第053話 認められた使徒
とんでもない報告を受けたシルアンナ。堪らずディーテを振り返る。少しも意味が分からないのだ。魔王候補になっただなんて。
「クリエス君、順追って話してくれない? 君がどうして魔王候補になるのよ?」
シルアンナからバトンを受け取ったディーテが問う。魔王候補は間違いなくジョブである。クレリックである彼がどうしてそうなるのかと説明を求めた。
『すみません。俺に悪霊が取り憑いているのはご存じですよね? つい先ほど、俺は身体を完全に乗っ取られまして、声すら発することができなかったんです』
「ええ、その報告は受けました。それこそがワタシの危惧していたことなのです」
順追ってという質問の通りに、まずは問題が起きる状況の説明からだ。
『流石にヤバいと思いまして、彼女たちに契約を迫りました。いつ何時も俺の命令を聞くこと。主従関係を結ばなければ、俺は自害して輪廻に還ると言ってやりました』
「それだけのことであの悪霊たちが女神に誓ったというの? とても信じられないけれど、君の【女難】には数値以上の効果があるのでしょう。何しろレベルが100に満たないうちから、彼女たちを惹き付けていたのだし……」
二人共がアストラル世界の災禍であったのだ。イーサに関しては終末級となる寸前であったはず。だからこそディーテには信じられなかった。女難という先天スキルが魅力値の補正以上に効果を発揮しているとしか思えない。
『ええまあ、普通に契約してくれましたよ? もう俺の命令には逆らえません。あと取り憑かれた状態での契約だったからか、彼女たちのジョブと属性が俺に付与されたのです』
もう既に理解が追いつかない。もちろん意味合いは分かったけれど、ディーテには得られた結果がどうしても不可解に感じる。
「クリエス君、残念だけど、それは普通の奴隷契約ではないわよ?」
ディーテの返答に眉根を寄せるクリエス。魔道書通りに行った契約であり、彼女たちはもうクリエスに逆らえないはずだ。
『俺はボイナー教皇が残したという魔道書を見ながら契約したんですけど……』
「ああ、彼が記した魔道書が残っていたのね……」
どうやらディーテは魔道書の著者ボイナー教皇を知っているらしい。ディーテ教徒であるし、教皇にまで登り詰めていたのだから当然のことかもしれない。
「結論からいうと、その契約はワタシが認めたものではありません。既存の奴隷契約に強制力を持たせた彼オリジナルの構文を用いています」
『ディーテ様がお認めにならないと、あの悪霊たちを抑え込めませんよ!?』
流石に口を挟まずにはいられない。ちゃんと魔力の消費を感じたし、二人と能力の共有が成されていたのだ。
「罰を超える主従契約など認められません。ですので、あの主従契約魔法は未完成なままであるはず」
現実とディーテの話は明らかに異なっていた。未完成な術式をクリエスは唱え、どうしてか契約に至ったのだという。
『どうして……です?』
「ワタシにも確証はありません、しかし、推論なら可能です。なぜなら、あの術式は支配契約魔法によく似ているからです。ボイナー教皇は神聖魔法をイメージされておりましたが……」
ディーテが口にする支配契約魔法は恐らくミアがベルカに施した術式のことだろう。圧倒的な上下関係を魂に刻まれる闇の術式であるはずだ。
「神聖魔法は光。しかし、支配契約は闇属性です。矛盾が生じたその術式は本来なら機能しないのですよ……」
クリエスは突きつけられている。自身の異常性。欠陥のある術式が動作してしまった原因が自分にあるのだと。
「光と闇を持つクリエス君だからこそ術式が成立しております」
呆然と頭を振るしかない。ボイナー教皇は光属性を要求する術式を編み出していたはず。しかし、闇属性も必要としていたため、その術式は効果を得られなかったらしい。
『いや、ディーテ様がお認めにならなければ、ディーテ様の名の下に成立しないではないですか!?』
「それに関しては思い当たる節があります。善悪等しく扱う管理者が責任を持って代行したということでしょう」
女神は明確に善悪を区別している。天に還る魂こそが善であり、それ以外は悪と見做しているのだ。従ってディーテの見解は一つしかなかった。
「世界が契約の仲立ちをしたはず――――」
もうクリエスに理解できる事象ではなくなっている。女神たちはよく世界について話をしているけれど、女神よりも漠然としたそれを理解できるわけがない。
「まあ安心していいわ。世界はクリエス君を認めている。自らが生み出した諸悪の処理を受理したのだと思います」
『自らが生み出した諸悪ってなんです!? 世界はどうなっているのでしょうか!?』
問い質すしかない。理解できるまでクリエスは聞きたいと願う。
