第073話 仇討ち
クリエスは失意に暮れていた。
あれほど邪魔に感じていた悪霊の消失。更には自身を騙そうとしたハーフエルフの死去。しかし、いざいなくなってみると、騒がしかったあの頃が懐かしくなってしまう。
『婿殿、あんな奴でもいないとなれば、寂しいものじゃな?』
イーサが声をかける。喧嘩ばかりしていた二人であるが、千年以上も一緒にいたのだ。その言葉はクリエスを宥めるためじゃなく、恐らく彼女の本心だろう。
「まったくだ。今度は真っ当な人間に転生して欲しいな……」
邪神竜はあれから接触して来ない。恐らくはイーサの格を知り、近付いて来ないのだと思われる。
しばらくは二人に会話などない。しかし、クリエスはただ沈み込んでいたわけではなかった。
「なぁ、俺は仇を討ちたい――――」
思わぬ話が向けられたけれど、イーサは驚かなかった。
クリエスの感情はイーサにも流れ込んでいたのだ。この数日に亘って落ち込んだかと思えば、主人はちゃんと前を向いている。
『それは妾の力を借りないという意味かの?』
「当たり前だ。俺はミアの主人なんだぞ? イーサの力で邪神竜を倒してもミアの弔いにはならない……」
クリエスの瞳に力強さが戻っている。自身の弱さを嘆くことをやめた彼は少しばかり強くなっていた。
『ならば婿殿は戦いに明け暮れるしかないな。今のままでは間違いなく返り討ちに遭うじゃろう』
「どうすればいい? 今の俺では邪神竜を倒せない。でも俺は倒したいんだ!」
真っ直ぐに向けられた揺るぎない眼差し。イーサは何だか威圧されているような気がしていた。魔王候補である彼女だが、クリエスから発せられる強い感情に呑まれそうになってしまう。
何度か顔を振ったあと、イーサはニヤリと口角を切り上げた。
『ふはは、婿殿! やはり妾の目に狂いはなかったのじゃ!』
なぜか破顔一笑のイーサ。弱々しかったクリエスに惹かれたのは何も魅力値のせいだけではない。また恐らくはミアも同じだろうと思う。秘められた強さを感じ取ったからこそ、クリエスと共にいたいと感じたはずだ。
『婿殿は魔王候補とネクロマンサーという稀有なジョブを二つも手に入れておる。できなくはないじゃろうな』
まずイーサはクリエスのサブジョブについて話をする。
ミアが消失した今もクリエスのサブジョブにあるネクロマンサーは健在であった。消失するどころか、魂強度を奪ったおかげで使用できなかった基礎スキルが選択できるようになっていたのだ。
『妾が南大陸へとやって来た理由を知っておるかの?』
ここでイーサが聞く。北大陸にいたことは知っていたけれど、南大陸に来た理由は聞いたことがない。
「ツルオカを追いかけて来たんじゃないのか?」
『ツルオカに会ったのは南大陸に来てからじゃ。妾は別の目的があって南大陸へと渡ったのじゃよ』
そういえばイーサは少しも隙を見せないツルオカに対し、泉にて襲いかかったと話していた。北大陸から追ってきたのであれば流石に少しくらいは隙を見つけられたはずで、彼女もそれなりの準備ができたことだろう。
「じゃあ、何の用があったんだよ?」
『若気の至りというのかの。妾はもっと力を得ようとしていたのじゃ。それは壮大な夢であり、全世界を同時に操る超高難度の術式を習得しようとしていたのじゃ……』
現時点でレベル2500に迫る終末級であったにもかかわらず、イーサは更なる力を求めていたらしい。またそれは彼女の夢でもあったという。
『世界中の男を同時にイカせたかった――――』
「最低だよ、その夢!!」
確かに壮大だけどとクリエス。しかしながら、その目的は最低と評するに充分なほど低俗であった。
『手っ取り早く成長したくての。妾は南大陸にある魔層穴という大穴を目指しておったのじゃ。ちいっとばかしタイプの男を追いかけはしたがの……』
「そのちいっとは千年も続くんだけどな……」
イーサが語る魔層穴というものは聞いたことがなかった。前世からクリエスは南大陸にいたというのに。
「その魔層穴って何だ?」
