第043話 出会いあれば……
本日はアーレスト王国首都デカルネの街に宿泊する予定のクリエス。一応は報告しておこうと大聖堂までやって来た。
「もうバナム大司教はいないか……」
少しばかり残念に思う。前世の自分を知る人。失われてからの世界を知る人。しかし、彼も暇ではなく、大聖堂には祈りを捧げる信徒たちしかいなかった。
クリエスはディーテ像の前へと跪き、前回同様に祈りを捧げている。
「ディーテ様……」
どちらの女神に祈っても同じだが、ここはディーテ教団の聖堂である。やはりディーテに祈るのが適切であるはずだ。
即座に祈りは届く。再び脳裏へと顕現するディーテにクリエスは小さく笑みを浮かべている。
『クリエス君、いつもありがとう。シルを呼ぶから待ってね?』
神々しい姿はいつ見ても眼福である。しかしながら、要件を察した彼女は直ぐさまシルアンナに取り次いでくれた。
『クリエス、あんたどうなってんのよ!?』
シルアンナは顕現するやディーテに挨拶することなく、声を張って問いを投げている。彼女の疑問はもっともであったけれど、クリエスとて現状に戸惑っている一人なのだ。
『どうにもこうにも、現状以外のルートなんてなかっただろ?』
『いや、それはそうなんだけど、悪魔を取り込むとか意味不明よ!』
どうやらシルアンナはチチクリに関して声を荒らげているようだ。またその件に関してはクリエスも同意見である。
かといって、それはクリエスの意志ではない。クリエスを助けようとチチクリが自発的に動いただけであった。
クリエスが言い淀んでいると、助け船を出すかのようにディーテが話し始める。
『クリエス君、実はヒナも旅立ちました。まあそれで問題が一つあります。君も既に知っているかと思いますが、実はホリゾンタルエデン教団の僧兵にヒナは襲われたのです』
転換された話題は先ほど起きたこと。夕暮れ前にヒナたちは地平の楽園という教団員に襲われていたのだ。
『マジっすか? ヒナは大丈夫なのですかね?』
『心配いらないわ。クリエス君ほどではないにしても、ヒナだって鍛錬を怠っていない。魔法も剣技も大したものよ? ワタシ自慢の使徒なのだからね』
クリエスは意外に思う。確かヒナは期待されていなかったはず。彼女の努力は徐々に評価されていたけれど、自慢だなんて言葉がディーテから聞けるとは考えもしていない。
『そうですか。とりあえず安心しました。俺は渡航費も何とかなりそうですし、早くヒナと合流したいですね……』
『それがヒナってば王子様から求婚されちゃったり、大変だったのよ……』
笑い声と共に続けられたディーテの話。流石にクリエスは眉根をピクリと動かす。
聞き捨てならない内容である。クリエスは会いたくても会えないというのに、どこかの王子様がヒナに言い寄っているなんてと。
『どこの誰です? 俺はヒナに会おうと頑張っています。王国の子爵位だって手に入れた。どこぞの王族なんかにヒナは渡さない……』
不満げな声で言い放つクリエスにディーテはクスリと笑い声を上げる。発破をかける意味合いであったけれど、その効果を目の当たりにして。
『クリエス君も頑張っているけれど、まだまだ分が悪いわね……』
クリエス自身はアーレスト王国の爵位を得たのだ。下級貴族ではあったけれど、王国の貴族位があれば大抵の国で敬意を払われるに違いない。
しかしながら、ディーテはまだ足りないと言いたげだ。即座にクリエスを失意のどん底へと突き落とすような話を続けている。
『ヒナに求婚したのはグランタル聖王国の第一王子よ――――』
愕然とするクリエス。分が悪いという理由を告げられていた。
グランタル聖王国といえばディーテ教団の総本山がある場所であり、北大陸どころかアストラル世界において最大の国であった。しかも第一王子だなんて、この世界に彼を上回る立場などないように思う。
