第066話 主神への報告

 ドラゴンゾンビを討伐したヒナ。小舟を走らせ、ようやくと南大陸の玄関口である港町ダリスへと到着していた。


「エルサ、とりあえずお祈りしてくるから、その辺りで馬車を買ってきてくれる?」

「お嬢様、馬車は露店で見つけられるほど、簡単な買い物ではありませんよ?」


 一般常識不足はエルサが教えていかねばならない。馬車がパンやポーションの隣に陳列されているはずもないのだと。


 エルサが馬車の手配をしている間に、ヒナは聖堂へと入る。無茶をしたこと。ヒナは主神たるディーテに謝っておかねばならない。


『ディーテ様……』


 祈りを捧げると、いつものようにディーテが現れる。しかし、どうしてかシルアンナまでもがそこにいた。


『シルアンナ様?』

『ああ、ここはヒナも知っている私の業務室なの。厄介な問題が起きてしまってね……』


 シルアンナがそう答えると、真っ白だった背景がヒナの記憶にもある部屋を映し出していた。


『さっきまでクリエスもいたのだけど……』

『ええ? クリエス様がここに!?』


 ヒナは本題を切り出せない。流石に落胆する話だ。あと少し早くダリスへと到着していたとすれば、クリエスに会えたのだと。


『何だったら喚べるわよ?』


 とても魅惑的な提案があった。ずっと気になっていた人である。再会の約束をしていたし、会いたくないはずもなかった。けれど、ヒナはシルアンナに首を振っている。


『いえ、直接お会いしとうございます。ですので今回はご遠慮させていただきます』

『あらそう? クリエスだったら、飛んでくるでしょうに』


 それはヒナも同じだ。仮にクリエスから誘われたのなら、喜んで赴くだろう。けれど、現状で呼び出してもらうのは違うと思う。約束を適当に守るのは間違っていると感じた。


『それでディーテ様、わたくしは無茶をしてしまいました。申し訳ござません……』


 脱線したものの、ヒナはまず謝罪を述べる。使徒としての使命があるというのに、もう少しで天に還ってしまうところであった。調子に乗り過ぎていた軽率な行動を謝っている。


『ヒナ、確かに危ない状況でしたが、ワタシは確信しました。ヒナこそが世界を救う者の一員であると。貴方は間違いなく世界に愛されております。もっと自信を持ちなさい』


 咎められるどころか、誉められているような気がする。また何だか部屋が騒々しいこともヒナは気になっていた。


『この警報音は何なのでしょうか?』


 恐らくアストラル世界にとって良くないもの。耳障りなブザー音が吉報であるはずがない。


『ええ、実は邪神竜が発生しました――――』


 眉根を寄せるヒナ。邪神注意報は知っていたけれど、邪神竜とは何なのかさっぱり分からない。


『邪神竜でしょうか?』


『邪竜は貴方も知っているでしょ? 邪竜は発生したあと、元大精霊を取り込んで神格を得てしまったのです。どうしてかワタシとシルの石像が気に入ったらしく、神として天界へ来ようとしているのですよ』


 とんでもない話である。邪神竜はディーテとシルアンナを目的とし、天界を目指しているのだという。


『元大精霊って……?』

 ヒナはそれを知っている。しかし、疑問がないわけではない。自身も知るサラやウンディーのことなのか、若しくは違う何かであるのか。


『ヒナ、元大精霊とは貴方が二体も手懐けているものよ。千年前に大精霊であったものたち。サラとウンディーは千年前に消息不明になっていた元大精霊なの。四大精霊の内、火と水を統べる大精霊よ』


