頭を下げて、何から話そうかと思案している。


 言い淀むクリエスの胸中を推し量ったのか、先にマイアが口を開いた。


「赤ちゃんはどこでしょう?」

「出産の報告じゃねぇよ!」


 失礼にもクリエスは思い切りツッコんでしまう。何度もミアには触れられないと話したはずなのに、長寿であるハイエルフは死という概念が希薄なのかもしれない。


「そういえばミアの姿がありませんね?」

「最初に気付いてやれよ!?」


 もうやけっぱちである。クリエスは湿った雰囲気よりも、勢いで真相を告げることにした。


「実をいうと、ミアは成仏したのです。ナーガラージという邪神竜が強制的に彼女とまぐわったようで、ミアの心残りが解消されてしまったようなのです」


 やはり勢いだけでは告げられない。霊体ではあったけれど、ミアは彼女の子供なのだ。


 悲しい報告にマイア皇妃は沈んだ表情である。


「そうでしたか。しかし、強制的だなんて……」


 迷える魂であったけれど、そこは母親である。望まぬ結末を憂えているのかもしれない。


「さぞかし興奮したでしょうね……」

「ちったぁ、心配してやれ!!」


 この夫婦は駄目だとクリエスは思った。ハイエルフ族は高潔な存在だと考えていたけれど、クリエスが知る彼らは完全に馬鹿である。


「まあ俺はそれを伝えに来ただけです。皇妃と皇様には知らせておくべきだと思ったので。あとハチミツ玉を返しておきます。おかげで二代目ノアと話ができました」


 ついでに汚物も返しておこうと思う。既に必要なくなったし、アイテムボックスが穢れる気がするからだ。


「全部食べればよろしいのに?」

「ハ(イエルフの)恥蜜玉なんか食えるか!?」


 手に取るのも憚られる穢れだ。クリエスは押し付けるようにして返却している。


「それでクリエス、その人族がミアに代わる愛人なのね?」

「ミアは霊体だろうが? 触れたことすらねぇよ」


 マイア皇妃はヒナを指差し、新たな愛人ができたのかと聞く。流石に愛人は聞こえが悪かったから、クリエスはミアについてだけ否定している。


「照れることないのよ? ハイエルフは性に寛容だから。可愛らしい良い恋人を見つけたじゃない? 本当に良かったわ」


 流石にクリエスも顔を赤らめている。やはりヒナを褒められると嬉しい。ハイエルフにも彼女の良さが分かるのだと思った。


「甘い蜜を出しそうだし……」

「一緒にすんなっ!!」


 ちくしょうと漏らすクリエス。穢れた玉なんか作ってたまるかと、マイア皇妃を睨んでいる。かといってヒナ謹製であれば、少しくらいは興味もあったのだが。


「まあしかし、クリエス。よくぞ知らせてくれました。迷えるあの子の魂がようやく輪廻へ還れたこと。私は嬉しく思います。ミアは幸せだったのかしらね?」


 強制的に輪廻へと還ったミア。だというのにマイア皇妃は酷な話を聞く。


「どうでしょう? まあ絶対に遂げられない望みが叶ったことについては本望であったかもしれませんね」


 最後、ミアは天へと還る力に抗いクリエスの前に現れた。クリエスの言葉によって望みを全て叶えようとしていたのだ。間違っても邪神竜によって本懐を遂げたとならぬように。


 また結果はクリエスが浄化したことになっていた。クリエスは彼女の魂強度を手に入れたのだから。


「我が子ながら休まることのない人生を送っておりました。エルフの地位を高めようと世界に打って出ておりましたし」


 千年前にあった災禍の原因。狂気のハイエルフはただ世界におけるエルフの地位を向上させるという目的があったらしい。もっとも狂気との二つ名通りに、方法は間違っていたのだけれど。


「そうでしたか。まあ俺は千年前のことなど分かりません。俺が知るミアは少しばかりぶっ飛んだ思考をしていましたが、優しく美しい女性でした。」


 マイア皇妃は頷いている。ぶっ飛んだ思考も優しく美しいという形容詞も納得だったのだろう。


「特に甘い蜜を出す子でしたよね?」

「知らねぇって!!」


 ハイエルフの価値観が少しも分からなかった。ひょっとすると甘い蜜を出すほどに美人とされるのかもしれない。


「クリエス、貴方の愛に応えましょう。ミアが大切にしていた品を貴方に授けます」


 思いもしない展開となっていく。クリエスはミアの死について報告するためだけに来たのだ。けれども、マイア皇妃は褒美としてミアが大切にしていた品物を下賜してくれるという。


