第063話 思わぬ強敵
ヒナとエルサは西側に現れるという幽霊船に注視しながら大海を突き進んでいた。しかし、海はどこまでも穏やかであり、幽霊船どころか魔物が現れる気配すらない。
「幽霊船というくらいですから、小舟ではないですよね?」
エルサが聞く。仮に怪しい船を見つけたのなら、直ぐさま進路を変えようと。
「よく分かりませんが、幽霊船とかワクワクしますね!」
手を合わせてときめく様な素振りのヒナにエルサは薄い視線を向けている。もしかすると幽霊船を見てみたという理由だけで西側を選んだのではないかと。
「お嬢様、観光などではないのですよ?」
「分かってるわ。タコっぽい船長とかいるのかしら?」
「知りませんよ、そんなこと……」
本当に戦う気があるのか不安になってしまう。それでなくてもアンデッドが相手だ。純粋な剣士であるエルサには決め手がない。幾ら斬り裂こうと、彼らは苦痛に喘ぐことなく向かってくるのだから。
「お嬢様、アンデッドとの戦いはできるかぎり足を狙うようにしてください。腕や頭を斬り落としたところで、奴らは動きを止めませんから。足さえなくなれば機動力を封じることができます」
「流石はエルサね。了解しました。その作戦でいきましょう。トドメはわたくしの聖魔光で一網打尽ですね」
「そんな簡単にいきますかねぇ?」
アンデッドは討伐方法が限られているため、危険度は同じ魔物であっても数段高くなる。だというのに、寧ろヒナは早く戦いたがっているようにも感じられた。
出向して半日。日が沈み月が昇り始めた頃、ようやくと変化が起きている。
海面に浮かぶ影。明らかに岩礁ではない。徐々に大きくなるそれは間違いなく幽霊船であった。
「お嬢様、回避を試みますか?」
「いいえ、突き進むだけ。わたくしには時間がありません。大量のアンデッドを倒して少しでも強くなりたい。そう思っています」
エルサには悪いのですが、とヒナは付け加えている。
主人の考えを聞いたエルサは頷くだけ。彼女の支えになろうと決めているのだ。旅に同行した瞬間から、死は覚悟している。アストラル世界に輝く目映い光をエルサは守ろうと思った。
「ウンディー、スピードを落として!」
「う、うん……」
大精霊たちも焦っている感じだ。幽霊船だなんて初めて見るはず。大精霊も属性に応じたスキルを使える感じだが、彼女たちは基本的に戦闘タイプではない。
近付くにつれ露わになっていく。幽霊船は大型の商船に似た形状であり、接岸部分にあたる側面には荷を運び入れるための出入り口とヘリが備わっている。
「あのヘリで戦いましょう」
「本気ですか!? 足場が小さすぎます!」
エルサは反対するけれど、ヒナは本気であった。真っ直ぐ向かってくる幽霊船。不安定な小舟の上で戦うよりも、安定を得られる方が良いと。
「サラとウンディーを巻き込むわけにはなりません。わたくし一人でも構わないのですから」
そう言われてしまえばエルサも同意するしかない。元より先に死ぬのは自分だと決めている。主人よりも長生きするつもりなどなかった。
「それではお嬢様は手前から。私は奥側に陣取ります。挟撃いたしましょう。また足を切り落とせば、海へ落とすべきです。這い上がってはこれないでしょうし」
作戦が煮詰まっていく。二人はできる限りのことをするつもりだ。決めたはずの覚悟はまだ希望を抱いている。必ずや勝利し、南大陸へ向かうだけであると。
既にヒナたちの小舟は動いていなかったけれど、グングンと迫る幽霊船に戦いの狼煙が既に上がっているのだと知れた。
「乗り込みます!」
真っ先にエルサ。ヘリに飛び移るやゾンビの両足を斬り落とす。そのまま蹴りを入れて、海へと突き落としている。
「エルサ!」
「問題ありません!」
彼女は次々とゾンビを斬っていく。しかし、ヒナが飛び移る隙がまるでない。
「聖魔光!!」
ヒナはここで初めて聖女の基礎魔法を唱えた。威力は未知数であったけれど、エルサを助けたい一心で。
聖魔光は眩しい輝きを伴いながら一直線に放たれていた。効果の程は期待半分であったけれど、結果として溢れるゾンビとゴーストを一掃してしまう。
