第036話 スタンピードの可能性

 バナム大司教との会話を終えたクリエス。

 宿を見つけたあと、王城へと向かっていた。


『旦那様、王様に会われるので?』

「ああ、一応は親書を持たされているしな。俺は公国の貴族でもあるし、謁見すらしないのは間違っている」


 曲がりなりにも爵位を得たのだ。命令ではなかったけれど、クリエスは公王に逆らうような真似はできない。言われた通りに行動するだけである。


 衛兵に親書を見せるや、直ぐさまアーレスト王との面会となった。どうやら魔道通話による連絡が入っていたらしく、身分を調べられるようなことはなかった。


 貴賓室で準備を待ち、執事に案内される。実をいうと前世でも一度だけアーレスト王にクリエスは謁見したことがあった。


 王城にある謁見の間。公国とは明らかに異なる。贅を尽くした煌びやかな部屋の突き当たりに長い階段があり、その向こう側にアーレスト王が威風堂々と鎮座していた。


「クリエス・フォスターとやら、報告は受けている。先に提出してもらった水竜の確認も今し方、終わったところだ」


 アーレスト王は報告書を見ながら言った。

 アクアドラゴンの亡骸は王国が買い取ってくれるとのことで、既に丸ごと引き渡している。


「卿は光と闇のダブルエレメントだと話していたが、どうも亡骸から雷属性の魔素を検出したようだ。それはどういうことなんだ?」


 問われて初めて気付く。そういえばアクアドラゴンはほぼチチクリが討伐したのだ。最後は悪霊二人の魔力波によって首元を切断していた。


 慌ててステータスを覗く。何とか良い言い訳がないだろうかと……。


【属性】光・闇・雷


 どうしてかステータスに雷属性が追加されていた。チチクリは闇と雷の二属性であったけれど、間違いなくクリエスには反映されていなかったというのに。


『主人様、召喚時以外は私の属性がプラスされるのです。召喚外は主人様の魂に潜んでおりまして、現実には存在しませんから。もちろん、私が持つ固有スキル[変態紳士]も主人様に帰属いたします』


 変態紳士はともかく、この場面でそれは有り難い話である。アーレスト王に嘘を言わずとも、それを証明できるのだ。


「実は秘密にしておる属性があるのです。まさか魔素の検知までされると思わなかったので知らせておりませんでした。私はトリプルエレメントでありまして、光と闇の他にレアエレメントの雷を持っております……」


 自然を統べる基礎四大属性に加え、レア属性の光と闇。それ以外に氷と雷という派生エレメントが存在する。けれど、人族でそれらを発現する者は限りなくゼロであった。


「なるほど、ならば納得と言いたいところだが、検査しても構わないか? 卿が話すことを疑うわけではないのだが、キチンとしておかねばならんのでな」


 クリエスは頷きを返していた。公国のお墨付きとはいえ、クリエスは身元不明の旅人である。褒美を与えるにしても、詳しく調べてからになるはずだ。


「了解しました。納得するまで調べてもらって結構です」


 クリエスが返すと巨大な水晶玉が運ばれてきた。冒険者ギルドにあるものとは一線を画す。恐らくはより詳細なステータスが分かるものであろう。


 指示されるがままクリエスは水晶に手をかざし、魔力を流した。自身のステータスにある雷属性が表示されることを祈りつつ。


「で、でました! 彼は本当にトリプルエレメントです! 光と闇だけでなく、雷属性まで所持しています!」


 検査員らしき男が声を張る。クリエスが話した通りであったのだ。信じられない結果には大きな声を上げるしかなかった。


「ふむ、雷属性とは珍しい。文献によると雷属性を持つ者はいずれも大賢者と呼ばれていた。水竜を倒すほどだ。卿も歴史に名を残す偉人となるのだろうな」


 追ってアーレスト王はステータスの詳細を知らされるも、頭を振るだけであった。数値化はされていないようだが、それでもクリエスの素質を目の当たりにできたことだろう。


「クリエス・フォスター、卿は誠の強者である。既にフォントーレス公王より爵位を与えられているそうだが、王国もまた水竜には手を焼いていたのだ。よって卿には充分な褒美を与えよう」


