第077話 名探偵

 ドワゴロウに呪いをかけた人物。ヒナはドワキチに思い当たる節はないかと、聞き取りを行っていた。


「いやぁ、ドワゴロウは若くして親方に指名された努力家なんです。恨まれるような奴じゃありません」


 ドワキチは首を振る。里の誰かがドワゴロウに呪いをかけたなんて信じられないといった風に。


「ディーテ様の見解にわたくしも同意しております。里の誰かがドワゴロウ様に呪いをかけたのは間違いありません。不審な行動をしている人や、怪しげな人が出入りした事実はありませんでしょうか?」


「俺たちは基本的に里から出ませんし、渓谷には見張りを置いています。ヒナ様もご存じのように一見の人族が里に来ることは絶対にないです。行商も俺たちが人族の街に出向いていますので」


 不審人物に心当たりはないという。ヒナたちも尾行されたのだ。怪しげな人物が容易に近付けるとは思えない。


「そうですか。では闇の属性を持つ方は何人ほどいらっしゃいますか?」


 ヒナは質問を変える。聖邪二属性と呼ばれる光と闇のレアエレメント。その内、闇属性を持つ者という縛りで容疑者を絞り込んでいくつもりだ。


「レアエレメントですか。ちょっと待ってください。名簿を持ってきます」


 恐らく数はいないと思われる。基礎四属性以外はレアエレメントなのだ。雷や氷といった派生した特殊エレメントほどではないにしても、光と闇の属性は稀少なエレメントだった。


 程なくドワキチが戻ってきた。住人名簿は割と分厚い。里と話していたけれど、千人規模ではないかと考えられる。


「お嬢様、人手を増やしてはいかがでしょう?」


 ここでエルサが進言する。一人一人チェックしていくのだ。三人ではかなりの時間を要するだろうと。


「いいえ、三人でチェックします。不審人物はいないと仰っておりましたが、確実に里の人間が犯人なのですから。残念ですが、誰も信用できません。元より事件解決を潤滑に行うためであり、わたくしはこの事件を解決したく存じます……」


 ヒナは思い出していた。少年探偵の漫画を。前世で読んだシーンを彷彿と記憶から呼び出し、それを口にしている。


「ばっちゃんの名にかけて……」


 何だか思ったよりも締まらない。口にして初めて、この台詞は使い所が難しいのだと分かった。


「ディーテ様の名にかけての方が良かったのでしょうか……?」

「お嬢様、何をブツクサと言っておられるのです?」


 エルサの横やりに、ヒナはコホンと咳払い。仕切り直しとばかりに方針を示していく。


「とにかく探しましょう。時間がかかろうとも三人でするべきです。犯人に捜査を攪乱されないように」


 言ってヒナは名簿のチェックを始める。チェックすべきは属性のみなので、それはもうテキパキと。


 このあと三人は手分けしてリストを作り上げた。900人中、僅か四人。それが里に住む闇属性持ちのリストである。


「しかし、若いと聞いていましたが、ドワゴロウ様は80歳ですか……」


「俺らは人族よりずっと長生きです。80年やそこらで老け込むことはありません」


 80歳は若いのだとドワキチはいう。まあ確かにドワキチも同年代らしいのだ。髭もじゃではあったけれど、彼の肌にはまだシワの一つもなかった。


「この四人の誰かが犯人です。ご説明いただいてもよろしいでしょうか?」


「ああ、まず一人目のドワタは同じゴーモウ工房で働いている友人なんです。次のドワコは食事処で働いている20歳の女。それでドワエ婆さんは流石にないでしょう。今は寝たきりだし、介護が必要なんです。最後のドドアスですが……」


 ここで法則が崩れた。全員がドワから始まっていたのに、最後だけドドだなんて。出自が異なる可能性にヒナは気付いていた。


「そのドドアス様が怪……」

「ドドアスは生後一ヶ月ですから、先の二名が怪しいですね」

「その通りですわね!」


 危なく名探偵の看板をおろさねばならないところであった。生後一ヶ月の赤子に何かできるはずもない。


「とりあえずドワタとドワコから話を聞きましょう」


 言ってドワキチが部屋を出て行く。

 ヒナは割と憂鬱だった。犯人捜しを始めた彼女であるが、容疑者二名に何を聞いて良いのか分からなかったのだ。


「ねぇエルサ、どう諭せば思い直してもらえるのかしら?」


 ヒナの問いにエルサは溜め息を吐く。この期に及んで犯罪者を処罰するつもりがないのだと知って。


「お嬢様、呪術は歴とした犯罪です。しかも強力な呪いなのですから、魔道具を販売した者まで徹底的に調査し、関わった全員を断罪すべきです」


「まあ、断罪だなんて羨ましいですわね?」

「お嬢様、この場合の断罪は斬首を意味します。貴族社会からの追放とはわけが違います」


 ええっと驚くヒナ。かといって納得もしていた。ドワゴロウは殆ど意識がなく、身体を蝕む呪いに衰弱していたのだ。もしも罰が必要だというのなら、同等以上が望ましいのだと思わざるを得ない。


