第094話 神格の有無

 クリエスはシルアンナに指示をもらい首都デカルネから西へと向かっていた。

 サイオンからここまで一睡もしていない。ヒナとの合流を最優先としている。


 邪神竜ナーガラージは北の港町ラプールを壊滅させたあと、西の港町ダリスを昨日襲ったらしい。つまるところ今も南大陸に存在を残している。


【寵愛通信】シルアンナ


 デカルネを発って直ぐのこと、シルアンナから連絡が入った。寵愛への昇格は本当に助かっている。天界との密な遣り取りは今や情報収集に欠かせないものとなっていた。


「どうした!?」


 馬車を走らせながらクリエス。もう随分と馬車の操縦にも慣れている。話をしながらでも何の問題もない。


『クリエス、キアブスへと急いで! ヒナはもう直ぐキアブスに到着するわ!』


 クリエスは眉を顰める。数日前、合流先がゼクシルへと変更になったと聞いたばかり。リンクシャア連邦国へは向かわずに、南へ向かうようにと。


「どうしてだ? キアブスは通り道だけど、ヒナとの合流はその先にあるゼクシルだっただろ?」


『ディーテ様が説得に失敗したのよ。だからヒナはキアブスに向かっている。クリエスが負けるかもしれないと伝えてしまったから……』


 どうやら危険な土地が合流地点に選ばれたのはクリエスの弱さゆえであった。心配したヒナが自ら近付く決断をしたのだと思う。


「マジか。俺って奴はとことん使えねぇな……」


 シルアンナは何も言えなかった。現状でクリエスは充分に頑張っていたけれど、邪神竜を相手に決め手となる武器が彼にはない。


「まあでも、ヒナがキアブスに来る目的は俺と合流するためだけじゃないだろ? 何を隠している?」


 やけに鋭いクリエス。しかしながら、シルアンナは頷いていた。隠すつもりはない。ディーテから聞いた話は全て伝えるつもりだ。


『実は魂の格が問題となってるの。クリエスはナーガラージにダメージを与えられない。神格を発現していないからね。でも、ヒナは問題の解決策をディーテ様に提示したわ』


 ディーテから聞いた瞬間にシルアンナは涙していた。ヒナの献身。彼女は自己犠牲を自ら提案していたのだから。


「何だよ? そんな簡単な話じゃないはず。魂の格が違うんだぞ?」

『だからよ。現状のヒナは天使。神格を持っている……』


 シルアンナの説明にクリエスの鼓動が高鳴っていく。どうにも受け入れられない話が続くような気がしていた。


『ヒナはクリエスに殺されるつもりよ――――』


 息が詰まりそうだった。クリエスは呆然と顔を振っている。再会の約束を果たすために近付くのではなく、使命を全うしようとしているのだと知って。


「いや、俺にできるはずがないだろ!?」


『神格を持っていないクリエスが邪神竜ナーガラージと戦うにはそれしかないの。ディーテ様も既に了承されているわ。幸いにも彼女は天使だし、死後はディーテ様の元で働くことになっています。天界からクリエスを支えることになるわ』


 告げられていく話はまるで納得できないものだ。ディーテが了承したからと言って、クリエスには承諾しかねる話に違いない。


『クリエス、ヒナの覚悟を受け入れて欲しい。あの子だって生きたいと考えている。でもね、世界が滅びてしまえば全ては夢と同じ。儚い時間の狭間に貴方たちは立っているだけなのよ……』


 シルアンナとて心を痛めている。しかし、終末を迎えようとするアストラル世界が存続するにはヒナの提案しかないとさえ思う。クリエスに神格を与え、邪神竜を討伐するべきだと。


 クリエスは尚も首を振った。彼にはそれが唯一の正答だとは思えなかったらしい。


「俺には生産神ツクリ・マースが取り憑いている。こいつを取り込めば俺は神格が得られるんじゃないか? 悪霊化してるし、俺のスキルで命令できるはず」


 クリエスが提示できるのは新たな犠牲を生むことだけだ。ヒナの代わりとして誰かが失われるというもの。


 クリエスが提案した刹那、脳裏に異なる声が割り込む。


『貴方は何と罰当たりで、不穏なことを考えているのでしょう!? この不埒者がっ!』


 寵愛通信に割り込む怒声。それは話題の中心人物であった。


「うお!? ツクリ・マース、会話に入ってこれるのかよ!?」

『これでも神格者ですからね? ワタクシの話であるのなら、混ざっても構いませんよね? お初にお目にかかります。シルアンナ様……』


 どうやら神格持ちのツクリ・マースは女神との交信に割り込めるらしい。クリエスに取り憑いているだけでなく、神格まで有しているからだという。


『初めまして、シルアンナです。正直にクリエスのスキルでは効果がありません。悪霊に括られていたとしても、ツクリ・マース様は明確に神格であり、アンデッドではありませんから。またAランクジョブでしかないクリエスが神格を取り込むなど不可能です。もちろん倒したのなら魂強度を奪えますけれど、未討伐の神格をAランクジョブの魂が融合するなんてできません……』


 サブジョブにはSランクジョブがあったものの、どうやら神格を魂へ融合するのに重要なのはメインジョブのランクであるらしい。SSランク以上となる神格の融合は最低でもSランクジョブが求められるラインであるようだ。