 ようやくとクリエスに褒美が与えられるらしい。壇上の王様へと目録のようなものが手渡され、王様がそれを読み上げていく。


「クリエス・フォスター、水竜討伐の褒美として金貨百枚を授ける」


 非常に端的で間違えようのない内容であった。

 しかしながら、聞いていた内容と異なる。アーレスト王国でも爵位を授かり、報酬は公国の比ではないと考えていたのに、金貨が倍増しただけだなんて期待外れであった。


 しばらくしてアーレスト王が続ける。けれども、追加の報酬というわけではなさそうだ。


「クリエス・フォスターよ、王国は貴殿に更なる褒美を与える準備ができている。だが、王国内の問題を解決してもらわねば、よそ者に異例の待遇を与えるわけにはならんのだ」


 クリエスは大臣から書面を受け取る。どうやら、それにはクリエスが立てるべき功が記されているようだ。


【地下神殿の調査】


 何やら不穏な感じがする。神殿ならばまだしも、地下であり内容は調査だ。問題がなければ調査を依頼するはずもなく、問題があったからこそ強者に委ねているはず。


「地下神殿というと街の中心にある古代遺跡でしょうか?」


「よく知っているじゃないか? 何てことはない古代遺跡だったのだが、最近になって魔物が地上まで漏れ出す事態となっている。兵を送り込んでみたのだが、地下二階には尋常じゃないほどの魔物が生息していたのだ」


 既に入り口は封鎖され、大勢の衛兵によって守護されているらしい。だが、スタンピードの可能性は現在も残っており、王国は手を焼いているのだという。


 少しばかり考えるクリエス。かといって怖じ気づいたということはない。単純にどれだけレベルアップできるかを彼は考えていたのだから。


「王様、それでしたら私が遺跡に入ります。資料にある通り、地下五階まで踏破すればよろしいですか?」


 クリエスの返答に、居合わせた者たちが騒ぎ出す。報告によれば二階層は視界を埋め尽くすほどの魔物がいたというのに。


「頼めるか? もしも卿が最下層まで到達し、魔物を殲滅してくれたのなら所領を与える用意がある。これは王国の危機なのだ。どうかデカルネの美しい街並みを守って欲しい」


 アーレスト王の話にクリエスはお任せくださいと返している。大量に魔物がいるのであればレベルアップが狙えるし、危なくなったとして使い魔や悪霊の二人が控えているのだから。


 依頼を受け王城をあとにしたクリエス。勝手知ったるデカルネの街を悠々と歩いて行く。


『婿殿、安請け合いしおってからに、妾の力を借りるつもりじゃろ?』

『貧の者は黙ってなさい! 旦那様は私の力をご所望なのです!』

『なんじゃと!? 駄肉風情が大口を叩くな!』


「お前たち黙れ! 俺はレベルアップしようと考えている。魔物は俺が出来る限り倒す。お前たちはフォローしてくれたらそれでいい」


 クリエスは悪霊の二人を一喝する。災禍と呼ばれた二人なら遺跡の踏破はいとも容易いことだろう。しかし、クリエスには目的があり、それは彼自身が剣を振って魔物を倒すしか成し得なかった。


『主人様、私も召喚されないのでしょうか?』

「チチクリは遺跡に入ってから召喚する。でも、問題が起きるまで手出し不要だぞ?」

『承知しております』


 チチクリは聞き分けが良い。悪霊の二人にも見習って欲しいところだが、彼女たちもクリエスの命令ならば基本的に言うことを聞く。もう一方の悪霊とそりが合わないだけだ。


 程なくクリエスは古代遺跡へと到着していた。衛兵に王の書面を見せ、厳重に包囲された壁の中へと入っていく。何の準備もしていなかったけれど、強力な仲間がいるクリエスは不安など微塵も感じていない。


