第055話 楽園

 鍛冶屋街サイオンを発ち、クリエスたちはアーレスト王国北西の街ミクスへと急いでいた。鉱山都市らしく、街道沿いも岩山を突っ切るような感じ。アル・デス山脈の中腹にまで来ていた。


「クリエス様、人がいます!」


 ここで御者のベルカが声を張る。まだミクスは先であり、このような岩山に人がいるはずもなかったというのに。


「まぁた盗賊か……」


『婿殿、せっかくじゃから妾の超催婬でも使ってみぃ?』

「俺が覚えたのは普通の催婬だからな? 超催淫はグレーアウトしてて使えん」


『やはり私の死霊術の方がいいですよ!』

「あいつらは悪霊じゃねぇよ……」


 契約してからというもの、以前に増して密着してくる。顔の両側で揺れる巨大な袋が気になって仕方がない。かといって、少しですら触れられないのだが……。


 気にせず進んでいくクリエスたち。しかし、待ち伏せするような男たちは両手を拡げて馬車の進路を阻む。


「くはは、お前たちツイてないな? この街道は俺たちが占拠してんだ」


 馬車の進路に入るや、男たちが言った。盗賊かと思うも、彼らは神職者の服を着ている。


「んん? こいつらって……」


 彼らの法衣には見覚えがあった。以前にも戦った経験がクリエスにはあったからだ。

 即座にクリエスは馬車から飛び降りる。間違いなく地平の楽園を名乗る者たちだ。ホリゾンタルエデン教団の僧兵であると思う。


「お前たち、地平の楽園だな?」


「俺たちを知っているとは貴様やるじゃないか? ……ってお前!?」


 どうしてかクリエスが剣を抜くや僧兵は驚いている。ミスリル製とはいえ銅貨一枚で買った超年代物の長剣だというのに。


「その剣にある紋章は地平十字じゃないか!?」


 眉根を寄せるクリエス。頭を掻きながら愛剣を見る。

 柄の部分にある十字っぽい光の装飾。十字になった先にはピンク色の丸い宝石が四つ取り付けられていた。


「これがどうかしたか?」


「いや、聖遺物だぞ!? それはかつてツルオカ様が愛用された長剣に違いない!」


 確かにイーサもそのような話をしていた。ツルオカが持っていた剣だろうと。


「何てことだ……。地平十字は持ち主を選ぶという伝説がある。明確な資格者が現れるまで、この世から姿を消すのだと……」


 なぜか僧兵たちはメイスを収めている。信じられないといった表情をして。


「いや、普通に中古武具として売ってたけど……?」

「まさに神の力が宿りし聖剣! 君が選ばれ、君の枕元に顕現したのだな!?」


「いや、ワゴンセールで買った……」

「この時代に使徒が現れるだなんて! 神の寵愛を受けた使徒が現れたなんて一大事じゃないかっ!?」


「聞いちゃいねぇな……」


 戦闘になるのかと思いきや、既にそのような感じでもなくなっていた。僧兵はひたすら使徒と聖剣について語るだけだ。


「この光の装飾がそれほど大層なものか?」


「使徒なのに知らんのか? 地平十字は無乳を交差させて生まれる。東西南北全てが平らであるべきとの思想に基づいているのだ。そしてその先にあるピンク色の宝石は文字通り大地を彩る偉大なる突起! ちく……ちくっ……」


