第067話 すれ違う運命

 祈りを終えたヒナは街を散策したあと、聖堂前でエルサを待っていた。彼女が馬車を手に入れたならば直ぐさま出発しようと。


「ヒナ、エルサが戻ってきたよ!」


 珍しく起きているサラ。長旅で疲れたのは水流を吐き続けたウンディーだけであるらしい。彼女はヒナの右肩に乗ったまま熟睡している。


「お待たせしました。王家払い下げの馬車が購入できましたよ」

「流石はエルサね! 白金貨千枚くらいかしら?」


「お嬢様、私は世界中の馬車を買い占めろと命じられていたのですか? 馬車は王家の払い下げですら白金貨も必要ない金額です。かなり状態の良い馬車ですけれど、金貨200枚で馬まで買えましたよ……」


 呆れながらもエルサはヒナを案内する。

 到着したそこは裏通りにある馬車の修理工房であった。


「意外と綺麗じゃない?」

「そうなんです。車軸が折れただけで、買い替えられたそうですね。現在はちゃんと修理されております」


 純白の馬車。王家払い下げとのことで、御者台と車内は小さな窓で繋がるだけ。北大陸に置いてきた馬車のように気楽な行き来はできなかった。


「結局、クリエス様は間に合いませんでしたね……」


 ポツリとヒナが漏らす。というのも彼女はディーテからクリエスが港町ダリスへ向かっていると聞いていたのだ。ひょっとすると出発までに会えるのではないかと考えていたけれど、小さな港町に彼の姿はなかった。


「お嬢様、南大陸とて広大なのです。殿方一人を見つけるのは難しいかと思います。待ち合わせでもしない限りは……」


「まあそうなのですが、ダリスへ向かっていると聞けば期待してしまいます……」


 肩を落とすヒナにエルサは思案する。時間がない現状であったけれど、主人の望みを叶えるかどうかを。


「それではクリエス殿の到着までダリスに滞在しますか?」


 とても魅惑的な提案である。しかしながら、ヒナは首を振って答えた。


「鉢合わせしない以上は、まだその時ではないのでしょう。わたくしもクリエス様も使命を持っております。優先すべき事柄を見誤ってはなりません」


 ヒナの返答にエルサは嘆息してしまう。まだヒナは少女といっても構わない年頃である。なのに自身の願望を押し殺し、使命とやらを優先してしまうなんて。たまには我が侭を口にしたとして罰は当たらないはずだと。


 エルサの心配を余所に、ヒナは気持ちを切り替える。大きな笑顔を向けてエルサに言うのだった。


「それじゃあエルサ、出発しましょうか! 行き先は西南の島サナタリア。そこでヒュドラゾンビ狩りをする予定です!」


 得意げに話すヒナにエルサは眉間にシワを寄せている。ヒュドラなんて聞いたこともない災害なのだ。しかもゾンビだなんて受け入れ難い話である。


「お嬢様はヒュドラをご存じないのでしょうか? 伝記にあるような怪物ですよ?」


「災害級はあるみたいですね。ディーテ様はわたくしがゾンビ体であれば戦えると知って、ヒュドラゾンビの情報をお教えくださいました。サナタリア島のヒュドラゾンビを狩り、レベルアップするようにと仰せつかっております」


 やはり、にわかには信じ難い話だ。頻繁に女神様が顕現するなんてこと。しかもドラゴンゾンビを討伐した話まで知っているだなんて。


「それでは私はまたお荷物でしょうかね?」

「エルサは船で待機してください。島は毒化しているみたいですので」


 予想外の話に大丈夫なのですかぁっとエルサ。またも勢いで戦おうとしているのかと考えてしまう。


「いや、ホントに頼みますよ、お嬢様?」


 このあと二人は大量にポーション類を買い込み、馬車へと乗り込んだ。

 御者台にはエルサが座り、車内にヒナと大精霊が入る。


 港町ダリスには僅かな滞在となった。

 しばらく馬車を走らせると街道は岩山に囲まれたエリアへと入っていく。切り立った高い崖が左右にあり、妙な圧迫感を覚えてしまう。


 街道の幅は割と狭かったのだが、運悪く行商の荷馬車が南側からやって来る。それでなくとも、エルサは御者として不慣れであったというのに。


「ハーフエルフの女性が荷馬車の御者とか珍しい……」


 向かい側から来た荷馬車の御者はハーフエルフ。荷馬車は冒険者などを乗車させることもあるので女性は本当に珍しかったのだ。


 しかし、考えていたよりもハーフエルフの御者は馬車の扱いに長けており、やや広い場所に幅寄せをして停車してくれた。ここでエルサとすれ違うつもりなのだろう。


 エルサが礼をすると、ハーフエルフの彼女もまた礼を返していた。それは接触をして立ち往生せずに済んだ感謝の表れである。


 運命は交差していく。すれ違う馬車と同じように……。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 クリエスたちは馬車を走らせ、港町ダリスへと向かっていた。馬車に揺られていると何だか眠気が襲ってくる。


