第050話 緊急報告

『ジョブが聖女に昇格しました――――』


 愕然とするヒナ。突然の通知に何が起きたのか分からない。

 戸惑うヒナを気にすることなく通知が続いていく。


『ステータスにジョブ補正が加わります』


 呆然と顔を振るだけだ。ディーテから聞いた話では制約をクリアしてからジョブチェンジを目指すはずだった。しかし、脳裏に告げられたのは明確なジョブ昇格通知であり、ステータスを確認するもJKという固有ジョブはなくなっている。


「どうして……?」


 ヒナは力なく、その場にへたり込んでしまう。どれだけ思考したとして結論は得られない。

 急にしゃがみ込んだヒナにエルサが驚いていたけれど、今は説明できるほど冷静ではなかった。


「聖女になると体力値と戦闘値が上がりにくくなる……」


 JKであった頃も上がりやすいという感覚はなかった。しかしながら、聖女という後衛職は制約の妨げとなるに違いない。


 また補正によるステータスダウンはなかったものの、爆上げとなった信仰値や知恵値とは異なり、肝心の体力値と戦闘値は少しも上がっていなかった。


「今よりも上がらないとすれば……」


 現状のレベルは23だ。帝都ラズンベリまでの道中で少しばかり上がっていたのだが、ネックとなっている体力値は一つも上がっておらず、あと140が必要となっている。


「戦闘値はスキルのおかげでマシなのですけれど……」


 シルアンナが引いた超怪力というAランクスキルのおかげで戦闘値は50%増となっている。よって問題となっているのは上がりにくい体力値だ。華の女子高生による二割アップの恩恵はあったけれど、制約の値には遠く及ばない。


「お嬢様……?」


 堪らずエルサが声をかけた。急にへたり込んだヒナに戸惑いを隠せない。ぶつくさと独り言を呟くヒナが心配でならなかった。


「エルサ、教会へ行きます!」

「えええっ!?」


 困惑するエルサ。ペタリと座り込んだかと思えば、ヒナは唐突に立ち上がっている。加えて何の脈略もなく教会へ行くなんて、気が触れてしまったかのように感じた。


 エルサの反応など気にする暇はない。ヒナは一刻も早くディーテに報告すべきなのだ。現状は主神の意見を聞くことが急務であるのだから。


 駆け出すヒナにエルサは何事かと思うけれど、従者である彼女はヒナを追いかけていくしかない。


 大聖堂へと到着するや、即座にヒナは祈り始めた。またもや主神ディーテが脳裏に顕現してくれるようにと。


 しばらくすると、脳裏に輝きが満ちた。これにはホッとしている。ヒナが期待した通りにディーテが現れてくれたのだ。


『ヒナ、大変なことになったわね……』


 やはり彼女は現状を理解している。今し方、起きたこと。ヒナが聖女にジョブチェンジしてしまったことを。


『ディーテ様、どうして急にジョブが昇格したのでしょうか?』


 まずは原因を知りたいと思う。ラズンベリ皇城から出てから一時間も経過していない。あの瞬間に何が起きたのか、今でも不思議に感じている。


『ジョブやスキルは世界が決定しています。初めから世界は貴方を聖女とするつもりだったのでしょう。恐らく引き金はアルテシオ皇帝の認識。あのあと彼は諸侯を集めてヒナが聖女であると公言しております。加えてパーティーの折り、皇帝に意見する貴方を見た者たちの認識。権力者が多く招かれておりましたので、彼らが信じた影響も少なからずあるでしょう。元より貴方は聖女と噂されておりました。聖女への昇格はステータスよりも一定数に周知されることが条件なのかもしれません。聖都ネオシュバルツにて聖女認定された貴方は世界中に存在する数多の信者に認められていたのでしょう』


