第078話 火口のダンジョン

 ほぼ一週間をかけてオルカプス火山を登り切ったクリエス。山頂にある火口からはあり得ない数の魔物が漏れ出していた。


「どうなってんだよ!?」


 道中はずっとチチクリからもらった雷属性基礎魔法サンダーウェーブを撃ち続けている。剣技だけでなく魔法の習得にも精を出していた。


 もう半日に亘って山頂で戦っている。クリエスに気付いた魔物がこぞって襲ってきたのだ。火口のダンジョンは上部が丸見えであるため、延々と相手をすることになってしまう。


『むぉぉ、やはり尻穴大辞典に記されていた通り! ブリブリと穴から出てきよるじゃないか!』


 イーサはかつてのバイブル尻穴大辞典に間違いがなかったと知ってご満悦である。クリエスは割と苦労していたというのに、気楽なものであった。


「ようやくか……?」


 食事を取る間もなく戦い続けた結果、クリエスは大量の魔物を狩り、レベルは40も上がっている。流石に上層にいた魔物を狩り尽くしたのか、もう新手は現れない。


『クリエス殿はかなりの腕前であるな。魔法まで使いこなすとは天晴れです』


 獄葬術を獲得してから、ドザエモンの持ち上げが気持ち悪い。祓われないようにと、彼はお世辞を並べている。


「飯を食ってから、ダンジョンに挑むぞ?」


『それは構わんが、かなり深いはずじゃぞ? 何しろ登頂まで一週間もかかったのじゃ。最深部にあるダンジョンコアを破壊するつもりならば同じくらいかかるじゃろうな』


 時間はかかっても構わない。クリエスの目的はレベルアップである。邪神竜を討伐できるように、強くなるだけであった。


「そりゃ、到達すればコアの破壊はした方がいいだろうけど、また苦しむ羽目になるんじゃねぇか?」


『それはあり得る話じゃ。とはいえ現状の強さがあれば平気じゃと思うがな。ダンジョンコアの生成方法にもよるじゃろうが……』


 気になる話にクリエスは反応する。生成方法とは何か。どのような違いがあるのかと。


「生成方法って何だよ?」

『妾が生成したオーブがダンジョンコアと化したじゃろ? 人為的オーブとは別に自然生成オーブが存在する。魔素溜まりに発生するのが自然発生オーブじゃ』


 クリエスには違いが分からない。人為的なものと自然発生とで何が異なるのか。


「違うものか?」

『当然、異なる。自然発生は徐々に魔素を吐き出し始めるが、人為的なものはいきなりじゃ。設置するや魔素を吐くので魔物が直ぐさま湧く。また人為的なコアは設置場所により更なる成長をするからの。スタンピードを起こすのは人為的なダンジョンコアが多いのじゃよ』


 イーサの説明はとてもよく理解できた。彼女が設置したオーブも長い期間を経て巨大化し、スタンピードを起こす寸前の状態だったのだから。


『つまり千年前、急に魔素を吐き始めたここは人為的である可能性が高い。もしも、予想通りなら、かなりのデカさになっているじゃろうな』


 イーサの見解ではオルカプス火山は人為的にダンジョン化したという。だが、クリエスは眉根を寄せている。どうにも話が繋がらなかった。


「お前の尻穴大辞典はいつ記されたものだ? 千年前と言えばお前が地縛霊となった時期。リリアさんは千年前からダンジョン化したと話していたんだ。ダンジョン化したオルカプス火山について記された本をお前が読んでいるのは矛盾しないか?」


 イーサが読んでいたのだから、間違いなく千年以上前の書物だ。対してリリアは千年前から魔素を吐き出したと話している。どうにも尻穴大辞典の信憑性を疑いたくなる話であった。


『妾の尻穴大辞典は初版本じゃ。概ね全てが千年前の事象じゃろうな。前後三十年。誰が何の目的で設置したかは分からんが、全部同時期に起きたことじゃろう』


「まあそうか。魔素を吐き始めて直ぐに調査をし、掲載されたのならイーサが読んでいても問題はないのかもな。全ての厄介ごとは約千年前に起きたってわけか……」


 千年前の混乱期に不穏な動きをした者がいる。魔王候補と狂気のハイエルフの影で、暗躍した者がいたのは間違いないだろう。


『尻穴大辞典に間違いなどない! 尻穴大辞典は絶対なのじゃよ!』

「尻穴大辞典へのその信頼は何なんだ……」


 はぁっと長い息を吐く。さりとてイーサに対してではない。人為的に作られたダンジョンの攻略が一筋縄ではいかないと感じてのものだ。


「千年経ったってことは……」


 アーレスト王国の古代遺跡も同じだけの期間が経過していたのだ。オルカプス火山もまたスタンピードを起こす寸前になっている可能性が高い。


『うじゃうじゃおるじゃろな。さりとて婿殿の目的には合致しておるじゃろ?』


 確かにイーサが話す通りであった。クリエスは強くなるためにここまで来たのだ。ヒナとの合流を先送りにしてまで、ミアの弔いを優先とした結果である。


「まあそうだ。一気にレベルアップするぞ。あの邪神竜をぶった斬るために……」


 もはやクリエスを脅かすような魔物はいないはず。いたとして最下層ではないかと思う。ならば魔物が大量に湧いているのはチャンスに違いない。


 ダンジョン内は火口の周辺に足場があり、グルリと周りながら下りていく螺旋構造のよう。山頂から見下ろすと、熱されたマグマが威圧的な赤い光を発している。


 いざクリエスが火口に侵入すると、早速と魔物が現れていた。


【リトルドラゴン】

【レベル】55


 既に懐かしさすら覚える魔物。クリエスが初めて戦った魔物が四頭も現れている。

 旅立ちの頃に遭遇したリトルドラゴンは幼体であって体躯もクリエスより少し大きい程度。しかし、現れた四体は成体であり、図体もレベルも段違いである。だが、今となってはどちらであっても一撃であり、数が揃っていようと瞬殺できるだろう。