 既にクリエスは察知していたけれど、僧兵は顔を真っ赤にして言い淀んでいる。


「乳首?」

「いうなぁぁっっ! 神聖なものなのだぞ!?」


 何だか戦う気力が失せていた。どこにでも消えていって欲しいとさえクリエスは思う。


 さりとて自身の愛剣に卑猥な紋章が付いていたなんてガッカリだ。無乳に乳首を表現しているだなんて最悪である。


「それで貴様は何教徒なんだ? 我が教団に使徒は現れていないと聞いているが?」

「ああ、俺はシルアンナ教徒だ……」


 ようやく戦いになるのかと思われたが、どうしてかクリエスの予想はまたもハズレてしまう。


「やはり貴様は使徒であったか。何しろシルアンナ教徒は教義に反していない。まさか使徒が我らの元ではなく、シルアンナ教徒から選ばれていたとは……」


「いや、だから俺は使徒なんかじゃねぇって……」


「使徒よ、強くなるのだ。伝説によると使徒はツルオカ様の復活に寄与する存在らしい。貴様には期待しているぞ!」

「ホント何も聞いてねぇのな?」


 どうしてかホリゾンタルエデン教団はシルアンナ教を敵視していないようだ。その理由をクリエスは推し量っていたけれど、シルアンナもこの様子を見ているはず。彼女が傷つくことを考えると、質問するよりも聞き流す方が賢明であろう。


「我らは同じ絶壁教徒なんだっ!」

「言うなって!!」


 ところが、皆まで口にされてしまう。貧乳信仰であるホリゾンタルエデン教団が敵視しない理由など判然としていた。


「ああいや、うちの女神様は少しくらい膨らみがあるぞ?」


 一応はフォローしておかねば、主神様のご機嫌が悪くなる。褒め称えはできなかったけれど、彼女が今以上の傷を心に負わないためにも。


「兄弟、シルアンナ像を見たことがないのか? まさにあれは垂直美だったぞ?」


 今頃、魂が抜けているだろうなとクリエスは思う。垂直美だなんて言葉を初めて聞いたのだ。言わずもがな地平に対して真っ直ぐという意味であろう。


「えっとまあなんだ、俺たちはこのまま進んで構わないってことか?」


 とりあえず話題を転換する。今頃は机に突っ伏しているだろうシルアンナに気を遣って。彼女の心情を考えると、この話は打ち切っておくべきだ。


 クリエスとて前世から学んでいる。女性は胸の大きさにコンプレックスがあるのだと。それが仮に女神様であったとしても。


「使徒発見の報告はさせてもらうが、ミクスに滞在するのなら気を付けることだ。何しろ大規模な作戦が実行されるところだからな」


 軽い話題転換であったものの、とんでもない話を聞かされてしまう。ミクスに滞在する予定はなかったけれど、聞いてしまったのなら作戦は絶対に阻止しなければならない。


「了解した。気を付けるよ。ありがとな、兄弟!」

「使徒よ、達者でな。地平に幸あれ!」


 何だかよく分からないエールをもらったクリエス。馬車へと飛び乗り、ベルカに走らせるよう指示を出す。


 彼らが街道を守っているのは逃がさないためか、或いは援軍などを足止めするためだろうか。何にせよ作戦とやらが関係しているに違いない。


『婿殿、やつらを放置して良かったのか?』


 イーサが聞く。どうせ戦うことになるのなら、叩いておくべきではないかと。


「ああ、気にしなくていい。どうせ奇襲なんだ。返り討ちに遭うと統率を乱すはず」


『流石は旦那様です! 卑怯にも待ち伏せて一網打尽とするなど、誰に思いつきましょうか! 明確に極悪非道な所業です!』


「俺を悪魔みたいにいうんじゃねぇよ……」


 問題は地方都市であるミクスの戦力に他ならない。ホリゾンタルエデン教団に対抗できるほどの兵を用意できるのかどうか。最悪の場合はクリエス一人でも戦うつもりだが、それでは犠牲者の数が増えてしまうだろう。


「とりあえず地平に楽園などないことを教えてやんねぇとな。山があって谷があるからこそ世界は成り立っている。全員等しく平等に俺があの世に送ってやろう……」


 人知れず邪教徒の計画が実行に移されようとしていた。

 罪もない人を襲う邪教徒にクリエスは憤りを覚えている。だからこそ、彼らへと贈る言葉は一つしか思い浮かばない。


「地獄にも楽園があるといいな――――」

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