第039話 徒労の果てに
『スキル【剣術】は【剣豪】に昇格しました』
クリエスが意志を口にすると、即座に昇格通知があった。自分自身はクレリックであったけれど、クリエスは昇格によって強化された戦闘スキルを手に入れている。
「剣豪って!?」
やはり期待してしまう。そのままの意味合いであれば、クリエスの剣術は飛躍的に向上していることだろう。
クリエスは嬉々として愛剣を振り上げていた。心理的なものなのか、はたまたスキルの効果なのか。心なし愛剣が軽くなったような気がしている。
全力で振り下ろすと、今までとは異なり手応えと共に鈍い音が響き渡った。
「魔眼っ!」
直ぐさまダイヤモンドアントのステータスを確認。剣豪に昇格した攻撃が変化をもたらせたのかどうか。期待をしてクリエスは目を凝らしている。
【体力】9
「マジか……」
まだ倒したわけでもなかったというのに。クリエスは思わずガッツポーズをして、喜びを露わにする。
『婿殿、遂にダメージを与えたのか?』
「ああ、もちろん! 昇格した剣豪スキルが仕事をしたらしいぞ!」
クリエスは再びステータスを覗き込む。先ほどはスキルの効果を見忘れていたのだ。剣術はステータスに影響を与えなかったけれど、昇格した剣豪はどうなのかと。
【剣豪】クリティカルヒットが出やすくなる。
期待したクリエスだが、説明は意味が分からない。クリティカルヒットが何を意味するのか彼には理解できなかった。
「おい、クリティカルヒットって何だ?」
ここは悪霊に聞くしかない。剣術は専門外である二人だが、何か知っているかもしれないと。
『ああ、それは潜在能力よりも威力が出る攻撃のことですね。他にはカウンターヒットなどがあると聞いたことがあります』
ミアの説明で納得がいった。今し方の鈍い音。それは通常よりもダメージを与えた感覚であったに違いない。だからこそ、ダイヤモンドアントは体力値を減じたはずである。
「よっしゃ、斬りまくるぞ! クリティカルヒットってやつを出しまくってやる!」
俄然、張り切るクリエス。あと九回クリティカルヒットを出せばいいのだ。延々と続く打ち込みは終わりを告げ、明確に最後が見え始めていた。
振り続けると二十回に一回の割合で鈍い音がしている。加えて、その度ごとにダイヤモンドアントの体力値は減じられていく。
約二十分。剣を振り続けた時間も最後の時を迎えている。
九回目の鈍い音が古代遺跡に響き渡っていた……。
『クリエスはLv321になりました――――』
レベルは一度に二百ほども上がっている。それに応じてステータスが上昇しているけれど、平均80上がった前回とは異なり効率が悪い。前回の二倍もレベルが上がったというのに、今回のステータスは伸びが悪いように感じられている。
『婿殿、ようやくアリンコに勝てたの!』
『旦那様、アリンコ退治おめでとうございます!』
「お前ら馬鹿にしてんだろ!?」
千を超えるレベルの二人からすれば、クリエスなど赤子同然である。倒したのは間違いなくアリンコであったけれど、地上に現れたとしたら災厄にも等しいはずだ。
「まあいい。これで俺はダンジョンコアを破壊し、王国の貴族になれるはず。道中の魔物は殲滅したし、もう魔物は生まれないのだから」
ダンジョンコアこそが魔物を生む原因である。イーサが作りだしたオーブが古代遺跡をダンジョンに変えた原因であり、それを排除することで問題は解決するだろう。
ダイヤモンドアントがいた大部屋の最奥。そこにダンジョンコアが置かれていた。
「やべぇ雰囲気の玉だな……」
イーサがありったけの魔力を注いで作られたというオーブ。千年以上が経過した今も邪悪な魔素を垂れ流している。
「壊すぞ?」
『婿殿、言っておくが、壊すと高濃度魔素が一度に噴き出すからな?』
剣を振り上げたところでイーサが言う。何か体調に異変が生じそうな話を。
「高濃度魔素を浴びたらどうなる?」
聞いておかねばならない。クリエスは魔王と邪竜の討伐を願われて転生しているのだ。高濃度魔素を浴びて天界に還るなどあってはならない。
『まあ、死にはせん。婿殿もそれなりの強者になったのだからな』
どうやらレベルアップにて強化されたステータスをイーサは感じ取っているようだ。アリンコの討伐をからかっていた彼女だが、一応はクリエスの成長を認めているらしい。
一つ息を吸ったクリエスは邪悪なオーラを放つオーブを前に振りかぶっている。
「これで終わりだぁぁっ!」
目一杯の力で叩き割っていた。長かったダンジョン攻略はこれにて終わりとなる。
はずだった……。
「なっ!?」
オーブは真っ二つに割れたものの、聞いていた通りに大量の魔素を吐き出し始めたのだ。しかし、想定していない。高濃度魔素と聞いてはいたけれど、視界がなくなるほど真っ黒になるだなんて思いもしないことである。
「!?」