「死ねぇぇっ!」


 思えば強くなった。旅立ってから半年程度しか経っていないというのに、死すら覚悟した相手を簡単に斬り裂いている。瞬く間に四頭の肉片が周囲に飛散していた。


『クリエス殿、貴殿には刀が合うやもしれぬ』


 ここでなぜかドザエモンが口を出す。クリエスの扱う長剣が彼に相応しくないという話を。


「どういうことだ?」

『見たところクリエス殿は斬り裂く振りをしておる。師匠は純粋な長剣使いでしょうか?』


 クリエスは冒険者にお金を払ってまで剣術を学んでいた。決してランクの高い冒険者ではなかったけれど、彼のおかげで【剣術】スキルを得られたのだ。


「Cランク冒険者だったけど?」

『冒険者なら納得ですな。彼らはまともに習っていない。自分が戦っていたスタイルを伝えただけでしょう。本来、ストレートタイプは突きが優れた武器。斬ることも可能ですが、最も威力を発揮するのは突きなのです』


「突きだって?」


 クリエスは思い返している。そういえばリトルドラゴンも突きで仕留めていた。更にはアクアドラゴンでさえもトドメを刺したのは突きである。強大なドラゴンの喉元に刃を突き付けたのだ。


「だったら突きを多用した方がいいのか?」


 ここはドザエモンを頼る。現状は無能な彼であるが、歴とした前衛職なのだ。加えて剣聖というSランクジョブ持ちであった。


『まあ、強敵相手にはです。突きは乱戦に向きません。奥深く刺さり、抜ききれず死ぬなんてことも少なくないのですよ。よって強者は刀を使うべき。曲刀は斬り裂きに特化した武器であり、使用には慣れが必要ですが、乱戦にも適しております』


 意味は分かったけれど、今はダンジョン攻略を始めたばかり。刀を手に入れるなど不可能である。


「まあ分かったが、持ち替えるのは生き残ってからだ。街に戻っている時間なんてない」


 現状ではツルオカの長剣でも充分であった。オリハルコンを使用した頑丈な剣は切れ味だって申し分ないのだから。


『まあそうですな。ですが我が愛刀を見つけられたのなら、是非とも手に取っていただきたい。かの名匠ドワサブロウ氏による逸品を貴殿に振って欲しいものです……』


 言ってドザエモンは心残りである愛刀の銘を口にする。


『我が愛刀ラブボイーンを――――』

「嘘だよな!?」


 もし仮に見つけたとして使いたくない。巨乳好きではあるのだが、流石にラブボイーンだなんて銘が刻まれた刀を帯刀したくなかった。


『ドワサブロウ氏もディーテ教徒だったのですよ。当時教皇であったボイナー様の名から拝借したと聞いております。それ故、彼が打った刀には全てボイーンが銘に含まれているそうです』

「迷匠すぎるぅぅ!!」


 何を選んでもボインだなんて、ドワサブロウの刀には気をつけようと思う。うっかり買ったあとで後悔しないように。


『婿殿、次が来たのじゃ!』


 雑談している暇はない。螺旋状の吹き抜けダンジョンは魔物に気付かれやすかった。どうやら、ずっと下方にいる魔物にまで見つかってしまったらしい。


「邪魔くせぇなぁっ!」


 クリエスは懸命に剣を振る。できれば火口へ落として楽をしようと。しかし、左回りの通路は利き手と逆方向に振るしか魔物を落とせない。加えて火口を意識しすぎると、却って効率が悪くなった。


「クソッ!」


 こうなると斬っていくだけだ。クリエスは全てを一刀両断し、グングンとダンジョンを下りて行く。


 螺旋状であったから階層など分からない。しかし、火山が発するガスや魔素濃度の高まりは体感できている。微妙に体力を削っているのが理解できた。


【ファイアードラゴン】

【レベル】89


 現れる魔物も次第に強くなっている。主に火属性なのは下層へ行くほどマグマの熱が籠っているからだろう。


「うおおおおっ!!」


 通路を塞ぐ巨大なドラゴンにもクリエスは斬りかかっていく。レベルアップが目的である今回のダンジョンは倒せるだけを倒すのみ。よって通路の狭さは有り難い。一体ずつを相手にしていけばいいのだから。


 ファイアードラゴンも難なく討伐。流石に一撃ではなくなっていたものの、魔眼による弱点狙いのおかげで苦労することはない。


「よし、いける!」


 このときクリエスは理解していなかった。


 一本道のダンジョン攻略。倒すだけという単純なことがどれほど過酷であるのかを知るはずもなかった……。

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