 頭を振るヒナ。聖都に住んでいたことがネックとなるだなんて考えもしていない。聖女としての認識が広まり、それを切っ掛けとしてジョブチェンジしてしまうなんてと。


 自身は正義に基づいて意見しただけだ。皇帝陛下に認められようという下心などなかったというのに。


『世界が決めたのですか?』

『世界は貴方の運命など加味しませんからね。魂の管理は女神の管轄ですし、世界はその時々で適切な選定を行うだけなのです。予定外のSランクジョブ昇格ですけれど、切り替えて行くしかありません。ヒナは今まで同様、それ以上に努力を積み重ねてください』


 嘆息しつつも頷くヒナ。当然のこと分かっている。ヒナも現状を危惧してディーテに祈ったのだから。


『正直に厳しい状況であるのは間違いありません。過去に一人、アストラル世界で聖女となった者のデータが残っております。ただ彼女は冒険に出てレベルを上げるような人物ではありませんでした。なので参考程度ですけれど……』


 言ってディーテは過去に存在した聖女のデータを見せてくれる。レベルは62と現状のヒナの三倍弱。知恵や信仰は流石の数値を叩きだしているが、肝心の戦闘値と体力値は現状のヒナよりも低かった。


【名前】シエル・ディア・ラマンダ

【種別】人族

【年齢】48

【ジョブ】聖女

【属性】光

【レベル】62

【体力】31

【魔力】238

【戦闘】32

【知恵】240

【俊敏】33

【信仰】255

【魅力】166

【幸運】112


『シエルは残念ながら48歳で失われています。聖女となった頃、レベルは30でした。知恵や信仰の値はヒナと変わらないくらいでしたので、聖女に選定される基準ステータスは思いのほか低いのかもしれません』


 ディーテはもしかすると魅力値や幸運値も必要になるかもと付け加えている。


『ここで重要なのはレベル30からレベル62までの変化です。体力値はその間に3しか上がっておりません。現状のヒナは体力値50です。スキルによる二割の加算分を考えると170という数値まで上げなければ制約の200に届きません。過去の聖女と同じ割合で体力値が伸びるとすれば、レベル1200を超えない限り制約を遂げられないことになってしまいます』


 突きつけられたのは絶望的な目標であった。旅立って二ヶ月は経過していたというのに、レベルは23。制約の日まで一年を切っていることを考えると、レベル1200以上だなんて夢物語である。


『わたくしはここまでなのでしょうか……?』


 呆然と聞くしかない。この先に旅を続けたとして一年で1200以上のレベルになるなんて不可能なのだ。


 絶望感を覚えていたヒナであるが、意外にもディーテは打開案を持っている様子。彼女の表情は厳しいものであったけれど、諦めた感じでもなかった。


『レベル1000超えは伝説級ジョブのみが成し得ます。異界の勇者や英雄たちもレベル1000を超えていたのですから。つまりヒナは……』


 ディーテの話は理解に苦しむものだ。異世界を例に出されたとしてヒナには関係のないことである。

 眉根を寄せるヒナに、ディーテは理解不能な話を続けた。


『クリエス君を頼りなさい――――』


 唖然とするヒナ。どうしてかクリエスの名が飛び出している。彼はクレリックであったはずで、伝説級ジョブでもなければ、ただの後衛職に他ならないのだ。


『クリエス様をですか?』


『ええ、彼は英雄の素質を秘めております。彼自身もヒナを助けられるよう英雄を目指すと語っていました。クリエス君は既に前衛職のサブジョブを獲得していますし、レベル上げに関しては今のところ何の問題もないのです』


 ゴクリと息を呑む。クリエスが強くなったのは既に知っていたけれど、未知なるジョブを得ているなんて初めて聞く。


『サブジョブって何でしょうか?』


『サブジョブは稀に得られるものであり、メインジョブにプラスされるジョブのことです。クリエス君はいきなり竜種と戦って剣士というサブジョブを得ました。またサブジョブはヒナにも発現する可能性があります。ただし、容易に獲得できるものではありません。クリエス君はレベル1の状態でレベル30の竜種を討伐したのですから。現状のヒナであればレベル600の魔物と剣術にて戦い、勝利する必要があるでしょう』


