第047話 次なる目的地

 アーレスト王城で報酬を受け取ったクリエス。白金貨や爵位だけでなく、立派な家紋が入った旗と貴族章を手渡されていた。一代貴族とのことで式典もなく、簡易的な授与式だけで開放されている。


「やっと済んだな。お前たち、これから大深林に向かうぞ?」


『婿殿、そうは言ってもアーレスト王国とやらもデカいのじゃろ? 馬車でも使うたらどうじゃ?』


 そういえば金銭的問題はなくなったように思う。アーレスト王国は南大陸でも屈指の強国である。公国や共和国とは異なり、広大な国土を持っているのだ。王国内だけでも馬車を使用するべきかもしれない。


『馬車の旅だなんて、まるで新婚旅行みたいですね!』

「お前たちは浮かんでいるだけだろう? 何も変わんねぇよ」


 嘆息しつつもクリエスは乗合馬車の停留所へと向かう。勝手知ったる王都デカルネで迷うはずもなかった。


「大深林へ向かうってことは北西方面か……」


 最終目的地は北西部にある鉱山都市ミクス。またミクスが最終目的地であれば、西へ向かう街道と北へ向かう街道のどちらでも良かった。


「やはり乗り換えを考えるとミクスの鉱石を大量に買っている鍛冶屋街サイオンへ行くべきだろうな……」


 鍛冶士の町サイオンは有名な工房が幾つも建ち並ぶアーレスト王国最大の生産職ギルドがあった。ギルドで鉱石を大量に買い付けるため、ミクスへ向かう馬車の本数は確実に多いと思われる。特にミクス方面へ行く馬車は空荷に近い状態だろうし、安く乗れる可能性が高い。


「おっちゃん、俺はサイオンに行きたいのだけど……」


 クリエスは一服している男に声をかける。彼も御者の一人だろうが、乗合馬車は基本的に行き先が分からないのだ。主に荷馬車であり、人を隙間に詰め込むというものであったのだから。


「残念だが、俺は西に行くんだよ。サイオンなら向こうのお姉ちゃんが行くみたいだぜ? でも大人気になっているから、乗れるかどうかは知らん!」


 御者は笑いながら教えてくれる。どうやらサイオンへと向かう馬車は若い女性が御者を務めているらしい。


「確かに関係ない奴まで乗ってそうだな……」


「べっぴんなんだよ。何でも親の馬車を引き継いだらしい。この業界は若い女性向きじゃねぇのになぁ」

「ありがとう、おっちゃん。空きがあるか聞いてみるよ」


 クリエスは手を振って御者の男と別れる。べっぴんとの声に少しばかり期待しつつも、相乗りできない可能性に焦りを覚えながら。


 聞いた通りに美しい女性が御者台にいた。どうやら、その馬車は出発するところであるようだ。


「すみません、俺はサイオンまで行きたいのですけど……」

 御者は二十歳くらいに見える女性であった。また教えてもらったままの美貌を持っている。耳の感じから彼女は人族とエルフ族のハーフに違いない。


「ああ、ごめんね。もう一杯なのよ。幌の上まで人がいるでしょ? これ以上乗せちゃうと馬が痩せ細ってしまうわ」


「マジすか。何とか一人乗り込めませんかね?」


 ここは女難にかけてみる。今までかなりの女性を虜にしてきたのだ。ハーフエルフといえども効果があるはずと、爽やかな笑みをクリエスは浮かべている。


「本当にごめんね? もう一人ですら無理なのよ」


 ところが、敢えなく撃沈。期待した女難の効果はないようだ。女難にも人種やら相性やらが関係するのかもしれない。


「ひょっとして女難はバカにしか効かんのか?」

『婿殿、何か言ったかの?』


 肝心なときに役に立たない。エロい人間とバカにしか効果がないような気がする。クリエスはトラブルをいつ何時も抱えてしまうというのに。


「それじゃあね。次の馬車が見つかるように祈ってるわ」


 女性は手を振ってから、手綱を握る。

 見上げると確かに幌の上にまで人が乗っていた。どうやら彼女の美貌につられてサイオンまでの小旅行を決めた男共のよう。幌に乗っかっている男たちはいやらしい視線で彼女を見下ろしていた。


