第083話 ヒュドラゾンビ

 ドワーフの里を発ったヒナとエルサ。二週間以上をかけて、ようやく南大陸の南端まで到着していた。


「あの島がサナタリア島かしら?」


 水平線の先に薄っすらと島影が見えた。蜃気楼の可能性もあったけれど、目標とすべきものはそれしかない。


「お嬢様、本当に大丈夫なのですか?」


「行くしかありません。わたくしはもう半年も生きられないのです。無茶をする時期に入っていると認識しております」


 エルサは不安だった。島に到着すれば助けられないのだ。浄化も回復魔法も使えぬエルサは小船の上で帰りを待つしかない。


「まあ、そうなのですけど……」


「エルサ、わたくしは精一杯生きてきました。もちろん、18歳以降も生きるつもりです。けれど、もしも制約を果たせなくとも問題ありません。やれるだけをやったと、わたくしはこの17年を自己評価しておりますから……」


 ヒナの話には涙が零れそうになる。彼女の努力を間近に見ていたエルサには悔いなどないと理解できた。しかし、未練がないなどとは決して思わない。


「お嬢様、18歳の誕生パーティーは盛大に執り行いましょう。私は精一杯に準備をいたしますので、無駄になさらぬようお願いいたします」


 エルサは彼女なりのエールを返す。ヒナが頑張れるように。戻ってきたとき、成長しているようにと。


「それでしたら白金貨を千枚は使わねばなりませんね……」


「ええ、盛大なパーティーですので何千枚でも使ってしまいましょう!」


 いつもはヒナの金銭感覚に文句を並べるエルサだが、今度ばかりは乗っかっている。もし仮に白金貨くらいでヒナが生きながらえるのなら、公爵家が破産しようとも使い切るべきだと思う。


 小さく笑ったヒナはアイテムボックスより小船を取り出し、そのまま海面へと浮かべている。


「ウンディー、またお願いできる?」

「もちろん! 飴玉ちょうだいね?」


 再びウンディーの水流によって沖を目指す。遠く霞む島影に向かって。

 波は穏やかであり、小舟はグングンと島に近付いていく。やはり見えていたのは蜃気楼などではなく、サナタリア島であるらしい。徐々にサナタリア島の全貌が明らかとなっていった。