「さてと、問題は二階層からだったな……」


 入り口から階段を降りた先が一階層である。ここは衛兵でも対処できたエリアであり、仲間の力を借りずとも戦えるはずだ。


 クリエスは生活魔法である照明魔法を唱えた。魔力に関しては強大な悪霊が憑いているので少しも気にしていない。


『婿殿……』


 クリエスが剣を抜いたところでイーサが何やら話し出す。重々しい口調はこの先に何か脅威を感じ取ったのかもしれない。


『妾はこの場所を知っておる……』


 ところが、魔物の気配を感じ取ったわけではないらしい。どうやら彼女は千年前にこの場所を訪れたことがあるようだ。


『元々、この場所は何もないとこでの。ツルオカを追いかけていた妾は遺跡に入って休んでおったのじゃ』


 どうやらツルオカをストーキングしていた頃の話であるらしい。イーサは遺跡で休憩を取っていたとのこと。


『妙に神聖な空気じゃったからな。落ち着かなくて妾が生成したオーブを最下層に置いたのじゃ……』


 もう既に嫌な予感しかしない。イーサは闇属性であるだけでなく、災禍と呼ばれた魔王候補である。そんな彼女が作りだしたオーブがまともなはずもない。


「おい、そのオーブがコアになってダンジョン化したというつもりか?」


『恐らくはその通りじゃろう。目一杯の魔力を注いで生成したからな。かぐわしい魔素がこの場所に充満するように……』

「邪気の間違いだろ?」


 クリエスは薄い目をしてイーサを見ていた。

 正直にイーサは問題ばかり起こしている。彼女がした善行といえばミアを溺死させたことくらいであった。


「なら何で今さら魔物事故が起きるんだ? 千年も前のことだろ?」


『まあ、オーブを守る守護者の契約が切れたからじゃろうな。千年間、オーブを守るように命じていたのじゃ……』


 邪悪なるオーブが発する魔素により、魔物が産み出されているのは確実だ。イーサによるありったけの魔力など災害でしかないのだから。


「とんでもない魔物を配置したんだろ?」

『大したことはないぞ? 配置した魔物は元々妾に仕えていたものじゃし……』


 イーサの話は当てにならないけれど、一応は聞いておく。


「害はないのだろうな?」

『疑り深いのおぉ。ただの犬ころじゃよ……』


 魔王軍に与していた魔物。本当に犬なのかどうか不明である。


『頭が三つあるだけじゃて……』

「それケルベロスだからな!?」


 犬ころと聞いて安心したのも束の間、クリエスは彼女が災禍であったことを思い出す。ケルベロスといえば地獄の門番として有名な魔物であった。


「しっかし、ケルベロスを大したことはないなんて……」

『実際に妾の軍勢にいた頃は大した役割を持っておらんなんだ。犬ころは間違いなく妾に仕えていたのじゃがな……』


 イーサが続ける。彼女が側に置いていたケルベロスの役割について。


『バター犬としての……』

「最低な役割!!」


 地獄の門番だぞ、と思わず大きな声を上げてしまう。サキュバスであるから仕方ないのかもしれないが、流石に下品すぎるとクリエスは思った。


 ケルベロスは小国なら一頭で壊滅させるほどの戦闘力がある。それをバ○ー犬だなんて、とてもじゃないが信じられない。


「それで契約期間が過ぎたのだっけな。ケルベロスが野放しとか厄介だな……」


『まあ忠犬じゃから、五階層におるとは思うぞ。あやつは妾の感情を読むのが得意じゃったからな……』


 イーサは懐かしげに目を細め当時を振り返っている。


『舐めて欲しいときには必ず側におった!』

「猥談とか聞きたくねぇ!!」


 まあ彼は職務を遂行しただけだ。クリエスはそう思うことで、心の平穏としている。


「それで俺はケルベロスとどう戦えば良い? ケルベロス級の魂なら、かなりレベルアップできそうだけど」

『やつは好戦的な性格ではないからの。妾の顔を見るや尻尾を振って寄ってくるだけじゃろう』


 襲いかかって来てこそ、思い切り戦えるというもの。ペットの如く再会を懐かしむようなら、クリエスは罪悪感によってケルベロスと戦えない。


『舐めに来るじゃろうなぁ……』

「ぶった斬ってやんよ!!」


 もう情けをかけるような気持ちは消え失せた。エロ犬は抹殺すべし。輪廻に還して浄化させるしかないと思う。


『旦那様、ケルベロスが相手であるのなら、甘いものを用意する方が良いですよ? ケルベロスは甘味を食べている間に始末するのが定石です』


 意外にも脳機能がぶっ壊れているミアからまともな話がある。彼女なら正面から戦うはずなのに。


「甘味なんて買ってねぇよ……」


 ところが、クリエスは甘いものの持ち合わせがない。仮にあったとして、シルフにあげていたことだろう。


『ああっ!!』


 どうしてかイーサが大きな声を上げた。霊体である彼女だが、甘味に心覚えがあるのかもしれない。


『妾の蜜は甘いのか!?』

「淫語やめろ!!」


 どうしてもエロ方向へと向かうイーサに釘を刺し、クリエスは剣を抜く。


『旦那様、フォローはお任せください。いざとなればこの遺跡ごと破壊しますので……』

『犬ころには動くなと命じるので楽勝じゃぞ』


