第068話 動き始める世界

 北大陸の北端にある聖地リベル。ホリゾンタルエデン教団の本拠地は朝からなぜか慌ただしかった。


「ペターパイ教皇!」


 早朝だというのに、ペターパイ教皇の寝室に僧兵がやって来た。急用以外は来るなと伝えていたというのに。


「教皇様……?」

「アリス、お前はベッドに潜っておれ。儂が話を聞く……」


 どうやら情事のあとであるらしい。生け贄として捕らえたアリスをペターパイ教皇は気に入り、ずっと側に置いていた。


「何だ? 要件を早く言え」


 不機嫌そうなペターパイに恐縮しながらも、僧兵は緊急事態を告げる。


「実は楽園が魔王軍とやらに襲撃を受けたのです……」


 デスメタリア山を頂点とするオソレザ連峰の谷間。僻地に隠れて生きてきたホリゾンタルエデン教団であったが、大陸全土に進出するため各地に楽園という集落を築いていた。


 どうやら、楽園の一つが魔王軍に襲撃されてしまったらしい。


「何だと? 楽園が狙われているのか?」

「襲われた楽園は皆殺しに遭っています。既に三カ所が壊滅しております」


 不機嫌そうだったペターパイの表情は険しいものへと変貌していく。敵はディーテ教団だけだと考えていたというのに、どうしてか魔王軍に狙われるなんてと。


「魔王候補ケンタは男も女も関係なく一撃で殺めます。どうしてか全員が股間を貫かれて死んでいました……」


 むぅっとペターパイ。変死していたのは何らかのスキルかもしれないと考え込んでいる。


「魔王候補の動向を探れ。我らは計画通りにツルオカ様の復活を目指す」

「了解しました。失礼いたします!」


 敬礼したあと僧兵が去って行く。さりとてペターパイは溜め息を漏らしていた。

 楽園には生け贄も多く住んでいたのだ。三カ所も全滅となっては計画に支障が生じてしまうだろうと。


「アリス、お前は前線に出ろ。魔王候補対策の指揮を執れ。セイジョらしいところを見せてもらうぞ?」


 ペターパイはアリスに魔王候補の動向を探るよう指示を出した。

 対するアリスは笑みを浮かべる。正直に老人の相手を続けるのは苦痛であったのだ。従って彼女は文句を並べることなく了承していた。


「承知いたしました。魔王候補について調べ上げます」

「うむ、期待している」


 順調だったツルオカの復活に影を落とす事態。世を混乱に陥れるホリゾンタルエデン教団もまた窮地に立たされていた。


 何しろ魔王候補と敵対してしまったのだ。今後の動き次第では身動きできなくなってしまう。


 アストラル世界は巨大な混沌の渦に飲み込まれていく。それは善悪関係なく、ただ等しく終焉へと誘っているかのようであった……。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 北大陸の東部にあるゴハラ砂漠。魔王候補ケンタは性欲を発散しきれない毎日を過ごしていた。元がケンタウロス族である彼は巨大なアレを持ち、彼と関係した者はたった一回で死んでしまうからだ。


「おいインク、身体が火照って仕方がない! 何とかしろ!!」


「落ち着いてください。ケンタ様のアレを受け止めきれる素体がないのです。全て一撃で殺めてしまうのですから、調達する身にもなってください」


 インクの進言通り、男も女も関係なく情欲をぶつけていたケンタだが、全員を例外なく一撃で殺めてしまう。インクがどれだけ人数を用意しても彼の性欲を満たすことなどできない。


「ケンタ様は賢者タイムを設けるべきですね……」

「賢者タイム? 何だそれは?」


「普通は情欲を一度解き放てば、しばらく無心になるのです。言わば禁欲の時間を設けるという話ですね」


 不満げな顔をするのはケンタだ。こんな今も発散したくてしかたないというのに、我慢するだなんて絶対に無理だと。


「インク、何だったら俺はお前だって抱けるのだぞ?」


 一瞬にして背筋が寒くなる。ケンタに抱かれるということは肉片になるということだ。拷問よりもキツい現場を見てきたインクにはとても受け入れられる話ではない。


「ご冗談を。これでも私は手となり足となりケンタ様に尽くしております! 無尽蔵の性欲を発散できる計画を実行中なのですから!」


 インクはここで計画の一つをケンタに伝えようと思う。まだ完全とはいえなかったけれど、進捗状況を口にすることで怒りを収めてもらうのだと。


「ほう、俺が満足できるものか?」

「もちろんです。ケンタ様のアレに相応しい素体。このゴハラ砂漠に生息する大型のサンドワームを養殖しております!」


 サンドワームはその名の通り、砂地を好む巨大なチューブ状をした魔物。広大なゴハラ砂漠には数多のサンドワームが生息しており、その中でも特に巨大な種をインクは養殖していると話す。


「サンドワームだと? 虫ケラではないか? お前は男だけでなく俺に虫を抱けというつもりか?」


 ギロリと鋭い視線が向けられてしまう。流石に生きた心地がしなかったけれど、インクには自信もあった。


「ただの虫ではございません。サンドワームはゴムのような柔らかい素体で、更にはとても良い形状をしているのですよ。もちろん、前からも後ろからもご利用いただけますし、ちょっとやそっとじゃ死にませんので」


 インクの話に頷くケンタ。一回で破裂しないというのは彼が望むままだ。しかも、前後両用であるなんて、期待の上を行く。


「より快楽を得られるよう種の交配を進めている最中です。柔らかくも刺激的。それでいて壊れない。ケンタ様が望む理想のサンドワームを必ずや生み出して見せましょう!」


 自信満々にインクが言った。ここで少しでも不安を口にしようものなら、彼の命はなかったことだろう。


「うはは、流石は魔王軍の頭脳だ! 良くやったぞ、インク。もうしばらくは我慢してやろう。早く完全なサンドワームを持ってこい!」


 反応は上々である。やはりケンタは性欲さえ発散できれば相手は何でも構わないらしい。岩の隙間でも問題なく発散できるのだ。サンドワームはまだ生体であるだけマシだといえる。


「ありがとうございます。交配にはもうしばらくかかります。最高の種ができましたら、死なないように魂強度を上げる予定です。今しばらくお待ちいただければ、期待以上の快楽を得られることでしょう」


 インクは胸を撫で下ろしている。ケンタがその気になれば、彼など一瞬で天界へと還る運命。ただでさえ戦闘力が高いケンタウロスが魔王候補というジョブを得ているのだ。インキュバス族が存続するためには付き従っていくしかない。


 満足げに笑うケンタにインクは計画を早めなければと思い直す。インキュバス族の元王である彼は種の存続と同時に、魔王候補の配下として美味しい立場を手に入れようとしている。強大な主人と共にあれば、必ずや世界を手に入れられるはずと。


 広大な砂漠に歓喜するケンタの雄叫びが木霊していた。砂漠の果てまで届くほど、その声は響き渡っている。


「ヒヒヒィィィィンン!!」


 今し方、共にあろうと決意したインクだが、やはりいつも見る光景には溜め息が出てしまう。高潔なるインキュバス族の主人としてケンタが相応しいかどうかと、インクは葛藤を覚えている。


「やっぱ馬なんだよなぁ――――」

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