第040話 天界では……

 エンジェルゲートにある下界管理センターの一室。

 シルアンナは呆然としていた。


「嘘でしょ? 悪魔と融合してしまうなんて。悪魔は元神格相当だというのに……」


 呆けていた原因はクリエスの現状である。彼が主従契約を結んでいた悪魔を自身の魂に取り込んでしまったからだ。

 悪魔は天使が堕天した折りに生まれている。既に神格は失っていたけれど、現存する全ての悪魔はアストラル世界に生きる人々とは格が違う存在なのだ。


「ディーテ様に報告しないと……」


 女神デバイスを操作し、直ぐに来て欲しいとお願いをする。

 どうやらディーテに詳細を見てもらいながら意見を聞くつもりらしい。


 程なく業務室の扉が開かれている。例によって例のごとくノックもなく、ディーテはいきなり現れた。


「ディーテ様!」

「シル、どうしたの? ワタシはこれから主神報告会に出席しなくてはならないのですけど?」


「いや、それどころではないのです! これ見てください!」


 言ってシルアンナはモニターを切り替えた。クリエスを映し出していた画面は瞬時に彼のステータスを表示している。


 眉根を寄せながら眺めていたディーテだが、彼女は鋭い表情をしてシルアンナへと視線を移す。


「シル、どういうこと? 説明して……」


「ええ、もちろんです。話を掻い摘まむと、クリエスはミア・グランティスの使い魔と主従契約を結び、わけあって魂の融合を果たしました……」


 シルアンナの説明には益々ディーテの眉間にしわが寄る。それもそのはず契約という場面から彼女には想像もできなかったのだ。


「えっと、アクアドラゴンと戦うことになり、クリエスが自分でトドメを刺すと言い出したのです。適当な攻撃方法がなかったもので、ミア・グランティスが持つ使い魔で一番弱かった悪魔が召喚されました」


「いや、それとクリエス君が異様に強くなっているのが、繋がらないのだけど?」


 シルアンナも割と混乱していたのだ。色々とありすぎた最近の出来事は、やはり端折って伝えるのに無理があった。


「レベルに関しては主にアクアドラゴンとダイヤモンドアントという災難級の昆虫を倒したことによるものです」

「はぁ? 災難級の昆虫って何?」


 流石のディーテも面食らっている。男神から引き継いでから、千年以上も彼女はアストラル世界を見てきたけれど、昆虫が脅威になったことなど一度もない。


 天界ではレベル500以上を災難級とし、1000以上が災害級、1500以上が災厄級となり2000以上は災禍級、2500以上を終末級としていた。


「そこは気にしないでください。偶然にも進化した昆虫がいたのです。アクアドラゴンの討伐時に悪魔と契約し、クリエスはダイヤモンドアントとの一戦後にその悪魔属と融合したのです」


 考え込むディーテ。情報量が多すぎて理解不能であったけれど、結果はモニターに映し出されているし、経過はシルアンナに聞いたままだ。


「なるほど、レベルはともかく悪魔と融合したために、雷属性を発現したのですね?」


 何とか回答へと辿り着いたディーテにシルアンナは大きく頷いている。


「そうなんです。討伐していないので魂強度の吸収はできませんでしたが、悪魔が持っていたスキルを全て入手しています」


 使用の可否はともかく、雷属性魔法から暗黒魔法、隠密といったスキルまでクリエスは手に入れていた。

 ここまでの異様な成長。全てを踏まえて、シルアンナは口にする。


「ひょっとするとクリエスは世界を救うかもしれません――――」


 真っ直ぐにディーテを見つめてシルアンナは告げた。願望であったそれは今や期待できるレベルに達しているのだと。


「確かに。とても良い使徒を引きましたね。しかし、旅立って三ヶ月足らずで、このステータスは明らかに異常です。レベルアップの速度もさることながら、トリプルエレメントになってしまうなんて。しかもクリエス君の属性はレアエレメントばかり。光属性であった彼が闇属性である悪魔と融合できるなんて考えられません」


 何度も頭を振るディーテ。結果は明らかだというのに、現状は疑問しか与えていない。


「クリエスはひょっとして世界に選ばれたのではないでしょうか?」

「まあ、その可能性は否定できません……」


 世界は存在が漠然としていたものの、女神たちと同じく超常的な事象である。バランスを崩すと意図せず魔王を生み出したりもするし、自浄作用的に守護者を選定したりもした。


 シルアンナは世界がクリエスに与えた役割について続ける。


「救世主として――――」


 飛躍した話であるが、ディーテは頷いている。説明できない事象は世界が関与しているとしか思えない。女神たちの思惑など関係なく、世界は動き始めている。それこそ自分の身は自分で守るといった風に。


「現状では充分に考えられる話です。とはいえ、ここからですね。かつて勇者ツルオカは転生をして二十年でレベル1000の大台に突入しました。彼であってもレベル500から五年近くもかかったのです。レベル300超えは確かに優秀ですけれど、アストラル世界にも存在し得るレベル。その先で躓くようでは救世主だとは言えないでしょうね」


 ディーテは手放しで褒めなかった。クリエスの成長が異常だと口にしつつも、慎重な姿勢である。女神たちは次なる矢を用意しておかねばならないのだ。送り込んだ使徒たちに一喜一憂するのではなく、魂の管理者としてアストラル世界が存続できるように動くべきであった。


「それに魔王候補と戦うのであれば最低でもレベル1000以上が必要であり、彼はステータスが四分の一でありますから、求めるところは一段と高くなります。魔王候補云々よりも、まずは取り憑いた悪霊を何とかする術を見出すべきですね」


 ディーテは今のまま魔王候補と戦うという事態は避けたいと考えているようだ。クリエスには元魔王候補が取り憑いている。新たな魔王候補との接触により、不測の事態に発展しかねないと。


「まあでも、現状ではクリエス君を頼るしかありません。世界も彼を導いているようですし。もしもクリエス君が救世主としての役割を与えられていたとすれば、やはりサポートは不可欠。最悪の場合を考えて慎重に動きましょう」


「了解しました。私はクリエスを追っているだけでいいですか?」


「当然でしょ? 災禍である悪霊が二体も取り憑いているのよ? 寧ろクリエス君から絶対に目を離さないで。仮に救世主であったとしても、彼がトラブルを引き寄せる体質であるのには間違いなどないのですから」


 

 言ってディーテは報告会に向かうと席を立つ。しかし、扉の前で立ち止まり、


「あ、そうそう。ようやくポンネルのお社ができたのよ。とても小さなお社だけど、街道の安全を守る役目を頑張っているわ」


 意外な話にシルアンナは言葉もなく頷きを返している。今から見習いのポンネルが世界の危機に寄与するはずもない。街道にある守護像くらいでは召喚できるほどの神力など貯まるわけがないのだ。


「シル、報告は小まめにお願いね。いつでもデバイスに連絡してちょうだい」


 ディーテがシルアンナの業務室を去る。


 目下のところ、シルアンナがすべきことはクリエスを見守ることだけ。対するディーテは魔王候補の動きやホリゾンタルエデン教団まで目を光らせているというのに。


 シルアンナは嘆息しながらもモニターにクリエスを映し出していた……。

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