第075話 仲間の定義
『儂はコウイチに殺されたのだ……』
クリエスは絶句している。悲惨すぎる人生を送ったドザエモンには言葉がない。
赤子から育て上げたツルオカに殺されてしまったなんて。
「この場所が現場だったのか?」
頷くだけのドザエモン。その疑問は肯定されている。どうやら約千年前、この場所でツルオカはドザエモンを殺害したらしい。
『僅か10歳にして完成された剣だった。儂は手も足もでんかったのだ。剣聖になったくらいで儂は思い上がっておったのかもしれん。小童などに負けるはずはないと……』
どうやら不意打ちではなく、二人は正々堂々と戦ったようだ。結果としてツルオカが勝利し、ドザエモンは死んだらしい。
「どうして戦うことに?」
十年という期間を師弟として過ごしたはず。二人は親子ともいうべき関係だったに違いない。
『まあ、ちょっとした意見の相違だ。儂は絶対に譲れんかった。今思えば大人げなかったのかもしれん……』
ツルオカが独立を願ったのかもしれない。またドザエモンはそれを良しとせず、更なる修行を強いたのだろう。
『コウイチの望みは受け入れ難いものだった。儂は今でも反対するだろう……』
聞く限りツルオカの話は相当な要求だったはず。殺された今でも曲げられない内容なのだから。
『ど貧乳が好きだなんて――――』
「殺し合う議題じゃねぇな!?」
緊張感が一度に失われてしまう。まあ確かにツルオカとディーテ信徒であればあり得る対立だ。さりとて巨乳貧乳論争で亡くなるだなんて最悪の結末であったはず。
「それで成仏できなかったのか?」
『いや、違う。一騎討ちに未練はない。しかし、我が愛刀をコウイチが持ち去ってしまってな。あの刀を再び目にしたいのだ……』
もう触れることは叶わない。けれども、ドザエモンは長年に亘り使い続けた刀をもう一度目にしたいと語る。
「刀ですか。マイナーな刃物ですよね?」
『確かにマイナーだが、多くの世界で使われておる。儂はハニワ世界からの転生者だが、異なる世界から転生したコウイチも知っておったわ』
確かにアストラル世界にも刀という武器は存在する。斬ることに特化した刃物はどんな世界にもあるらしい。
『名匠ドワサブロウに打ってもらった刀なのだ。コウイチが大事にしてくれているのか知りたいと考えている』
ドワサブロウとはドワーフの国に住んでいた凄腕の刀鍛冶であるようだ。
ツルオカが形見として刀を持っていったのかどうか。真相を知ることが、ドザエモンの未練となっているという。
「いや、ツルオカはこの剣を使っていたはずだけど……?」
流石に気が引けたけれど、成仏させるためだ。クリエスはドザエモンにツルオカの愛剣を見せている。
『むぅ!? この紋はまさに地平十字!』
ホリゾンタルエデン教団の僧兵も地平十字だと口にしていた。そのせいでクリエスは使徒だと勘違いされていたのだ。
『地平十字はコウイチが装備品に描いておったものだ。地平がクロスすること。それは世界があるべき姿であるらしい。また地平の先にある桃色の宝石こそ男共が求めて止まないアレであると話していた。無乳好きのガキが考えたろくでもない紋なのだ』
ドザエモンの意見にクリエスは同意できなかった。ツルオカは幼少期から世界を変えようとしていたのだと思えてならない。地平十字は世界を改革する彼の決意であったのだろうと。
「そうですか。それじゃあ成仏していただけますか?」
クリエスは除霊を試みるつもりだ。何処にあるかも分からぬ刀を探す暇などないのだと。だがしかし、ドザエモンは大袈裟に首を振る。
『嫌だぁぁっ! 儂はまだ未練があるのだぁぁっ!』
「と言っても、俺じゃ解決できないぞ? 悪霊化する前に祓っておくべきだし」
ドザエモンの未練は決して果たせぬ内容である。誰も寄りつかない火山の麓で地縛霊をしていたのだ。少しの情報すら手に入らないし、次の千年を待っても進展など望めない。
『儂は君について行くぞ!』
眉根を寄せるクリエス。正直に嫌悪感すら覚える。見目麗しいハイエルフの超大巨乳ではないし、ドザエモンはただの爺さんなのだから。
「俺に取り憑いたら成仏するぞ? これでもクレリックだからな……」
『それならそれで構わん! もうここに一人でいるのは嫌なんだ!』