「一応は世界もバランスを保とうとしているのです。天界から送り込まれる善なる転生魂に対して、悪なる魔物を生み出したりして。しかし、そのバランスを崩す存在が転生魂には必ず含まれています。世界の状況を悪化させるのは、いつだってそこに生きる人々。ひとたび世界がバランスを崩すと、生み出される悪は偏った強さを持ってしまう。明確な脅威となる魔王や邪竜のような存在を……」
世界とて滅びの道を歩もうとしているのではない。基本は天界から送り込まれる魂とのバランスを考慮し、魔物を生み出しているようだ。だが、バランスを崩した際に生み出される悪は突出した強さを持ってしまうという。
『魔王とか邪竜とか全然バランスが取れていないじゃないですか!?』
「その通りよ。千年前の災禍にてバランスを崩した原因は大精霊の消失。君も知るベリルマッド六世が引き起こしたものです。災厄や災禍は基本的に人災なのですよ。ある意味、世界は被害者だといえます」
クリエスは何も言い返せない。災厄の根本を辿れば、そこには人が存在するようだ。人災とまで女神に言われてしまえば、世界を責めるなんてできなかった。
「だから世界はワタシが受理できない事象の処理を請け負ったのだと思われます。世界とて破滅を望んでいないと言ったでしょ? 世界はワタシたちと異なったアプローチで存続しようとするのです」
『世界に何ができるのでしょう? 俺やヒナを召喚したのも女神様たちじゃないですか?』
やはりクリエスは世界という存在に疑問を感じてしまう。魔王や邪竜を生み出さなければ、そもそも危機など訪れないのだと。
「世界もまた救世主を自ずと選定します。ワタシたちが送り込む魂以外に適切な魂がいるのなら、勇者や英雄は世界によって選定されるのですよ。危機を生み出したあと、世界は再びバランスを取り戻そうと動きます。君の支配契約が成されたように。更には……」
完全に振り回されている女神たちだが、世界に対して悪意を持っていない。寧ろ世界の肩を持つような話を語っている。
このあとクリエスは聞かされていた。自身の支配契約以外に世界が行ったこと。クリエスが知らぬところで望んでもいない証明が成されていたことを。
「ヒナが聖女として選定されたように――――」
呆然と頭を振るしかない。確かヒナは制約を達成してから、聖女を目指すはずだった。だが、ディーテが述べた通りであるのなら、既に彼女は聖女として選定されたらしい。
『ヒナが聖女って、彼女は制約をクリアしたのでしょうか?』
「いいえ、まだです。よってヒナが制約を遂げるのは困難になっております。彼女は一年足らずの期間にレベル1200を超えなければ、体力値が満たされません」
何の希望も持てない報告にクリエスは頭を抱えた。ヒナに会うため、彼女を助けるために先を急いでいるのだ。絶望的な話には溜め息しかでない。
ところが、クリエスは顔を振る。まだ諦めるべきではないのだと。
『彼女と合流し、俺がレベルアップの手助けをします。俺のサブジョブには魔王候補とネクロマンサーがあります。属性もクインティプルエレメントになりました。俺ならば効率的にヒナをレベルアップさせられるはず』
絶対に死なせたくはない。制約を遂げられないばかりに途中退場だなんてあんまりだ。彼女の頑張りを伝え聞いていたクリエスは絶望から救ってあげたいと思う。
「よろしく頼みます。ワタシもヒナの未来を望んでいるのです。クリエス君が底知れぬ力を得たというのなら、貴方にヒナの未来を託したい」
ディーテも異論はないようだ。元より彼女はそのつもりだった。弱体化したとの話であったけれど、自力で打開したクリエスに更なる希望を抱いている。
「クリエス君、君もまた世界に認められた存在です。無理な支配契約が成されたのは世界が期待しているから。いずれ君はAランクジョブを脱して、高みへと到達するでしょう。世界と女神の寵愛を一身に受け、使命を遂げてくれると確信しております」
身に余る評価であった。世界が何者であるのかもよく分からないというのに、世界に期待されているのだとディーテは告げている。
「クリエス、あんた凄いじゃない? 災禍級の戦力を二体も手に入れるなんて、主神として誇らしいわ。クリエスを召喚できて本当に良かったと思ってる!」
ここでシルアンナも話に加わる。かといって彼女の話は世界云々の規模ではない。使徒に対しての賛辞に終始した。
「愛してるわよ、クリエス!」
『るせぇ、急にデレんな?』
「ふふ、あんたもツンデレってやつなんでしょ? 分かってるんだから!」
ウフフと上機嫌で笑うシルアンナにクリエスは小首を傾げていた。明らかに彼女はおかしかったけれど、とりあえずクリエスは精一杯頑張ると返している。
ヒナに残された時間が少ないことを考慮すれば、立ち止まっている暇はない。馬車を手に入れたクリエスは北大陸へと急ぐしかなかった……。
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