 マールに指示をして数分。どのような物が運ばれてくるかと思えば、マールはとても小さな箱を手に戻って来た。


「クリエス、これを授けましょう」


 受け取ったクリエスは箱を開く。すると中にあったのは一つの指輪である。

 対ではないことを考えると結婚指輪といった厄介な物ではないだろう。単にミアが愛用していた遺品であると思う。


「この指輪は?」


「五十年近くミアが愛用していたものです。魔道具と呼ぶべきもの。クリエスの旅に役立つことでしょう」


 見た目は飾り気のない指輪である。だからこそ愛用するには効果が必要だろう。ミアも未婚の女性なのだ。見た目で考えたならば、この指輪は選択肢にすら入らない。


「……」


 よく見ると指輪には結界が張られている。クレリックであるクリエスはその事実に気付いていた。


「おい、これひょっとして呪われるやつだろ?」

「ギクゥゥ!?」


 慌てるマイア皇妃を見ると間違いないと思う。どうやら褒美としてではなく、厄介な品物を押し付けようとしているらしい。


「呪われる指輪なんぞいらん。愛用とか言ってたけど、ミアは指輪をしていなかった。少しも使用してなかったってことだろ?」


 ジッと睨み付けるクリエスから、マイア皇妃は視線を外す。


「まあ、やっと外れたとは言っておりましたが……」

「やっぱ、外れないやつ!!」


 どう考えても処理に困った遺品を押し付けられている。やはりミアは呪われた指輪を装備してしまい、しばらくの間は装備しっぱなしであったのだと考えられた。


「いやしかし、この指輪には対価として途轍もない力が秘められています。ミアが世界征服を目指したのも、この指輪が切っ掛けなのですから……」


 マイアは語り始める。千年前の災禍。狂気のハイエルフが誕生したその理由について。


「その指輪は悪魔が錬成したもので、属性解放という稀有な効果が付与されています。しかし、魂強度が足りない場合は取り外せなくなってしまうのです」


 クリエスは相槌を打って話の続きを促す。しかしながら、幾ら待てどもマイアはそれ以上何も言わなかった。


「おい、それだけじゃねぇだろ?」

「…………」


 もし仮にそれだけの呪いであるのなら、ミアは外そうとしなかったはずだ。何かしらのデメリットがあったからこそ、彼女は外そうとしたのだと思われる。


「鋭いわね、クリエス。人族なのに侮れないわ。まあミアが貴方を好きになった理由はその陰湿で疑り深い性格と他者を蔑む歪んだ瞳なのでしょうね」


「一個も惚れる要素ねぇな!?」


 渋々とマイア皇妃は頷いている。ようやく呪いが何かを話すつもりになったらしい。


「まずその指輪は闇属性の所有者にしか使用できません。闇の属性スキルを全解放する指輪だからです。天界を裏切った錬金術師シミラ・ツキムス・パントューザという悪魔が錬成したもの。錬成者が悪魔故に対価として呪いを受けるのです」


 やはりただの指輪ではない。結界を張ってまで使用を禁じていたものだ。よって効果に比例した呪いを受けるのは明らかである。


「シミラ・ツキムス・パントューザ? イーサは知っているか?」

『いいや、知らぬ。悪魔に知り合いはおるが、そのような名は初耳じゃ』


 イーサでも知らない悪魔によって錬成されたらしい。錬成者すら分からない呪いの品だなんて絶対に拒否しようとクリエスは決めた。


 二人の反応を見たマイア皇妃は直ぐさま悪魔について補足説明を加えている。


「通称をシミツキパンツといいます」

「最低な通称だし!!」


 悪魔であるから最低なのは理にかなっているが、よりにもよってその通称はないと思う。


『ああ、シミツキパンツじゃったか……』

「知ってんのかよ!?」


 クリエスのツッコミにイーサは頷いて答えている。


『尻穴大辞典で見たのじゃ!』

「何でも載ってんのな!?」


 大辞典じゃからなとイーサ。視線をグルリと半周させ、記された内容を思い出している。


『確か千年から生きる悪魔じゃ。奇妙な魔道具を錬成しておったらしい。今も生きておるかは分からんがな』


 尻穴大辞典の時点で千年と生きていたのなら、既に二千歳は確定である。もし仮に生きているのなら。


「まあそれで、悪魔の呪いは二つです。一つは異性に対してモテなくなること。あとは性欲が無限大にまで増幅します。また周囲にまで影響がありますので、こうして封印しているわけです」