「仕方ありません。強気で尋問いたしましょう」

「私にお任せください。お嬢様では逆に丸め込まれてしまいそうですから」


 ぶぅっと拗ねたような声を上げるヒナ。名探偵になってみたいと考えていた彼女は流石に不満げであった。しかし、何を問うべきかも分からなかった彼女はエルサの話を受け入れてもいる。


 しばらくしてドワキチが二人を連れて戻って来た。

 一人はドワキチと同じ髭面のドワーフ。二人目は割烹着を着たドワーフの女性だ。

 二人を着席させ、エルサがキッと睨み付ける。


「実は貴方たち二人に呪術犯罪の疑惑があるのです。それで話を聞こうと思いまして……」


 いきなり本題を切り出している。回りくどい話は必要ないのだと。


「どうして、あたいに嫌疑がかけられているんだい!?」

「いきなり何をいうのだ!? ワシはただの刀鍛冶だぞ!?」


 二人共が声を荒らげている。どうやら重罪であるのは二人も知っているようだ。


「ご存じかもしれませんが、ゴーモウ工房のドワゴロウ親方が倒れられて一ヶ月になります。こちらの聖女ヒナ様が見られたところ、それが凶悪な呪いであると判明しました。またヒナ様は貴方たち二人のどちらかだと現時点で突き止めておられます」


 いい加減な話であったけれど、二人は絶句している。同じような反応は困ってしまうけれど、平然とされるよりはずっとマシだった。


「ヒナ様はディーテ様に認められた聖女様です。時間さえ許せば犯人を突き止めるくらい容易いことでしょう。まあただ我々には他に用事もございますので、追求は日を改めてとなります。今のうちに白状するのなら、ヒナ様は罪状を軽くする所存。命だけは助かることでしょう」


 エルサのでっち上げにヒナは思わず拍手してしまう。ヒナはエルサがした創作話の中心人物であったというのに。

 流石に容疑者の二人は眉を顰めている。集会場には嫌な空気が満ちていた。


「ゴホン、それでドワゴロウ氏の容体は深刻です。かといって、余命幾ばくもないというわけでもないとディーテ様が仰っていたようです。まずはお二人が潔白であると証明しなければなりません。呪術に使用した魔道具は今も稼働しているはず。従って家宅捜索をさせていただきたく存じます」


「わぁ、エルサって本当の探偵みたいね!」


 ヒナの一言により、またもや妙な沈黙が集会場を支配していた。


 主人の反応に頭を抱えるエルサ。既にこの尋問の主旨を忘れたのか、ヒナはエルサの演技に感動しているようだ。自分がやってみたかった役をまんま演じる彼女に。


 話の腰を折られたエルサだが、気を取り直して尋問を続ける。ただでさえヒナには時間がない。このような里の問題に首を突っ込んでいる暇はないのだ。だからこそ、エルサは早々に片付けるべく強硬手段に出ようとしている。


「どうしてワシの家を調べられなきゃならねぇんだ!?」

「そうよ! なぜ、あたいたちが疑われているの!?」


 しかし、二人は反対する。当然のこと疑われている原因を知らないからだろう。


「申し訳ありません。言葉が悪かったですね。貴方たち二人にしか術を行使できる者がいないのです。従って拒否権などありません。強制捜査ですので悪しからず。またどうして二人であるのかは明白。この里に呪術行使が可能な闇属性は貴方たちを含めて四人のみ。その中の一人は乳幼児であり、もう一人は寝たきりの老婆。いかがでしょう? ご理解頂けましたでしょうか?」


 ドワタとドワコは助けを求めるかのように、長であるドワキチに視線を合わせた。しかし、彼は既に同意しており、二人に顔を振るだけだ。


「では、早速……」

「待って、エルサ!」


 せっかくエルサがお膳立てしたのだが、何故かヒナは彼女を制止する。他に妙案などあるはずもなかったというのに。


「お二方様、ヒナ・テオドールと申します。わたくしは先ほどディーテ様と話をしまして、ディーテ様のお考えを伺いました。まあそれで、わたくしなりに考えたのですけれど、お二人様に時間を与えようかと考えます」