「いける!」
ここでヒナがヘリに飛び移った。これでようやく作戦が実行に移される。左右に分かれての挟撃が始まるのだ。
「お嬢様、今の浄化魔法はどれくらい使えそうですか?」
剣を振りながらエルサ。絶大な効果を見てしまっては期待したくなっている。
「今のところ何ともありません。魔力ポーションも沢山あることですし、海に落とすよりも倒していきましょう!」
ヒナが話すようにポーション類は行商人レベルで購入していた。全てヒナが持つアイテムボックスのおかげであるが、公爵家の無尽蔵ともいえる財力が成せる業でもある。
「聖魔光!」
ヒナは荷室へと繋がる扉の前に立ち、浄化魔法を撃ち放った。目映い輝きは再び一直線に放たれ、まだ部屋で蠢くアンデッドを一掃している。
『レベル42となりました』
一度にレベルが12も上がっている。この航路でかなりの船を襲ったからか、アンデッドたちは魂強度を溜め込んでいたに違いない。
「これなら大丈夫!」
ヒナは確信を得ていた。幽霊船くらいでは倒されることなどない。聖魔光がある限りは問題ないと思う。
しばらくすると船内から現れるアンデッドがいなくなった。少しばかり逡巡したあと、ヒナは決断する。
「エルサ、突入しますよ!」
「本気ですか!?」
戸惑うエルサだが、ヒナはもう照明魔法を唱えている。彼女が突入するのなら、追従しないわけにはならない。
二人が船内に入ると、大型商船らしい巨大な空間があった。どうしてか床一面に魔法陣が輝いている。それは何らかの術式かもしれない。
また腐り落ちたのか天井は吹き抜けとなっており、月明かりが差し込んでいた。
既にゾンビの姿など見当たらないのだが、月光に照らされた部屋の奥にはどうしてか巨大な影が浮かび上がっている。
「っ!?」
息を呑むヒナ。巨大な影は明確に魔物であった。威圧的に見下ろすようなそれに自然と足が竦む。
ここまで巨大な魔物を彼女は初めて見る。瞬時に立ち入ってはならない場所へ踏み込んでしまったのだと理解できた。
「お嬢様!?」
唖然と固まっていたヒナをエルサが飛びつくようにして突き飛ばした。あまりの巨大さに圧倒され、ヒナが適切な行動をしていなかったからだ。
「ぐぁあぁああっ!!」
エルサの絶叫が耳元で聞こえる。見ると彼女の鎧は朽ちており、浴びた液体のようなものが皮膚にまで浸透していた。
「これって毒!?」
透かさずヒナは浄化魔法をエルサにかけた。
処置が早かったからか、幸いにもエルサは命を取り留めている。しかしながら、巨大な影は今や扉の守護者であるかのように出入り口を塞いでしまう。
「ドラゴン……ゾンビ……?」
月明かりに浮かび上がる影。腐肉に覆われた身体は明確にアンデッドである。またその形状は明らかにドラゴンであった。
照らし出される威圧的な姿。ヒナはまたも呑まれそうになるけれど、今は怖じ気づいている場合ではない。
「エルサ、大丈夫!?」
「ええまあ何とか。あの魔物は猛毒を吐くようです……」
どうやら浄化でも猛毒に対処できたらしい。だが、エルサの鎧はもう使い物にならず、彼女を前衛に立たせるわけにはならなくなっている。
「聖魔光!」
ここはヒナが頑張るだけだ。聖女として覚えた神聖魔法さえあれば強大なアンデッドにも立ち向かえるはずと。
聖魔光が直撃するも、ゴーストのようには倒せなかった。一応は爛れた皮膚を削っているような気もするが、絶大な効果を発揮しているとは言い難い。
ヒナの聖魔光を気にする様子もなく、ドラゴンゾンビは猛毒を吐き続ける。その度に浄化が必要となるけれど、ヒナの魔力はまだ充分であった。
長期戦を覚悟するヒナ。ドラゴンゾンビは逃がさぬつもりか、扉の前から動く気配がない。しかし、それは直接攻撃がないことを意味し、遠距離攻撃の撃ち合いという状況を作り出している。
「ハイプロージョン!!」
ヒナは中級の爆裂魔法を試してみる。派手な爆発であったけれど、それはまるで効果がない感じだ。アンデッド特化である聖魔光の方が威力を発揮しているように思う。
「お嬢様、右足を狙ってください! 骨が見えていますし、狙うならそこです!」