理由は分からないでもないが、地縛霊は土地に縛られているものだ。また大幅に力を得たクリエスに取り憑けるとは思えない。
「じゃあ、試してくれ。俺は一応、レベル699だからな……」
『逝くぞォォッ!』
親切にレベルを伝えたものの、ドザエモンは取り憑こうとしている。本当に強制成仏するかもしれないというのに。
『取り憑けたぞ!』
「マジで!?」
にわかに信じられないことであるが、ドザエモンはクリエスに取り憑けてしまった。ステータスが四倍になった今であれば、絶対に無理だと考えていたというのに。
「ドザエモンはそれなりの魂強度があるってことか……」
言ってクリエスはステータスを確認してみる。かつて剣聖と呼ばれた爺さんがどれほどの実力なのかと。
魔眼を使うや否、息を呑むクリエス。自身に取り憑けたのだから予想はできたけれど、十歳の子供に一騎討ちで負けたという話からは想像できない数値であった。
【名前】ドザエモン・イシカワ
【種別】悪霊(人族)
【ジョブ】剣聖
【レベル】889
【属性】土
【性別】男性
【体力】0
【魔力】1255
【戦闘】1899
【知恵】1112
【俊敏】0
【信仰】0
【魅力】5
【幸運】0
【加護】ディーテの加護
【スキル】
・剣客(100)
・剣豪(100)
・暗殺(100)
・根性
【称号】伝道師(改宗させやすくなる)
考えていたよりも強い。悪霊の手を借りたのではなく純粋にレベルを上げてここまで成長したなんて相当な努力が必要だったに違いない。また根性というスキルはディーテが引き当てたゴミスキルであろう。
戦闘値こそ同じくらいだが、他の値は強力な二つのサブジョブ補正を持つクリエスに劣っている。この事実から分かる内容が一つだけあった。
「格の違いはステータスよりもレベルが優先されるのか……」
レベルが上がればステータスがアップする。しかし、ジョブによりステータスの伸びは様々であり、魂の格を計るのにステータスの優先順位は低いのだと考えられた。
つまり憑依する悪霊のレベルが高ければ、圧倒的に上回るステータスでもない限りはレジストできないことになる。
『婿殿、妾がこの悪霊を始末してやろうか?』
半ば諦めていたクリエスにイーサが聞く。取り憑かれた現状をどうにかしてくれる感じだ。
「できるのか?」
『このような雑魚など一瞬で吹き飛ばしてくれよう!』
悪くない提案であった。ドザエモンは取り憑かれたデメリットこそなかったのだが、何しろ爺さんである。メリットもない彼を連れて行く義理などない。
『お前は……?』
『妾はイーサじゃ! これより貴様を天へと還してやる! 婿殿との蜜月を邪魔した罰じゃよ!』
『ちょ、ちょっと待ってくれ! 儂は割と役に立つぞ!?』
ここに来て命乞いを始める悪霊ドザエモン。彼は手を合わせて祈るようにしている。格が違う悪霊の登場に恐れをなしているようだ。
『妾は無類の男好きじゃが、今は婿殿に操を立てておる! しおれたジジイなんぞいらぬのじゃ!』
どう足掻いてもドザエモンは輪廻へと還ることになるはずだ。イケメンならまだしも、年寄りでは命乞いなど無意味である。
しかしながら、クリエスは閃いていた。ドザエモンとて使い道があるかもしれないと。
「待て、イーサ。そういや俺はネクロマンサーだった。ドザエモンで死霊術を強化したい」
ミアの置き土産。彼女の魂強度を取り込んだことで、ネクロマンサーの基礎スキルが解放されていたのだ。死霊術なんて育てる機会がないかと考えていたのだが、丁度良い悪霊が現れていた。
『ほう、それは良いかもしれんな。死霊術は色々と派生するはずじゃ。使っていくうちに駄肉が持っておったスキルを全て習得できるやもしれん』
解放されたとはいえ、現状の使用可能スキルは死霊術と簡易腐食術のみ。基礎的なネクロマンサーのスキルしか覚えられていない。
『やや、ネクロマンサーのサブジョブを持っていたのか!?』
ドザエモンはサブジョブを持っているなんて考えてなかったのだろう。しかもネクロマンサーだというのだから、明らかな天敵に取り憑いたことになる。
「初めて使うんだけどな……」
