第089話 答え合わせ

 ヒナはようやく南大陸へと到着していた。

 徐に大地へと立つ。踏みしめる感覚は九死に一生を得たのだと改めて感じる。サラが犠牲になったものの、何とか生きて戻ってきたのだと。


「お嬢様、天使になったということですけど、見た目は変わりませんね?」


 小舟を収納していると、エルサが聞いた。

 天使に関してはヒナもまるで理解していない。恐らくディーテに教えてもらうしか情報は得られないだろう。


「まあそうですね。羽でも生えていたら、それっぽいのですけれど……」


 そういった直後、ヒナの背中が輝き出す。まるで意味不明であったけれど、どうしてかヒナの背中から羽が生えていた。


「お嬢様、それ!?」

「え、ええ……」


 金色に輝く羽。しかし、触れられはしない。確かに羽であるのだが、物質として存在している感じはなかった。


 過度に困惑するヒナであったけれど、羽が生えたとして飾りであれば意味はないと思う。


「飛べないのでしたら、残念です……」


 そう口にすると、バッサバッサと羽が動き出す。これには戸惑うばかりだが、あれよあれよという間にヒナは宙に浮いてしまう。


「うそ!?」

「お嬢様、空を飛べるようになったのですか!?」


 エルサも驚くしかない。天使という未知なるジョブ。まさか本当に羽が生えて、空を飛ぶなんて。さりとて目の当たりにした彼女は信じるしかなくなっている。


「思った通りに飛べるわ! わたくし、天使になったのです!」


 前世で読んだ漫画が思い出されていた。堕天した天使のお話。その天使は地球を救う使命など持っていなかったけれど、確かに超常的な力でもって世界に貢献していたのだ。


「エルサ、わたくしは堕天したのよ!」

「いえ、そういうわけでは……」


 ひとしきり飛んだあと、ヒナは地上へと戻る。流石に興奮冷めやらぬ様子。まさか自由に空を飛べるなんて少しも考えていなかったのだ。転生して良かったと改めて思う。


 羽はヒナの意志で出し入れできた。黄金の羽は非常に目立つので、空を飛ぶ以外では収納していた方が賢明であろう。


「しかし、輝く羽を見せたとすれば、ドワーフたちはひっくり返って驚くでしょうね?」

「はい。わたくしへの信頼にも繋がるかと思います」


 ヒナたちはまだ宿題を残している。ドワーフの里で起きたドワゴロウの呪い。その後始末があったのだ。


「清浄も習得しましたし、準備は万端です。ディーテ様の希望通り、ドワタ様が自白しておればいいのですけれど……」


 馬車に乗り込みながら、ヒナは漏らす。清浄により強制解除をしたのであれば、ドワタが反呪を受けることになる。彼は罪の意識もないままに、輪廻へと還ることになるだろう。


「難しいでしょうね。自白するのであれば、お嬢様が脅した時点しかないように感じます。お嬢様が聖女だと信じていないのでしょうし、反呪に関しても知識が不足しているかと……」


 十中八九、エルサの想像通りになるとヒナも考えている。ドワタは既に自白する時期を逃しているのだ。自分ではないと口にしたあとで、名乗り出られるはずもない。


 少しばかり憂鬱に感じながらも、ヒナたちはドワーフの里へと戻っていく。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 往復一ヶ月半。ヒナたちはドワーフの里へと戻ってきた。盛大に迎えられたのはやはり住人たちが不安を覚えていたからだろう。里の誰かがドワゴロウに呪いをかけたのだ。次は自分なのではないかと疑心暗鬼に陥っている。


