第061話 土の大精霊ノア・オム

 コロポルックを発って数時間後。ミアによると既に精霊の森へと入っているようだ。見た目は何も変わらないけれど、そういわれると神聖な空気が満ちているような気もする。


『旦那様、あそこに精霊様がいらっしゃいます!』


 ミアが指さす先。目を凝らして見てみると人影のようなものがあった。それは悪霊たちと同じく半透明の姿をしている。


「あら、ここに人族が来るなんて珍しい」


 近付くと精霊は逃げることなく言葉を発している。妖精とは異なり、精霊の背丈はかなり高い。クリエスと同じか少し小さいくらいであった。


「えっと、貴方は精霊様ですか?」


 クリエスの問いに彼女は頷く。


「わたしはドリア・ドド。木の精霊ですわ」

「俺はクリエスと言います。それでドリアさん、大精霊様がどこにいるのかご存じないでしょうか?」


 クリエスとしては普通に問いを返しただけだが、どうしてかドリアは頬を染めている。

 これには嫌な予感がした。意味もなく頬を赤くする彼女の反応はあのスキルが仕事をした証しに他ならない。


「ああん、クリエス様! 受粉してくださいまし!」

「俺は花粉なんか出さねぇよ!」


 いきなりであった。皇妃には効かなかったというのに、上位だと思われる精霊には女難が効果を発揮しているようだ。やはり馬鹿にしか効かないという推論は正しかったのかもしれない。


「簡単に逃げられると思って?」


 言ってドリアは地面から蔦を伸ばす。それは瞬く間にクリエスの身体を縛り付け、彼の自由を奪ってしまう。


「お、おい!?」

「大人しくしてくださいな。ちょうど、わたしも花が咲いたところなんです。早くクリエス様の雄しべ(アレ)をください! 果実に(女に)してくださいまし!」


「まさか淫語使いじゃねぇだろうな!?」


 どうにも裏の意味合いまでクリエスは感じ取れてしまう。

 この状況は非常に危険である。かといって、クリエス自身ではない。これは精霊の森に訪れた明らかな危機。クリエスのことになると取り乱す悪霊が二人もいるのだから。


 蔦により拘束されたクリエスは悪霊の二人へと視線を向ける。どうか落ち着いていてくれと願いながら……。


『む、婿殿が亀甲縛りに遭っておる……ハァハァ……』

『お、お勉強させていただきます。ハァハァ……』

「ホント役に立たねぇな!?」


 逆上するかと思えば、悪霊の二人は興奮しているだけだ。最悪の場合は自分が戦うしかないと考え始めるも、ドリアを制する声が森に響いた。


「何を騒々しい!」


 現れたのは小さな輝き。妖精のような姿をしたものである。


「ノア様!?」


 一瞬にして蔦を枯らすドリア。どうやら現れたのは上位の存在。土の大精霊ノア・オムであるようだ。


「人族と悪霊、それにハーフエルフ? どういう組み合わせなんだ?」


 ノアはとても小さい身体付きであるが、何だか威厳を感じさせる口調だ。クリエスたちを下に見ているのは明らかであろう。


「えっと、俺は貴方に話が聞きたくて……」

「ふん、私に用などない! ここは精霊の森。よそ者はさっさと立ち去れい!」


 まるで聞く耳を持たない。せっかく寄り道したというのに、これでは少しの情報も聞き出せそうになかった。


「やっぱハチミツ玉を出すしかないか……」


 クリエスがポツリと漏らした瞬間のこと、


「何でも聞くがよいぞ! 大歓迎なのだ! 何を隠そう私はお喋り好き!」


 一転してノアが態度を翻した。呆気に取られてしまうけれど、ハチミツ玉の効果を確認できたし、何より目的が果たせる。クリエスは聞き出せるだけ聞いてみようと思う。


「実は千年前のことを聞きたいのです」

「ほう、答えてやってもいいが、早くハチミツ玉を寄越せ!」


 小さいのに生意気である。しかし、先に手渡すつもりはなかった。


「嫌だ。全てに答えたあとでならくれてやる。俺が納得いくまでな」

「グギギギ……」


 その姿に不似合いな歯ぎしり。まあしかし、彼女は見た目通りの可愛い精霊ではないだろう。一癖も二癖もあるのは容易に推し量れている。


「ぐぅぅ、千年前というと私が大精霊になった頃の話か?」


 やはりクリエスの予想とは異なっている。このノアは二代目であるらしく、初代ではないらしい。


「千年前、何が起きて初代大精霊たちは消息を絶ったんだ?」


 大精霊さえ行方不明にならなければ、恐らく世界はバランスを保ったままであり、魔王候補は生まれなかったはず。更には勇者ツルオカの召喚もなかったことだろう。


「他の三体は勝手におらんようになった。でも初代ノアについては知っている。実際に見ていたからな」


 どうやら二代目ノアは初代ノアについてのみ知っているらしい。恐らくはベリルマッド六世が来たかなりあとの話になるはずだ。


「ツルオカという男がやって来たのだ」


 ゴクリと息を呑むクリエス。想像していたままの返答に。大深林へとやって来たツルオカの目的地はやはり精霊の森であった。


「ノアは言葉巧みに操られていたよ。愚かにもノアは信じてしまったんだ。人族には不可能だと思える壮大な話を。明らかな嘘だと分かる内容であり、ツルオカが語ったのは夢物語でしかなかったというのに……」


