第095話 短くも長い旅路
天界ではディーテとシルアンナが対策を講じるために集まっていた。
しかしながら、明確な回答を導けない。クリエスが神器を得たことで、当初の計画に迷いが生じている。
「ここに来てクリエス君が神器を得たとして、魂の格を越えられるのか未知数です。計画通りにヒナの神格を与えることが確実でしょうね……」
シルアンナの報告は好ましいものであったけれど、今さら感もあった。準備をするならばナーガラージとの戦闘前。確実な方法を選ぶのであれば、神格の譲渡を済ませておかねばならない。
「申し訳ありません。まさか土着神が自発的に依り代を決めるとは思いませんでしたので」
「それはしょうがないわ。クリエス君が世界に愛されているのは間違いない。けれど、世界が求めることまで、ワタシたちには分からないのですから……」
特例の降臨にて神器の話をヒナに伝えることは可能だ。しかし、それにより彼女の覚悟が揺らぐ可能性。いざという時、彼女が死を恐れてしまう場合が考えられる。
「世界はどこまで見えているのでしょうか?」
「分かりません。ですが、本を正せば災禍は世界が生み出したものです。千年前から続くこの災禍に世界は対応し始めているのかもしれません。ワタシたちが送り込んだ魂はいずれも認められているのですから。かといって世界は今もバランスを崩しています。適切な判断ができているのかどうか微妙なところです」
遅すぎた神器の登場。世界が今もバランスを崩しているせいだとディーテは話す。もっと早いタイミングであれば、最初の接触時に邪神竜ナーガラージを討伐できたかもしれないのだ。
「とりあえずシルはクリエス君を急かして。ヒナはもうキアブスに着いてしまう。邪神竜ナーガラージが南下する可能性は高いのだから……」
ヒナを生かすのか切り捨てるのか。女神たちは今も葛藤していた。クリエスを急かすようなディーテは彼に決めさせるつもりかもしれない。
「了解しました。私はやはりクリエスの意志を尊重したいです……」
シルアンナの意見はクリエスに任せるというもの。それは結果が一つしかなかったけれど、クリエスの心情を考えれば正解だと思う。クリエスが転生した目的の一つがヒナであったのだし、邪神竜を退けたとしても世界にはまだ魔王と邪神が残っている。クリエスが生きる目的を失うのは世界のためにはならないはずだと……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
クリエスは急いでいた。鍛冶屋街サイオンから一時も休むことなく馬車を走らせている。
ヒールをかけては疲労を抑えているけれど、流石に何日も眠らないのでは精神的にキツい。けれども、クリエスはここが正念場であると分かっていた。
現状の予測によるとキアブスへの到着はクリエスが一日遅れ。無事に再会を果たすには同時ないし、少しでも早くクリエスが到着すべきだ。
【寵愛通信】シルアンナ
ここでシルアンナからの報告。何かしらの新しい情報が入ったのかもしれない。
「何かあったのか!?」
『ナーガラージが発見された。竜化をしてゼクシルを襲っている』
「えっ? ゼクシルって確か……」
当初、合流地点はリンクシャア連邦国からゼクシルへと変更になっていた。ゼクシルならば邪神竜に狙われないだろうという理由で。
「ヒナは無事なんだな?」
『移動は正解だったのだけど、危険なのは今も変わらない。何しろ邪神竜ナーガラージはリンクシャア連邦国を飛び越えて来たのよ? クリエスを捜していたときもそうだし、邪神竜はどうにも勘が鋭いように感じる。リンクシャア連邦国を通過してゼクシルを襲う理由があったとしか思えない……』
北から順番に破壊していたのなら分かりやすかったものの、どうしてかナーガラージは途中にある国を飛び越えてゼクシルにやって来たのだ。そこには何らかの意図が隠されているのかもしれない。
「また人化をして侵入したのか?」
『それは間違いない。ミクスを破壊したときも突然竜化していたから。ナーガラージがどこかしらでヒナの情報を得た可能性は否定できないわ。飛び越えて来た事実はヒナを捜しているという推論に真実味を与える。ゼクシルは復興し始めたばかりでナーガラージが真っ先に狙うような街ではないのだし。加えてヒナはゼクシルで派手に暴れたみたいなのよ。ヒナの情報が拡散していたとしても不思議ではないわ』
シルアンナが話す通りであった。ピンポイントでゼクシルに向かうなんて考えにくい。何らかの情報を元に移動した可能性が高いと思われる。
「てことはキアブスも危ねぇな……」
『そういうこと。クリエスはできる限り急いで。何をするにしてもヒナより先に到着しなければならない』