「んん?」


 一定の間隔で揺れていたのだが、急にガタンと大きな揺れ。流石に気になったクリエスは御者台のベルカに声をかける。


「ベルカさん、何か現れたのですか?」

「ああいえ、前方から貴族らしき馬車が来たので、道を空けようかと……」


「そうですか。ぶつけて難癖つけられないように停車して通過を待ってください」


 クリエスは貴族を優先させる。先を急ぐ旅だ。自身も貴族ではあったけれど、地元の貴族と揉め事をおこしたくはないのだと。


 このときクリエスは気付いていなかった。もし仮にベルカへ注意を促さなければ、未来は変わったかもしれないということを。

 天界でした約束が果たされなくなることは、なくなったはず。接触をして双方が馬車から顔を出すだけで……。


 純白の馬車がゆっくりとすれ違っていく。クリエスはただその時を待つ。

 一定の間隔で響く蹄の音。路面を叩く車輪の音が近付いては遠ざかっていった。


 もしかすると二人は出会えぬ運命にあるのかもしれない。

 ヒナとクリエスは転生をして初めて同じ場所に存在したけれど、近付いただけで再び離れていくのだから。

 二人が秘める感情とは裏腹に、無情にも双方の目的が優先されていた……。


 ◇ ◇ ◇


 貴族風の馬車とすれ違って間もなく、クリエスは港町ダリスへと到着していた。さりとて滞在予定はなく、食料とポーション類の調達くらいである。


「やっと着いたな。この海の向こう側にヒナがいるのか……」


 前世を通して、クリエスは大陸間にある大海を初めて見る。まだ見ぬ大地を想像しつつ、大海原を眺めていた。


 クリエスはヒナの近況について聞かされていない。二人が再会を果たすかどうかはヒナに一任されていたからだ。


 もしも再会したとして、ヒナは速やかに別れを告げるようにと指示されていた。邪魔になるからと、邪神竜ナーガラージの討伐には同行できないという話をするだけ。クリエスに余計な心労を与えないように、ヒュドラゾンビについての話は厳禁とされていたのだ。


 ヒナの決定により、それらは全て杞憂に終わっている。クリエスは邪神竜ナーガラージ戦に集中して挑むことが可能となった。世界を救うという身の丈を超えた目標に突き進むだけである。


「ま、先に邪神竜だな……」


 喫緊の問題は神格を得たというナーガラージ。女神たちの思惑通り、クリエスは集中できていた。雑念を封じ込め、使徒としての使命を果たせる状態にある。


 このあとクリエスたちは購入予定の品物を買い揃え、僅か数時間の滞在でダリスを後にしていく。

 発生した邪神竜は北街道を遥か東に向かった地点。クリエスは覚悟を決めて進路を東に取っていた。


「なぁ、お前ら邪神竜という魔物に勝てるか?」


 ここでクリエスはイーサとミアに問いを投げる。全ては彼女たち次第なのだ。魔王候補やネクロマンサーといったハイレアジョブと比べてどうなのかと。


『婿殿がいう邪神竜なんぞ知らんが、問題はないじゃろ?』

「マジで言ってんの? 俺は真剣に聞いているのだけど?」


 軽くいうイーサにクリエスは眉間にしわを寄せながら言った。本当に問題はないのだろうかと。


『その邪神竜はオスなのじゃろ? なら妾の敵ではない!』

「お前はそのオスに殺されたんだろうが……』


 イーサは当てになりそうにない。彼女は神格がない勇者ツルオカに返り討ちに遭ったという事実を既に忘れている。


「ミアはどうだ?」


 今度はミアに聞く。世界のバランスを大きく崩した災禍たる彼女はどう考えているのだろうかと。


『会ってみなければ分かりません。とはいえ私は自分自身より強い存在を見たことがありませんし……』

『なんじゃと、この駄肉が! 妾に殺されたじゃろうが!』


『不意打ちは実力通りではないのです! 無き者と正々堂々戦って負ける道理などありません!』


 なぜか言い争いに。かといってクリエスは二人の余裕を感じていた。

 既に二人は支配契約を結んでいる。いざというとき、逃げ出すなんて叶わない。だとすれば、彼女たちは脅威に感じていないはず。これから邪神竜と戦うというのに、喧嘩する余裕があるのだから。


