第054話 真相

 アルテシオ帝国をあとにしたヒナとエルサ。馬車を購入し、エルサが御者台に座っている。世界の狭間という巨大な裂け目のせいで、未だに南下できず東へと進んでいた。


「お嬢様、ちょうど良い車両があって良かったですね?」


 御者台のエルサが話しかける。馬車と馬を合わせて金貨200枚。エルサが考えていたよりも高かったのだが、馬は若く車両も新しい。上位貴族が乗るものとして相応しくはなかったけれど、整備の必要もなく乗れるというので即決している。


「まさか馬車が端銭で買えるなんて思いもしませんでしたわ……」

「お嬢様、金貨は大金です! それも200枚も支払ったのですよ!?」


 ヒナは相変わらずであった。この辺りの感覚は経験を積んでいくしかない。エルサは今後、買い物にも付き合ってもらおうかと真剣に考え始めている。


「エルサ、悪いわね。わたくしも馬車の操縦くらいできた方が良いかしら?」

「どこの世界に馬車を操れる公爵令嬢がいるとお考えでしょう?」


 そんなこと絶対にできないとエルサ。そんな技術を教え込んだと知られたなら、テオドール公爵に激怒されてしまうはずだ。


「いえ、追放されたとき国外逃亡するのに役立つのではないかと……」

「追放の話って、まだ続いていたのですか!?」


 追放などされませんとエルサは断言している。

 幌の中にはベッドを二つ設置していた。持ち物はヒナのアイテムボックスがあったので、購入した馬車は移動できる寝室のようなものである。


「それで、わたくしはエルサに話すことがあるのです」


 帝国内では黙っていたこと。エルサは秘め事について薄々と感付いていたけれど、彼女から問うことはなく、また二人っきりの場面で聞くだろうとも予想していた。


「実はジョブが聖女になったのです――――」


 教会に駆け込んだときから考えていた通りの話であった。エルサは頷きを返すと同時に質問を加えている。


「それは祝して構わないことでしょうか?」


 エルサは制約の内容を聞いている。一年以内に体力値と戦闘値を規定値まで上げなければ死を迎えるのだと。また聖女というジョブがその二つのステータスに悪い影響を及ぼすことくらいはエルサにも分かった。


「いえ、正直にわたくしが十八歳の誕生日を迎えることは難しくなっています。今のままだとレベル1200を超える必要があると」


 絶句するエルサ。ヒナのレベルが23であるのは聞いていた。だからこそ、あんまりだと思う。ヒナに与えられた試練は想像を絶するものであった。


「ディーテ様が仰ったのですか?」


「ええ、そうよ。だから旅を急ぐことにしたの。とある殿方に会うために」


 そういえば度々耳にする南大陸の男性。最初は妄想だと考えていたエルサだが、神託について聞く度に登場する彼の存在を信じるようになっていた。


「その殿方とは誰なんです?」


 ヒナは思案していた。クリエスについて説明するのは難しい。天界での遣り取りというぶっ飛んだ話をしなければならないからだ。


 ところが、ヒナは口にする。ずっと付き添ってくれたエルサであれば、信じてもらえるだろうと。


「実をいうと、わたくしは転生者なのです」


 のっけから「はぁ?」っという間の抜けた声が返っていた。しかし、ヒナは続ける。自身とクリエスの関係を明らかとするために。


「前世は異なる世界にいたのです。十七歳で死に、わたくしの魂は天界へと喚ばれました」


 相槌を打つエルサ。荒唐無稽な話を真面目に語るヒナに水を差すようなことはしない。


「このアストラル世界は存亡の機にあるのです。それはわたくしが生まれる前より、天界では分かっていました。わたくしの召喚者はディーテ様。しかし、わたくしは弱かったので転生させてもらえない可能性が高かったのですよ」


 夢物語にしては詳細を述べている。エルサは割と緊張感を持ってヒナの話を聞いていた。


「わたくしは努力するから転生させて欲しいと直訴しました。代わりの誰かを召喚する必要はないのだと。でも世界の危機なんです。はいそうですかと女神様は世界に弱者を送り込むことを良しとしません。そこで最低限の縛りが設けられました」