「分かってるけど、どうしてヒナとディーテ様は寵愛を持っていないんだ? 降臨するしか連絡できないなんて、不便でしょうがねぇだろ?」
ここでクリエスが聞く。天界では喧嘩していた自分たちでも昇格したのだ。彼女たちの加護が昇格しない理由が分からない。
『仕方ないでしょ? ディーテ様は近年までヒナに期待されていなかったのだから。ヒナもまた期待されていないことを察知していたはず。最近は信頼関係を築けているだろうけど、昇格までには時間がかかるわ。私の場合は初めての使徒だったし、やはり期待していたから……』
そういえばヒナは繋ぎとしての役割しか持っていなかった。Dランクであったことや、エリア限定ジョブでは期待できなかったのだろう。
「そんなヒナが今や天使になってしまうなんてな。天界と世界とで意思の疎通が図れてなさすぎる……」
クリエスの指摘にシルアンナは黙り込む。暗に女神批判であるクリエスの話。確かに世界が自浄作用的に動いていることと、女神の行動は噛み合っていない。
「ま、俺は急ぐしかねぇな。邪神竜が今よりも進化すると、アストラル世界は確実に終わる……」
現状で考えられる最悪の想定。それは邪神竜ナーガラージがヒナの魂強度を奪うことだ。更なる昇華を遂げてしまえば太刀打ちできなくなるだろう。
『クリエス、女神もアストラル世界を救おうとしているの。履き違えないで欲しいのだけど、使徒よりも世界の存続を願った結果なのよ……』
弁明のようなシルアンナの話だが、懺悔のようにも聞こえている。
空回りしまくりの天界と、まるで意を汲むことなく動く世界。二つの超常的存在の狭間でヒナは振り回されていた。
「まあ分かってる。いずれにせよ、やるべきことは決まっているし、俺は邪神竜を斬るだけだ」
クリエスは嫌味に聞こえたことを反省している。今は責任を押し付けあう場面ではないと。従って彼は現状ですべきこと、望むことを口にしている。
「邪神竜にはこの世から退場してもらう――――」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
エルサと別れたヒナは黄金の羽をはばたかせて大空へと舞っていた。歩いて向かうよりも早いだろうと。
ずっと向こう側まで続く果てしない森。仮に徒歩で向かったならば数週間はかかってしまいそうだ。
「アストラル世界の景色も、これで最後なのですね……」
前世よりは少しだけ長生きできた。17年スパンで輪廻に還るのは流石に落胆してしまうけれど、次は天界での生活が約束されている。永遠ともいえる時間をヒナは手に入れるのだ。
「天界なら途中まで読んだ漫画の結末とか調べられるのでしょうかね」
死は確定的。だからこそ、何とか希望を見出そうとするけれど、どうにも盛り上がらない。迫る生の終焉が絶望感しか与えなかった。
どれだけ飛んだだろうか。昼も夜も関係なく二日は飛び続けていたと思う。
ようやく視界の先に街門が見えて来た。割と大きな街である。この規模であれば邪神竜が見逃すはずもない。
「着いてしまった……」
ヒナは長い息を吐いた。上空から眺めるキアブスの街門は巨大な棺桶なのだ。ヒナはそこで生を失い天界へと戻っていく。人生の最後が明確に近づいていた。
「えっ!?」
突然、キアブスの街に火の手が上がる。まるで導火線のように炎が一直線に走り、果てには街門を燃やし尽くす。加えて続け様に同じような炎が街を焼いていった。
「邪神竜ナーガラージ……?」
ヒナは理解した。人族の街を破壊する者が多く存在するはずもない。邪神竜ナーガラージがヒナよりも早く街に現れたのだろうと。深い森を馬車にて通過している間に、ナーガラージはキアブスにまで飛んできたらしい。
「クリエス様は!?」
一方的に破壊されていくキアブス。ヒナは地上に降り、西街門から中へと入る。既にそこは地獄と表現するに相応しい光景であった。
「これは……?」
今も新たな場所が焼き尽くされていく。建物も逃げ惑う人たちでさえも。
ヒナは小さく頷いている。ここですべきこと。クリエスの姿が見えない今、女神の使徒は自分だけであるのだと。
「邪神竜ナーガラージ! わたくしは女神ディーテの使徒であります!」
声を張るヒナ。気付いてもらえない彼女は再び羽を顕現させ、上空へと向かう。
一人でも逃げられるように時間を稼がねばならない。ヒナはナーガラージが気付くようにと、なお一層の大声で訴えていた。
「わたくしがお相手になりましょう!――――」
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