第072話 悪役令嬢ヒナ・テオドール

 聖堂をあとにしたヒナ。剣を構えたまま突っ立っているエルサへと駆け寄る。


「お嬢様、遅かったですね?」


 聖堂前とはいえ、治安は良くない。豪華な馬車を睨むように見ている輩が多く存在した。隙あらばと全員が考えているのかもしれない。


「エルサ、とりあえず傭兵団を倒しに行きます!」


 目が点になるエルサ。つい先ほど釘を刺したはず。しかし、主人は祈りを捧げただけであるというのに、問題を抱えて戻ってきた。


「お嬢様、ゼクシルは無政府状態とはいえ、独立国家ですよ? 力尽くで占拠したのは事実ですが、前政権から執政者の地位を奪った者たちです。明確に内政干渉となります」


 何とかして考え直してもらおうとするエルサだが、残念ながらヒナは笑みを浮かべて首を振っている。


「ならば力尽くで奪いましょう。この地に派遣されたシスターが困っており、圧政者の打破を望んでいるのです。わたくしたちは雇われの兵。図式は政権交代時と何も変わりません」


「まぁた、そのような屁理屈を……」


 嘆息するエルサだが、生き生きとした表情のヒナを見ると文句は口を衝かない。彼女が本気でゼクシルを救おうとしているのは明らかで、アルテシオ帝国のココナとはまるで状況が異なるのだ。


「それにディーテ様が教団から執政者に相応しい者の派遣を約束してくれました。ゼクシルは教団の庇護下に置かれることになるでしょう」


 恐らくは女神様もヒナの扱いに苦労している。どうしてかエルサには手に取るように理解できていた。


「しょうがありませんね。ならば早々に片付けて出発しましょう」

「ええ、そのつもりよ!」


 話がついた二人は御者台に乗る。歩いて向かっても良かったのだが、やはり今後の足がなくなるのを恐れてのことだ。


 数分走らせたところに元王国騎士団の詰め所があった。まずはここを襲撃し、民の決起を促したいところである。


 ヒナは堂々と御者台に立ち、大声を張った。


「ゼクシルの住人様、どうか聞いてください。今よりこの地はディーテ教団が治めることになります。圧政者を排除し、安全で公平なゼクシルを共に築き上げましょう!」


 剣を掲げ、ヒナは民を煽る。しかしながら、遠巻きに見ているだけであり、近寄ろうとしなかった。


 しばらくすると詰め所から、ガラの悪い男たちが現れている。


「おう、姉ちゃん圧政者とは聞き捨てならねぇな? 俺たちは狂った王様からみんなを守った英雄だぜ?」


 先頭に立つ男は巨大なハンマーを肩に置いている。普段から武力によって住民を抑圧していると容易に察知できた。


「英雄とは尊ばれし者の称号です。貴方様にその資格がないことは明白。大人しく投降するのであれば、命だけは助けて差し上げましょう!」


 ヒナとしては投降してもらうことがベスト。けれども、そう上手くいかないことくらい分かってもいた。


「はん、女二人で正義ごっこか? 笑わせる。とっ捕まえて奴隷にしてやるぜ!」


 男が部下に指示を出した瞬間、武器を取る男たちが燃え上がる。初級魔法のファイアーであったけれど、男たちは消し炭となってしまう。


「おまっ、魔法剣士か!?」


「いいえ、わたくしは悪役令嬢! よって人を殺めるなど造作もありません。悪評は全て受け入れる所存であり、寧ろ悪評を広めて欲しいくらいですわ! 民を苦しめる巨悪がそこにあるというのなら、わたくしは鉄槌を下すのに躊躇などいたしません!」


