第056話 襲撃

 馬車を走らせミクスへと到着したクリエスたち。

 街で一際目立つのは中央広場に建てられた巨大なディーテ像だ。南大陸一の大きさを誇るディーテ像は街のシンボルでもあった。


 観光など目的ではないクリエスたちは領主ドルマン伯爵に面会を願う。

 クリエスは王国内で子爵という地位を得たのだ。下級貴族であったけれど、やはり無下には扱われない。豪華な応接室へとクリエスは通されていた。


 しばらくしてドルマン伯爵が応接室へとやって来る。全身が金ピカなのは所領が潤っている証しであろう。目が痛いほどに彼は輝いていた。


「ああ、フォスター子爵、活躍の噂は聞いているよ。まさかこんな辺境を訪れるとは思いもしていないがね?」


 名字で呼ばれるのは妙な感覚である。さりとてクリエスは前世で名字を持っていたし、今は貴族位を得ているのだ。貴族社会や上流階級の習わしにも慣れていかねばならない。


「伯爵様、実は緊急的な報告がありまして、面会を願ったのです。早速ですがホリゾンタルエデン教団をご存じでしょうか?」


 クリエスの話に眉根を寄せるドルマン伯爵。ホリゾンタルエデン教団の脅威は知っていたけれど、大深林に程近い辺境では関係のない話だと考えている。


「ホリゾンタルエデン教団がどうかしたというのか?」


「ここへ来る前にホリゾンタルエデン教団の僧兵と出会いました。彼らは近日中にミクスを襲撃するらしいです。俺は滞在する予定がありませんので、お伝えしようと考えた次第であります」


