第052話 予期せぬ通信

 天界にある下界管理センターの共用対策室にアストラル世界存亡対策会議との表示があった。


 それは言わずもがなディーテとシルアンナが話し合うために用意された部屋である。

 業務室とは異なり、対策室では様々な世界のあらゆる情報が閲覧可能。同じような危機を脱した世界情報を二人して収集していた。


 二人が見守るアストラル世界は問題が山積している。正直に対策を講じるより、次の一手を考えるべき時期に入っていたのだが、二人はまだ抗おうとしていた。


「ディーテ様、ヒナは大丈夫なのですかね?」


 シルアンナが聞いた。正直に聖女へのジョブチェンジが早すぎると思う。まだ制約の値を満たしていないうちに世界が認めるなんて想定外であると。


「厳しい状況ね。クリエス君頼みだったのだけど、彼が弱体化してしまうなんて想定外です。まあでも今はクリエス君を頼るしかない。ヒナの従者ではレベル50の魔物ですら倒せないのだから」


 長い息を吐く女神たち。この十七年という期間が無駄に終わろうとしている現状には嘆くしかなかった。


『大変なのですぅ!』


 ここで対策室に通信が割り込む。それはアストラル世界の状況を見張っていたポンネルからである。


「何事ですか? ポンネル、貴方またやらかしたのではないでしょうね?」


 ディーテが薄い視線を投げて聞いた。ポンネルは既に何度もやらかしていたので、留守の間は何もするなとキツく言いきかせている。


『言われたとおり、何もしていないですぅ!』


 とりあえずは一安心である。ただでさえ現状には希望が見出せない。彼女が動いてしまえば、余計な混乱は避けられないのだ。


「ところでポンネル、貴方の背後から聞こえる警報音は何なの?」


 とても嫌な予感がする。通信するポンネルの背後からけたたましい警報音が鳴り響いていたのだ。


『実は邪竜が発生したのですぅ――――』


 頭を抱えるディーテ。確かに高確率で発生する状況であったが、まだ未然に対処できると彼女は考えていたというのに。


「詳しく説明して。今朝方の確率は88%でした。まだ発生場所の絞り込みもできていないのよ? 急に発生するなんて何が起きたというの?」


『それが南大陸の古龍が人化したのですぅ。わたしの祠に祈ってくれましたぁ』


 どうにも要領を得ない。南大陸の北端を東西に繋ぐ北街道。その東端にポンネルの祠があったのは確かだ。どうしてか人化した古龍はポンネルに祈りを捧げたらしい。


『古龍は言ったのですぅ。貧相な胸を持つ彼女が欲しいって。わたしの祠に祈りを捧げてくれる女の子を紹介しても良かったのですけどぉ、わたしは何もしてはいけないのですぅ。ディーテ様に怒られるのは嫌なので無視したのですよぉ』


「そこは臨機応変に対応しなさい! それで邪竜になる経緯は何だって言うのよ?」


 神にも縋る思いで古龍は祈ったのかもしれない。それがアストラル世界において最強の駄女神だと知らずに。


『古龍は街道を進んで、サーラという村へ行ったのですぅ。そこで勝手に理想の女性を見つけてしまいましたぁ』


 サーラ村はレクリゾン共和国外であったけれど、最近になってシルアンナ教徒となった山村である。

 とりあえず状況は理解できたものの、邪竜化した原因は未だ不明であった。


『あろうことか古龍はシルアンナ様の石像に惚れたようですぅ!』


 ここでようやく原因が判明する。しかしながら、その原因はシルアンナを戸惑わせるだけだ。ようやく彼女は共和国外に信徒を持ったというのに、それが邪竜発生の原因になっているなんてと。