『そうですか。ワタクシは既に放浪の土着神。世界の役に立つのなら、この身を捧げようかと考えておったのですけれどね。本当に残念です……』

「めちゃくちゃ怒ってたじゃねぇかよ!?」


 どうにも信じられない。先ほど彼女は声を張ってクリエスを怒鳴りつけたばかりである。


『とにかくクリエスはキアブスへと急いで。今のままならヒナが先に着いてしまう。もし仮に邪神竜とヒナが鉢合わせでもしてしまえば、計画の実行前よりも事態が悪化してしまうわ』


 天界が出した答えはヒナの犠牲で一貫している。邪神竜ナーガラージを放置できないのはクリエスも重々承知しているけれど、ヒナを守ると決めた彼には絶対に同意できない話であった。


「馬には悪いが、ぶっ通しで走るよ。でも、俺はヒナを殺したりしない……」


 この期に及んでクリエスは天界の指示に拒否を示す。代案など何もなかったというのに。


「世界もヒナも終わらせねぇからな……」


 シルアンナは葛藤していた。クリエスの気持ちは知っていたし、ディーテやヒナの決断も尊重できるものだ。あろうことか彼女は世界と使徒を天秤にかけてしまう。


『クリエス、邪神竜ナーガラージは猛烈な炎を吐くわ。ろくな装備もない貴方がどうやって防ぐつもり?』


 同意するには作戦を聞くしかない。感情のまま口にしているのなら、やはり認められないのだと。


「炎はイーサが相殺してくれるはず。あいつも発現していないだけで、神格相当だろ? 竜神って奴を討伐したと聞いたし」


 一つ目の問題はクリアできそうだった。確かに昇華こそしていないが、イーサ・メイテルは明らかに神格相当である。これまでも彼女の爆裂魔法はイフリートという准神格の炎を無効化していたのだから。


『じゃあ、ナーガラージをどうやって攻撃するつもり? やはりイーサ・メイテル頼みかしら?』


 最大の問題はクリエスの攻撃が邪神竜ナーガラージに効果を発揮しないだろうと予想されることだ。サブジョブによる補正だけではどうにもできないはず。


「正直に効くか分からん。でも、俺はドザエモンにこの刀をもらった。この刀は生産神の加護スキルが宿って……」


『ク、クリエスさん、その刀はもしや名匠ドワサブロウ氏の一振りでは!?』


 クリエスが話し終わる前に、どうしてかツクリ・マースが反応する。


 しかし、次の瞬間にはクリエスも察していた。自身の刀『ラブボイーン』にスキルを与えたのはツクリ・マース自身であるのだと。


『間違いありません! 加護を与えたドワサブロウの刀! ワタクシへの信仰心に満ちていた時代を思い出させます!』


 ツクリ・マースは一人で興奮している。徐々に求心力を失った彼女は加護を与えた刀匠の作品を懐かしむように見ていた。


『クリエスさん、ワタクシはこの刀を依り代とします! 信仰心に満ちたこの依り代こそがワタクシの居場所に相応しい!』


「いや、そりゃ構わんけど……」


 刹那にツクリ・マースの姿が消え、刀身が輝きを帯びる。薄桃色をした刀身は夕焼けのように赤く染まっていく。


『クリエス、刀の詳細を確認して!』


 ここでシルアンナが口を挟んだ。クリエスは何が何だか分からなかったけれど、とりあえず魔眼を使用してみる。


【銘】ラブボイーン

【製作者】ドワサブロウ

【種別】長刀

【戦闘値】不明

【属性】不明

【付与スキル】

・ボイウェーブ

【特殊付与】不明


 クリエスは言葉を失っていた。今まで魔眼で鑑定できなかった武具はない。かといって、今し方なのか、初めから測定不能であったのか分からなかった。


「ほぼ判明していないけど、どういうことだ?」


 ここはシルアンナに問うしかない。詳細確認は彼女の指示なのだ。何かしら知っている可能性は高い。


『その刀は土着神の依り代となったの。私も教本で読んだことがあるだけなんだけど、そういった武具は……』


 シルアンナも文献で読んだだけらしい。彼女は知識としてあるそれを口にする。


『神器と呼ばれる――――』


 クリエスにも理解できた。普通の武器ではないこと。恐らくそれはクリエスの望みを叶えるものであること。ヒナを救う唯一の光であることを。


「俺は戦えるのか?」


 確認事項は多くない。勝てるか勝てないか、或いはダメージを与えられるのかどうか。

 シルアンナは小さく頷いて彼に答えている。


『やはり世界はクリエスを選んでいる。邪神竜ナーガラージに荒らされた地で土着神に出会うなんて普通じゃないもの。加えて土着神の依り代として充分な武具を持っていたなんて、ただの巡り合わせだとは考えられないわ』


 今もクリエスが世界に愛されているはずとシルアンナは考えている。世界にとって絶体絶命の窮地に一人の少年が誘われているのだ。全ては世界が彼に託した結果であるはずだと。


『恐らく邪神竜はダメージを受けることでしょう……』


 ここまで世界が動いた結果、何の効果もないとは考えられない。邪神竜ナーガラージと戦うべく準備が肩透かしに終わるなんてあり得ないのだと。


「そうか、なら充分だ。俺は必ず勝利してみせる。あの邪神竜だけは許せないんだ。溜め込んだ魂強度を全部奪ってやる。そして俺は……」


 クリエスは勝つつもりだ。幾つもの街を破壊し尽くした邪神竜に。手に入れた力の全てをあの邪神竜にぶつけ、輪廻に送ってやるのだと。


「俺は神に近付いてやんよ――――」




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土日は二話更新です!

朝と夕方を予定しております。

どうぞよろしくです!(>_<)/

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