 どうしてかヒナは二人に時間を与えるという。即座に家宅捜索しなければ、証拠隠滅の恐れが濃厚であったのだが。


「そもそも、わたくしたちは急用があって、南の離れ小島を目指しているのです。そこまで往復で一ヶ月でしょうか。わたくしたちが戻るまでに術士様は自白をし、呪いを解く。そうしていただければ死罪は免除。里が定める罰則を受けるだけといたしましょう」


 ヒナは先にヒュドラゾンビの問題を片付けるように話す。自白を促すように二人へと語りかけていた。


「いや、ワシはやってねぇんだ! 自白なんかできん! 高価な魔道具が一般工員に買えるはずがないんだ!」

「あたいも無実だよ! 人族が仕切ってんじゃないよ!?」


 やはり二人は罪を認めようとしない。ヒナとしては妥協案であったというのに。


「いえ、別に自白されなくても構わないのです。自白をし、罪を償うことをディーテ様は望んでおられます。ディーテ様のお考えに沿った提案であるだけですわ」


 ヒナは二人の態度を分かっていたのか、平然と言ってのけた。ディーテの望みを叶えるためだけの期間であるのだと。


「まあ、それでわたくしが戻った折り、まだ自白がないようでしたら術式の強制解除を行います。ご存じかもしれませんけれど、一応は説明させていただきますね?」


 コホンと咳払いをしてから、ヒナは語り出す。本当の罰とは何かを。自白した方が楽だという話を。


「凶悪な呪いがドワゴロウ様にかかっております。しかし、わたくしなら解呪可能なのです。まあそれで何が問題なのかというと、呪術は術士以外が解呪すると、術士にその反動が及びます。簡単に言うと反呪といって、かけた呪いがそのまま返ってくるのです。呪いが強大であればあるほど、返ってくる呪いは強くなります。まあつまり、死ぬよりも辛い目に遭うことになるでしょう。しかし、それはわたくしが望む結果ではありません。なので、わたくしが戻るまでに自白するようお願いしますね?」


 どうやらヒナは犯人捜しをしないようだ。探偵ごっこに興味を持っていたけれど、それはエルサに役を取られてしまったし、家宅捜索にて見つけたところで恨まれるだけだ。

 ならばヒナは解呪をして、犯人を特定するだけ。自白してもらうよう働きかけるだけであった。


 今度はエルサが自然と拍手を送っている。犯人を見つけ出すこと。そればかりに囚われていたエルサにはこの発想がなかった。彼女は事前にディーテ神からの神託について聞いていたというのに。


「ドワキチ様、ドワゴロウ様はしばらく問題ございません。ただ周辺を警戒するよう願います。犯人が思いもよらぬ行動にでないとは限らないですし」


「了解しました。聖女ヒナ様のご帰還をお待ちしております」


 ドワキチの方も納得の話であったようだ。早速とドワゴロウ邸の警備について考え始めている。


「それでは皆様、ごきげんよう。またお会いしましょう」


 ヒナは貴族的な別れの挨拶をする。やはりドワキチは頬を染めていたけれど、ドワタとドワコは不機嫌なままだ。


 集会場を出るや、ヒナとエルサは馬車まで歩いて行く。


「お嬢様、よろしかったので? 恐らくドワタが犯人ですよ?」

「まあ、そうでしょうね。彼は魔道具が高価であることを知っていましたし……」


 歩きながら先ほどの話を振り返っている。共通の認識として犯人はドワタであると考えていた。


「脅せば自白したのではないでしょうか?」

「そうかもしれない。でも、そんなの駄目。彼が罪を理解し、自発的に手を挙げること。何を恨んでいたのか知りませんけれど、彼は相手を呪うことを当然の権利だと考えているように思うの。結果的にわたくしの案も脅迫ですけれど、彼が熟考して結論を導くことが大切じゃないかと考えます」


 流石はお嬢様とエルサは手を叩く。魂の浄化なんて想像もできなかったけれど、ヒナが真面目に考えていることは理解できた。


「何にしてもヒュドラゾンビ戦で浄化を清浄に昇格できなければ解決できません。ヒュドラゾンビを倒すだけでは駄目なのですから」


 大風呂敷を広げたヒナ。もしもドワタが自白しない場合は解呪しなければならないのだ。

 喫緊の目標として浄化の昇格が最優先となっていた。


 あと二週間ほどで南端に到着する。ヒナは強くなるだけでなく、探偵業務の完遂を願っていた……。

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