「ヒナ様、よくぞお戻りくださいました」


 ドワキチが二人を出迎えてくれる。どうやら今もドワゴロウ宅には護衛が配置され、彼もまた苦しみながらも生き長らえているらしい。


「ドワキチ様、それで犯人は?」


 ヒナの問いには首を振るドワキチ。やはり予想したままに犯人は自白しなかった模様だ。


「仕方ありませんね。犯人の目星はついておるのですけれど……」

「本当ですか!? 誰が犯人なのです!?」


 どうやらドワキチは勘付いていないようだ。住人を信頼しているのか、ドワタの不審な点に気付いていないという。


 ヒナはエルサを視線を合わせたあと、ドワキチに耳打ちをする。


「っ!?」


 絶句するドワキチ。二人の内どちらかであると分かっていたけれど、やはりドワタが犯人であるとは考えたくなかったようだ。


「それは本当ですか?」

「恐らく。清浄という浄化の上位魔法を習得しております。今一度、自白を促して無理であれば解呪いたしましょう」


 反呪に関してはドワキチも聞いている。同じ呪いが術者に返ってくるのだと。


「反呪とやらは解呪できないのですか?」


 こんな今もドワタを擁護するようなことを口にする。同年代ということで助かって欲しいのかもしれない。


「呪具を発見できないのなら不可能です。反呪とはかけた呪いの力が行き場を失い戻ってくること。岩にゴムを括り付け、引っ張ったイメージですかね。解呪とは張り詰めたゴムを切ることであり、反呪とはその力が一度に戻ってくることです。ジワジワと苦しめる呪いとは異なり、反呪を受けた術者はよほどの抵抗力を持っていない限り、即死してしまうかと思われます」


 ヒナの説明はとても分かりやすかった。それだけにドワキチは落胆してしまう。

 なぜに呪ってしまったのか。どうしてドワゴロウを呪う必要があったのかと。


「やはりドワタは死ぬのでしょうか?」

「術式を解除してもらうか、わたくしが呪具を直接浄化する以外に彼は助かりません。ドワゴロウ様を見殺しにするのなら、その限りではありませんけれど」


 ドワキチにとってドワゴロウもまた友人なのだ。どちらかを選べというのなら、呪われてしまったドワゴロウだろう。彼には何の罪もないし、ずっと呪いに苦しめられているのだから。


「ドワキチ殿、住人を集めてください。ヒナ様はお忙しいのです。早速と解呪させてもらいます」


 エルサの話にドワキチは小さく頷いた。どちらにせよ誰かが死ぬ。ドワゴロウが病に伏してから、それは決まっていたことだろう。納得はできなかったけれど、受け入れるしかない。


 ヒナたちはドワゴロウ邸へと先に向かう。こんな今も厳重な警備が成されており、ヒナたちは兵によってドワゴロウが眠る部屋へと連れられていた。


 とりあえずハイヒールをかけて、ドワゴロウの疲労を軽減。皆が集まるのを待って清浄にて解呪するという流れである。


 しばらくすると、ドワキチが大勢を連れて戻って来た。ドワタとドワコの姿もある。やはり容疑者となった二人には見届けてもらう必要があるのだと。


 流石に家には入りきらないため、窓を開けて外からも確認できるようにしている。


「皆様、わたくしは実をいうとディーテ様の使いです。他者を呪うという行為は女神様に認められた権利ではありません。禁忌を犯したものがどういった末路を歩むのか、ご覧いただきとうございます」


 ヒナはそう言って羽を出す。黄金に輝く羽を見たのなら、神の遣いとして疑いなどなくなるだろうと。


 刹那にざわめくドワーフたち。光輝く羽に神々しさを覚えたのか、祈り出す者までいる。


「ヒナ……様?」

「ドワキチ様、お気になさらず。わたくしは女神ディーテの使徒。これより神の御業の元に解呪を行います」


 羽を出したのは正解であった。誰もがヒナを敬うような目で見ている。これからの話も聞いてもらいやすくなるはずだ。


「解呪とは呪いを強制的に終わらせることをいいます。ご覧の通りドワゴロウ様には強力な呪いがかかっています。わたくしの清浄で呪いの糸を切断しますと、行き場を失った呪いの力は一度に術者様の方へと跳ね返るのです。これを反呪と申しまして、呪いの力は時間を要することなく術者様を蝕むことでしょう」


 今もまだヒナは名乗り出てくれることを望んでいる。ドワタが自白をし、術式を自ら解除するように期待していた。


「ドワゴロウ様の身体に巻き付いた呪糸。これらは徐々にドワゴロウ様を蝕んでおりました。清浄にて解呪すると、二人を介する呪具へと真っ先に戻っていきます。呪具は反呪さえも増幅し、より強力な呪いとなって術者様へと返っていくのです。反呪を受けた術者様は耐えがたい苦痛の果てに失われることでしょう」


