第082話 最深部には

 ダンジョンを踏破したクリエスだが、全ての目標が達成できたわけではない。なぜならダンジョンコアの破壊がまだ残っていたのだ。


 最下層は割と広く、マグマ溜まりの周囲をクリエスは隈無く探していた。


『婿殿、あれじゃて!』


 小石のようなものかもしれないと、足元まで念入りに探していたクリエス。イーサが指さす先に巨大な輝きを発見している。


「マジかよ。こんなにデカいものだったんだな?」


 近付くと台座のようなものに金色のダンジョンコアが乗っかっている。イーサが作ったものと比較すると百倍はありそうな超巨大オーブであった。


「やっぱ人為的なダンジョンだったみたいだな……」

『うむ、しかもこの魔力波は並大抵のものではないぞ?』


 台座にある時点で自然発生の可能性はない。人為的に生み出されたダンジョンであるのは間違いないだろう。


「イーサ、これを破壊できるか?」


 正直に近付くのも躊躇われている。クリエスには叩き壊せそうな気がしない。


『いや、これほどまでとは……。強大な力を感じるのじゃ。火口を維持しながら破壊するのは難しい。仮に破壊したとすれば、火口ごと粉砕してしまうじゃろな……』


 火口ごと破壊したなんてことになれば、クリエスとて無事ではいられない。かなりのレベルに達していたけれど、生き埋めになってしまえばそれまでである。


「一体、何者がオーブを設置したんだ?」


 そんな疑問を解決に導く糸口。クリエスは発見していた。なぜならダンジョンコアの台座に製作者らしき者の文面が残されていたからだ。


【ここに到達した強者へ】


 最初の行は何やら手紙のような内容を予感させるものだ。術者はその可能性を考えていたのかもしれない。


【私は地平を望む者。守護者を倒した褒美として世界が迎える結末を教えてやろう】


 次に記されていたのは碑文の存在理由。また誰がこれを生成したのか予想できる内容である。


【私はこれより東西南北と地平を繋ぐ。この地の全てを地平と化し、世界はようやく浄化されるのだ】


 三行目はいまいち判然としない。分かったのは術者が現状に不満を持っていたという感情くらいである。


【千年の時を超え、地平十字を結ぶ聖域に私は復活する。誰にも邪魔はさせない。大地を清めし新たな神として、この世界に降臨するだろう】


 やはり発端は千年前のよう。復活との言葉。新たな神という言葉には確信するしかない。

 クリエスはオーブの設置者が誰なのか薄々と勘付いている。


【穢れた世界は浄化されるだろう。女神の呪縛から世界を解き放ってやろう】


 もう疑いはない。クリエスは最後の文面を読み、納得していた。

 自然と溜め息が漏れてしまう。やはり現状は千年も前から誘われていたのだ。


『婿殿、間違いなくツルオカの仕業じゃの。信じられんが、ツルオカはジジイと戦ったあと、僅か十歳にしてこのオーブを生成したようじゃな。破壊すべきじゃろうが、それを見越したのかマグマ溜まりになんぞへ設置しよってからに。この金色に光るオーブはのちの災いとなるやもしれん』


 イーサは見解を語る。ツルオカがドザエモンを殺したのちに、黄金のオーブを設置したのだと。


『このキンタマは災いじゃ……』

「キンタマ言うな!!」


 確かに金色の玉ではあるけれどとクリエス。締まらないのはいつも通りであり、語弊を招く表現をイーサは口にしていた。


 何を思って火口をダンジョン化したのか不明であるけれど、十歳にして世界を浄化しようとしていたのは明らか。強大な魔力を用いて彼はこれを生成したようだ。


「やっぱ復活するつもりじゃねぇか?」

『そうじゃな。奴は転生した当初から邪神としての復活を考えておったのかもしれん。このキンタマは復活の儀式に使用する方陣の一角かもしらんな』


 イーサはオーブの設置理由を予想している。

 もし仮に方陣であれば一箇所ではないだろう。恐らくは力を集約すべく各地に同じようなオーブを設置したはずだ。


「なら、やっぱ地平十字がキーワードか?」


 碑文に記された東西南北。それが意味するのものはツルオカの剣にある地平十字であるようにしか思えない。


『地平十字を結ぶ聖域とあるし、他にも三カ所存在するじゃろうな。恐らく十字芒星陣という式じゃの。この火山は昔から魔素の通り道だったのじゃろう。いわゆる竜脈。そこにオーブを据えたのなら、勝手に育っていく。ツルオカは強大な力を四方に配置し、それを中心部へと集めているはずじゃ……』


 イーサは淡々と語っていく。現状では推測の域をでないのだが、それでも彼女は一定の回答に行き着いていた。


『ツルオカは中心部に降臨する――――』


 十字芒星陣という聞いたことのない術式。クリエスが知っている魔法陣は五芒星や六芒星といったものが主流であり、複雑な術式になると十芒星や十二芒星といったものまで存在する。しかし、イーサが話す十字芒星陣なるものは簡易的すぎて機能しないのではと考えてしまう。