 どうにも緊張感がなくなってしまう。彼女たちの凶悪ぶりは既に知っているけれど、初めてダンジョンに挑むのだ。クリエスは気合いを入れようとしていたのに。


「お前らなぁ、大人しくしとけよ? 階層が浅い場所は魔素濃度が低い。弱い魔物しかいないのだから、黙って見ておけ」


『了解しました。旦那様の勇姿を目に焼き付けます』

『妾も応援に徹するのじゃ!』


 本当かどうか分かりかねるところだが、とりあえずは彼女たちも見守ってくれるようだ。ならばクリエスは魔物を倒すだけ。レベルアップしていくだけであった。


 一階層の魔物は街道に出る魔物と大差ない。割と数がいたけれど、クリエス一人で問題はなかった。だがしかし、二階層に降りるや、雰囲気は一変する。


「何だこれは……?」


 明らかに魔物の質が変わっていた。まだ苦戦するほどではないけれど、悠々と進むことができないほどの魔物が生息しており、息つく暇もなくクリエスは襲われてしまう。


 とりあえずは二階層も踏破し、何とかクリエスは三階層へと繋がる階段の手前まで到達している。


『婿殿、これはちとマズいことになっておるやもしれん』


「何だ? ゴブリンやコボルトが群れたところで俺の敵ではないぞ?」


 一応は二階層を掃討したクリエス。荒い息を整えながらイーサに問いを返している。


 まだ余裕があったのだ。ミスリルの剣は切れ味抜群であったし、ステータスアップにより、二頭を一振りにて仕留めることができている。だからこそ、イーサが危惧していることをクリエスは理解できない。


『ダンジョンの性質上、弱い魔物は追いやられてしまうのじゃよ』

「んん? てことは三階層へ進むとゴブリンとかではなくなるってことか?」


 確かに一階層にはホーンラットやスライムが現れていた。二階層の魔物は明らかに強化されていたと思う。


『まあ、そうなんじゃが、魔物の種類に惑わされてはならん。他者を殺め、進化していく魔物も多くいるじゃろう。何しろ魂強度には際限がないのじゃから』


「はぁ? 魂強度ってレベルだろ? 俺は今131になったところだけど」


『婿殿は数値化できるのじゃったな。魂強度とレベルというものは同じと考えて差し支えない。婿殿は131になったと言ったが、140で頭打ちになると思うか?』


 イーサの問いには首を振る。何しろイーサたちはレベル1000以上が魔眼により確定しているのだ。クリエスのレベルが140で打ち止めだなんて考えられない。


『じゃろ? つまりはレベル1万のゴブリンも存在する可能性がある。ならばレベル1のドラゴンとそれを戦わせてみるとどちらが勝つ?』


 レベル1でもドラゴンは驚異だ。かといってレベル1万のゴブリンなんて想像もできない。今し方、斬ったゴブリンはレベル6であったのだから。


『レベル1万のゴブリンが勝利するじゃろうな。魂強度は延々と上がっていく。素質はドラゴンの方が間違いなく上であり、ドラゴンが生まれたままの魂強度でなかったのならゴブリンに勝ち目はないじゃろう。しかし、魂強度を得ると格段に強くなるのじゃ。格の違いが成長率に影響を与えたとしても、常軌を逸したレベルに到達したのならば格下のゴブリンとて侮れぬ存在となる』


 頷くクリエス。確かにイーサだって元はサキュバスである。レベルが1000以上になった彼女は魔王候補にまでなっているのだ。つまりはスライムであってもレベルが1万に達した場合は明らかな脅威となるらしい。


「そういや、イーサはサキュバスなのに魔王候補になったんだっけ……」


 サキュバス族はドワーフやエルフといった種族よりステータスが弱い。下手をすれば人族よりも弱いかもしれない。そんな種族的ハンデがありながら、魔王候補になったのは全て彼女のレベルが異様に高かったからである。


『そういうことじゃ。見た目に騙されてはならん。婿殿、この先には間違いなく強者がいるはず。心して戦うのじゃ』


「忠告されずとも気を抜くつもりはない。それでお前は目星を付けているのか? 最下層にはケルベロスがいると話していたけど……」


 クリエスは質問を投げた。マズいことになっているという彼女は大凡の見当を付けているに違いないと。


『まあの。恐らく妾のペットは喰われてしもうたじゃろう。上階に弱者を追い払うような魔物がオーブから産み出されたに違いない』


「オーブってダンジョンコアになったお前の魔力魂だよな?」


『やたらと強い魔物が産み出されるはずもないのじゃがな。何しろ芳香剤代わりじゃし。まあそれで何か強者が産み出されたからこそ、弱者は追い立てられているのじゃ』


 理屈は理解できる。魔物が仲良く共存するはずもないのだ。ケルベロスを倒してしまうような魔物が現れたとすれば、ゴブリンやコボルトは上階へ逃げるしかなくなるはず。


「てことは調査書にあったスタンピードはあながち間違いじゃないってことか?」


『現状は問題なくとも、最下層の強者が動き出せばその限りではない。一瞬にしてパニックとなり、魔物が地上へと押し寄せるはずじゃ』


 魔物は基本的に魔素を好む。よって特別な問題が起きない限り、ダンジョンから出ようとはしない。ダンジョンコアはいずれのダンジョンでも魔素を放っており、上層へ向かうほど魔素濃度は薄くなってしまうのだから。