 クリエスには分かっていた。それは言霊というSランクスキル。魔王候補イーサをもショック死させたスキルにより大精霊を騙したのだと。


「マジか。明確な嘘もスキルにより信じてしまうんだな……」

「うん、その通りだよ。思えば初代はバカなやつだった。美味しい話がそうそうあるはずもないってのに信じてしまったんだ……」


 何だか暗い雰囲気になってしまう。初代ノアの末路を想像するだけで。


「飴玉をくれるなんて夢物語を――――」

「嘘だよな!?」


 大精霊の残念さにクリエスは頭痛を覚えている。どうやら言霊というスキルではない。単に飴玉をチラつかせただけであった。


「しかし、お前も止めてやれよ。恐らく初代ノアはろくでもない最後を迎えたはずだぞ?」

「それはそうなんだけど、無理だったんだ。次は私の番だって分かっていたからね……」


 どうやら彼女は初代ノアだけでなく、自分自身も狙われることを危惧していたらしい。次は自分なのだと。


「次代の大精霊は私だって分かっていたから……」

「なんて腹黒さだ!!」


 もう二代目は駄目だとクリエスは思う。初代の危機をチャンスと捉えるだなんて。

 アストラル世界がこの先に著しくバランスを崩す未来が容易に想像できた。


「それでツルオカは何か言っていたか?」


 もう聞き取りに意味合いを感じなかったけれど、一応は聞いておく。二代目ノアは一部始終を見ていたのだから。


「ノアを連れて北大陸へ行くと話していた。今思えば、私も着いて行けば良かったと後悔してる……」


 どうやら初代を見捨てたことを二代目は悔やんでいるらしい。今さらながらに大精霊ノアを守るべきであったと。


「北には飴玉で作られた国があるんだって!」

「それこそ大嘘だからな!?」


 千年前も現在も大精霊は残念極まりない。世界の選定とやらに、クリエスは疑問しか思い浮かばなかった。


 クリエスは約束通りにハチミツ玉を一つ手渡して、イーサの方を向く。千年前、北大陸で暴れ回った彼女なら適切な助言があるだろうと。


「どう思う?」

『うむ、残念じゃったな……』


 イーサもまた初代ノアの行く末を予想しているのかもしれない。道案内に大精霊を連れていくはずもないのだから。


『亀甲縛りに喘ぐ婿殿が見たかった……』

「真面目に答えろよな!?」


 そういえば悪霊たちは興奮していたのだ。クリエスが蔦によって縛られていたことしか頭にはなく、今の話も聞いていたかどうか分からない。


「お前ら、俺の危機に興奮すんな。それで初代ノアはどうなったと考える?」

『まあ、そうじゃの。ツルオカは大精霊の神格を欲していたのじゃろうな』


 再度問いかけると、今度はまともな意見が返ってきた。

 クリエスも同じ考えである。見た感じは大精霊に強大な力があるとも思えない。しかしながら、世界が与えた神格を有しており、大自然を統べる彼女たちは存在以上の力を秘めているはずだ。


「だったら、やっぱツルオカは邪神としての復活を生前から考えていたと思うか?」

『まあ、奴ならあり得る。石橋を叩いて渡るような男じゃ。妾のストーキングにも気付いておったし、宿に泊まるときは常に結界を張っておったからの』


「マジかよ。千年越しに復活とかどうするつもりなんだ?」


 疑問は一つだ。魔物以外は失われると輪廻へと還る運命。記憶をリセットし、生まれ変わるだけである。

 経過した時間を考えると、既にツルオカは何度も転生を繰り返しているだろう。そんな彼の魂がどうやって復活するのか想像もできない。


『婿殿も知っておるじゃろ? 妾たちを見てみよ?』


 イーサの質問返し。眉根を寄せるような話であったが、クリエスは気付いている。


「まさかツルオカは輪廻に還っていないのか?」


 そうとしか思えない。もし仮に復活するならば、別人に生まれ変わったあとよりも、魂を残してそのときを待つべきだ。計画的な復活であるとすれば、ツルオカはアストラル世界に魂を残していると考えられた。


「じゃあ、ノアはツルオカが邪神として復活するために攫われてしまったのか?」


『神となるには神格が必要じゃからの。世界から与えられるのを待つよりも、奪った方が早い。恐らくノアは魂を昇華させるために使われるはずじゃて。更には連れ去ったエルフの存在が気になる。エルフの寿命を考えると、奴はエルフを依り代にしておるのかもしれん……』


 イーサの見解にクリエスは納得していた。慎重なツルオカが見た目だけで連れて行くとは考えにくい。ライオネッティ皇国まで一人で辿り着いたツルオカである。精霊の森への道案内など不要であったと思う。


「千年前の勇者には早く成仏してもらわねぇとな……」

『ふはは、まったくじゃな! 死してなお、現世にしがみつくとは哀れじゃ!』

「お前が言うなって……」


 ツルオカの目的は明らかだ。邪神としての復活。かつて、この世界が穢れているといった彼は本当に世界を再構築するつもりなのかもしれない。


 クリエスたちは大精霊ノアに別れを告げ、再び馬車に乗り込む。


 世界は混沌で満ちていた。初代大精霊たちの消息不明から新たな魔王候補の出現。邪竜だけでなく邪神まで復活してしまえば滅びの道しかない。

 しかしながら、クリエスはこのアストラル世界を守りたいと思う。凶悪な存在が立ち塞がったとして、前へと踏み出していくつもりだ……。



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土日は2話ずつ更新するかもです。校正

次第で1話になるかもしれません(笑)

できるだけ頑張ります(白目)

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