『平たく言えばダンジョンだの。超大なダンジョンコアがあるらしい。幾らでも災難級の魔物が湧くようじゃ。恐らく駄肉の奴であれば知っておったかもしれん。割と強めの魔物を使役しておったじゃろ? 使い魔を厳選するために挑んだ可能性があるの』
ミアは南大陸の出身である。加えて千年前から存在しているのだ。ミアであれば知っていた可能性は高いように思う。
「マジか。今さら情報を聞き出せないじゃねぇか。お前は何も知らんのか?」
『南大陸の南部。千年前からダンジョン化した。それ以外にはなんも知らぬ』
南部といえばクリエスの故郷であるレクリゾン共和国も一応は南部になる。共和国は南東であったから、恐らく魔層穴は中部か西部にあるのだろう。
「怪しいのは火山地帯か……」
南大陸の山地は北側を東西に走るアル・デス山脈と中南部にそびえ立つオルカプス火山が有名だ。オルカプス火山は両大陸で一番標高が高く、活火山であったため人が寄りつかないエリアであった。
『ま、その辺りじゃろうな。妾は信頼のおける確かな文献を見たのじゃ。存在するのは間違いないじゃろうて』
「その文献はもう持っていないんだよな?」
『霊体となったからの。日記と同じようにどこかへ行ってしもうたはず。今は誰の手にあるのじゃろうな……』
イーサが失われて千年が過ぎている。いかがわしい日記と同じく、確かな文献とやらも既に誰かの手へと渡っているはずだ。
『妾の尻穴大辞典は……』
「それは確かな情報だろうな!?」
信頼度が急激に低下していた。
どうやら尻穴大辞典に掲載されていた情報を元にイーサは南大陸まで来てしまったらしい。穴という文字しか合っていないというのに、記された内容を信頼したようだ。
『ダンジョンは穴からモリモリと魔物が出てくるじゃろう? 一緒じゃよ』
「一緒じゃねぇよ! なんでそんな本にダンジョンが載ってんだ!?」
意味が分からない。尻の穴についての大辞典にダンジョンが載っているなんて。
『魔物もウ○コも一緒じゃろ?』
「知るかよ!」
確かな文献が明確になるや、信憑性は消え失せている。しかし、何の情報もない現状は尻穴大辞典に頼るしかないのも事実だ。
「不本意だが、信頼してみるか……」
『うむ、尻穴は嘘をつかぬからな』
まるで同意できないが、クリエスはとりあえず南を目指すことに。
ところが、現在地から南側にはアル・デス山脈がそびえている。
陸路での通行は不可能。馬車を捨てるような真似もできず、お金はかかるけれど港町プルネアから船に乗るしかない。
嘆息しつつも、クリエスは頷いている。もう懐かしさすら覚える港町エルスへと海路にて戻ることに決めた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
慣れない馬車を操り、北街道の終着地点プルネアに到着したクリエス。冒険者ギルドエルス支部の副マスターであるリリアの情報によると確か船賃は金貨20枚だった。しかしながら、馬車は別途料金が必要となり、プラス金貨50枚。旅路を急ぐクリエスであるのだから、致し方ない出費である。
大枚を叩いたクリエス。徒歩での旅程とは異なり、僅か一日で山脈の南側にあるエルスへと到着している。加えて南大陸を半周した事実は上陸して直ぐ実感することになった。
どうしてか知った顔が港にいたのだ。強烈な印象をクリエスへと残した彼女がなぜか眼前にいる。
「リリアさん!?」
「やあ、久しぶりだね……」
目の前にいる彼女は頭の中がピンク色で染まった冒険者ギルドのサブマスター。Aランク冒険者でもあるリリア・ステシールがそこにいた。
「久しぶり、カリエス君!」
「クリエスですからね!?」
いきなりの挨拶であった。もう既に感慨深さもなくなっている。
「船で帰って来るなんて、ひょっとしてお金持ちになっちゃった?」
笑みを浮かべたリリアが聞く。旅立ちの時には金貨20枚が用意できなかったクリエスなのだ。船で戻ってきた理由を想像するのは容易だったはず。
「実は爵位を得まして……」
隠すことでもないし、クリエスは事実を告げる。公国と王国の爵位を得たことについて。