「最悪じゃねぇか!」


 とんでもない指輪を押し付けられそうになっていた。異性にモテなくなるというのに、性欲だけが増幅するなんて。解消する術を失う生殺しの指輪であった。


「その通りです。ミアが国にいると誰もがモテなくなり、出生率が激減しました。そんなわけで世界征服でもしてきなさいとミアを追い出したのですよ」


「てめぇが災禍の原因かよ!?」


 どうやら狂気のハイエルフはマイア皇妃のせいであったらしい。確かに指輪を外すのには魂強度が必要で、他者を殺めることでそれは成される。邪悪な思考ながらもハイエルフとしては正しい選択であったのかもしれない。


「まあミアがモテないわけがないよな……」


 語られる昔話により疑問が解消する。ミアは男性経験がないと話していたのだ。容姿端麗であり、スタイル抜群の彼女は指輪の呪いのせいでモテなかっただけのよう。


『婿殿、こいつはもらっておくべきじゃ! なぜなら婿殿の闇属性スキルが全解放するかもしれんのじゃぞ? 駄肉の所有スキルが使えるようになるのじゃ!』


 呪いは受け入れ難いが、効果は抜群である。聞いた限りでは熟練度も関係なさそうだし、魔王候補との戦いも控えている。確実に強者となる手段であるならば、是非とも手に入れたいところだ。


「ヒナ、こいつを解呪できないか?」


 クリエスとしてはヒナに嫌われたくはない。よって効果だけを手に入れられないかと。

 クリエスの要請にヒナは指輪を見つめて考え込んでいる。


「ヒナにだけは嫌われたくないんだ……」


 続けられた台詞にヒナの顔面が爆発。クリエスの想いは既に充分聞いていたけれど、やはり恋愛経験値が皆無である彼女には破壊力があった。


「わた、わたくしの清浄では恐らく効果も吹き飛んでしまいます。悪魔が施した闇の魔術であるのなら……」


 残念ながらヒナの清浄では効果ごと無効化してしまうらしい。更には下位の浄化では何の意味もない感じだ。


「かといって闇属性スキル全解放は捨てがたいな……」


「クリエス様、わたくしは仮にも神格持ちです。如何なる呪いがクリエス様に降りかかろうと耐えて見せましょう。わたくしがクリエス様を嫌うなど絶対にありません!」


 ヒナの一言で決心する。クリエスは悪魔の指輪を譲り受けようと思う。


「マイア皇妃、有り難く頂戴いたします」

「おお、そうですか! 実に助かっ……ああいや、良きに計らえ!」


 言ってマイア皇妃は付き人のマールに指示。何やら小袋を持ってこさせている。


「ミアの想い人クリエスよ、これは餞別です。持っていきなさい」


 手渡された袋には黄金に輝く透き通った王冠が入っていた。まるでミルクがはねた瞬間にできるミルククラウンのような形。少し歪な気もするが、ガラス細工なのだから仕方のないことかもしれない。


「構わないのですか? 高級なものに感じますけれど……」


「ああ構いませんよ。まあでも大洪水となった折りにしか生成されない貴重なものなのですけれどね……」


 どうやら自然災害時にしか生成されない高価な品であるらしい。


「私が生成するハチミツクラウンは……」

「てめぇが大洪水かよ!?」


 汚えぇとクリエス。思わず投げ捨ててしまったけれど、幸か不幸か壊れていない。

 高価な品と考えていた王冠がまさかハ(イエルフの)恥蜜クラウンだんなんて最悪である。


『婿殿! ハチミツクラウンは白金貨くらいの価値じゃと尻穴大辞典で見たぞ!』

「尻穴大辞典、網羅しすぎだろ!?」


 汚物であるけれど、どうやら価値はあるらしい。ソースが尻穴大辞典なのは不安要素であるけれど、下ネタに関してのみ、その書物は定評があった。


「悪霊が話すように価値あるものですよ。特に私のハチミツクラウンは高濃度魔素が配合されておりますし……」


 情事から生み出される産物であったけれど、高濃度魔素が含まれているとのこと。高価である理由はそんなところに違いない。


「あと、かなり甘いです」

「余計な情報いらねぇぇっ!」


 味なんてクリエスの評価にはない。高額で売れるかどうかだけが必要な情報である。


「即座に売り払ってやる……」


 クリエスは渋々とアイテムボックスにハチミツクラウンをしまう。やはりお金はある方が良い。今はヒナとエルサもいるのだし、路銀として使おうと思う。


「クリエス、いつでも来なさい。指輪を処分したあとでなら歓迎します」

「まったく、とんでもねぇな。まあまた来るよ。じゃあな」


 最後はため口にて別れを済ます。余計な問題を抱えたような気がしないでもないが、強くなれるのならクリエスの期待通りである。


 辛い報告だけでなく、クリエスにとって有意義な訪問となっていた。


 これよりクリエスは魔王候補の討伐へと向かうことになる。ヒナとの生活を満喫するためにも、今一度決意を固くするクリエスであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る