 クリエスは策を講じている。先に助力すると話しては任せっきりになるだろうと。ドルマンが兵を出し惜しみしないように。


「それは事実なのか? どうしてミクスを狙うというのだ?」

「さあ、私には分かりかねます。彼らは直ぐに去って行きましたから」


「まさか邪教徒を逃がしたのか!?」


 どうにも風向きが怪しくなってしまう。正直に話したことが裏目に出た。こうなると嘘を重ねて何とか誘導していくしかない。


「逃げられたのですよ。仕方ないではありませんか。それに俺は伯爵に襲撃を伝える義理もありません。ただの善意でお知らせしただけですよ」


 言ってクリエスは立ち上がった。下手に出ておれば、この男は間違いなく足下を見るだろうと。助勢する気がないことを明確にしなければならない。


「待て、フォスター子爵! 話は終わっとらん!」


 立ち上がったクリエスにドルマン。上から目線なのは今も変わらなかった。


「言ったはず。俺はわざわざ報告に立ち寄ったのです。感謝されても良いくらいですけどね?」


「ぐぬぬ、王家の庇護下にあるとはいえ、お主なかなかの曲者だな?」

「さあどうでしょうか? 伯爵次第で俺は助勢する気持ちもあったのですが、高圧的に言われてはその気も失せました」


 どこまでも強気に話す。クリエスはここで喧嘩別れとなっても戦うつもりだが、住人の安全を最優先とするのなら、ドルマンにも本気で動いてもらわねばならない。


「伯爵様、大変です!」


 ここで応接室の扉が突然に開かれている。駆け込んできたのは執事風の男。慌てたその様は緊急事態と予想するに充分だ。


「何を騒々しい。フォスター子爵がおられるのだぞ?」


「それが謎の集団に街が襲われています! 既にあちこちで火の手が上がり、大混乱となっております!」


 予想よりも早く襲撃したらしい。ホリゾンタルエデン教団は奇襲ではなく、白昼堂々とミクスへと攻め入っている。


「フォスター子爵!?」


 ドルマンの震えた声。喧嘩別れになりそうな雰囲気であったが、脅威が差し迫った今となってはクリエスに縋るような目を向けている。


「伯爵は私兵を出してください。住人の安全が第一でしょう?」


「ああいや、もちろんそうするつもりだが、君はどうするのだ……?」


 典型的な感じの悪い貴族であったけれど、クリエスは頷いている。

 元より考えは固まっているのだ。何をするかなど決めていた。


「邪教徒は斬り裂くだけだ……」


 毅然と答えたクリエスにドルマンは笑みを浮かべた。何しろ竜種の単独討伐やスタンピードを一人で防いだとの噂。助勢してくれるなら、誰よりも心強かった。


「子爵、必ず礼はする。お願いだ。ミクスを守ってくれい!」


 再度、クリエスは頷きを返す。既に街が襲われているのだ。一刻を争う事態に探り合いをしている時間など残されていない。


 伯爵邸を飛び出したクリエス。真っ先に街の中心部へと向かう。

 ディーテ像が建てられた広場は聞いていたように大惨事となっていた。至る所で炎が立ち上り、あちこちで爆発のような音まで聞こえている。


 クリエスは問題のある剣の装飾に布を巻き付け、両手でそれを構えた。


「やりたい放題だな……」


『婿殿よ、この一帯を爆破しては駄目なんじゃろ?』

「当たり前だ。お前の魔法は威力がありすぎる」


『旦那様、それでしたら一帯を猛毒化いたしましょう! 邪教徒など一瞬で死に絶えます!』

「住人もイチコロじゃねぇかよ!」


 やはり市街地では悪霊の二人を当てにできない。常識もなければ、スキルの威力も桁違いすぎる。


「やるっきゃねぇぇっ!」


 剣を抜いたクリエスが斬りかかっていく。ホリゾンタルエデン教団の黒い法衣をひたすら斬っていった。


 何人に斬り付けたのか分からない。延々と現れる僧兵に流石のクリエスも疲れ始めている。


「幾らでも湧いてきやがる! どれだけいるんだよ!?」

『婿殿、剣を振るのも疲れるじゃろ? 妾の初めてを奪ったついでに持っていった火属性魔法を使ってはどうじゃ?』


『そうですよ。魔力なら幾らでも流します。使っていかないことには上位の魔法は唱えられませんよ?』


 ここで悪霊からのアドバイス。そういえばチチクリの時とは異なり、習得した火と風の属性は初級魔法が使える状態であった。


「よっしゃ! いくぜ!」


 クリエスも同意し、ファイアーアローとウィンドカッターを交互に撃ち放つ。流石に初級魔法であるからか、余分に送られてくる魔力でも大した威力はでない。これであれば、街を破壊せずとも戦えると思う。


 このあと一体どれくらいの僧兵を倒しただろう。クリエスのレベルが五つあがったそのとき、


「うお、お前は使徒!?」


 妙な呼び声。使徒との話は数時間前に聞いたばかり。ツルオカの剣を持っていたから呼ばれたものであり、それを口にしたのは街道で出会った僧兵に他ならない。


「加勢してくれるのか!?」

「馬鹿言うな……」


 もう隠す必要はない。この男に教えてやるべきだ。自分は初めから味方ではないことを。

 クリエスは再び剣を抜き、僧兵の前へと突き出している。


「おま、敵なのか!?」

「残念だが、邪教は全滅させる……」


「やめろ! やめてくれぇぇっ!」


 クリエスが振りかぶると僧兵は泣き叫ぶ。そのまま振り下ろすだけであったのだが、意外な絶叫にクリエスは思わず手を止める。


「セイジョさまぁぁっ! お助けくださいっ!」


 確かに僧兵は聖女だと口にした。確か聖女とはヒナが目指していたジョブであり、最近になってヒナがジョブチェンジしたものであったはず。


「おい、お前がどうして聖女を知っている? ホリゾンタルエデンでもヒナ・テオドールが聖女だと知っているのか!?」


 クリエスの問いに男は首を振る。否定するというならば、ホリゾンタルエデンには異なる聖女がいるということになった。


「セイジョ様の名は……」


 今にも喉元へ突き刺されそうな剣先に目をやりながら、男はそれが誰であるのを口にする。クリエスにとって因縁ともいえるその名前を……。


「アリス・バーランド様――――」

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