 ようやく話が見えてきた。ヒナが十八歳の誕生日を迎えられない理由について。


「体力値と戦闘値。世界を救う可能性を見出せる最低限の数値に達していなければ、十八歳を前に失われるという制約が……」


 エルサは納得していた。ヒナは幼い頃から真剣に体力強化に取り組んでいたのだ。全ては自分自身のためであり、死を回避するためだったのだと。


「しかし、お嬢様の適性は魔法だと思います。ダブルエレメントでもありますし、ディーテ様は何を間違っておられるのですか?」


 ここで真っ当な疑問が向けられていた。けれど、それこそが話の根幹である。昔話にクリエスが登場するまでの過程であった。


「このアストラル世界にはもう一人女神様がいらっしゃるのですよ。シルアンナ様というお美しい女神様が……」


「確か南大陸の一部で信仰されている教団の女神様ですよね?」


 エルサの問いにヒナは頷く。アストラル世界の九割がディーテ信徒であるのだから、詳しく知らずとも仕方のないことである。


「世界の危機にシルアンナ様も魂の召喚をしていたのですよ。わたくしよりも先に……」


 何となくエルサは予想できた。ヒナが制約を課せられた理由。先に召喚されていた人物がいるという話から。


「シルアンナ様が召喚したクリエス様はAランクジョブ。しかも支援職だったのです」


 告げられたのは危惧したままであった。ヒナのジョブはよく分からないものであったし、Aランクジョブが優先されるのは明らか。まして世界の危機なのだ。女神とて遊びではなく、真剣に世界の未来を憂えていたはずである。


「従いまして、わたくしには基準が設けられたのです。前衛を務められるほど成長したのなら、その先にある生を認めようと。だからこそ、わたくしは頑張っていたのです。制約さえ遂げられたならと」


 エルサは目に涙を浮かべている。正直に不憫でならないと感じていた。区切りが設けられた人生。それは周囲が思うよりも、彼女を追い込んでいただろうと。


「ディーテ神の慈悲はなかったのですね……」


「それは仕方ありませんわ。天界にいた時点で、わたくしが聖女にジョブチェンジするなんて考えられませんでしたし。こんなことになった今はクリエス様がいらっしゃる南大陸へと急ぐだけです」


 まだ希望があるのかとエルサは思った。聞けばヒナが会おうとしている彼はAランクジョブ。優秀な殿方であればヒナを助けられるのかと。


「その殿方を信頼されていらっしゃるのですね?」


 ヒナが急ぐ理由はそれしか考えられない。現状の打破を信頼する男性に委ねるためだと。

 しかし、予想に反してヒナは首を振った。どうやらエルサが導いた回答は間違っていたらしい。


「いいえ、そういうわけではありません。わたくしは天界での約束を果たすために急いでいるのですから」


 実力者に手伝ってもらい、制約を遂げるべきときだ。それなのに約束だとか、エルサには理解できなかった。


「クリエス様とした再会の約束を果たすためだけに――――」


 エルサは胸が張り裂けるような感情に襲われていた。聞いた話から推測すると、ヒナはもう既に諦めている。約束を守るためだけとは、そういう意味に違いない。


「お嬢様……?」


「いいのよ。わたくしの人生は十七年周期なのかもしれません。前世も今世も十八歳を迎えられなかったのですから……」


 旅路を急ぐ真相を知ったエルサはこのような試練を与えた女神を恨まずにはいられない。真っ直ぐ生きてきたヒナの未来をなぜに閉ざしてしまうのかと。


「もう私には女神様への信仰心が失せかけております」


「そんなことを言うものではないわ。ディーテ様もシルアンナ様も、わたくしを応援してくれているもの。とりあえず、わたくしはディーテ様が仰る通りに生きて、クリエス様と再会するだけです」


 ヒナは諦める一方で、期待もしている。クリエスならば何とかしてくれるかもしれない。十七年でどう変わったのか少しも分からないけれど、天界で見た力強い眼差しを思い出すだけで彼ならばと思えた。


 心の内に願う。もう自分自身ではどうすることもできない状況。ヒナは天界で会った彼に期待している。


「クリエス様――――――」

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