「お嬢様、矛盾しております……」


 エルサのツッコミにもめげず、ヒナは更なる台詞を投げた。


「さあ、親玉の元へと案内しなさい! 貴方など一瞬にして消し去れる力をわたくしは持っているのですから!」


 オーッホッホとヒナの高笑いが周囲に木霊する。


 流石に町はざわついていた。突如として現れた女の子が傭兵たちを瞬殺。しかも親玉がいる場所まで乗り込もうとしているのだから。


「悪役令嬢様、頑張ってください! そいつらのボスは王城です!」


 ふと声が上がった。それはヒナが待ちに待っていたもの。住民たちが立ち上がる切っ掛けとなる勇気であり、ヒナが望む姿そのものであった。


「ぐぬぅ、雑魚は黙ってろ!」

「貴方こそお黙りなさい! わたくしは冷酷無慈悲な悪役令嬢。王城へ連れて行くのか、行かないのかどちらかしら!?」


 ヒナは悪役令嬢ロールを続けた。今までで一番の手応えを感じている。誰かに初めて悪役令嬢と呼ばれたヒナは自己陶酔の真っ只中にいた。


「くっそ、バジマ団長はお前になど負けんからな? その場で泣き喚いても知らんぞ」


「泣き喚くのはどちらかしらね! わたくしはゼクシルに安寧をもたらす悪役令嬢ですの! ただの悪漢に負けるほど、柔な悪役じゃなくてよ?」


 徐々に昂ぶっていく。ようやく前世からの願望が遂げられようとしている。ヒナは更なる悪役令嬢コールを期待していた。


 ところが、


「聖女様! 私もディーテ信徒としてご一緒いたします!」


 なぜかシスターが追いかけてきて、そのようなことを口にする。


「皆様、このお方はディーテ様が使わせし、聖女様なのです! 私はこの目で見ました! 今し方、聖女様の前に降臨なさるディーテ様のお姿を! ディーテ様が本部の僧兵をゼクシルへと派兵される話もお伺いしました!」


 シスターは見聞きした全てを住人に知らせてしまう。ヒナの目論見など知らぬ彼女は真相を口にしていた。


「あ、あの……?」


 ヒナは困惑し、何とかシスターに黙っていてもらいたいと思う。

 しかしながら、一瞬のあと聖女コールが巻き起こってしまう。期待とは正反対の掛け声がヒナに浴びせられていた。


「聖女様!」「聖女様、頑張ってください!」「聖女様ぁぁっ!」


 怒濤の聖女コール。期待した悪役令嬢コールはもう一つだって存在しない。

 呆然とエルサを振り返るヒナ。どうして、こうなってしまったのかと。


「エルサ……?」

「お嬢様、こうなる運命なのですから、諦めてくださいまし」


 今思えばシスターの前に降臨してもらったのは間違いであった。あれさえなければ、今頃ヒナは悪役令嬢コールを一身に浴びていただろうに。


 流石に不本意だったヒナは八つ当たりするかの如く、悪漢を睨み付ける。


「住民たちは貴方たちの暴挙を許さないでしょう。当然のこと女神ディーテ様も、わたくしもです!」


 流石に男も分が悪いと感じたのか、素直に王城へと案内していく。大勢の民衆を引き連れるヒナに視線を向けながら。


 正門前にいる兵と話をし、巨大な扉が開かれていく。民衆を引き連れた立派な馬車。更には剣を掲げる少女の姿に傭兵たちは謀反が起きたのだと理解していた。


「お嬢様、悪玉はここに来てもらいましょう。城の中で待ち伏せされてはいけませんし」

「そうかしら? まあでも住民たちを守るのなら、そうすべきかもね」


 言ってヒナは連れてきた男に指示をする。傭兵団全員を集めるようにと。


 ここでヒナは馬車を飛び降り、団長というバジマの到着を待っていた。

 かといって直ぐには現れない。傭兵団の対応は明らかに怪しいと思う。王城と言えども、そこまで大きくなかったのだ。流石に時間がかかりすぎていた。


 刹那に無数の弓矢が王城内からヒナを襲った。どうやら傭兵団は奇襲によりヒナたちを亡き者とするつもりらしい。


「プロージョン!!」


 即座に爆裂魔法にて対処する。向かい来る矢を爆風にて無効化。更には矢が放たれた方向にフレイムアローを撃ち込んでいる。


「おお! 聖女様!」「聖女様に続けぇぇっ!」


 民たちもヒナの攻撃に触発されていた。明らかに聖女とは異なる魔法を放ったというのに、彼らはまるで気にしていない。


「エルサ、行きましょう!」

「了解しました!」


 ここからは押せ押せとなる。住人たちと力を合わせて勝利することはヒナが望んだままだ。遠距離攻撃で殲滅するのは簡単であったけれど、それでは意味がないと考えている。


 我先にと突撃していった民たちだが、急に足を止め、後ずさりを始めていた。


「お前が聖女か? 小娘じゃねぇかよ……」


 王城から現れた大男。大剣を握る彼こそが親玉であるバジマに違いない。


「貴方がバジマ様でしょうか? わたくしはヒナ・テオドールと申します」


 セーラー服の裾を上げ、ヒナは軽く挨拶を済ませる。彼女としては自然な行動であったものの、バジマとしては馬鹿にされたとしか思えない。


「お前たち、あの女を引っ捕らえろ! 全員で犯してやるぞ!」


 バジマが声を荒らげると、団員たちが一斉に襲いかかってきた。流石は傭兵たちである。住人たちには相手など務まらない。


「エルサ!」

「はい、お任せください!」


 二人して斬りかかっていく。乱戦に魔法は使えない。よって二人もまた物理攻撃に頼る。

 とはいえ圧倒的だった。剣術に関するステータスはろくに伸びていないヒナであるけれど、元より戦闘値50%アップの超怪力というチートスキル持ちなのだ。瞬く間に傭兵団を斬り裂いていく。


