第046話 心積もり
祈りを終えたヒナ。ディーテたちが脳裏より去ると、静かに目を開いて立ち上がっていた。
「お嬢様、司教との面会予約ができました」
ヒナが祈りを捧げている時間にエルサは司教と会えるよう取り計らってくれたらしい。だが、それはもう必要ない。無力なヒナが口を出す問題ではなかったのだ。
「それはキャンセルさせていただきましょう。面会は結構です」
「いや、お嬢様には教会の助力が必要でしょう?」
エルサの問いにヒナは小さく顔を振る。思い違いをしていたこと。ディーテに諭されてしまったこと。彼女はエルサに全てを伝えていた。
「今し方、ディーテ様が降臨なされたと?」
流石に信じられなかっただろう。けれど、ヒナが他国の内政に首を突っ込まないとするのはエルサにとっても悪くない話だ。確実に問題が発生する事案を回避できたのだから。
「それでは面会のキャンセルを伝えてきます」
「お願いね」
ヒナは長いため息を吐いていた。
クリエスの現状。レベル100どころか300超えだなんて考えられない。しかも自分と会うために頑張っているなんて。
「クリエス様に負けてはいられませんわ」
改めて思う。やはり生きたいと。制約を遂げさえすれば、漫画で読んだような素敵な青春ライフが待っているような気がする。再び十七歳で輪廻に戻りたくはなかった。
程なくエルサが戻ってくる。やはり面会予約よりキャンセルは手間がかからないようだ。
「お嬢様、滞りなく伝え終えました。司教は残念がっておりましたが……」
「エルサ、旅立ちましょう。買えるだけ食料を買い込み、魔物を狩るのです。わたくしはレベルアップしなければなりません」
司教については触れず、ヒナは目的を語る。ジョブランクに勝るとはいえ、クリエスは支援職なのだ。ならば自分も同じようにレベルアップが遂げられるはずだと。
「でしたら街道を外れて進みましょうか。帝都ラベンズリまではそれほど距離もありませんし」
「そうですね。わたくしはもう戦うしかないのです……」
エルサの目に映るヒナの表情。祈りの前とは明らかに違う気がした。女神の降臨なんて俄には信じられない話であったけれど、頑固なヒナが介入を止めたことや、彼女の変化を見る限りは真実であるかもと思えている。
指示通りにエルサは大量の食糧を買い込み、ヒナのアイテムボックスへと預ける。自身のレベルは分からないが、ヒナ自身は17なのだという。十八歳以降も生きるためには体力値をあと140も上げねばならないらしい。
「お嬢様、頑張りましょう」
「もちろんよ!」
言って二人は宿場町ココナをあとにした。
町に残る闇の部分に気付きながらも、首を突っ込むことなく。それはヒナにとって苦渋の選択であったけれど、今の彼女には何もできないのだ。
だから今は出来ることを増やせるように強くなるだけである。ヒナは世界を動かす圧倒的な力が欲しいと、この人生にて初めて思った。
ココナの町を出たヒナたち。東側の外門を抜け、いざ帝都ラベンズリを目指す。
「今日中にレベル20まで上げたいわ」
「お嬢様、レベルという概念がよく分かりません。参考までにいつ上がったのかを教えてもらえませんか?」
鑑定眼を持っていないヒナはエルサのレベルを調べられない。自身のステータスしか参考になるものはなかった。
「最初上がったのは大聖堂のガーゴイル討伐よ。あのときレベルが6まで上がったの。今思えばガーゴイルは大した魂強度を持っていなかったのね」
「魂強度とは教会などで調べられるものと同じでしょうか?」
エルサは何から何まで分からないのだ。今後を考えると詳しく説明しておいた方が良いかもしれない。
「魂強度とは魂の強さ。元々の強さに加え、殺めた者たちの魂強度を足したものになるわ。魔物や人は失われた時、貯め込んだ魂強度を解き放つの。輪廻へ素早く還るためにね。また魂が輪廻に還る原因となった者は放出された魂強度を奪って強くなっていく」
「殺めたものですか? ならば、5しか上がらなかったガーゴイルは大した魂強度を持っていなかったと?」