エルサが助言する。剣術の指南役である彼女からは、ずっと相手の攻撃を無効化するようにと言われ続けていた。強大な魔物であっても彼女の戦法は同じであるらしく、機動力を奪うという作戦を指示している。
「分かりました!」
ヒナは聖魔光を撃ち続ける。指示通りに右足を狙い続けた。しかし、何度撃ち込もうとも太い骨を分断できる気がしない。
「浄化!」
聖魔光を撃てば、必ず猛毒を返されてしまう。明確な消耗戦であったけれど、ドラゴンゾンビにはまるで疲弊した様子がなく、一方的にヒナが疲れていくだけだ。
どれだけの時間が経過しただろう。まるで手応えを感じないヒナ。その一方で自身は確実に追い込まれていた。目減りしていくポーションに焦りすら覚えている。
小さく顔を振った。ヒナは朧気に見えつつある結末を覚悟しなければならなくなっている。
「ごめんなさい、エルサ……」
ヒナは先に謝っていた。正直にこの消耗戦を脱せられるような気がしない。大量に買い込んだポーション類は徐々に数を減らしているし、ドラゴンゾンビに対する決定打がないことくらい判然としていたから。
「お嬢様、諦めてはなりません。聖女は女神様に愛されているはず!」
軽はずみな行動をしたヒナをエルサは咎めない。
どうせなら怒られた方が楽だった。許されたかったからこそ、ヒナは謝ったのだ。しかし、エルサは諦めるなと言い、今もまだヒナが責任を放棄しないように背中を押し続ける。
「聖魔光!」
エルサの発破にヒナは奮起する。窮地に陥った原因を作り出してしまったけれど、謝るのではなく行動でもって償おうと思い直していた。たとえ最悪の結末を迎えたとしても。
ドラゴンゾンビは図体以上に強大な存在であるらしい。数時間という長い戦いであったけれど、ダメージを受けた素振りは少しですらなかった。大量にあったヒナの魔力回復ポーションは、もう一桁にまで減っていたというのに。
それでもヒナは戦い続ける。最後の最後まで戦い抜くと決めたから。それが巻き込んでしまったエルサへの贖罪なのだと。
一本、二本となくなっていく。だが、もう既に腹は括った。クリエスとの約束を違えることにはなったけれど、この人生の集大成として最後まで前を向くのだと。
「クリエス様、申し訳ございません。わたくしは先に輪廻へと還ります……」
最後の一本を飲む。未だドラゴンゾンビは平然としていたけれど、ヒナの心は折れるどころか、魔力が尽きれば剣で戦おうと考えている。
「聖魔光!」
数え切れないほど撃ち放った聖魔光。此度も目映い輝きがドラゴンゾンビに向かっていく。またそれは幾度となく見た光景。少しですら効いたとは思えない攻撃であった。
今回も効果を発揮しなかったのは事実。しかしながら、ドラゴンゾンビではなく、ヒナに変化が生まれている。
『聖魔光の熟練度が100になりました――――』
脳裏に通知が届く。それはスキルの熟練度が最大になったという知らせである。
唖然と息を呑むヒナに、思わぬ通知が続いた。
『聖魔光はセイクリッドフレアへと昇格しました』
まるで暗闇に差し込む光だ。突然の通知にヒナは希望を見出していた。
聖魔光の昇格先。恐らくはアンデッドに有効な魔法であるだろう。ならば試さぬ理由はない。現状はもう手詰まりなのだ。ならば新たな可能性に望みを託すだけ。
通知のあと、脳裏に魔法陣が展開されていく。強制的ラーニングによって、ヒナは術式の全貌を理解していった。
「セイクリッドフレアァアアッッ!!」
脳裏が落ち着くまえにヒナは呪文を発動する。この度の攻撃こそ効果があると信じて。
眼前には巨大な魔法陣が現れ、魔力が凝縮していく。正直に不安を覚えていたけれど、程なく垂れ流すように失われていた魔力は供給を停止している。
その刹那、目も眩む純白の輝きが撃ち放たれた。聖なる光は真っ直ぐ歪みなくドラゴンゾンビへと向かっていく。
ヒナにとって希望の光は闇を切り裂き、目も眩む輝きを発している……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます