第042話 報酬
僧兵たちを一掃した二人。クサカリマルを鞘に収め、ヒナはエルサと視線を合わせた。
人を斬ったのだ。覚悟はしていたけれど、流石に気分の良いものではない。ヒナの表情は曇ったものであった。
「お嬢様、おみそれしました。貴方様の覚悟を私は誤解していたようです」
エルサは頭を下げていた。虫も殺せぬような愛らしい顔をしていながら、問答無用で悪漢と戦えるなんて。特に慈悲を求められた場面は彼女の決意が揺るがぬものであることをエルサに知らしめていた。彼女であれば見逃してしまうと思われたというのに。
「エルサ、わたくしは我儘なのです。いつも自分中心に生きてきました。結果として聖女と呼ばれたりもしていますが、本質は自分勝手でしかありません」
流石に同意できない。仮に神託を遂げようと努力していたとしても、ヒナの力は正しい方向に使われることをエルサは知っていた。
「こんな今もレベルが10も上がったと喜んでいるのよ?」
それは恐らく冗談であろう。エルサはヒナの話に安堵感を覚えている。悪党とはいえ、人を斬った罪悪感。押し潰されてしまわないかと危惧していたけれど、考えていたよりも彼女はずっと強かったらしい。
「わたくしは我を通します。18歳以降も生を続け、自由で素晴らしい人生を送るつもりです」
思わずエルサは目尻の涙を拭う。流石にヒナが背負ってきた運命は重すぎると感じて。
何事もなければ彼女は自由だった。公爵令嬢であった彼女は素晴らしい人生を歩んだことだろうと。
「お嬢様、きっと楽しく美しい未来が待っていますよ。お嬢様の人生に平穏が訪れるまで、私は微力ながらお手伝いさせていただきます」
公爵令嬢の護衛兼メイドだなんて、最初は気乗りがしなかった。一介の冒険者であったエルサはその報酬に惹かれただけである。
しかし、ヒナの人柄に触れるたび、いつしかそういった思考はなくなっていた。ひたむきで実直。天然で金銭感覚は滅茶苦茶。残念なところはあったけれど、そんな抜けたところも彼女の魅力であり、他者はその人柄に魅了されるのだろうと。
「ありがとうエルサ。もう少し歩きましょう。わたくしには時間がないのですから」
もしも幼い子供が自分の人生に残された期間を18歳までと告げられたとしたら、どんな反応をするだろう。
エルサは意味のないことを考えてしまう。恐らくは泣き喚き、真摯に受け止められないはずだ。残された時間を無下に過ごし、そのときを迎えてしまうに違いない。間違っても一人で背負い、最近まで努力の意味すら伝えなかったヒナのようには生きられないはずだと。
「もちろんです。私は聖女の守り人。世界の光である貴方様を守護し、この世界が闇に染まらぬよう行動するだけですから……」
エルサもまた決意を口にする。世界に危機が迫っているのなら、ヒナの存在が必要なのだと。たとえ強大な魔物が現れようとヒナだけは守るのだと決めた。
互いに頷き合ったあと、二人は歩き始めている。僧兵に襲われた事実。魔王候補や邪竜という災禍だけでなく、世界を破滅へと向かわせる邪神の復活がにわかに近づいているのだと理解できた。
ホリゾンタルエデン教団という脅威が更なる混沌へと世界を誘っている……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アーレスト王城へと戻ったクリエスは早速と報告を済ませている。
古代遺跡がダンジョン化したこと。そこにダイヤモンドアントという昆虫がいたこと。ダンジョンコアを破壊したことまで。
「むう、凄まじいな。討伐した魔物の量や危険度。よくぞ踏破してくれた……」
既にクリエスは討伐した魔物の亡骸を全て王国に預けている。ダイヤモンドアントはゴミにしか見えないが、一応は持ち帰っていたのだ。
「本当にダンジョン化していたとは……」
「やはりスタンピードの直前だったかと思います。正直に危うい状態でした」
クリエスの話は居合わせた全員が理解している。何しろ大量の亡骸を見せられたあとだ。全てが一斉に漏れ出したとすれば被害は甚大であったことだろう。
「クリエスとやら、卿は王国に忠誠を尽くすことができるか?」
ここでアーレスト王が聞く。それは恐らく貴族としてこの地に留まれるかという話であろう。
「王様、俺には使命がございます。詳しくはお話しできませんけれど、俺がこの地に留まることは叶いません」
この返答により爵位をもらえなかったとして、クリエスは受諾するわけにならなかった。
クリエスは生きてヒナに会うことをこの人生における最大目標としていたのだから。
「俺は王国に留まれません。たとえ爵位という報酬があろうとも。信念というか、俺には旅立つ理由がございます。お気に触ったのなら、報酬は必要ありません。その場合は魔物の素材も他国で売ることにします」