まともに高濃度魔素を浴びたクリエスは嘔吐したあと、倒れ込んでしまう。悲痛な声を上げながら、もがき苦しんでいた。
『いかん! 流石に無理じゃったか!?』
『無き者、いい加減にしなさい! 旦那様を治療する魔法とか持っていないのですか!?』
悪霊の二人も取り乱している。尋常ではない苦しみ方なのだ。流石の二人もクリエスの危機を察知していた。
『妾が回復魔法など持っておるわけなかろう!?』
『何が魔王候補ですか!? このポンコツ!』
『なんじゃと!? では駄肉はどうなのじゃ!?』
『私は狂気のハイエルフと呼ばれていたのですよ!? 回復魔法など持っておるわけがないでしょうに!?』
『ハイエルフのくせに神聖魔法も使えんのか!?』
『何ですって!?』
二人の言い争いが続くも、終止符を打つ者が現れた。けれど、それはバターではなく、声だけが響くというものである。
『ミア様、私めにお任せください……』
どこからともなく聞こえた声。それは二人も知っているものだった。
『チチクリ、貴方は回復魔法など持っていないでしょう!?』
『まあそうなのですが、私に考えがございます。主人様は光属性の持ち主。闇属性も持っておられますが、明確に暗黒であるイーサ様の魔素を浴びてしまっては流石にお身体に障ります』
言わんとすることは理解できたが、治療方法についてはさっぱりだ。ミアは苛つきながらも、続きを促している。
『それでどうやって旦那様を回復させるつもり?』
『はい、私めが主人様の魂に溶け込みます。そうすることで暗黒魔素に適応させるのです。既に魂の一部を主人様に捧げておりますゆえ、造作もないことでございます』
『いや貴方、死ぬつもり!? 魂に溶け込むとは吸収されるということです!』
流石に声を荒らげるミア。元使い魔であったチチクリを犠牲にするなんて看過できないらしい。
『構いません。主人様と私は同じ双山の下に集う同志。主人様の危機に私が何もしないなどあり得ません。そもそも主人様が失われたのなら、私も失われる運命なのです。ならばこの命惜しくなどありませんよ……』
何度も顔を振るミア。彼女は納得できないようだが、それでも他に方法がないことくらい理解してもいる。
『分かりました。チチクリ、貴方にお任せいたします』
『お任せください。私はいつ何時もミア様と主人様と共にあります。それではお元気で……』
『ええ、既に死んでますけどね……』
最後にミアは笑顔を見せた。願わくばチチクリの魂が迷わず天へと向かえるようにと。
もうチチクリの声はしなくなった。と同時にクリエスは再び気が触れたように暴れ始めている。何かしら起きているのはミアにも理解できた。
『旦那様!?』
『悪魔の魂強度を丸ごと吸収するのじゃからな。飛散したものを取り込むのとはわけが違うの。まあしかし、チチクリに抗うつもりがないのなら、上手くいくじゃろう』
イーサは魂を読み取っている感じだ。慌てるミアとは異なり落ち着いている。
『先程も問題ないとかいってましたよね?』
『それは婿殿の属性まで考慮しておらんかったのじゃ!』
二人して溜め息を吐く。何故か心惹かれた人。二人共が種族からして異なったが、クリエスは既にかけがえのない男性となっていた。
何度目かの長い息を吐いたあと……、
「ぅ……ぅう……」
クリエスの声がした。それも苦痛に喘ぐ声ではない。
『旦那様!?』
『婿殿!?』
二人の呼びかけに、クリエスは薄く目を開く。まだ朦朧としている様子だが、もう生死の狭間を彷徨う感じでもなかった。
「二人とも……?」
まだ頭が痛むのかクリエスは寝転んだまま眉間に手を当てた。
「チチクリ……」
意外な言葉に二人は驚く。クリエスは意識が朦朧たしていたはずで、三人の会話を聞いてはいないだろうに。
『旦那様、チチクリがどうなったのか分かるのでしょうか!?』
堪らずミアが聞く。やり遂げた彼がどうなってしまったのかと。
「チチクリは俺の中にいる。俺は彼に助けられた……」
『それではチチクリも無事なのでしょうか!?』
追加的な質問には首が振られていた。それが意味することは否定であり、チチクリはもう天へと還ったことを意味する。
『そうでしたか。彼は弱いと考えておりましたが、とても強かったのですね……』
頭を振ったあと、ミアは目尻の涙を拭っている。悪霊である彼女の涙は頬を伝うや、幻のように消えていく。
「どうやら俺はチチクリの全てを受け継いだらしい……」
続けられた話はよく理解できないものであった。受け継いだとは何なのか。チチクリの何を引き継いだのかと。
『婿殿、どういう意味じゃ?』
「ああ、彼が持っていた魔法やスキルを俺は引き継いだ。かといって全部は使用できない。今の俺は雷属性を得ただけみたいだな」
もうチチクリの気配はない。しかし、ステータスには雷属性が残っており、殆どが選択できなかったけれど、彼が所持していた魔法の表示もあった。
