第091話 被害拡大

 クリエスはひたすら馬を走らせ、北西にある鉱山都市ミクスを目指していた。現状は鍛冶屋街サイオンまで一日というところまで来ている。


 荷馬車であれば一週間はかかるところを、半分の期間で到着していた。馬車は空荷であるし、馬にヒールをかけ続けた結果であった。


【寵愛通信】シルアンナ


 全速力で進んでいたクリエスに通信がある。邪神竜の動きによって天界も大慌てだと聞いていた。ここでの通信は新たな動きがあったからかもしれない。


「どうした?」

『クリエス、サイオンに邪神竜が現れたの!』


 息を呑むクリエス。あと一日だというのに。ここからどれだけ急いだとしても、それだけかかってしまう。


「それでミクスはどうなったんだ!?」


 もうかなり前の話になる。しかし、クリエスは生存者を救助したいと考えていた。一人でも救える命があるのなら、クレリックである自分が向かうべきだと思う。


『邪神竜は三日三晩をかけて炎を吐き続けたのだけど、それ以降は何も分からない。ディーテ様は今も世界中のあらゆる場所に降臨されて、避難指示を続けられているわ。私への連絡がないところを見ると、やはり生存者はいないのかもしれない。祈りさえあれば、ディーテ様に届くだろうし、ディーテ様にも現状が分からないのであれば、それは誰も生き残っていないからよ……』


 愕然としてしまう。一人でも救おうと考えていたのに、伝えられた話は絶望感すら覚えさせるものだ。


「じゃあ、俺はサイオンに突撃しても構わないな?」


 今一度、主神への確認。明確な脅威が目の前にいるのだ。返答は既に分かっていたけれど、クリエスは確認を済ませるように聞いた。


『うん。もうアストラル世界は瀬戸際まで来ている。災禍ともいえる悪霊を従えたクリエスに懸けるしかない。成長とか考えている時間はもうなくなってしまった……』


 女神二人が邪神竜ナーガラージに惚れられてしまったことで、事態は急変している。クリエスに討伐してもらうしか手段はなくなっていた。


「まあ、俺はやるよ。死んでも恨まないでくれ。俺は俺にしかできないことをやるんだから……」


 正直にシルアンナはアストラル世界の終焉を見ていた。

 クリエスが輪廻に還り、自分たち女神は厳罰を受ける。アストラル世界は廃棄され、代わりの世界を男神たちが創り始めるのだと。


『クリエスに任せるよ。私は君を召喚できて良かった。ずっと誇りに思っている』


 まるで最後のような話を始めたシルアンナにクリエスは返事をしなかった。

 巨乳な彼女が欲しいばかりに受け入れた転生。前世よりも早く結末が近付いているなんて受け入れられない。


 シルアンナとの通信が終わるや、クリエスは唇を噛む。自身はまだ主神シルアンナの期待に応えていないのだと。


 天使に昇華させたいとまでいった彼女を、これから裏切るのだ。勝てもしない相手に挑もうとしているのだから。


「なあイーサ、俺が悪霊になったらお前はどうする?」


 道すがら問う。前世よりも確実に未練がある。死を直前にして考えると、実感できるほど燻った感情がクリエスにはあった。


 何しろ巨乳な恋人ができないばかりか、天界で約束したヒナとの再会も果たしていない。加えて主神からの信頼にも応えきれていないのだ。死んでも死にきれないという思いが少なからずあった。


『妾は千年も駄肉といたのじゃぞ? 婿殿なら大歓迎じゃ。妾も輪廻に還らずに済むし、何も気にするでない』


 気休めのような言葉。死地に向かっているという感覚はイーサにもあったのだろう。死を前提とした話しか口を衝かない。


『せめて妾が明確な神格を得ていたらのぉ……』


 ふとそんな風に漏らす。竜神の魂強度を奪った彼女には少なからず神格があった。強く望みさえすれば、魔王候補ではなく神格を有する別の何かになっていたかもしれない。


「やっぱ邪神竜はイーサから見ても強敵か?」

『有する神格の大きさは妾に分があると考えておるがの。それをジョブへと転用できたかどうかの違い。結果は妾にも分からん。仮に同格であったなら妾は確実に勝てたじゃろう』