クリエスはステータスから死霊術を選択。すると瞬く間に術式が脳裏へと展開されていく。と同時に死霊術に対する理解が深まっていった。
「くらいやがれ、死霊術!」
魔力が失われる感覚。間違いなく術式が発動した証拠である。かといってドザエモンに影響はなさそうである。
『ふはは、驚かせよってからに! 小童ネクロマンサーの術など効かんわ!』
急に強気な態度を取るドザエモンはクリエスの死霊術に恐怖を覚えなくなったのだろう。このあとも現世が続くと確信しているようだった。
クリエスとて一発で使役できるなんて考えていない。たった一回であるけれど、クリエスは現状の熟練度を確認してみる。
【名前】クリエス・フォスター
【種別】人族
【年齢】17
【ジョブ】クレリック(剣士)(ネクロマンサー)(魔王候補)
【属性】光・闇・雷・火・風
【レベル】699
【体力】2160
【魔力】1885
【戦闘】1809(+180)
【知恵】1736
【俊敏】2064
【信仰】2192
【魅力】1600(女性+80)
【幸運】188
【加護】シルアンナの寵愛
【スキル】
・ヒール(99)
・浄化(53)
・魔眼(55)
・剣豪(28)
・ライトニングボルト(1)
・プロージョン(0)
・ウィンドカッター(0)
・隠密
・催淫
・アンデッド耐性
・死霊術(5)
・簡易腐食術(0)
【付与】
・貧乳の怨念[★★☆☆☆]
・女難[★★☆☆☆]
【称号】
[変態紳士](パーティ内に巨乳がいると戦闘値10%アップ)
[ドラゴンスレイヤー](竜種に対して戦闘値50%アップ)
レベルは699。ミアの魂強度を奪った一件により、大幅なレベルアップと貧乳の怨念ランクを二つも下げられている。結果としてミアがいた頃と比べると、ステータス値は四倍となっていた。
しかしながら、驚いたのはステータス値ではない。クリエスを驚愕させたのは死霊術の熟練度であった。
「一回で5も上がってる……」
レベル差のおかげか、たった一回の使用で5も上がるなんて考えられない。相手が剣聖というSランクジョブであることも影響している可能性があった。
『どうした婿殿?』
「いや、熟練度が5も上がったんだ。これなら直ぐに死霊術は昇格できる。簡易腐食術もかけていいよな?」
剣術が剣豪に昇格するよりずっと早い。一度にこれだけの熟練度を得たのは今回が初めてである。
『婿殿は駄肉を取り込んだのじゃ。よって死霊術と腐食術の適性がもの凄く高くなっておるはず。昇格に時間などかかるまい。どうせこの悪霊は剣士じゃ。取り憑く以外になぁんもできぬ。かけ放題じゃし、こやつの魂が耐えきれなくなるまでかけまくってやるのじゃ』
『おい、やめろ! 儂は成仏したくないんだ!』
ドザエモンは術の行使に抵抗しようとするが、彼はクリエスに触れられない。イーサやミアのように魔法スキルがないドザエモンは文句を口にするくらいしかできなかった。
「ドザエモンは何もできないのか?」
『もちろんじゃ。魂強度の差で取り憑くまではできたのだろうが、ステータス差は歴然としておる。身体の支配権を奪うなんて不可能じゃよ』
ここでステータス差が生きてくるらしい。唯一負けている戦闘値も補正を加えたのならクリエスが上である。取り憑くまでしかドザエモンにはできないという。
「よっしゃ、なら山を登りながら熟練度上げだな。ドザエモンは俺に取り憑いているのだし」
『貴様ら、まるで鬼だな!? 少しくらい儂の意見を聞けい!』
「るせぇよ。俺はクレリックなんだ。悪霊を祓う立場の人間なんだぞ? ちゃんと送ってやるから安心しろ」
言ってクリエスは歩き出す。ディーテの使徒ではあっても、現状は悪霊である。ならば輪廻に還すことこそが求められる使命なのだと。
やはり登山は楽ではない。しかもスキルを使いながらである。そこそこの魔物も現れていたし、正直に熟練度上げは飽きていた。
中腹に差し掛かった頃、
『死霊術の熟練度が100になりました』
『簡易腐食術の熟練度が100になりました』
二つ同時に待望の熟練度マックス。これにより死霊術と簡易腐食術は昇格するはずだ。ミアが持っていたスキルは多彩であったし、上位だと思われるスキルも複数存在していたのだから。
ところが、クリエスの予想を上回る通知がある。