「まずは初級魔法のライトニングボルトを熟練度マックスにしなきゃな……」
クリエスが使用できるのはそれだけである。恐らくは熟練度まで引き継げなかったのだろう。他の魔法はグレーで表示されており、昇格先が分かるだけであった。
『む? ならば暗黒魔法も使えるのではないか?』
イーサが問う。チチクリは曲がりなりにも悪魔であったのだ。従って闇魔法の使い手でもあっただろうと。
「表示はあるが、全部グレーだな。闇魔法は何か特別なことをしなきゃならんのか?」
『いや、分からん。妾は生まれつき闇属性じゃからな……』
『お恥ずかしながら私もです……』
先天的な属性ではない。加えて対極にある光属性だったのだ。クリエスには素質がなかったと考えるべきなのかもしれない。
「ま、とにかくチチクリのおかげで俺は死の淵から生還できた。全てはイーサのせいだと思うがどうだろう?」
ギロリと睨みつけるクリエス。彼女が大丈夫だと言ったから叩き割ったのだ。もしも危険だと伝えられていたとすれば、他の方法で破壊していたはず。
『その通りです! 駄肉が適当なことを話すから……』
『婿殿、すまんのじゃ! 悪気があったわけじゃない。妾が悪かった。煮るなり焼くなり、吸い付くなり舐めるなりしてくれい!』
本気で謝るイーサにクリエスは嘆息している。チチクリが犠牲になったけれど、一応は無事なのだ。反省しているようだし、過度な責任追及は止めた方がいいだろう。
「ま、今後は軽はずみなことを言うな。前にも言ったけど、俺は世界を救う役割を担っている。イーサのあと魔王候補となったもの。加えて確実に発生するだろう邪竜の討伐だ。更にはツルオカという千年前の勇者が邪神として蘇る。俺はそいつも倒さなきゃいけないんだ……」
ツルオカとの話にイーサが反応する。しかし、邪神として復活を遂げようとするならば、クリエスが討伐しようとするのも理解できた。何しろ彼は世界を救う使命があると口にしているのだから。
『婿殿、ツルオカは強いぞ。神格を得たのなら、それは常軌を逸するじゃろう。今は力を付け、そのときに備えるべきじゃ』
『私はツルオカを知りませんが、邪神だなんて横暴は許すべきではありません。私も協力させていただきますので、顕現するや天まで送ってやりましょう』
悪霊の二人も邪神の降臨には反対であるらしい。彼女たちはツルオカがこの世に降臨することを望まないようである。
「まあそれはまだ先のこと。俺は今よりも強くならなければいけない」
ダイヤモンドアントの討伐によりレベルは321にまで上がっている。例によって四分の一になっているのだが、どこへ出しても恥ずかしくないレベルにまで強くなれていた。
チチクリを吸収したことでクリエスは改めてステータスを確認している。
【名前】クリエス・フォスター
【種別】人族
【年齢】16
【ジョブ】クレリック(剣士)
【属性】光・闇・雷
【レベル】321
【体力】260
【魔力】225
【戦闘】217(+42)
【知恵】206
【俊敏】251
【信仰】262
【魅力】193(女性+160)
【幸運】45
【加護】シルアンナの加護・魔眼(透視)
【スキル】
・ヒール(99)
・浄化(53)
・魔眼(55)
・剣豪(2)
・ライトニングボルト(1)
・ハイスピアサンダー(不可)
・ダークフレア(不可)
・ヘルバースト(不可)
・隠密
【付与】
・貧乳の怨念[★★★☆☆]
・女難[★★★☆☆]
かなり強くなっている。幸運値を除けばバランスも取れており、属性もトリプルエレメントと申し分ないものであった。
「戦闘値にプラスがある……?」
どういうわけか、ステータスの戦闘値がプラス42となっている。疑問に感じたものの、その原因はステータスの最後に記されていた。
【称号】変態紳士(パーティ内に巨乳がいると戦闘値10%アップ)
属性や所有スキルだけ手に入れたのかと思いきや、クリエスはチチクリの称号まで手に入れていた。どうやら巨乳の数だけプラスされるらしく、ギガメロン級のイーサもまた巨乳判定されている。
「しっかし、こんな称号はねぇな。他人に知られると死にたくなる……」
戦闘値のプラスは素直に嬉しいものだが、称号を口にするのは憚られてしまう。変態紳士だなんて女性の前では絶対に禁句である。
「とりあえず王城に戻るぞ? 変態紳士が無事に天へと還ったことを祈りながらな……」
クリエスの話に悪霊の二人も頷いていた。チチクリは自ら天へと還ったのだ。ここに魂がないだけでなく、亡骸も古代遺跡には存在しない。敵討ちする相手すらいないのだから、古代遺跡に留まる理由はないはずである。
一行は足取り重くアーレスト王城へと戻っていくのだった……。
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