 ヒナの説明にドワーフたちは頷いている。丁寧な説明は彼らにも理解できた。反呪がいかに恐ろしい力を発揮するのかと。


 しばらく待ってみる。ヒナはドワタと視線を合わせるも、彼は俯いたままであった。


「ドワタ様、罪を償うつもりはありませんでしょうか?」


 いきなり名前を口にするヒナにドワキチとエルサは慌てふためく。もう解呪しかないと二人は考えていたのだ。


 流石に顔を上げるドワタ。しかし、小刻みに顔を振って、


「ワシは悪くねぇ! 一秒でも長くドワゴロウが苦しめばそれでいい!」


 自白のような話を彼は始めていた。

 騒然とするドワゴロウ邸。全員が犯人を理解したのだ。この期に及んでドワゴロウの苦痛を望むドワタこそが呪いをかけた張本人であると。


「ドワタ様、まだ貴方様には罪を償う機会がございます。ディーテ様もそれをお望みです。どうか呪術を解き、罪を償ってくださいまし」


「知るかよ! 呪具は誰にも分からねぇとこに隠した! 何だかんだ言って解呪できないんだろうがっ!?」


 ドワタはどう転んでも、ろくな人生にならないと分かっていた。だからこそドワゴロウを道連れにすべく強気に答えている。


「まあ、確かに前回お邪魔した折りには解呪できませんでした。けれども、今は解呪できますよ? それより、どうしてこのようなことをしたのか話していただけませんか?」


 ヒナが質問を返す。清浄の可否についてはディーテに聞いたままだろう。しかし、実演するとドワタは反呪で失われてしまう。よって彼女は呪った理由を先に問い質す。


「ドワゴロウが親方に指名されたあと、先代に金を渡しているのを見た!」


 ドワタの返答にこの場は静まり返っていた。もしも、それが事実であればドワゴロウは裏金を使って、親方に指名されたことになる。


「ドワキチ様、先代様はここにいらっしゃるのでしょうか?」


「いや、先代は代替わりした一年後に亡くなった。良い頃合いに代替わりしたと考えていたのですが……」


 流石にドワキチも戸惑っている。双方が友人というドワキチは親方に指名されなかったドワタの落胆を知っているのだ。


「それは困りましたね。ドワゴロウ様に真相を聞こうにも意識がありませんし」

「ワシは悪くねぇ! 金で地位を買ったクソ野郎に罰を与えただけだ!」


 誰も口を開かない。ドワタの弁明が事実であるのならば同意できる話でもあったからだ。

 ところが、ヒナは首を振る。この場の悪はドワタしかいないのだと。


「ドワタ様、残念ですが解呪いたします。呪具の使用は如何なる理由があろうと御法度。禁忌に指定されております。それに貴方様の行動は八つ当たりでしょう?」


「お前に何が分かるっていうんだ!?」


 ヒナの話にドワタはエスカレートしていく。見透かしたように話すヒナが気に入らなかったのかもしれない。


「分かりますよ? 貴方様はその場面を目撃したあと、必ず先代の親方様に詰め寄ったはず。聞かないはずがありません。呪具を買うよりも前に確認をしたはずです」


 ヒナの話にドワーフたちは何度も首を縦に振る。確かに呪具を買って呪い殺すよりも前に問い詰めるのは当たり前だろうと。


「それがどうしたってんだ! 不正をしていたから罰を与えただけだ!」

「いいえ、違います。先代様に詰め寄った貴方様は図星を突かれたのではありませんか? ハッキリと明言されたのではと存じます」


 ヒナは告げていく。全ては推論でしかなかったのだが、ドワタと接して分かったことがある。恐らくは先代の親方も同じ気持ちであったのだろうと。


「貴方様に親方の才覚はないと――――」


 顔を真っ赤にするドワタ。彼の様子はヒナの指摘が間違っていないと感じるものだ。


「呪いとは他者を恨むこと。ドワタ様、先代様に呪いをかけなかった理由は何でしょう?」


 ヒナは問う。代替わりしてから、一年と生きていたのだ。その間に呪いをかける時間はあったはずだと。


「恐らく貴方様は手渡されたお金の真意を聞いておられるはず。更には親方様の厳しいお言葉に何も言い返せなかったことでしょう。だからこそ……」


 返答しないドワタにヒナは続ける。結果を導くための過程について。


「ドワゴロウ様を妬んだ」


