第100話 目的地

 エルサと合流したクリエスとヒナ。次なる目的地は南大陸の北東にあるプルネアである。邪神竜ナーガラージの攻撃を何とか回避した港町だった。


 現在地から考えるとアーレスト王国を抜け、エルスから船に乗るルートと、アル・デス山脈を迂回し、北街道を東に向かうルートがある。


「北街道はナーガラージによって二つの港町が破壊されているけど、俺は北街道を通っていこうと思う」


 クリエスが言った。ナーガラージによって荒らされたルートを選ぶのだと。


「クリエス殿、それはどういった意図があるのでしょうか?」


「いや、寄り道したい場所があるのです。そこへ行くのなら、戻るより北街道に出た方が早いからですよ」


 エルサの質問にクリエスは返している。単に中継地ともいえる目的地があるだけなのだと。


「クリエス様、それはどこでしょう? わたくしたちは南大陸の西側を縦断して参りました。残念ながら、わたくしたちが通った街は概ね滅ぼされているはずですが……」


 ヒナも困惑しているようだ。それもそのはず邪神竜ナーガラージは西側の街をほぼ壊滅させている。残っているのは通過したリンクシャア連邦国とドワーフの里くらいだった。


 クリエスはヒナに頷いてから、返答を終える。


「目的地はライオネッティ皇国の首都コロポルックだ……」


 そこはハイエルフが統治するエルフの国。どうやらクリエスはミアについて報告をするつもりらしい。彼女がどういった最後を遂げたのかと。


「ライオネッティ皇国は深い森の中にあるのでしょう? 人族では辿り着けないのではないでしょうか?」


 ヒナはライオネッティ皇国について知っているようだ。首都コロポルックに幻影魔法が施されており、エルフ以外には見えないことを。


「いや、場所は分かっている。俺の馬車が近付けば嫌でも出てくるはず」


 クリエスの馬車にはミアがいるとエルフたちは考えている。従って彼らは二度と粗相を犯さないはず。何しろミアの怒りを買ったエルフたちが何人も腐食魔法で殺されているのだから。


「クリエス殿、それでは先導してください。私たちはあとを着いていきますので」


 エルサはクリエスの馬車に先導してもらうつもりのよう。二台に別れて行動するらしい。


「エルサ、クリエス様の馬車で行きましょう。二台で別れて行動するのは目立ちますし危険です。それに……」


 ヒナはエルサの話を否定し、一台で行く理由について語る。


「せせ、接吻してしまいましたし……」

「ソレ関係ないですよね!?」


 エルサは呆れている。まあしかし、納得もしていた。十七年に亘り、ヒナは婚約者がいなかったのだ。初めての恋愛に心躍っているのだと。


「いや、それじゃあその豪華な馬車は勿体ないな?」


 ここでクリエスが口を挟む。如何にも高そうな貴族風の馬車、馬も立派であったし、置いていくのは忍びない。


「クリエス様、別に問題ありませんよ。豪華そうに見えるだけで、この馬車は中古ですし。ねぇ、エルサ……」


 やはりヒナは頑固である。自身が決めたことを簡単に覆すような人ではない。


「たったの白金貨300枚ですわ!」

「金貨100枚だとお伝えしましたよね!?」


 確かに馬を含めて金貨100枚だと教えたはず。しかしながら、ヒナは自身の価値観のまま金額を覚えていたらしい。


「金貨百枚とかやっぱ惜しいな……」


「それでしたらクリエス様の馬車を二頭引きにして、わたくしの馬車はアイテムボックスにしまっておくのはどうでしょう?」


 どうしてもヒナは同じ馬車に乗りたい感じだ。何を言っても新たな提案を返してくる。まあしかし、妙案ではあった。予備の馬車とできるし、二頭引きならスピードも出せる。これまで以上にスムーズな旅ができるだろう。


「うん、じゃあそうしようか。俺もヒナと一緒にいたいし」

「ククク、クリエス様!?」


 瞬時に耳まで赤くするヒナ。自身の希望が叶うまでは決めていたようだが、クリエスの台詞までは予想していない。


「わた、わたくしもご一緒しとうございます……」


 精一杯の気持ちを返す。天界での約束は断る理由がなかったからであるけれど、十年以上も想い続けた約束でもある。やはりヒナは特別な感情を抱いていた。


「ヒナ、ひょっとして俺の女難スキルに惑わされているのか?」


 どうにも距離感が掴めなかったクリエスはヒナに質問を投げる。一時期ランクは下がっていたけれど、今はまたエルサを加えて★4となっていたのだ。


「失礼ですわね? わたくしはこれでも神格持ち。惑わされてなどいませんわ」


 そういえばヒナはSSランクジョブであった。

 魂の格についてはクリエスもよく理解している。邪神竜ナーガラージにまるでダメージが入らなかったこと。神器を得ただけで討伐できたことは格というものがどれだけ重要なのかを知る切っ掛けとなっていた。