「ま、何が現れようと戦うっきゃねぇな。アーレスト王国の貴族なら公爵家も無視はできないはず。俺は必ずヒナと再会するんだ……」


 公爵家に取り次いでもらうため。クリエスはそれだけのために、アーレスト王の要請を引き受けていたのだ。公爵令嬢であるヒナに会うという目的を果たすためだけに。


『旦那様、無理をせずとも、私がいるではありませんか?』

『乳臭い娘ッ子なんぞ妾の魅力と比べれば月とスッポンじゃぞ?』


「お前らは触れねぇだろうが? 俺には死活問題なんだよ……」


 クリエスは巨乳のために生きているのだ。前世からずっと巨乳な彼女とイチャコラする夢を見ている。たわわな果実を持つ悪霊の二人ではあったけれど、見るだけだなんてクリエスには我慢できなかった。


「やってやんよ。こうなったらケルベロスでもドラゴンでも倒してやる……」


 クリエスは腹を括っている。巨乳に成長しただろうヒナを想像しては熱く滾る想いを抑えきれない。主に股間を中心として。


 三階層へと進むと、やはり魔物が大量に湧いていた。しかし、二階層と比較するなら、その数は間違いなく減っていると思う。


「オークまで湧くようになった……?」


『進化したものですら、三階層まで追い立てられているの。こうなると四階層に竜種がおっても不思議ではないのじゃ』


 仮に竜種が追い立てられているのなら、最下層には何がいるのか。少しも想像できなかったけれど、常軌を逸した魔物がいるのは確実である。


『しかし、街中にダンジョンが発生してしまうとはの……』

「明らかにお前のせいだからな!?」


 嘆息するしかない。前世の故郷がスタンピードに襲われるなど、クリエスに許容できる話ではなかった。少なからず知った人がいる。別人となった今でも、クリエスは明確に覚えているのだから。


「千年前は何があった? この場所には遺跡しかなかったのか?」


 イーサは遺跡で休憩したと話していたのだ。街があるのなら、わざわざ遺跡で休むだなんて考えないだろう。


『あの頃は毒の沼地じゃったな。妾には毒など効かんが、流石に気持ち悪くての』


 イーサが記憶を頼りに話すと、どうしてかミアがポンと手を叩く。


『ああ、そうでした! 古代遺跡を中心として街があったのです! たった今、思い出しましたよ!』


 どうやらミアはイーサが訪れるよりも前に古代遺跡の場所を訪れた経験があるらしい。アーレスト王国が建国された場所には街があったのだと。


「へぇ、その頃は今と同じように発展してたのか?」

『そこそこですね。降伏勧告に応じませんでしたので、巨大なヒュドラゾンビを5体ほど解き放ってやりました』


 再び薄い目を向けるクリエス。どうにも事の顛末を理解したような気になっている。


「おい、ヒュドラは猛毒を吐くだろ?」


『ほんの少しですよ?』

「いや、毒の沼地はお前のせいだろうが!?」


 ほんの少しという言葉の解釈が違いすぎる。巨大なヒュドラゾンビを5体も解き放てば瞬く間に一帯が毒化してしまうはずだ。

 どうやら、此度のスタンピード騒動は本を正せば狂気のハイエルフが原因。一帯を毒の沼地としてしまったせいで、イーサが遺跡で休むことになったらしい。


『旦那様、私はヒュドラゾンビを解き放ったあと、先に国へと戻りましたから結果がどうなったのか知らないのですよ。気が済むまで暴れたあと、住み処へ戻るよう命令しておりましたから……』

「確認の必要なんかねぇわ! 街が壊滅したのは確定事項だろうがよ!?」


 確信犯じゃねぇのかとクリエス。一体でも恐らく同じような結果になったと思う。

 まあ流石に狂気のハイエルフという異名を持つだけはあった。普段の会話から、すっかり忘れていたけれど、彼女はイーサと比べても遜色ない邪悪なのだ。


『婿殿、四階層は気を引き締めていけよ。いざとなれば妾が手を貸す』


 脱線話を切ったのは意外にもイーサである。責任を感じているのか、彼女はダンジョンと化した古代遺跡を踏破するつもりであった。


「ああ、分かってる。何が現れても俺は前に進む。お前のペットも強敵も俺が討つ。そして……」


 クリエスもまた踏破するつもりだ。

 障害の全てを乗り越えていくのだと心に決めている。


「ダンジョンコアは叩き割ってやんよ――――」

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