第085話 サナタリア島の奇跡

 アストラル世界への介入を決めたディーテ。直ぐさま天変地異を実行していた。

 あとは世界任せである。ディーテとシルアンナが祈るようにして経過を見守っていた。


「ディーテ様、神雷ですよ!?」


 暗雲立ち籠めるサナタリア島。ここに来てディーテは最高のヒキを見せたようだ。

 世界の選択は神雷に他ならない。あとはキングヒュドラアンデッドに突き刺さることを祈るだけであった。


「えっ!?」


 しかしながら、神雷は僅かに外れてしまう。足止めを考えていたというのに、これでは大地震や大噴火の方がマシであった。


「ヒナ、何をしているの!?」


 ディーテが声を荒らげている。一千万という神力を使用し、天変地異を起こしたというのに、ヒナは蹴躓いたまま倒れ込んで動かない。


 シルアンナは思わず映像から目を逸らす。流石にもうダメだと思った。直ぐ近くまでキングヒュドラアンデッドが迫っていたというのに、立ち上がることすらしないなんてと。


 しかし、このあと二人は驚愕させられてしまう。少しですら予期せぬ事態に呆然とするだけだ。


「うそ……?」


 あり得ない光景。リアルタイムで見ていたというのに信じられないでいる。

 ディーテは唖然とし、ヒナの眼前に再降臨することも忘れて映像に見入っていた。


「ディーテ様、天使って……?」


 ヒナのジョブは天使に昇華していた。当然のこと、シルアンナも受け入れられない。

 ジョブ[天使]とは天界に存在する天使と明確に同義であり、転生者であったとしても到達するジョブには括られていなかった。


 神格を得ることすら極めて稀であり、往々にしてそれらは土着の神となる。女神学校を主席で卒業したシルアンナであっても、聖女の昇華先が天使だなんて知るはずもないことだ。


「ヒナは……」


 焦点の合わぬ目をしてディーテが告げる。ヒナが成したことの重大さを……。


「生きながらにして神格を手に入れてしまった――――」



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 天使というジョブに昇華したヒナ。今もまだ呆然としている。なぜなら、彼女の脳裏には通知が連続して届いていたからだ。


『ジョブ補正によりステータスがアップしました』

『ジョブ天使初期スキル[ハイヒール]を習得しました』

『ジョブ天使初期スキル[エリアヒール]を習得しました』

『ジョブ天使初期スキル[天使の祝福]を習得しました』

『ジョブ天使初期スキル[聖域]を習得しました』


 立て続けにスキルを獲得している。ヒナは現実が信じられないでいた。

 しかし、思い出す。最後にサラが語っていたことを。


『あのびびーってやつを撃てばいいし――――』


 恐らくそれは一つしかない。言葉足らずであったけれど、ヒナが持つスキルでびびーっと表現されるものは一つしかないのだ。


 キッと向き直るヒナ。もう逃げるのは不可能だ。ならばサラが語った通りに行動すべきなのだと。


「セイクリッドフレアァァァッ!!」


 今までにも増して眩い輝き。ヒナの眼前には巨大な魔法陣が出現し、自身が知るセイクリッドフレアとはまるで異なる神々しい純白の光が撃ち出されていた。


 息を呑むヒナ。確かに同じ魔法を撃ち放った。しかしながら、セイクリッドフレアはキングヒュドラアンデッドの首を三本も消し去っていたのだ。


「セ、セイクリッドフレアァァッ!」


 再度、撃ち放つ。残りの頭も狩ってしまおうと。ここまで効いた素振りすらなかったというのに、セイクリッドフレアは今度もまたキングヒュドラアンデッドの頭部を三つも消し去ってしまう。


 次の一発を撃ち放ったヒナ。もう確信していた。アンデッドとはいえ、頭部が消失しては動けなくなるだろうと。死をも覚悟した彼女だが、何とか生きながらえたのだと。


「セイクリッドフレアァァッ!!」


 最後の一撃。胴体の真ん中に風穴を開けるべく、ヒナは撃ち放っていた。

 狙い通りに目映い輝きはキングヒュドラアンデッドの胴体を貫通し、そこには大きな穴が開いてしまう。


 そのあと、キングヒュドラアンデッドの身体は自重に耐えきれず、地面へと崩れ始める。頭部を全て失ったそれは、今やただの腐肉となった……。


 ヒナは立ち上がることなく、呆然と眺めている。明確に死を覚悟したはず。だからこそまだ疑っていた。キングヒュドラアンデッドが再び動き出すのではないかと。


『レベル1005になりました――――』


 突然の通知に驚く。それはこの現実が確定したことを意味していた。

 唖然としたあと、頭を振ってみる。完結した戦闘結果を理解しようと。


「勝てたの……?」


 レベルアップを遂げたのだから間違いない事実だ。しかしながら、ヒナはこんな今も現実を受け止めきれない。なぜならレベルが700以上も上がったのだ。何だか夢を見ているような気がしている。


「ヒナ、サラが……」


 放心状態のヒナに声かけがあった。それはウンディーの声。ようやくヒナは今し方の出来事について思い出している。


「ウンディー、サラはわたくしを救うために力をくれたのよ。わたくしとサラは一つになったの。これからもずっと一緒だからね」


 やはり子供をあやすように。ウンディーが突然の出来事を受け止められるように説明している。もうサラの声なんて聞こえなかったけれど。


「そっか……。なら、サラの願いは叶ったんだね? サラは世界に願ってたよ。ヒナが強くなれますようにって……」


 よく分からない話である。かといってヒナもサラから聞いていた。

 更にはディーテが似たような話をしていたのだ。世界に認められたならば人や魔物は昇格するのだと。強い願いが邪竜や魔王を生み出したりもするという話を。


「じゃあ、サラにはご褒美をあげないといけませんね?」

「うん! 飴玉いっぱいあげて欲しい!」


 ヒナは笑みを浮かべながらウンディーに頷いている。純粋な彼女に真実は伝えられない。今もいることにしないと、恐らく泣き出してしまうからだ。


「ええ、もちろん。あとでウンディーにもあげるわよ?」

「やったぁ!」


 とりあえずヒナは立ち上がっている。サラが助けてくれなければ、この命はない。彼女の献身には感謝すると同時に、不甲斐なさも覚えている。安易にレベルアップを望んだ末の結末だったのだから。


「お嬢様!」


 エルサの大きな声が届いた。今も彼女が無事であること。ヒナは改めてサラに感謝している。サラが力をくれなければ、今頃は二人して輪廻へと還っていたのだから。


「エルサ、戻りましょう。もう目的は遂げました……」


「いや、お嬢様は急に強くなりませんでしたか!?」


 エルサは一部始終を見ていたのだ。しかし、サラがヒナに力を与えたことは小舟にいた彼女には分からなかったのだろう。


「ちょっと本気を出しただけですわ」

「本当ですかぁ!?」


 ヒナは真相を告げなかった。今はまだ心の整理もできていないのだ。今し方の話をキチンと伝えきれないはずだと。


 だからこそ、ヒナは別れだけを選ぶ。優先して伝えるべきことは一つしかなかった。


「エルサ、この島に飴玉をお供えしておきましょう――――」

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