 かといってクリエスは女難の効果が少なからずあることを分かっている。何しろAランクジョブでしかないクリエスの女難がSランクジョブであるミアとイーサにも効果があったからだ。個々の相性もあるだろうが、それこそ相性であればヒナには効果があったはずだと。


「ま、そうかもな……」


 クリエスは少しばかり不安になっている。巨乳な彼女は彼が転生した目的であったけれど、スキルの効果や約束だからという理由で付き合うだなんて望んでいないのだから。


「クリエス様、スキルとか関係なく自信を持ってくださいまし。確かにわたくしは天界で約束し、それを果たすためだけにクリエス様と合流しました。けれど、再会を待ち焦がれたわたくしの気持ちに嘘などございません」


 適当な返事に毅然と返されたクリエスは息を呑んでいる。少し考えすぎたのかもしれない。ヒナが嘘ではないというのなら、それはもう本心なのだろうと。


「すまん。俺はマジで女性に好かれやすくてな。でも本当に好意を寄せられて嬉しいのは君だけだ……」


 再び頬を染めるヒナ。やはり、約束だからではなく、この感情は本物だと思う。少女漫画のヒロインであるかの如く、彼の言葉を否定することなどできなかった。


「どうか信じてください――――」


 ヒナ自身はまだ十八歳以降が確定していなかった。しかし、本物の想いに嘘をつくべきではない。先々のことよりも、この今を確定させるべく言葉が口を衝く。


 少しばかりの間があって、ヒナは過度に緊張していたけれど、満足できる返答を彼女は受け取っている。


「ああ、俺はヒナを信じるよ……」


 まるで清々しい空気を胸一杯に吸い込んだかのような気分。身体中に染み込むようなクリエスの言葉はただひたすらに嬉しかった。


 このときヒナは転生した意義と、意味を知る。女神たちからは世界を救えと頼まれていたけれど、それは自分の人生を否定するものではない。人生における目標の一つであり、使命だけが人生ではないはずである。


「クリエス様、わたくしは成人してからも生き続けたいです。どうか力をお貸しください」


 一度は諦めた人生であったものの、輝かしい未来を想像したヒナには切り捨てられなくなっている。やはり制約条件を満たし、生き続けたいのだと気付く。


「当然だろ? 俺にとって初めての巨乳な彼女。たとえ俺が死んだとしても、ヒナだけは生かすつもりだ」


 そんなことは望んでもいないヒナであったが、彼の気持ちは伝わっている。天界で聞いた言葉を思わず脳裏に蘇らせてしまうほどに。


『お前が手に入るのなら他には何もいらない――――』


 改めて言葉の意味を知った。彼は本当に全てを擲ってまで自分を欲しているのだと。仮に自分の人生を天秤にかけられたとして、ヒナを選ぼうとしていることを。


 再び見つめ合う二人。明確に二人だけの世界が構築されつつあったけれど、雰囲気をぶち壊す存在がこの場にはいた。


「クリエス殿、私はお嬢様の保護者です。言っておきますが、成人し正式なご婚約をされるまでイチャイチャは禁止です!」


 鬼の形相で二人を見ているエルサは馬車内でのイチャつきを禁じてしまう。保護者という看板を前面に出して。


「エルサは妙齢ですものね……」

「年齢のことはほっといてください!」


 無慈悲なヒナのツッコミがあったあと、クリエスは同意するように頷いている。


「確かに浮かれてなどいられないな。やっぱ全てを終わらせてから、人生を楽しみたい。世界と敵対する全てを斬って、俺は世界に安寧をもたらせてやる」


 クリエスは浮かれることなく言葉を紡ぐ。決意と覚悟を新たにしていた。


「救世主になってやんよ……」


 再びエルサはドキリとさせられてしまうが、いけないと顔を振る。

 主人がずっと信頼していた男性。エルサはヒナの見る目が間違っていないのだと分かった。


「さあ、出発しよう。さっさと魔王候補とやらを倒しに行こうぜ」


 クリエスの号令により、馬のつなぎ替えから馬車の収納。ベッドの移設などを行う。

 これより向かうはライオネッティ皇国である。クリエスとしては気が重い報告が待っていたけれど、避けて通るべきではない。


 一連の問題に終止符を打ってから、クリエスは次へと進むべきなのだから……。

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