『まあ、安心しなさい。ヒナはこっぴどく王子様を振ってしまったから。王子様はまだ諦めていないようだけど、ヒナはクリエス君との約束を果たすつもりよ?』
妬けるわねぇとディーテ。笑みを浮かべる彼女とは異なり、クリエスは浮かない表情のままだ。
『聖王国でしょ? ヒナはグランタル聖王国の第一王子殿下に求婚され、それを断ってしまったのですか?』
『あの子はああ見えて意志が固いの。誰にも負けない強さを持っている。天界での約束をヒナは守るつもり。だからクリエス君も浮気とかしちゃ駄目よ?』
共和国を発ってからクリエスは女性に手を出していない。女盗賊にグラついたことはあったけれど、クリエスはあの日からヒナのことばかり考えている。
『分かりました。ヒナも旅立ったということで、俺が海を渡れば直ぐに会えるのでしょうか?』
クリエスは質問を続ける。ヒナも南を目指してくれたのなら、それほど遠くない未来に二人は出会えるはずと。
『それがネオシュバルツの南側には太く長い谷が東西に走っているのよ。世界の狭間と呼ばれる谷を迂回しなければヒナは南へと向かえない。従って今は北大陸を東に進んでいるわ』
そういえばクリエスも聞いたことがある。聖地へのアクセスが悪いこと。巡礼に向かう熱心な信者たちから聞かされたことがあった。
『どうして東西に割れてんすか? 俺は急いでるのに……』
『千年前にちょっとね……。まあでもヒナと合流するのに一年もかからないでしょう。クリエス君、彼女の助けになってあげてね?』
『もちろんです。俺は明日の朝には王国を発ちます。西の大深林を越えて、ライオネッティ皇国へと向かうつもりです』
ディーテの話にクリエスは今後の予定を口にする。ショートカットして少しでも早く合流するのだと。危険なルートを選んだことを伝えていた。
『あら、人族が立ち入るのは困難なルートを選んだのね? 一応はワタシの信徒たちですけれど、ハイエルフは難しい人たちよ?』
『そんなことは分かっています。でも俺はリンクシュア連邦まで行くつもりはありません。斜めに突っ切って最短ルートでヒナと合流します』
毅然と言い切るクリエスにディーテは微笑んだ。異なる女神が世界に使わせた二人が互いに引き合っていること。同じ目的を持ち、同じ未来を夢見ていると知って。
『ならばクリエス君にも祝福を授けましょう。悪霊に取り憑かれている現状では効果が薄いでしょうけれど、同様の問題に直面したときには助けとなることもあるはずです』
『ディーテ様、よろしいのですか!?』
堪らずシルアンナが口を挟んだ。それもそのはず祝福には一万という神力が必要となる。シルアンナの使徒に使うにしては多すぎると思えてならない。
『シル、ワタシは理解したのです。この二人こそが世界を救うだろうと。もちろん次なる準備は致しますけれど、ワタシたちの使徒に出し惜しみをする理由にはなりません。使徒を送り出したあとにできることなど祝福するくらいです。ならばワタシはクリエス君にも祝福を与えるだけ。ヒナにも与えているのですしね?』
シルアンナは何も言えない。ディーテの好意に甘えることこそが適切であるように思う。
一万という神力をシルアンナが貯めるのにはそれこそ百年は必要だった。現状は少しずつ増えていたけれど、それでも途方もない額である。
『クリエス・フォスター、貴方の旅に幸あらんことを。ディーテの名において祝福を授けましょう!』
クリエスの脳裏に輝きが満ちた。温かく優しい光。前世で熱心に祈り続けた女神ディーテの祝福をクリエスは与えられていた。
『ありがとうございます、ディーテ様。俺は必ずや期待に応えます。ヒナと合流し、アストラル世界を救うことをここに約束いたします』
毅然とした返答にディーテは息を呑んでいた。
ヒナも決意を語っていたけれど、クリエスもまた固い意志を述べたのだ。世界を救うだなんてことは軽く口にできるはずもなかったというのに。
