第088話 懺悔

 シルアンナとの通話を終わらせたあと、クリエスは睨むようにイーサを見た。


『なんじゃ? 邪魔はせんかったじゃろ?』


 先ほどの寵愛通信において、クリエスはイーサにも分かるように声を出していた。主神との会話内容がそれとなく伝わるようにと。


「俺は別に怒ってるわけじゃない。イーサ、お前に聞きたいことがあっただけだ」


 シルアンナが嘘を口にするはずもない。だからこそ確認したいと思う。


「イーサ、お前は今も俺が邪神竜に勝てると考えていないのか?」


 イーサは邪神竜と戦う前に強くなれと話していた。従ってクリエスはオルカプス火山のダンジョンへと挑んでいる。結果として充分強くなれたと実感できたのだ。


『婿殿は既に駄肉よりも強い。まあしかし、勝利できるかどうかでいえば、難しいじゃろうな』


 イーサは明言している。クリエスが戦いを挑んだとして、邪神竜に勝てないのだと。


「やはり神格の差か?」

『うむ。正直なところ、妾でも良い勝負かもしれん。あのトカゲは駄肉に触れておったじゃろ? あれは格の違いがもたらせた事象じゃ……』


 どうやら霊体であるミアにナーガラージが触れられたのは格の違いが問題となっているらしい。


『耳長族の集落へ行ったとき。普通のエルフには見えなんだじゃろ? しかし、ハイエルフには姿が見えた。あれもエルフとハイエルフの魂に格の違いがあったから起きた事象なんじゃよ』


 イーサの説明は分かりやすかった。人族において悪霊を察知するには聖職者と相場が決まっているけれど、それは人族の格が劣っているからであり、ジョブという上乗せが必要となるからだろう。もしも魂の格が際限なく上がっていくのなら、この先にクリエスも霊体と接触できるようになるのかもしれない。


「じゃあ、一つ聞くけどさ、イーサは神格を持っているのか?」


 気になるのはイーサがどういった状況であるのか。確か彼女は竜神の魂強度を奪っている。従ってイーサが神格を持っていてもおかしくはない。


『妾は魔王候補じゃからな。ジョブとしての神格は持っておらん。魔王化しようとも考えておらんかったからな』

「魔王は神格持ちか?」


 問題はその一点である。シルアンナが魔王候補であるうちに叩けというのだ。それはつまり、魔王化すれば討伐可能性が下がるからだろう。


『妾もよく分からん。まあしかし、神ではないじゃろうな。神格があったとして、土着神と同等かそれ以下じゃろう』


 イーサも詳しくは分からないようだ。しかし、彼女が話す通りだと思える。土着神でさえ厳密には神であるはずがない。世界が作り出した神に近い存在だろう。抗えぬ力を持つという意味合いで神格なのだろうと。


「竜神はどうやって倒した? お前はただのサキュバスだったんだろ? 格が違いすぎないか?」


 ここで疑問が浮かび上がる。ただのサキュバスがどうやって神格を有するものに勝てたのかと。


『竜神の奴は妾を相手にせず、少しも攻撃してこんかったからの。延々と催婬をかけ続けたのじゃ。あやつの人化した姿に妾は一目惚れをしてしもうて、どうしても精気を吸ってみたくなった。一年は通い続けたかのう?』


 どうやら竜神はイーサを相手にしていなかったらしい。一年も竜神の元へと通い続け、催婬スキルをかけ続けたという。


『したら、ある日急に催婬が昇格したのじゃ。超催婬となっての。それでもかからんかったのじゃが、何度も試していると竜神は催婬状態となった!』


 虚仮の一念岩をも通す。まさにクリエスは知らされていた。興奮気味に語るイーサはしてやったりの自慢顔である。


『催婬にかかると妾の命令には逆らえん。もはや一方的じゃったわ。殺すつもりはなかったのじゃが、若すぎた妾は死ぬまで精気を吸ってしもうた』


 竜神の最後は呆気ないものであった。極小の確率を引き当てたイーサ。抗えぬはずの存在に勝利を収めている。まるで参考にならない話であったものの、続けられた話には同意できる内容もあった。


『要は格の違いがあったとして、少なからず確率は残されるのじゃ。一万回の試行でゼロであったとして、次の十万回においては1を記録するかもしれん。極論ではあるが、可能性は常に無限大じゃ。分子が増やせぬのであれば分母を増やすだけ。試行数を如何に増やしていくかが鍵となるじゃろう』