「そういうことでしょうね。対照的にホリゾンタルエデンの僧兵はあれだけでレベルが10も上がったの。あの人たちは多くの人を殺めて、失われた人たちの魂強度を奪っていたことになる」
ようやくエルサにも理解できていた。要は人や魔物を問わず他者を殺めた者の方が魂強度に勝るのだと。
「ということは、より長く生きる魔物を狩れば、効率的にレベルアップできるのですね?」
「戦う相手は、わたくしたちの強さを加味しなければ大変なことになります。しかし、多少の無理くらいはしなければなりません。何しろ、わたくしが合流しようというお方は既にレベル321だそうです。アストラル世界においてトップクラスといえるほど成長されております」
ここでヒナはクリエスを例に出して話す。彼に追いつきたいこと。自身がまだ歩み始めたヒヨコでしかないことを伝えるために。
「確か、お嬢様の想い人でしたか?」
「いや、別に好きとかそういうわけでは!?」
取り乱すようなヒナにエルサはクスッと笑い声を上げた。ヒナが慌てる様子なんて殆ど見ることがないのだ。会ったことはないと聞いていたけれど、容姿くらいは知っているのだと思う。
「お嬢様、強くなりましょう。かの御仁の目に留まるように。ヒナお嬢様の魅力共々見せつけてやらねばなりません!」
「ですから想い人などでは……」
ルーカス王子と比べれば雲泥の差である。明確な否定をしないばかりか、ヒナは顔を真っ赤にしているのだ。相手云々ではなく、ヒナが想いを寄せていると考えるのに充分な根拠となっている。
「お嬢様、恋愛は押すことも必要だと聞きます。つまりはイケイケです。彼に出会うまでに運命とやらをねじ伏せておけば、心置きなくアタックできますよ!」
「エルサに恋愛が分かるの? わたくしの方がきっと恋愛について詳しいはずですわ」
元冒険者であったエルサに恋愛云々が分かるはずもない。ヒナ自身は漫画によって恋愛のイロハを勉強しており、彼女よりも恋愛巧者であると信じている。
「お嬢様の思考はどうせ的外れに決まっています。私にお任せいただければ如何に強者な御仁であろうと、瞬く間に籠絡させて見せましょう!」
「本当ぉ? 何だか安心できないけど……」
「しかし、否定されないということは、やはりお嬢様は南大陸の御仁を想ってらっしゃるのでしょう?」
「そ、それは卑怯よ! わたくしは別に……」
恋愛漫画にて想像していた恋心。自身が好きかどうか。相手にどれだけ愛されるのか。その折り合いが恋愛漫画の醍醐味であったと思う。
現状は果たしてどうだろうかとヒナは思案する。面識は天界で会っただけという関係。クリエスの容姿は端麗であったけれど、女性関係は最低という印象だった。
けれども、現状のクリエスは天界での約束を果たすため、自身に会うことだけを考えているらしい。つまりは愛されていると考えて差し支えないように感じる。
残すところは自身の気持ちだけ。彼の想いに応えるかどうかであった。
ヒナは少しばかり沈黙したあと、現状の気持ちを口にする。
「わたくしは彼の本気に応える用意があります――――」
少しばかりズルい返答を口にする。言葉にした瞬間から間違っているように思うも、現状ではそれ以上の言葉を選べない。
「お嬢様、素直になることも必要ですよ?」
「まあ、それはそのうちに……」
心の向きはともかくとして、やるべきことは明らかであった。
二人は笑い合ったあと、再び剣を手に取る。残された期間はあと一年ほどしかない。制約を遂げなければその先はないのだ。よって現状で最優先とすべき魔物討伐に精を出す。
二人は陽が落ちても戦いに明け暮れていた。街道を少し外れるだけで、魔物が多く現れたのだ。
一心不乱に愛刀を振る理由は制約のためだけではない。自身と会うためだけに剣を振るう人。彼と交わした約束通り、このアストラル世界で再会するためだ。
ヒナの戦いに新たな意味合いが加えられていた。
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