「何とか戦えるのかなぁ……」


『神格を持つといっても土着の神で信奉者もいないのでは、特別な脅威を感じませんけれど? 確かに格の違いはありますが、覆せないほどの差はないかと考えますけどね』


 クリエスが呟くと、ミアが答えてくれる。

 神格の有無は明確な差があったものの、ミアはそれが問題になるとは考えていないようだ。もっとも彼女は神格を持つ者と戦った経験がない。従って鵜呑みにするわけにはならなかった。


『妾は実際に竜神を倒しておる。霊体ならばまだしも、実体さえあれば婿殿でも何とかなるじゃろう。それに妾のジョブは魔王候補であるし、ただのサキュバスであった頃よりも、ずっと強いのじゃからな』

 イーサが付け加える。実体を持つことこそが弱点なのだと。彼女はクリエスでも戦えると予想していた。


「そういや、お前は竜神を倒したんだったな?」

『その通りじゃ。まあ竜神の奴は攻撃してこんかったし、妾は催婬をかけ続けるだけじゃったがな。とはいえ竜神と比べれば、ポッと出の神など神格が高まっておらん。認知されておらん神などしれておろう』


 竜神の魂強度を取り込み、イーサは魔王候補となった。サキュバス族という特に強くもない種族であったというのに。だからこそ、イーサは強気だ。邪神竜が相手でも戦えると疑っていない。


「神格持ちが相手でも何とかなるのか……」

『妾は必死じゃったからの。竜神は美少年じゃったし、絶対にアヘ顔が見たかったのじゃ!』


 真剣に悩んでいたというのに、唐突なサキュバストーク。どうやら竜神もまた人化できたらしい。かといって、それは完全な脱線話であった。


『妾は死に物狂いで催婬をかけ続けていたのじゃ。したら、突然に催婬が昇格しての。一発でメロメロにしてやったわ!』


 それはイーサが持つ超催淫のことだろう。強者と戦うほどスキルの熟練度が上がりやすいのはクリエスも分かっている。超と付くそのスキルは明確な違いをもたらせたに違いない。


「なるほどな。スキル次第で何とかなるってか。なら邪神竜にもかけられるか?」

『妾は神格を持っておらんが、同格じゃろうと思うておる。何しろ妾は竜神の魂強度を奪ったのじゃからな』


 イーサたちはやはり脅威に感じていない。それどころか負けるはずがないとさえ考えているようだ。神格をジョブに転換できなかったけれど、イーサは現実に竜神を倒している。よって准神格持ちだと言いたげであった。


「じゃあ、イーサはどうして魔王になれなかった?」


『どうなんじゃろうな。魔王候補になってからは破壊衝動が凄くての。まあそれで割と暴れ回ったんじゃが、ジョブは変わらんかった。大地を割ったりもしたのじゃがな』


 魔王候補になってから、戦闘値が跳ね上がったという。しかしながら、サキュバスであった頃にはなかった感情が湧き立ったとも話す。全てを破壊し尽くしたいと考えてしまったという。


「大地を割るとか迷惑な話じゃねぇかよ……?」

『今はそういった感情を抑え込めておるが、ある程度の破壊をするまで落ち着かんかった。あのまま闇の感情に呑まれておったら、魔王として覚醒したのかもしれん』


 イーサはどうしてか破壊衝動を抑え込めたらしい。彼女は魔王となるべくルートから自ら離れたという。


「どうして魔王化しなかった?」

『妾は世界中の男を虜にしたかったのじゃ! 欲望のままに動いておったら、気にならんようになっただけじゃな。実をいうと今もそういった感情はあったりする』


 どうやら単に欲望が勝っただけのよう。今もまだイーサは破壊衝動を覚えているらしいが、既に何とも思わなくなったらしい。


「さぞかし千年前のアストラル世界はヤバかったんだろうな。お前たちが暴れ回ったせいで……」


 北大陸には魔王候補がいて、南大陸には狂気のハイエルフ。双方共が壊滅的な状況になっていたのだから、ツルオカはある意味において勇者としての仕事を果たしたといえる。


「全部千年前からか……」


 クリエスは嘆息している。千年前の警報は終息したようで、その実は何一つ解決していない。根本の原因である行方不明になった大精霊たち。世界のバランス崩壊を加速させた狂気のハイエルフや災禍の対象である魔王候補まで。更には勇者ツルオカという存在も寿命が尽きたあとでさえ、天へと還っていないのだ。


「今回はちゃんと終わらせないとな……」


 改めて自身の使命に責任を感じる。先延ばしとする解決ではなく、全てを終わらせておかねばならないのだと。


 クリエスは邪神竜との戦闘前に新たな目標を立てていた……。

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