「お嬢様、島全体が不穏な色をしていますが……」


 島には重々しい色をした霧が立ち込め、大地もまた毒々しい色に染まっている。


「やはり島全体が毒化しているのね。ディーテ様に聞いた通りだわ」

「私は不安でしょうがないですけれど……」


「もしも、わたくしが一日経っても戻らなければ、エルサは大陸に戻ってください。お父様にその事実を伝えてもらえればと……」


「お嬢様、縁起でもないことを言わないでくださいまし!」


 ヒナは怒られてしまう。可能性としてあることを口にしただけであるというのに、エルサは今にも泣き出しそうな表情であった。


「エルサ、わたくしは戻ってくるつもりよ? こんなところで死ぬために努力してきたのではないのですから……」


 精一杯に想いを口にする。自分だって死地に向かうつもりではないのだと。生きて戻って成長することを願っているだけだ。


 接岸するや、ヒナは浄化魔法をかける。ディーテの祝福を受けていたけれど、島の毒化は異常なまでに進んでおり、浄化しないことには進めそうもない。


「これは猛毒かしらね?」

「お嬢様ァァ、不安にさせないでください!」


 エルサの心配を余所に、ヒナは上陸を果たす。一歩踏み入れるも、島は猛毒に覆われており、草木の一本も生えていない。


「サラ、ウンディー、エルサを頼むわね? あとエルサは二人のお世話をしっかりと。飴玉は一日に三個までよ?」


 ヒナの話に全員が頷いている。大精霊とはいえ、戦闘力のない二人を連れて行くわけにはならないし、エルサを守って欲しいと願う気持ちに嘘などなかった。


「お嬢様、いつまでもお待ちしておりますから」


 エルサの声かけには笑顔を返す。正直に怖くも感じていたけれど、弱音を返すわけにはならないのだと。


 浄化しつつ歩き始めたヒナ。朽ち木すらない島は毒霧が漂っている以外は見通しがいい。しかし、ターゲットであるヒュドラゾンビの姿は何処にもなかった。


「確か五体いるはずなのですが……」


 ディーテから聞いた話だと、ミア・グランティスの使役ヒュドラゾンビは五体いるはず。それほど大きくない島であるはずなのに、一体も見つけられないでいた。


「浄化!」


 もしもヒュドラゾンビに出会った場合を考え、ヒナは動き回れる場所の確保を優先している。手当たり次第に浄化をして、安全地帯を作っていた。


 かなりの時間が経過している。魔力回復ポーションを飲むのも既に五本目だ。ヒナは浄化魔法をかけ続けながら、島の頂上まで辿り着いていた。


「まいりましたわね。浄化魔法は熟練度99から上がる気配もないですし」


 一向に出会わぬヒュドラゾンビに加え、目的の一つである浄化の昇格。あと1であったというのに、何の反応もなかった。


「この惨状だから、島にはヒュドラゾンビがいるはず。でも、五体もいるというのに、一体も出会わないのはどうしてかしらね?」


 島を間違えたなんてことは考えられない。これだけの毒素に覆われた島が他にあるはずもないのだ。


「セイクリッドフレアを撃ってみるべきかしら?」


 周囲に立ち籠める毒霧のせいで視界が悪い。神聖魔法の一つであるセイクリッドフレアであれば毒霧が晴れるのではと思う。


 現状から考えられることは五体が一カ所に集まっていること。この霧さえ晴れたとすれば高台から撃ち抜けるような気がする。


「セイクリッドフレアァァ!」


 ヒナは迷わず撃ち放った。山頂から撃ち下ろす。霧が晴れるまで撃ち続けてやろうと考えて。

 一体、何発撃っただろうか。何本目かの魔力回復ポーションを手にしたとき、空間に巨大な影が浮かび上がる。


「やりましたわ!」


 喜んだのも束の間。ヒナは愕然とさせられていた。

 当たりだと思った影は霧が晴れるや次第に大きくなって、遂には山のようなその姿を露わにしている。


「こんなに……大きいの……?」


 その影は島の南端にある海岸線沿いであったというのに、山頂から見るヒナにもその異様な大きさが理解できた。図体は山のようであり、そこから伸びる頭は九つ。明らかに相対しているそれはヒナに気付いていることだろう。


「浄化!!」


 突如として放たれたビームのような攻撃。ヒナは透かさず浄化魔法を唱えている。


『浄化の熟練度が100になりました』

『浄化は清浄へと昇格しました』


 ここでいきなりの昇格。先ほどまで何の反応もなかったというのに、ヒュドラゾンビが吐いた何かを浄化しただけで熟練度が上がっている。地面に染み込んだ毒素とは桁違いの威力を秘めていたに違いない。


「撃ち抜くしかありません!!」


 ヒナはセイクリッドフレアを放つ。彼女の攻撃手段はこれくらいしかない。アンデッドには火属性魔法も効果を見込めたけれど、威力は神聖魔法に遠く及ばないのだ。


「セイクリッドフレアァァッ!!」


 撃てる限りに撃っている。しかし、何の反応もない。ディーテの様子からセイクリッドフレアを撃ってさえいれば、ヒュドラゾンビは討伐できると考えていたのに。


 連発で撃ちまくったからか、周囲の毒素はかなり軽減し、山頂からは島全体が見渡せるようになっていた。しかしながら、島には聞いていた五体の姿はなく、なぜか巨大なヒュドラゾンビが一体いるだけである。


「どうしてなの……?」


 理由は分からない。だが、このイレギュラーは一つの推測に導いてもいた。


 想像よりも巨大なヒュドラゾンビ。更には一体しか見当たらない現状。加えて使役者であるミア・グランティスの消失。統率を無くしただろう事実は一定の回答にしか帰結しない。


「あのヒュドラゾンビが他の四体全てを飲み込んだ……?」


 共食いとかゾンビにあるのか分からない。しかし、殺しても死なないゾンビ体を丸ごと食べたのなら魂強度を奪えるような気がする。セイクリッドフレアがまるで効いた感じがない現状はヒュドラゾンビが進化したことを肯定していた。


「セイクリッドフレアァァ!!」


 効いているのか分からなくとも、ヒナにはセイクリッドフレアしかなかった。徐々に坂を登ってくるヒュドラゾンビを討伐するだけである。


「清浄!」


 連続で撃ち続けようにも、九つある頭部からは猛毒が吐き出されてくる。その都度、浄化していく必要があり、ヒナは焦りを覚えていた。


「エルサたちのところへ着くまでに倒さなくちゃ……」


 正直にドラゴンゾンビとは格が違う。元々のレベルからして異なるはずで、進化した巨大なヒュドラは災厄級ではないかとも感じる。


 巨体がグングンと迫ってくる様子には恐怖すら覚えてしまう。またもや苦戦を強いられるとは考えもしていなかったというのに。

 セイクリッドフレアさえあれば楽勝だったはず。けれども、セイクリッドフレアは少しも効いている感じがしなかった。


 此度の猛毒を被弾すれば、恐らくエルサは命がない。よって下がり続けたとしても、島の北端までは後退できないのだ。


 ヒナは再び窮地に立たされている……。

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