これには目を丸くするリリア。流石に一年も経たずして、爵位を得るなんて話は信じられない。
「ええ!? ホントに!?」
驚愕の事実にリリアは何度も顔を振る。クリエスに起きた変化をリリアは信じられないといった感じだ。
「クリエス君、爵位を得て帰ってくるなんて、驚いたし、とても困惑しているわ」
流石のリリアも戸惑ったらしい。困惑顔をしてクリエスを見ている。
「いきなりプロポーズだなんて困るわ……」
「俺がいつしたよ!?」
相変わらずのリリアにクリエスは嘆息している。板胸である彼女には何の魅力も感じないのだ。
「あの夜の責任を取るつもりなのね!!」
「俺は三日月亭に泊まったんです! 事実を歪曲しないでください!」
正直にあの日の判断は正しかったと思う。彼女の好意に甘えていたとすれば、今頃は言い逃れができない事態となっていたかもしれない。
「それで港で何をしていたのですか?」
ここで話題を変える。妙な話を引っ張ったとしてクリエスに利益などないのだと。
対するリリアは頷きを返す。彼女も訳あって港にいたのだという。
「北側に邪竜が発生したでしょ? それで移民が多くてさ、その中に犯罪者がいないかチェックしてんのよ」
ナーガラージの影響はエルスにも及んでいた。数多の移民が多く流れ込み、冒険者ギルドは指名手配犯が紛れていないかをチェックしているらしい。
「サブマスターが直々にですか? 何かやらかしたんですかね? 若い冒険者を何人も美味しく食べてしまったとか?」
冗談ではあったけれど、リリアならばあり得る話だ。胸の大きさにこだわりさえなければ、彼女は強く美しい女性であるのだから。
しかしながら、クリエスの話にリリアは頬を膨らませた。どうやら一応は節度をわきまえているらしく、若い冒険者に手を出してはいない感じだ。
「失礼しちゃうわ。ほんの少しよ……」
「そこは否定しろよ!!」
ちょっとした冗談のつもりが、シャレにならない返答があった。
クリエスは港街エルスの行く末を明確に見ている。このようなピンクサブマスターがいたのでは、エルスの安寧など考えられなかった。
「それでリリアさんは
ここでクリエスは情報収集を始める。ギルドのサブマスターであれば、何かしらの情報を持っているかもしれないと。
「ああ、エムホールのこと? それなら知ってるけど」
「何です? それ……」
どう考えても違う何かだ。イーサでさえ小首を傾げているそれが魔層穴であるはずもない。
「マゾの
「魔層穴だからな!?」
やはりリリアはピンク脳であった。エルス支部のサブマスターは確かな文献にあるダンジョンをエムホールと呼んでいるらしい。
「エムホールだったらオルカプス火山のことね。千年前から火口がダンジョンになっているのだけど、魔物は強いし活火山だから挑む冒険者などいないわ。秘宝ともいうべきダンジョンコアがあるという噂よね」
ピンク脳の割に意外と情報を持っていた。驚くべきことに確かな文献は割と的を射ている感じだ。強大なダンジョンコアがあるという話はどうしてか一致している。
「他に知っていることは?」
「んー、他には何もないかなぁ。それよりも、お姉さんは急にキノコ鍋が食べたくなったわ。君が山の話なんかするからさ。お姉さん、カリエス君に生えたキノコ狩りしたいなぁ」
「ちっとは自重しろよな!?」
長居すると危険である。隙あらばクリエスを狙ってくるリリアとは距離を置くべきだ。女難のランクは低下していたけれど、今も彼女は当時と何も変わっていない。
「とりあえず俺はもう行きます。犯罪者の取り締まり、しっかりしてくださいね?」
言ってクリエスは馬車を走らせる。まだ馬の扱いには慣れていなかったけれど、これ以上リリアに付き合う筋合いはないのだと。
買い出しはプルネアで済ませていたクリエスはリリアの叫び声を聞きながら、エルスを発つのだった。
「キノコ狩りしたいなぁぁっ!!――――」
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