毅然と答えるクリエスに謁見の間はざわついていた。事前に取り決めていた報酬は子爵位という前代未聞の待遇である。それを放棄するなんて居合わせた者たちには理解できなかった。
「卿は王国の爵位が欲しくないのか?」
「いえ、身分証明として欲しくはあります。けれど、領地運営など考える余裕が俺にはないのです。今はただ北大陸を目指すだけ……」
クリエスの意思が固いことは全員が理解できたことだろう。このままでは王国の救世主ともいえる彼と喧嘩別れになることも。
「アーレスト王、私めの意見を少しばかり考慮いただければと。クリエス殿は我が国の窮地を救った英雄です。この地に留まらないからと、軽く扱うべきではございません……」
大臣らしき老人が意見した。提出された魔物の量や質を見る限り、少年の実力に疑いなど持てない。今後の成長によって世界の中心人物になりそうな予感さえある。幼いからと軽く扱うのは間違いであり、フォントーレス公国が爵位を与えたように囲い込むことこそが最善であると進言していた。
「彼はまだ十六歳です。世界を見て回り、見聞を広めるのはとても良いことだと考えます。既に実力は明らかであり、彼と良好な関係を築くことは王国にとって悪いことにはならないでしょう。たとえ他国に仕えることになろうとも、我らは誠意を見せるべき。此度のダンジョン化において損害が少しもなかったのですし、出し惜しみするものではありません。また若き人材をひと所に閉じ込めてしまうのも良いとは思えないのです」
老人の意見をアーレスト王は聞き入れたかのように頷いてみせる。
確かに、この少年と敵対しては後々の災いとなりかねない。いづれ頭角を現すのは明らかであるし、公国が爵位を与えたというのにケチ臭い真似をすべきではないとも感じる。
「バーンズよ、ならば卿に何を与えるべきだ?」
アーレスト王の問いにバーンズという大臣は頷きを返す。彼は既に適切な報酬を考えているのかもしれない。
「やはり予め約束したことは守るべきです。子爵位を用意し、留まるかどうかで所領か金銭かを選んでもらいましょう。名ばかりの子爵など過去に例がありませんけれど、構わないではないですか? 私にはそれだけの価値がクリエス殿にあると考えます。金銭を選ぶならば白金貨5枚程度が今回の褒美として適当かと存じます」
クリエスは息を呑んでいた。所領が与えられたとして辺境の山々に違いない。留まるつもりのないクリエスには白金貨5枚の方が魅力的であった。
どうやらアーレスト王も異論はないようだ。バーンズを信頼しているのか、笑みを浮かべながら頭を上下させた。
「クリエス殿、どうですかな?」
バーンズはクリエスにも問う。彼が同意するのであれば、何も問題はない。敵対しないことを第一として、できれば好感を抱いてもらうことがバーンズの思惑であろう。
「俺は北大陸へ渡るという目的がございます。渡航費の問題もありましたし、所領よりも金銭にて報酬をいただきたいと考えております」
クリエスの返答にバーンズだけでなく、アーレスト王もまた頷きを返している。
これにて報酬は決定した。所領を与えないということは一代貴族であり、名ばかりの子爵となる。他国の出身者に所領を与えると不満が噴出する恐れもあったから、結果的に王国としても悪くない話であった。
「ならばクリエス・フォスターに子爵位を授ける。報酬は大臣から受け取るが良い。此度の貢献を儂は評価しておる。フォスター卿、感謝するぞ」
アーレスト王から正式な話があり、謁見の間は万雷の拍手で満たされていた。
クリエスもまた笑顔である。彼としても元祖国に貢献できたことだし、報酬も充分だ。これ以上を望むことなどあり得なかった。
「ではクリエス殿、しばしデカルネに滞在して欲しい。報酬が白金貨となれば、流石に即日払いというわけにもならんでな。またフォントーレス公国とは異なり、我が国は卿が王国の貴族を名乗るべく家紋を授けたいと思う。明日の朝には英雄に相応しいものを用意するので、本日は街の散策でもして時間を潰してもらいたい」
最後にバーンズ大臣がいった。やはり彼はクリエスの好感度を気にしている。公国との差別化はその最たるものであろう。
「了解しました。朝一番に王城へ戻ればいいでしょうか?」
「うむ、大急ぎで用意させる。楽しみにしておいてくれ」
再びクリエスは礼をして、王城を去って行く。
報酬がもらえるまで懐かしさすら覚えるデカルネの街を散策しようと考えていた。
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平日の更新はまた夕方になります。
どうぞよろしくお願いいたします!
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