『死霊術と簡易腐食術は個別昇格以外に統合が可能です。選択してください』
意味が分からなかった。双方が昇格すると考えていたけれど、同時に熟練度が100になったからなのか、統合という選択肢が加わっている。
「イーサ、死霊術と簡易腐食術が統合できるって!?」
『むぅ、それなら統合しかないじゃろう。統合は条件を満たさねば成されぬもの。きっと駄肉ですら持っていないレアスキルとなるじゃろう。妾がスキルの統合について知ったのは悪霊になる直前じゃったな……』
イーサは統合についての知識があるらしい。しかし、それを得たのは残念ながら晩年であったという。
『尻穴大辞典によって――――』
「信憑性ゼロだよ!!」
よりにも寄って尻穴大辞典だなんて。彼女が話す内容に真実はないと思えてしまう。
『尻穴大辞典を馬鹿にするでない。[イチジクカンチョウ]と[調教]スキルは同時に熟練度をマックスにすることで[誘われ攻め]という超上位スキルに統合するのじゃ!』
「そんな統合したくねぇよ!」
誘われ攻めがどういったスキルなのか判然としないが、上位スキルであるのは間違いないらしい。
「統合してくれ! 有能スキルで頼むぞ!」
クリエスは統合を選択。別々に昇格するよりも更なる上位スキルへと進化するようにと。
すると直ぐさま反応がある。脳裏に通知が届いていた。
『死霊術と簡易腐食術は[獄葬術]に統合されました』
希望通り統合したのだが、まるでピンとこなかった。しかしながら、クリエスは統合した獄葬術が強大な力を持つと疑わない。
即座にスキルを確認。クリエスは獄葬術の詳細を調べてみる。
【獄葬術】絶対命令。アンデッド系一個体につき一度だけ可能。
【ランク】SS
ゴクリと唾を呑み込む。上位スキルだと期待したけれど、確かにイーサが話したように超上位スキルとなっていた。死霊術と簡易腐食術はネクロマンサーの基礎スキルでしかなかったというのに。
当然のことながら、SSランクスキルなんて初めて見る。死霊術と簡易腐食術は失われてしまったが、統合したスキルは三段階もランクアップを果たしていた。
アンデッド縛りはあったけれど、絶対との文字がハイレア感を覚えさせる。絶対命令とは恐らく拒否できないものだろうし、一体につき一度しか命令できなかったけれど、アンデッドに対して絶対的な力を手に入れたことを意味していた。
『婿殿、妾は善良な悪霊じゃて! なぁ、そうじゃろ!?』
クリエスと魂レベルで繋がるイーサは彼の心を読み取ったらしい。スキルの概要を理解しているかのように話しかけている。
「お前、俺のステータス詳細が分かるのか?」
『徐々に詳しく分かるようになったのじゃ! その恐ろしいスキルを使って、妾にあんなことや、こんなことをするつもりかや!?』
「しねぇよ。馬鹿言ってんじゃねぇ……」
恐らくはイーサにも対抗できないのだろう。輪廻に還れと命令されたのなら、彼女はそれに従うだけ。SSランクスキルは圧倒的な魂強度の差を埋める力を秘めているらしい。
「ま、悪霊は輪廻に還すべき……」
クリエスは獄葬術について考えている。絶対命令とは何なのか。一体につき一回と縛る理由について。
「拒否はできないのだろうな……」
ドザエモンもイーサも悪霊である。クレリックであるクリエスは二人を祓うべきだ。しかしながら、イーサとは既に仲間意識すら芽生えていたし、ドザエモンは無害である。ドザエモンに関しては未練をなくし、自発的に輪廻へと還ってもらいたいところだった。
『お前、スキルが統合したのか!? どうなったんだ!?』
イーサとは異なり、ドザエモンは理解していない。自身の悪霊人生がもう風前の灯火であることなど。
「ドザエモン、お前はとりあえず現状維持としてやる。また熟練度上げに使えるかもしれないからな」
『その通りだ! 儂は役に立つぞ! 頼むな!?』
いつでも祓えるものを天に還す必要はなかった。今後も役に立つ場面がきっとあるだろう。
再びクリエスは山頂を目指す。絶対に強くなる。悪霊に関しての問題がなくなった今、彼は更なる強さを求めていた……。
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