 クリエスにも経験があった。何度斬りかかってもダメージが入らなかったダイヤモンドアント。しかし、討伐確率は残されていた。少ない試行数では間違いなく討伐できていない。討伐を信じて戦い続けたからこそ、スキルが昇格しダメージを与えられたはず。


「しかし、試行数を増やすのが問題なんじゃないか?」

『まあ、その通りじゃ。よって婿殿が勝つなど考えられん。常に可能性は残されているとしてもじゃ』


 やはりイーサは無理だと考えているようだ。シルアンナのように止めない理由は自身が側にいるからであろう。


「なら魔王候補なら勝てると思うか? シルアンナは魔王候補を倒してから挑めと話していたんだけど」


『まあ順番的にそうなるじゃろう。魔王候補であれば付け入る隙がある。魔王候補はまだ暴れ回っておらんのじゃろ? ならば当時の妾より随分と弱いはずじゃ』


 確かにジョブチェンジを果たしたとして、大量殺戮を始めたなんて話は聞いていない。当時のイーサがどれ程に暴れ回ったか知らないけれど、現状の魔王候補が得た魂強度は多くないと断言できるものだ。


「そういや、お前がツルオカと接触したとき、ツルオカは何歳だったんだ? ドザエモンとツルオカが戦った頃は十歳だったんだよな?」


 師であるドザエモンを斬ったとき、ツルオカは十歳だったとドザエモンが語っている。しかし、イーサのツルオカ評ではとにかくアレがデカいという話。想像するに十歳の子供ではなかったように思われる。


『詳しい年齢は分からん。じゃが、子供ではなかったの。妾の基準じゃと……』


 斜め上に視線をグルリと回し、イーサは考え込んでいる。


『美味しくいただける年齢じゃ!!』

「知るかよ!?」


 やはり子供ではない。イーサはクリエスの容姿を子供っぽいと評したことがあるのだ。十七歳で子供っぽいという基準ならば、ツルオカは二十歳前後であったのではと思われる。


「ドザエモンもそこそこ強かったからな。十歳でレベル1000近くはあったのかもしれない」


『出会った頃、既に妾の強さに近かったのは間違いないの。恐らく総合的には妾のが強かったと思うのじゃが』


 地縛霊化させられたというのに、イーサは自分の方が強かったと話す。まあしかし、彼女のステータスを知るクリエスは否定できない。イーサよりも強かっただなんて、考えたくもなかったのだ。


「やっぱスキルの効果か? 言霊とかいう……」


『何を信仰しておったのか分からんが、メンタルスキルの成功率は信仰値の高さに依存する。恐らく揺るぎない信仰があったのじゃろう。スキル自体のランクもあるじゃろうが、信仰値に限って、妾は負けておったのかもしれん』


 精神系の魔法やスキルは信仰値に依存しているらしい。悪霊化した現在、イーサの信仰値はゼロであった。生前にどれほどの数値であったのかは不明である。


「んん? お前は今も催婬を使ってるだろ? 霊体のお前は信仰値ゼロだけど?」


『それこそ格の違いじゃ。駄肉のやつも同じじゃろ? 魂の格と強いスキルさえあれば、同格でもない限り問題はない。つまり今の妾では邪神となったツルオカをどうこうできる可能性はないといえるな』


 先ほど負けていないと口にしたイーサだが、ツルオカが邪神として復活したとすれば手も足もでないという。またその話は邪神竜ナーガラージにも当て嵌まると思えてならない。


「マジか。ならシルアンナがいう魔王候補の討伐は可能性がゼロではない唯一の選択肢ってことか?」


『消去法じゃの。魔王候補ならば妾が充分に戦える相手じゃ。トドメを婿殿が刺し、どこまで成長できるかが鍵。女神の思惑なんぞ知らんが、間違ってはおらぬ』


 邪神竜ナーガラージは絶対に許せない。ミアの仇討ちに囚われていたクリエスはようやく現実を見据えられている。返り討ちに遭ってしまえば弔いにはならないのだと。


「そうか、良く分かった。俺はヒナと合流をして、魔王候補を討伐する。それで文句ねぇな?」


『妾はいつ何時も婿殿の意志を尊重する』

「言ってろ、バカ……」


 笑顔のイーサを見る限りは正解なのだろう。邪神竜ナーガラージは抗えぬ存在。現状のクリエスではどうしようもない相手である。従って無謀な戦いを挑むよりも、着実に強くなるべきだ。神格という問題をどう解決するのかは未定であったけれど、クリエスはその先に必ず道が開けていると思う。


「ミア、もう少し待っていてくれ……」


 決意を新たにしてクリエスはオルカプス火山を下りていく。

 先に輪廻へと還ったミアに懺悔を繰り返しながら……。

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