 サブジョブについての説明を聞く限り、ヒナに必要なものだと思えた。サブジョブを得た瞬間にプラス補正されるというのだから。


『レベル600の魔物を剣術にて討伐……』


『正直にそれを成し得るのはクリエス君しか存在しません。彼が瀕死まで追い詰め、ヒナがトドメを刺す。レベルアップが望めるはずであり、加えてサブジョブを得られるやもしれません』


 現状でレベルアップによる体力値の増加はレベル10に対して1の期待度だ。しかし、サブジョブを得られたのなら、今よりもかなり改善していくことだろう。


『時間がありません。貴方に重い枷を付けてしまったこと、ワタシは後悔しております。だからこそヒナには制約を遂げてもらいたいのです……』


 ディーテがそういった直後、


『ディーテ様、通話許可を願います! 急用です!』


 どうしてかヒナの脳裏に別の声が割り込んでいた。

 突然のことであったけれど、ディーテは誰であるのか分かっているようで、取り乱すことなく応答している。


『シル、何のよう?』


 ディーテが答えた刹那、ヒナの脳裏には二人目の女神が現れていた。顕現した可愛らしい女神様は彼女も知るシルアンナである。


『大変なんです! クリエスが悪霊に身体を乗っ取られました!』


 シルアンナの報告はあろうことかクリエスの身に起きた不幸であった。悪いことは続くもの。クリエスは取り憑かれた悪霊に身体を乗っ取られてしまったらしい。


『シル、身体を乗っ取った悪霊はどちらなの? クリエス君はどうなったの?』


『乗っ取ったのはミア・グランティス。彼女は同胞の愚行が許せなかったようで、完全にクリエスの身体を支配しています!』


 溜め息を吐くディーテ。ヒナへの助力を願おうと考えていたのに、彼は悪霊に身体を乗っ取られてしまったらしい。


『ミア・グランティスの要求は何? 彼女は支配を続けるつもりなの?』


『それがまだ……。彼女はクリエスを騙そうとしたハーフエルフを奴隷にしようとしています。彼女はハーフエルフに激怒したわけで、恐らく支配権は戻されると思いますけれど……』


『なるほど。しかし、奴隷契約ですか? あのハイエルフは神聖魔法を使えなかったでしょう?』


 ディーテが問いを重ねる。彼女が知る限り、狂気のハイエルフは闇属性の使い手であった。しかし、正規の奴隷契約は女神の名において成し得る神聖魔法であったのだ。


『恐らく契約は闇の支配魔法です。ハーフエルフには何の権利もありません。既に魂の融合が済んでいます。まあ、ですから……』


 ディーテは推し量れていた。支配権は戻されるという前提なのに、シルアンナが慌てている理由を。


 クリエスを騙すという第三者。彼の嗜好を考えると人物像が容易に浮かび上がった。加えて彼に取り憑いた悪霊が第三者と支配契約を結んだこと。魂を奪い去るような契約の結末は想像に容易い。


『クリエスのステータスは八分の一にまで低下しております……』


 予想したままの報告であった。取り憑かれた者と他者が接続したのだ。そのハーフエルフが巨乳であるとすれば、クリエスが有する[貧乳の怨念]が機能してしまうはず。


『まいったわね。彼の成長を期待していたのに……』

『申し訳ありません。ですが、クリエスは何も悪くないのです!』


『それは分かっております。彼は真っ直ぐに成長している。ワタシは彼を信じておりますから……』


 残念ながら三人目の巨乳が現れてしまった。一人につき二分の一のステータスダウンは倍々の八分の一となったらしい。


『シル、クリエス君のステータスを見せてくれるかしら?』

『あ、はい!』


 直ぐさまシルアンナはデバイスを操作してクリエスのステータスをディーテに見せた。


【名前】クリエス・フォスター

【種別】人族

【年齢】17

【ジョブ】クレリック(剣士)

【属性】光・闇・雷

【レベル】321

【体力】130

【魔力】112

【戦闘】108(+30)

【知恵】103

【俊敏】125

【信仰】131

【魅力】86(女性+240)

【幸運】45

【加護】シルアンナの加護・魔眼(透視)