「おう坊主、残念だったな? この馬車は天国行きだぜ!」

「ふはは、クソガキはママのおっぱいでもしゃぶってろっての!」


 断られるクリエスを幌の上にいた男たちはからかっている。スキンヘッドの男と赤髪のチャラい男は下品な言葉を投げていた。


「大丈夫なんですか? ヤバそうな男ばかり乗せて……」


 流石に気になってしまう。幌の上には五人も男が乗っているのだ。馬車の中にも数人がいるとすれば、クリエスでなくても心配してしまうところである。


「あらあら、君は心配してくれるのね? でも、大丈夫よ。こう見ても魔法だけでなく剣技も得意だからね。仮に襲われたなら、返り討ちにして身ぐるみ剥がしても構わないでしょ? そうなると運賃以上に儲かっちゃうわ!」


 どうやら彼女は腕に覚えがあるらしい。彼らが襲ってきたのなら、それは儲けが増えることだと言ってのけている。


「それならいいですけど、お気をつけて……」

「あたしはベルカ。もし機会があれば、ご用命を待ってるわね!」


 言ってベルカは鞭を打ち、馬車を走らせていく。二頭引きの馬車は瞬く間に小さくなっていった。聞いていたように後方にも男どもがひしめき合っている。既に乗っているというより詰め込まれているといった感じだ。全員がベルカの容姿に惹かれて乗車しているとしか思えない。


「しゃーねぇ、歩くか。道中で追い越される馬車に空きがあるかもしれねぇし」

『旦那様、また歩くのですか? 普通に定期便とかに乗れば……』


「定期便は高いんだ。まだ船代に幾ら必要なのか分からねぇ。港で足止めとなることにならんためにも、今は節約していく」


『ふはは、とんだ子爵様じゃの! あいつらに貴族章を見せて代わってもらえばよかったのじゃ』

「馬鹿言うな。権力を嵩にかけて奪うなんて真似ができるか。俺は公明正大な貴族なんだよ……」


 クリエスの返しに、イーサはウヒヒと気持ち悪い声を出して笑った。

 まあ確かに南大陸屈指の大国であるアーレスト王国の貴族なのだ。馬鹿にしていた男たちも震え上がったはず。一人旅をする少年が貴族であるだなんて思いもしないことだろう。


「サイオンまで一ヶ月くらいかかるかもな……」


 小国とは比べ物にならないのは、前世でよく分かっている。王都デカルネはアーレスト王国の東側に位置していたし、ここからの道のりはかなり長いものになるだろう。


「ま、気にしても仕方ねぇ。地道に行くか……」


 言ってクリエスは歩き出す。途中に小さな集落が幾つかあるので、そこまで辛い旅にもならないはずだ。馬小屋でも屋根がある場所で眠ることができるのなら、それで構わなかった。


 クリエスがデカルネを発って二週間が過ぎていた。途中にあった村で食事をご馳走になりながら、クリエスは休むことなく歩き続けている。途中に馬車が何台か追い越していったけれど、やはり満員とのことでクリエスの移動手段は徒歩しかない。


 まあしかし、レベルアップのおかげか少しも疲れなかった。ペースを落とすことなくクリエスは旅を続けている。


 街道は深い森の中を突っ切っていた。少し外れたところに泉を発見したクリエスは水浴びでもしようかと思う。


「泉とかトラウマだけどな……」


『婿殿、泉は妾たちの馴れ初めじゃないか!』

『私が初めて告白された場所です!』


「嘘ばっか言うな……」


 溜め息を吐きながら、森の中へと入る。しかし、数歩入ったところでクリエスは立ち止まった。それは決して泉が汚かったというわけではなく、また泉に地縛霊がいたというわけでもない。