『でも、シルアンナ様が女神だと知って、古龍は絶望しましたぁ。だけどぉ、割と直ぐに立ち直って、シルアンナ様と同じ立場になろうと決意したのですぅ』


 酷く頭痛を覚える話だ。シルアンナは問いを返すことが怖くなっていた。

 ところが、シルアンナに代わってディーテが質問を返してしまう。


「ということはシルの絶壁に惚れたのですか? シルと直に会うため、神に匹敵する存在へと昇華したのだと?」


『その通りですぅ。シルアンナ様の無乳を生で拝むために、古龍は神竜になろうとしたのですぅ。でも、邪な思考が過ぎて、邪竜となってしまいましたぁぁっ!』


 魂が抜けていくようなシルアンナ。自身に関係のないところで、盛大にディスられてしまう。胸については彼女自身も気にしていたというのに。


「まいったわね。まさかシルの超絶板胸に魔性効果があるなんて。性癖は様々ですけれど、これは予想外。そうよね、シル?」


「ソ、ソウデスネ……」


 ポンネルが機転を利かせてくれたなら、恐らくは回避できただろう。しかし、余計な事をするなとの言いつけを今回に限って聞いてしまったらしい。


「サーラ村近くの古龍でしたら厄介ですね。あの古龍はワタシが着任する前に、散々暴れ回った狂竜ですし」


「ディーテ様はご存じなのですか?」


 どうやらディーテは邪竜化した古龍に見当を付けているようだ。その古龍はかつて狂竜と呼ばれた災厄級なのだと。


「ええまあ。直に見てはおりませんが、相当な数を殺めた古龍だと前任の男神から聞いております。アストラル世界において最初の災害警報が、かの狂竜ナーガラージ。当時のレベルは1500くらいだったと聞いていますね」


 レベル1500以上は明確に災厄級である。警報が災害級だったのはレベルがちょうど1500くらいであったことと、ただの古龍であったからのよう。


 シルアンナは溜め息を吐いていた。竜種であれば戦えたはず。クリエスはドラゴンスレイヤーという称号を持っていたのだ。ステータスが八分の一になっていなければ、彼に世界を託せたのにと。


 ふと女神デバイスに目をやる。シルアンナは現状の神力を確認しようとした。仮にクリエスが世界の救済に失敗したときを考えて。


「あれ? 着信が入ってる?」


 会議中であったため、マナーモードにしていたのだ。信徒の祈りは全てログによって流れてくるだけなのだが、使徒であるクリエスの祈りは詳細が知らされている。


【発信元】シルアンナの寵愛[クリエス・フォスター]五分前


「えっ?」


 確かに加護を与えたはず。しかし、発信者は寵愛を受けた者。明確にクリエスであったものの、シルアンナは戸惑いを覚えてしまう。


「ディーテ様、加護って昇格するのですか?」


 女神学校で習ったような習わなかったような。調べるよりもディーテに聞いた方が早いと判断している。


「ええ一応は。ワタシも様々な使徒をアストラル世界に送り込みましたが、一度も昇格しておりません。昇格には相当な信頼と相互理解が必要らしいです」


 言われてシルアンナは頬を染めた。正直に天界で会った頃には想像もできない。ディーテのいうことしか聞かなかったクリエスが自身を信頼していたなんてと。


「あの、クリエスの加護が寵愛に昇格したのです!」


「え? 本当に? それは良かったじゃない。それで彼は報告してきたの? 寵愛に昇格したのなら、神力なしでいつでも会話できるはずよ。ここに呼んでみなさい」


 頷くシルアンナは返信のボタンを押す。会議中ではあったけれど、ディーテが誘うようにと話しているのだ。シルアンナは大きな笑みを浮かべながら、クリエスの応答を待つ。


『やっと連絡してきたか……。って、ディーテ様!?』


 クリエスの脳裏にはシルアンナだけでなく、ディーテまで降臨しているはず。流石に予想していなかったのか、クリエスは声を上擦らせている。


「クリエス君、ちょうど報告したいこともあったの。お邪魔するわよ?」

『いえいえ、構いません!』


 クリエスが話し出さないものだから、シルアンナは要件を促す。


「それでクリエス、私に用があったんじゃないの? 加護が昇格したって話だけではないのでしょ?」


 若干、ニヤけた表情でシルアンナが問う。初めての使徒に信頼され、加護の昇格に至ったのだ。邪竜の件では苦笑いしかできなかったけれど、昇格に関しては自慢したくなると同時に、クリエスを誇りに思う。


『そうなんだ。実は俺……』


 一体何の話か想像もできなかったけれど、ディーテの前で良い報告を聞くことができるとシルアンナは信じている。


 ところが、愛すべき使徒の報告はシルアンナの予想を遥かに超え、尚且つ喜ぶべきかどうかも判断しかねるものであった。


「俺、魔王候補になったんだ――――」

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