 どこからそのような自信が湧くのか分からないが、イーサは格の違いこそが不安要素であり、今もナーガラージを格下に見ている節があった。


「たらればを言ってんじゃねぇよ。今から俺たちは格上に戦いを挑む。その事実は揺るがない」


 クリエスは覚悟を決めながらも、前を向こうと思う。死について考えるよりも、希望を抱こうと。だからこそ、強気な言葉を選んでいる。


「邪神竜はぶった切るだけだ――――」


 イーサは笑っている。しかし、馬鹿にしたのではない。クリエスの意気込みが好ましく感じられ、彼女もまた覚悟を決められたのだ。


「婿殿、共にあろうぞ。妾は契約で誓ったままじゃ。いつ何時も婿殿と歩もう」


 もう逃げ出すような真似はできない。だが、契約がなかったとしても、イーサはクリエスと一緒にいようと思う。


 休むことなく馬車を走らせたクリエス。覚悟を決めてサイオンまでやって来たというのに、そこは記憶を掘り起こすのも困難な状況となっていた。


 全ての建物が瓦礫と化している。メインストリートもスラムも等しくなくなってしまった。これではここが鍛冶屋街サイオンであったなんて誰にも分からない。


「一日しか経ってねぇんだぞ……?」


 まだ火の手が上がっていたりする。だからこそ、邪神竜ナーガラージは割と直前までここにいたのかもしれない。


「どこへ行ったんだ……?」

『分からん。じゃが、妾たちが来た方角ではないの。山脈を越えて北へ向かったのじゃろうか?』


 確かに北街道にも街は幾つか存在する。羽のあるナーガラージにとって山脈越えなど造作もないことであったのだろう。


「とりあえず生存者を捜すぞ?」

『了解したのじゃ!』


 このあと二人して生存者を捜す。しかしながら、一人として見つけられない。邪神竜ナーガラージは全滅を確認してから、飛び去っていった可能性がある。


「ちくしょう……」


 クリエスが肩を落としていると、


『婿殿、あそこに何かおるぞ!?』


 イーサが指差した。燃え盛る炎で見づらくはあったけれど、目を凝らせば何かが輝いているのだと分かった。


「まぁた悪霊じゃねぇだろうな?」

『分からんが、悪霊なら命じるだけで魂強度を奪えるじゃろう?』


 確かにとクリエス。統合したスキル獄葬術は悪霊に命令できるのだ。邪悪なものであれば祓うついでに力を奪っておくべきである。


 クリエスが近付くと、その輝きは女性の霊だと分かる。これには過度に嫌な予感を覚えてしまう。


「お前は悪霊か?」


 今となっては余程の悪霊でもない限り、取り憑かれる心配はない。レベアップに加えてディーテの加護に守られているからだ。


『いえ、ワタクシは生産神ツクリ・マース』


 ところが、悪霊ではないという。彼女曰く生産神らしい。

 眉根を寄せるクリエスだが、その名は聞いたことがあった。確かドザエモンの刀を打った名匠が生産神の加護を持っていたとかどうとか。


「生産神はドワーフ族の土着神だろう? 人族の街で何をしていた?」


 気になるのはその一点。ドワーフ族の土着信仰であるツクリ・マースがどうして人族の街にいるのかと。


『実はドワーフ族は随分と前からディーテ様を信仰しておりまして、ワタクシへの信仰が薄れているのです。それで最近になってワタクシが宿った御神体を高額で売り払った馬鹿……いえ、信徒がおりまして、この地へとやって来たのです……』