『クリエス君、期待しております。ワタシもシルも貴方の味方です。いつ何時も見守っておりますから、いつでも祈りを捧げてください。ワタシたちは最善と言える道筋を貴方に伝えられるでしょう』
ディーテは二人の味方であると言った。魔王候補から発生するだろう邪竜と邪神。土着信仰の邪教徒までが敵であるのだ。主神と副神がついているという事実だけでクリエスは力強く歩めるだろう。
『ありがとうございます。また何かあればご報告いたします』
『ええ、お願いしますね……』
脳裏の輝きが薄れていく。熱心に祈り続けたクリエスは天界と切り離されていた。
程なく目を開くクリエス。ヒナの現状を知れたし、向かうべき道筋も明確になった。
一人聖堂をあとにし、クリエスは待っていた悪霊たちと合流。彼女たちの暢気な顔を見ていると溜め息しか出ない。
何しろ女神ディーテに祝福をもらったばかり。しかしながら、彼女たちは平然としているのだ。ディーテが話す災禍との話に信憑性が増すだけである。
ところが、バターは悪霊の二人と反応が異なっていた。
「何だかアニキから不穏な空気が漂ってるっす!」
「ん? 俺は先ほど女神ディーテから祝福をもらったからな。しかし、バターは生きてるんだろ? 死霊でもないのに気になるのか?」
悪霊の二人が気にしていないというのに、バターはクリエスが放つ神々しいオーラを怖がっているようだ。
『婿殿、仕方あるまい。バターは妾と契約しとるからの。それに闇属性でもある。初めから女神とは反りが合わんのじゃ』
「マジか。でも一緒に旅をするのに近寄れないんじゃどうしようもねぇぞ?」
怯えるバターはクリエスに近付けない。宿に泊まったりもするというのに、ペットだと説明しても不審がられてしまうだろう。本当の飼い主が一般人に見えるはずもなく、宿ではクリエスのペットとして伝えるしかないのだから。
『まあ仕方あるまい。妾の可愛いバターよ……』
どうしたものかと悩むクリエスの脇を抜け、イーサはバターへと近付く。バターは可愛がっていた彼女のペットだ。何かしらの手段を講じて、バターの恐怖心を取り除けるのかもしれない。
『貴様は今日から野良犬じゃ!』
「最低な手段!!」
どこが可愛がっているんだよとクリエス。流石にバターも涙目である。千年という期間を言い付け通りに過ごしたというのに、野良犬になれだなんてと。
『連れていけんのじゃから仕方あるまい。ちょうど犬っころっぽくなったのじゃから、野良犬として逞しく生きろ』
「主人様ぁぁっ! 置いてかないでぇぇっ!」
懇願するバターに首を振り、イーサはトドメを刺す。
『貴様の価値は舐めることだけじゃ!!』
もう触れることすら叶わない。まして舐めることなど。流石に気落ちしたのか、バターはフラフラと街の外へと向かっていく。
「主人様、アニキ、短い間でしたが、お世話になりやした。弱っちい俺っちですけど、何とか生き抜きたいと思いやす……」
トボトボと歩く寂しげな背中。項垂れた様子を見ると、流石に可哀相だと感じる。
「バター……」
クリエスは声をかけようと思うも、適切な台詞がない。言葉もなく去って行くバターを眺めているだけだ。
すると、街の子供たちがバターへと近付いていった。
「あ! ワンちゃん、この串焼きあげる!」
「ワン公、お手ができたら、このパンもやるぜ!」
クリエスはこの街が温かさに満ちていると知った。この様子ならばケルベロスであったとしても、生き抜けるのではないかと。
「ワンワン!(右手をサッと)」
「おお、こいつ賢いぞ! じゃあ、ごろんと寝転がれ!」
「ワンワン! キャフーン!(ごろーん)」
薄い目をしてクリエスはバターを眺めていた。もう既に可哀相などと思わなくなっている。完璧な犬ころを演じるバターに……。
「めっちゃ、逞しいじゃん――――」
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