 ドワタは何も答えない。淡々と語られることを静かに聞いている。先ほどまで彼は声を荒らげていたというのに。


「いつしか妬みは恨みへと変質し、ドワゴロウ様を呪うことになったのでしょう?」


 こんな今もヒナは信じている。強制解呪をしなくても、この問題は解決できるはずと。信じる心は結論を急かすのみ。最後の問いをヒナは口にしていた。


「呪術を解除してもらえないでしょうか?」


 最終確認に違いない。ヒナとしては全力を尽くした結果だ。ここでも拒否するのであれば、もうディーテが望んだ結果は迎えようがない。


 しばしの沈黙。全員がドワタに視線を集中させている。

 嘆息するドワタの吐息が静寂に包まれた部屋に満ちていく。


「ワシは……」


 小さな声で語られていた。紡がれる悔恨の念は徐々にだが確実にその全てを露わにしている。


「才能がないと言われた。どうしようもなく絶望したんだ……」


 もうドワタは諦めている。罪に関することや、この人生でさえも。

 語られるのは真相であろう。既に彼は全てにおいて観念していたのだから。


「ワシはドワゴロウのような刀を作れなんだ。親方には工房を任せる腕前ではないと言われたんだよ。受け取っていた金は工房の譲渡金らしい。だから、ワシは行き場のない感情を溜め込むことになったんだ。長く燻った思いはドワゴロウを憎む感情となり、行商で人族の街へ行ったときに爆発した。呪具を見つけたんだよ。ワシは次の機会を待ち、生産神ツクリ・マース像を売って金を作ったんだ……」


 期待した裏金ではなかったこと。実力で親方の地位を勝ち取ったドワゴロウにドワタは妬む心を抱いたという。更には人族の街で見かけた呪具に魅せられてしまった。彼らが信仰していた生産神ツクリ・マース像を売り払ってまで金を工面したらしい。


「ドワタ様、正直に話して頂きありがとうございます。ディーテ様は罪を償うのであれば死を強要しないと仰られておるのです。里が決めた罰を受けていただけますでしょうか?」


 ヒナはディーテに聞いたままを伝えていく。ドワタの処分は里が決めること。里が下した処分を受け入れてくれるかどうかと。


「もうワシは終わりだ。極刑でも何でも命じるがいいさ。呪具は家の屋根裏にある。聖女様なら解除できるのだろう?」


 呪具の場所さえ分かれば、問題は解決したも同然である。呪いを生み出す呪具そのものを解呪できたのなら、懸念された反呪は発生しない。


「ドワキチ様、ドワタ様の家にご案内ください」


 ヒナは解呪へと向かう意向を示す。少しでも早くドワゴロウの苦痛を除去してあげようと。


「分かりました。ドワタの処分は俺たちに任せてよろしいのですか?」

「構いません。ここは隠れ里でありますし、里の問題にわたくしが口出しするのは好ましくないでしょう。それよりもドワゴロウ様を苦しめる呪いを早く解呪してあげたく存じます」


 言ってヒナはドワタへと視線を送る。流石にもう罪を認めただろうと。

 頷くだけのドワタ。スッと立ち上がり、自宅へと案内するように手の平を動かしている。


 話した通りに、呪具は屋根裏に隠されていた。取り出されたあと、全員の前でヒナは解呪すべく習得した魔法を唱えている。


「清浄!!」


 淡く柔らかい輝きが呪具へと降り注いでいく。仄かに赤い光を発していた呪具は程なく純白の輝きに呑み込まれ、邪悪な赤い光を失っていった。


「解呪完了です。この呪具は責任を持ちまして、わたくしが預からせていただきます。よろしいですか?」


「もちろんです。ヒナ様でしたら安心できます。このような呪具は二度と持ち込ませないと誓います。行商帰りの者には入念な検査をしてから里へ入れるようにしますので」


 微笑みながら頷くヒナ。あとはドワキチに任せて大丈夫だろうと思う。

 全員を見渡しながら、ヒナは礼をする。


「それでは皆様、わたくしたちは旅に戻ります。よく話し合って今後を決めてください。また何かあれば北の街ゼクシルへとお越しくださいませ」


「ゼクシルですか? あそこの治安は酷いので、俺たちはアーレスト王国まで行商に行っているのですが……」


「政権は打破しました。以降の政治はディーテ教団が請け負うことになっておるのです。かの国は発展し、素晴らしい国になることでしょう。是非ともドワーフの皆様とも交流させていただきとう存じます」