 語られる内容には同情するしかない。恐らくは人族との交流を始めたことで、ディーテ教が布教されたのだろう。世界の主神と比べれば、土着神の出る幕はないはずだ。


『まあそれでサイオンに流れ着き、細々と祈りを捧げてもらっていたのですが、先ほど邪神竜ナーガラージによって御神体が焼き尽くされてしまったのです……』


 鍛冶屋街という新たな生産地に流れ着いたまでは良かったのだが、寄りにもよって邪神竜にその地が狙われてしまったようだ。


「気の毒にな。御神体が失われたから、姿を現していたのか……」

『このままだと消えて無くなるでしょう。もし仮に宿木となれる方がいるのであれば、その限りではないのですが……(チラッ)』


 宿木を失い、加えて信徒まで失ったツクリ・マースは最早風前の灯だという。

 過度に期待するような視線。嫌な予感を覚えたクリエスは咄嗟に視線を外す。


『どこかに宿木となれる方がいらっしゃればいいのですが……(チラッチラッ)』

「うっとい土着神だな!?」


 どうにもクリエスに期待しているようだ。悪霊でもないのなら構わない気もするのだが、クリエスには事前に確認する事項があった。


「お前は何級だ? 無論、胸のサイズについてだ」


 巨乳であるのなら絶対に拒否だ。ステータス半減を受け入れられるような状況ではない。邪神竜との決戦が控えているのだから。


 顔を赤らめるツクリ・マースだが、問われた内容には素直に返答している。


『お恥ずかしながら、プッチプチトマト級です……』


 頷くクリエス。ステータスダウンに繋がらないのなら、気の毒にも感じる土着神を助けてあげようかと。長い溜め息を吐きつつも、取り憑けと返している。


「俺はクリエス。取り憑いても構わないが、俺は邪神竜ナーガラージと戦うつもりだ。安息の地を見つけるよりも早く失われるかもしれない」


『了解しました。どの道、失われるかもしれないのです。クリエスに憑いて行きましょう』


 何となく嫌な言い方をしたように感じるも、クリエスは彼女を受け入れている。

 即座に魔眼にて確認。彼女が本当に生産神であるのかと。



【名前】ツクリ・マース

【種別】悪霊(土着神)

【ジョブ】生産神

【レベル】不明

【属性】フルエレメント

【性別】女性

【体力】不明

【魔力】不明

【戦闘】不明

【知恵】不明

【俊敏】不明

【信仰】不明

【魅力】不明

【幸運】不明



 ゴクリと息を呑む。久しぶりに不明だらけのステータスを見た。やはり生産神との話は間違いなどではない。明確な格の違いが魔眼によって明らかとなっている。


「まぁた悪霊じゃねぇか……」

『し、仕方ありません! 依り代以外に取り憑いたのですから!』


 ツクリ・マースは神ではあったけれど、悪霊に括られている。どうも人に取り憑くという行為が悪霊に分類される原因らしい。


「土着神だから分かるけど、フルエレメントってか……」


 気になるのは彼女の属性であった。フルエレメントが事実ならば基本四属性の火・水・土・風と聖邪二属性である光と闇、更には特殊エレメントである雷と氷を習得していることになる。


「生産神ですからね。様々な属性を付与する必要があるのです。宿り木になってもらったお礼として、貴方にも属性をプレゼントしましょう」


 何が何だか分からなかったけれど、ツクリ・マースはクリエスに属性を与えてくれるという。


『氷属性を獲得しました――――』


 刹那に通知がある。これによりクリエスは光と闇、特殊エレメントの雷と氷のコンプリートに加え、基礎四属性の網羅まで水属性のみとなっていた。


「俺は別にエレメントマニアじゃねぇんだけどな……」


『まあそう言わずに。氷属性を持つ人族なんてほぼいませんし、マウント取りまくりですよ? しかし、貴方の中はとても居心地が良いですねぇ。感謝いたします』


 住み心地よいとの話にクリエスは嫌悪感を露わにする。厄介なお荷物を背負い、果てには居着いてしまいそうだと。


「念のために言っておくが、他に良い場所が見つかるまでだぞ?」

『了解しました。よろしくお願いします』


 ミアとイーサの件があったから、悪霊はイマイチ信用ならない。たとえ元々が神であったとしても。


 思わぬ出会いがあったクリエスだが、先を急ぐ旅だ。ツクリ・マースと問答している暇はない。


 邪神竜を野放しにはできないのだ。

 一人でも多く救うのだとクリエスは決めていたのだから……。



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明日は祭日なので二話更新です!

朝の十時と夕方の五時頃予定です!

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