「お、おま、本当に聖女なのか……?」


 最後の一人となったバジマ。震えながらヒナに問う。初っぱなの魔法もそうだし、剣術にいたっては剣豪というべきレベルを目の当たりにして。


「悪を以て悪を制す! それは悪役令嬢を目指すわたくしが、たった今思いついた言葉ですわ! これより貴方様を天へと還します。わたくしは刑の執行者として裁きを与えましょう。泣き言や弁明は天界にてお願いいたします」


 言ってヒナが斬りかかる。相手は自身の二倍ほどもあるような大男であったが、果敢にも彼女は近接戦を選ぶ。


「むぅ、良い剣だな!?」


 初撃は大剣に止められるも、ヒナは動じない。剣術による攻撃で余裕を見せたかのようなバジマへ執拗な攻撃を繰り出していた。


「ぐぅ、ぐぁ、ちょっ!?」


 バジマが一方的に攻め立てられていた。傭兵団を率いる彼であっても、所詮は人を相手にしていただけ。強大な魔物との戦闘を経験していない彼にはヒナと同じだけの魂強度はない。


 最後に甲高い金属音が王城前に響き渡る。魔力を乗せた強烈な一撃。二メートルはあるだろう大剣をヒナは弾き飛ばしてしまう。


「待て、降参だ! 何でも言うことを聞く!」


 武器を手放してしまったバジマは一気呵成に攻め立てるヒナに対して、命乞いとも取れる声をかけた。


 瞬時にピタリとヒナが停止。バジマの喉元には彼女の愛刀が触れていたというのに。


「たっ、頼む。許してくれ……」


 尚もバジマは懇願する。どう足掻いても勝てない。圧倒的な魔力差は一撃の重さに大きく寄与していたのだ。大剣を振り回したところで、ヒナが相手では少しも効果がなかった。


「わたくしの役目が弁明を聞くものではないと、先ほど申しましたでしょうに?」


 バジマの切なる願いであったけれど、ヒナは首を振って答えている。手を止めた彼女だが、許すつもりはないらしい。


「わたくしは悪役令嬢。刑の執行者ですから――――」


 言ってヒナはバジマの首を落とした。悪を以て悪を制す。その言葉通りに無慈悲とも思える攻撃にてこの戦いを終わらせている。


 刹那に大歓声が巻き起こった。ヒナを称える声。聖女様との叫び声が。

 悪役令嬢とは呼ばれないヒナであったけれど、一応は満足している。追放されたあとの世直しは彼女の悲願でもあったのだ。覆すべき悪評などなくとも、ヒナには一定の達成感があった。


「ゼクシルの皆様、これで全てが終わったわけではございません。全員が力を合わせ、今度こそ住みよい国を築くこと。全てを教団へと丸投げするのではなく、貴方様方も尽力いただきとうございます。わたくしはその助力をさせていただくに過ぎません」


 ヒナは民たちに語りかける。復興は一人の手で成し遂げられるものではないと。全員が同じ方を向き、懸命に努力し続けた先にあるのだと。


「まずは王城に残された金品の一部を住人に分配します。わたくしも及ばずながら、復興支援として幾らかの援助をさせていただく所存です」


 とりあえずは町に活気を戻すこと。住人たちが私財を持つことが復興への足がかりである。恐らく王城にはかなりの金額が貯め込まれているはずで、民が潤えば商人たちが避けるはずもないだろう。


 エルサは頷いている。ヒナが示した方針に間違いはないのだと。常識外れの話ではなく、真っ当な方策であった。


「さし当たってテオドール公爵家より白金貨千枚を援助させていただきます!」

「お嬢様ァァッ!!」


 何でもかんでも白金貨で処理するヒナに、エルサは堪らず声を上げた。金貨千枚でも充分だというのに、白金貨を千枚だなんてあり得ないとヒナを制している。


 しかし、無駄であった。既に彼女は白紙の振出手帳に金額を記入していたのだから。


「必ずや住みよい国にしましょう! お願いではなく、命令ですからね? わたくしが気に入る国にならなければ、悪役令嬢に切り刻まれますのでご注意を!」


 最後はにこやかな雰囲気だ。ヒナのちょっとした冗談であったけれど、住民たちは彼女の言葉を真摯に受け止めている。


 聖女が導くまま、本当に住みよい国を作り上げるのだと……。

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