「何だ……これ……?」


 絶句するクリエス。泉自体に問題はなかったものの、その手前にあるものが大問題であった。


 泉には大量の刺殺体が転がっていたのだ――――。


 間違ってもゴブリンやオークなどではない。乱雑に捨てられたようなそれは明らかに人間であった。


「こいつは……?」


 クリエスはゴクリと息を呑む。乱雑に積まれた遺体の中に知った顔を発見してしまったからだ。


「これってスキンヘッドとチャラ男だよな……?」


 今も覚えている。馬車の上からクリエスをからかった二人。ベルカ狙いで乗車した二人が、なぜか遺体となっていた。


 調べてみると、全員が背後から斬り付けられており、衣服を剥がされている。スキンヘッドとチャラ男も背後から急所を一突きに刺されており、失血死したものと思われた。


 この状況で思い出されるのは出発前に聞いた台詞である。


『返り討ちにして身ぐるみ剥がしても構わないでしょ?――――』


 現状はクリエスの推測を否定するところが少しもない。記憶にある遺体も、その動機でさえも。


「ベルカさんは……?」


 愛らしい笑顔が今も脳裏に思い浮かぶ。確かに彼女は襲いかかってきたのなら、返り討ちにすると話していた。しかし、背中から斬りかかったような傷跡は彼女の言葉を否定している。揉み合った末の攻撃だとは考えられないもので、傷痕は先制攻撃であることを明確にしていた。


「最初から金銭目的だったのか?」


 今思うと彼女のステータスを見ておくべきであった。レベル300を超えた今であれば、全てを覗き見ることができたはず。


『あの娘ッ子なかなかやるのぅ……』


 ここでイーサが言った。どうやら彼女もクリエスと同意見のよう。乱闘した形跡が少しもない十体の遺体は同一の結論を導く。計画的な殺人がこの場所で起きたのだと。


「俺もそう思う。スキンヘッドは体格も良いというのに、急所を一刺しだ。自衛というには鮮やかすぎる。あの人は大人しそうに見えて、かなり図太いんじゃないのか?」


『うむ、図太いな……』


 イーサもクリエスと同じ見解であるようだ。彼女はクリエスの話に頷いている。


『ハゲ頭のアレは図太すぎる……』

「その太さじゃねぇよ!」


 一度に緊張感が失われていた。確かにスキンヘッドのアレはアレだけど、この状況はベルカの本性を明らかとしていたのだ。


 男たちは可憐な容姿に騙されて、逆に食い物とされてしまったらしい。甘い蜜に誘われた男たちは食虫花に落ちた憐れな虫たちのようである。


『旦那様、ここまで馬車でどれくらいかかりますか?』


 ここでミアが聞く。クリエスは二週間かかったけれど、二頭引きの馬車であれば、数日で辿り着いたに違いない。


「まあ四日くらいだろうな」

『ならば本当に襲われて返り討ちにしたかもしれませんよ? 何日かは普通に過ごしたということでしょう? 十人もいるのですし、一人が襲い始めたのに乗じた可能性も……』


「可能性はあるが、やはり考えにくい。泉で休憩しているところを背後から襲いかかったような刺し傷だ」


 クリエスも信じたかったけれど、死体を見る限りは明らかだ。心臓を背後から突き刺された者や的確に首の動脈を切られた者。脳髄を刺されたものなど。全員がほぼ即死の攻撃を受けており、他に外傷がないのだから否定しようがない。


『婿殿、あの娘ッ子はかなりの魂強度を持っているはずじゃぞ?』


 イーサが確定事項ともいえる話をする。物資輸送の折り、いつも大勢の男たちを馬車に乗せていたとすれば、必然とその予想が成り立つのだ。男たちの目的は明らかであり、結果は見るよりも歴然としていたのだから。


「かもしれないな……」


 クリエスは長い息を吐く。とても良い人に見えたベルカが大量殺人鬼であるなど考えたくもない。さりとて遺体を見る限りは先制攻撃を仕掛けたとしか考えられなかった。


 ベルカはこれまでに間違いなく多くの人命を奪い、レベルアップしているはず。従って彼女を殺せば全てを奪えるはずだが、クリエスはイーサが暗に語ったような真似をしたいとは思えない。


「ま、もう出会わねぇか……」


『婿殿なら出会うじゃろなぁ……』

『旦那様は出会うと思います』


「お前ら気休めくらい言えよな!?」


 大幅なレベルアップをした今であれば何とかなる気がする。しかし、アリスのように不意を突かれたのならその限りではなかった。致命傷を回復するエクストラヒールなんてクリエスには使用できなかったのだから。


 嘆息しつつも、クリエスは再び歩き始めていた。ベルカのことなど考える必要はない。今はただ鍛冶屋街サイオンへと一日でも早く着くだけであった……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る