【スキル】

・ヒール(99)

・浄化(53)

・魔眼(55)

・剣豪(2)

・ライトニングボルト(1)

・ハイスピアサンダー

・ダークフレア

・隠密

【付与】

・貧乳の怨念[★★★★☆]

・女難[★★★★☆]

【称号】

[変態紳士](パーティ内に巨乳がいると戦闘値10%アップ)

[ドラゴンスレイヤー](竜種に対して戦闘値50%アップ)


 見る影もなくなっていた。アストラル世界において最強かと思われたクリエスは猛者レベルにまで低下している。女難のランクアップにより魅力値だけは増えていたけれど、これでは災難級の魔物とは戦えそうにない。


『この変態紳士は悪魔と融合した成果ね? 戦闘値の加算はありがたいけれど……』


 巨乳が増えたことで変態紳士の加算分は30%となっている。しかし、元ステータスが半減しているのだから、激減した事実は変わりない。


『ディーテ様、わたくしはそれでもクリエス様にお会いしとうございます。わたくしは天界で再会を約束したのですから……』


 ここでヒナは願望を口にする。このままでは間違いなく制約を果たせない。

 つまり彼女は再会の約束だけでも守りたいと願っている。


『ヒナが聖女となった今、悪霊が協力してくれる可能性は低くなりました。貴方を成長させるということは祓われることを意味するからです。クリエス君が強いままであれば、彼は単独でも戦ってくれたでしょうけれど……』


 どうやらディーテは悲観的な予想をしているようだ。だが、確かにその通りでもある。自身を祓う可能性を秘めた者の成長に助力してくれるはずもなかったのだ。


『それでも構いません。わたくしは最後の最後まで足掻くだけ。クリエス様との約束を守るだけでございます』


 本当に芯が強い子だとディーテは思った。可能な限り手助けしてあげたかったけれど、祝福は既に与えており、世界に送り出した現状では助言を与えるくらいしかできない。


『ならば南大陸へ急ぎなさい。魔王候補は山を下り、東部の砂漠地帯に居を構えているようです。見境なく女性を襲う魔王候補は貴方たちにとって危険です。いち早くクリエス君と合流する方が良いでしょう』


 ここで魔王候補の情報が告げられる。ヒナたちは二人とも女性なのだ。よってここは詳しく聞いておくべきだろう。


『魔王候補様は女性がお好きなのですか?』


『ええまあ、好きというか性欲の権化ですかね。関係を持った女性は身体が裂け、確実な死を迎えます。千年前のイーサ・メイテルの方がまだマシだと言えるほど凶悪な存在です』


 ディーテは覚醒も近いと付け加えている。ヒナには関係を持つだけで即死するなんて想像もできなかったけれど、凶悪という言葉に危機感を募らせていた。


『気を付けていきなさい。海路も安全ではありません。強大な魔物が現れているという報告もあるのです。まだ失われてはなりませんよ?』


『承知いたしました……』


 ここで話し合いは終わる。結果として対策どころか絶望する羽目になったけれど、ヒナはそれでも前を向く。

 凛々しく口元を引き締め、ヒナは徐に目を開いた。


「エルサ、馬車を手配しましょう。南大陸へと急ぎます」


 急に立ち上がったヒナが言う。流石にエルサは戸惑っていたけれど、彼女は優秀な従者である。主人の言葉通りに動くだけだ。


「了解しました。定期便を探してきます!」

「いいえ、馬ごと購入してください。白金貨百枚くらいで足りるかしら?」


「買うのですか!? というより金貨で事足ります。お願いですから、何でも白金貨で処理しないでください」


 相変わらずの金銭感覚にエルサは長い息を吐くが、馬車の購入には同意している。

 やはり公爵令嬢であるのだ。安全な旅だけでなく、疲れる定期便などには乗せられないのだと。


 苦境に立たされたヒナ。あと一年もないという状況にも力強い一歩を踏み出している。


 必ずやクリエスと再会する。

 彼女の目的は生きる以前の内容へと切り替わっていた……。

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