『あの子たちって本当に大精霊だったのですか?』


 千年前との話は初耳であった。また消息不明であった理由はヒナにも推し量れている。ベリルマッド六世により彼女たちは封印されていたのだから。


『ヒナが保護してくれて助かりました。シルフのようになってしまえば、更なる混乱を招いたことでしょう』


 彼女たちは妖精よりもずっと尊い存在らしい。言動には少しも威厳を感じないけれど、世界のバランスを担っていた存在であったという。


『それでシルフ様の神格を奪った邪神竜は天界に昇ることができるのですか?』


『いえ、直ぐには無理です。何しろ土着神に括られますからね。世界への貢献が評価されるか、或いは信徒が一定数いるのなら死後天界に招かれるやもしれません』


 とりあえずは安心する。邪神竜を信仰する者が多くいるはずもないのだ。恐らく邪神竜は魂となったあとも天界へは招かれない。


 しかし、ヒナは気付いた。天界へ招かれる権利を持つ者について。


『もしかして、邪神ツルオカ様は天界へ行くおつもりなのでは……?』


 神格と信徒の数が条件であれば、ツルオカの目的が自ずと見えてくる。穢れた地上を浄化したのち、彼は天界へ向かうような気がしてならない。


 少しばかり逡巡したディーテだが、頷きを返している。


『話すつもりはなかったのですが、恐らくはその通りでしょう。彼はワタシを女神として認めていません。必ずやワタシの元に現れると思います』


 まるで言うことを聞かなかったというツルオカ。彼の女神批判は最終的に大きすぎる目的を持ってしまったようだ。


『大丈夫なのですか? それに邪神竜についても……』

『ツルオカについてはヒナが気にする問題ではありません。また邪神竜はクリエス君に任せるつもりですし』


 どうやら突如として発生した邪神竜はクリエスが担当するらしい。邪竜となっただけでも脅威であるのだが、加えてそれが神格を得たというのに。


『クリエス様は討伐できるのでしょうか?』


『難しいかもしれません。ですが、彼の性格からして逃げ回ることを選ぶとも思えません。無茶はしないようにと言い聞かせましたが、何しろ邪神竜はシルアンナの使徒であるクリエス君を狙っているのです。だからこそ、他者の迷惑になることを彼は望まないかと思われます……』


 狙われているからこそ向かっていく。ヒナは危うさを感じていた。強大な敵に対して向かっていく心の強さは評価できるけれど、流石に無鉄砲なのではないかと。


『クリエス君には災禍級以上の悪霊が二体憑いております。支配契約を済ませた彼女たちなら邪神竜に立ち向かえるかもとワタシは考えます』


 不安げなヒナにディーテが補足した。どうやらクリエスに取り憑いていた悪霊は彼の命令を拒否できない契約を済ませているらしい。


『悪霊を手懐けたのですか?』


『そうなのです。支配契約は魂の一部を奪うもの。今のクリエス君は魔王候補とネクロマンサーというSランクジョブまで手に入れています。通常であればクリエス君でも対処できる可能性はあるのですけれど、彼はステータスが八分の一ですからね。現状では悪霊の力を借りるべきなのです』


 とても信じ難いことであったが、クリエスは自力で悪霊を抑え込んでしまった。ヒナは呆然と頭を振るしかない。


『では、わたくしが聖女になったのは無駄なことでしょうか?』


 ここは聞くしかない。自身は意味のないジョブチェンジを果たしてしまったのかと。


『無駄なことなどありません。聖女はSランクジョブ。固有の魔法が多く存在します。邪神が発生したとすれば、貴方の力が必ずや必要となるでしょう』


 ディーテは優しい笑みを浮かべている。仮に此度の事象で無駄なことがあったとすれば、それはディーテ自身が施した制約に他ならないのだ。ヒナに制約がなかったのなら、彼女は余裕を持って成長できたのだから。


『わたくしはクリエス様を追いかけるべきでしょうか?』


『いいえ、ヒナは独自にレベルアップを。南大陸西南にあるサナタリア島を目指しなさい。そこにはミア・グランティスの使い魔であるヒュドラゾンビが五体いるそうです。貴方のセイクリッドフレアにて全滅させ、更なる力を手に入れてください』


 ここで次なる目的地が示されていた。それはヒナも考えていたこと。ゾンビであれば簡単にレベルアップできる。口にするまでもなく、主神ディーテは考えてくれたらしい。


『ディーテ様、ありがとうございます。わたくしは必ずや制約を遂げますから』

『ええ、頑張ってね。ただ島は毒化しているそうなので気をつけて。世界もワタシも貴方の味方ですよ』


 ヒナは頑張ろうと思う。クリエスの手を煩わせることなくレベルアップできるならば、意気込まない理由はなかった。


 向かう先は西南の島サナタリア島。そこでヒナは更なるレベルアップを目指す。

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