 ドワーフたちは笑みを浮かべている。思えば彼らが人族を警戒していたのはゼクシルのせいかもしれない。悪党が幅を利かせていた頃ではろくな商談ができなかったはずだ。


「本当ですか!? それは助かります! ゼクシル付近では行商の荷物を奪われたり散々な目に遭っていたのです」


「もう二度と、そのようなことは起きないはず。ご安心くださいませ」


 再び礼をしてヒナは手を挙げる。少しばかりの世直しがこれで完了となった。

 ところが、ヒナを呼び止める声がする。


「ま、待ってくだされ……」


 両肩を支えられながら現れたドワーフ。誰もがその姿に驚いていた。

 何しろ彼はまだ眠り続けているはずだったのだ。


「ドワゴロウ様、まだ起きてはなりません!」


 現れたのはドワゴロウであった。ヒナは直ぐさま駆け寄り、ハイヒールを施している。


「いてもたってもいられなかったんじゃよ。助けられた礼をしていない……」


 荒い息を吐きながら、ドワゴロウはそんなことを言う。自身が呪われていたことを聞いたのか、彼はヒナに礼を言うためだけに現れていた。


「お礼は必要ございません。わたくしはすべきことを成しただけでございます」

「いいや、礼はさせてもらう。俺は誇り高きドワーフなんだ。恩を受けっぱなしにはできない……」


 言ってドワゴロウは部下に何やら命じている。今もまだ自分自身の力で歩くこともできないというのに、彼は何をするつもりなのだろうか。


 困惑するヒナに、エルサが耳打ちをする。


「お嬢様、ここは素直に感謝を受け取るべきです。殿方のプライドにも色々とございますから、淑女らしく失礼のないように願います」


 なるほどとヒナ。確かに固辞し続けるのは相手の矜持に反するかもしれないと思う。

 程なくドワゴロウの部下が戻ってきて、何やら袋に入った長物を手渡している。


「ヒナ様、これは我が工房に受け継がれている刀じゃ。生産神ツクリ・マース様に愛されし、名匠ドワサブロウによる至極の逸品。どうか受け取ってくれ……」


 豪華な絹袋から取り出されたのは工房に伝わる刀であるらしい。鞘や柄の作りを見てもただならぬ雰囲気。ドワーフが製作する至極の逸品というのだから、相当な業物であろう。


「このようなものいただいて構わないのでしょうか?」


「受け取ってくれ。どうせ俺たちは斧やハンマーしか扱えん。この刀も聖女様に使ってもらえるなら本望じゃろう」


 一つ頷いたヒナはエルサに諭されたまま受け取っている。完全な後衛職である彼女だが、攻撃力のアップは純粋に有り難いと思う。


「いつか相応しい刀士が現れたなら、託そうと考えていたのじゃ。名匠ドワサブロウの一振りを……」


 エルサは笑みを浮かべていた。人徳の成せる業であると。

 世直しなど時間の無駄だと考えていたけれど、全てが間違っていなかったのだと思い直している。


「銘はデカボイーンという――――」

「一歩目から間違っとるわ!!」


 思わず声を荒らげてしまう。ドワゴロウには何の罪もなかったというのに。


「お嬢様、品格というものがございます。このような下劣な銘を持つ刀など……」

「わぁ、軽くて良い感じね?」


 エルサは使用を止めさせようとするが、ヒナは既に鞘から刀を抜いている。

 薄桃色をした刀身。まるでヒナの髪の毛を写し込んだかのような幻想的な刀であった。


「超稀少金属モモイロカネによりその発色になっておる。言い伝えによると先々代ドワサブロウは扱いが難しいモモイロカネを好んで鍛造したらしい。何でも絶対に譲れない信念があったようだ」


 ドワゴロウは里に伝わる伝説の刀鍛冶について熱く語っている。


「乳頭色はこれしかないと――――」

「お嬢様、投げ捨てましょう!!」


 卑猥な銘だけでなく、素材のイメージまで最低であった。エルサは捨てましょうと話すけれど、ヒナは割と気に入っている様子。


「エルサ、わたくしは殿方のそういった発想に割と寛容なのです。薄い本で鍛えられておりますから……」

「何ですか、それは? まあその銘については口にしないようお願いいたします」


 主人が気に入っているのなら、エルサは受け入れるしかない。薄桃色についても、その背景を知らなければ美しいのだから。


「とにかく、ありがとうございました。お身体にはお気を付けくださいまし」


 大きな笑みを浮かべるヒナ。短い時間ではあったけれど、ドワーフ族との有意義な出会いであったと感じる。


 だからこそ、感謝の気持ちを集まった全員に贈ろうと思う。


「エリアヒール!――――」




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

第008話から延々と続いた第二章。

予約登録をしていると第098話で終わる

ことが判明しました!(笑)

クリエスとヒナはどうなるのか。魔王と

邪神竜に立ち向かえるのか。どうかご期

待ください!(^^)/

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る