「四点しかない方陣がちゃんと機能するのかよ?」

『普通なら機能しない。何しろ、ろくな力が集まらんのじゃからな……』


 断言したイーサであるが、正反対の返答をする。クリエスが感じたまま、機能しないのだと彼女はいう。


『じゃがな、婿殿。簡易的星形術式でも機能させることはできるのじゃよ。じゃからこそツルオカは強大なオーブを四方に設置したのじゃ。もっとも四カ所に設置するくらいが限界じゃったはず。流石にこの大きさのオーブを五個も六個も作れんかったじゃろう。またツルオカは千年をかけてオーブを育てようとしていたはずじゃ。この世に顕現できるほどのエネルギーが生み出せるように。強力な魔物に守護させていたのは計画がそれだけ長期であったからじゃろう』


 言われて理解した。如何にツルオカといえど、五角や六角にオーブを設置するのは難しかったのかもしれない。簡略化をし、更には時間をかけて育てるという手段しか選べなかったのだろう。


「じゃあ、ツルオカは生涯をかけて、四カ所に設置したってことか?」


『じゃろうな。これだけのオーブじゃ。生みだした直後は相当に疲弊したはず。四つも設置するには何十年とかかったことじゃろうな』


 ツルオカの強い意志を感じずにはいられない。世界を浄化するという話は軽口などではなく、実際に超長期的な計画が進められていたようだ。


『十字芒星陣ならば顕現場所は分かりやすい。十字に交わる中心地こそツルオカが復活を目論む場所なのじゃから』


 中心地と言われても今のところは一箇所判明しただけだ。少なくともあと一カ所見つけ出さねば、大凡の位置も分からない。


「中心地で復活の儀式を行うってことか?」


『奴は大精霊の一体を連れ去った。恐らくは神格を奪うため。神へと昇華するには奪った方が早いからの。更には魂が輪廻に還らぬよう何らかの小細工をしておるはずじゃ』


 クリエスにも見えてきた。ツルオカが画策した千年越しの計画。大精霊消失から端を発した災禍警報は勇者ツルオカの召喚に繋がり、果てには邪神ツルオカの復活にも繋がっているのだと。


「なら俺は他の三箇所を探すしかないな。破壊できそうなオーブを見つけ出そう。ツルオカを復活させないためにも」


 クリエスは救世主として成すべきことを理解した。邪神の復活は絶対に阻止しなければならない。もしもオーブが破壊できないのなら、術式が発動する中心地を先に攻めるだけだ。


『うむ。ツルオカは生前でも手に負えん猛者じゃった。神として復活すれば妾の手にも余る。偉大なる妾にも対処できかねるのじゃ……』


 イーサでさえ危惧している。邪神としてツルオカが復活する脅威を。


『奴のはデカすぎて対処できぬ……』

「それもう分かったから!!」


 再びイーサはツルオカのアレについて言及した。冗談なのか本気なのか判然としないけれど、ツルオカが強者であるのは明らかである。


『まあ邪神として復活してしまえば、世界は滅びるじゃろう。ツルオカは妾が手も足も出んかった猛者じゃ。この世に対抗できる者など存在しない』


 追加的な話は絶望感を覚えるものであった。イーサでさえ不可能な事象を他の人間に成せるはずもないのだ。


「現在の魔王候補と戦わせてみたらどうだ?」


『それは可能性を含むが、期待はできん。ツルオカは最低でも十字芒星陣を完成させるまで生きたのじゃ。生まれたばかりの魔王候補に対抗できるとは思えん。それにもし仮に魔王候補が勝ったなら、その魔王候補は確実に覚醒するぞ? 結果として何も変わらんじゃろうて……』


 イーサの見解には頷くしかない。邪神ツルオカを魔王候補が倒せば、魔王候補はツルオカの魂強度を奪うのだ。新たな脅威が現れるだけであった。


「じゃあ、俺はどうすればいい? 世界を救うのに最適な行動とは何だろう?」


 事はついでとイーサに聞く。彼女が考えるベストとは何なのかと。

 少しばかり思考したイーサだが、小さく頷くや返答を終えた。


『婿殿は魔王候補を討ったあと、邪神竜に挑むべき――――』


 ストレートすぎる話にクリエスは戸惑う。討伐と軽くいうけれど、相手は神格を持つ邪神竜と警報の中心である魔王候補なのだ。簡単に成し遂げられる目標ではない。


「マジで言ってんのか……?」


『婿殿ならできるじゃろう。最初に魔王候補を討ち、魂強度を上げるのじゃ。その後、邪神竜に挑めば勝算は少なからずある。どこまで成長できるか未知数じゃが、ツルオカに挑むのであれば両方とも避けて通れんことじゃな』


 言うに事欠いて魔王候補と邪神竜の両方を討てとイーサは言う。クリエスはまだ災禍級にも達していないというのに。


「それは十字芒星陣を探しながらか?」

『当然じゃろ? ツルオカの復活までに全てを終えるべきじゃ。復活してしまえば、難易度は格段に上がるのじゃからな……』


 生前でもイーサを圧倒したツルオカだ。神として復活してしまえばどうしようもなくなるだろう。クリエスは早々に魔王候補と邪神竜を討伐し、ツルオカの計画を阻止しなければならない。


「了解。俺には荷が重いけど、やるっきゃねぇな。俺にしかできないのだし……」


 長い息を吐きつつも、クリエスは心持ちを新たにしている。巨乳な彼女が欲しいと転生した彼であったが、欲望も願望も先送りとした。


 世界には危機が訪れている。それを打破できるのはシルアンナの使徒である自分しかいない。ならばクリエスは命ある限り戦い、平穏を手にするしかなかった。


 前世からの夢を叶えるのはその先でも充分だろうと……。

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