第031話 帰路にて

 東西へと伸びる街道まで到着したクリエス。ここから東へしばらく進めばフォントーレス公国の首都ネブラである。


「んん? あれは……?」


 地平線の先。争うような影があった。かといって粉塵が立ち籠めていて視界が悪い。


「確認してみっか……」


 クリエスは魔眼にて確認することに。すると魔物被害ではないと分かる。まるで戦争をしているかのように、人と人とが争っていた。


「チチクリ、お前は姿を消してくれ」

『婿殿、加勢する気か?』


「当たり前だ。どちらが悪いのか分からねぇけど、盗賊なら全滅させる」


 悪党であれば手加減する必要はない。もしも戦闘に善悪があるのなら、クリエスは善人の方につくだけである。


『旦那様、見たところ弱者しかおりません。旦那様であれば、双方を殲滅可能かと……』


「俺は正しい方につくだけだ。戦闘狂じゃねぇんだからな……」

『婿殿、どうやらディーテ教会の僧兵が戦っておるようじゃぞ?』


 悪霊の二人は遠目が効くのか、粉塵の中に見える戦闘をある程度理解しているようだ。クリエスには争っているくらいしか分からなかったのだが。


「マジ? じゃあ、相手は盗賊か?」

『ああいや、相手も僧兵じゃな。あの旗印は確か……』


 どうしてかイーサはディーテ教徒たちと敵対する勢力もまた僧兵であるという。ディーテ教以外にはシルアンナ教くらいしかアストラル世界にはなかったというのに。


 もし仮に事実であればクリエスは選択を迫られることになる。ディーテ教徒につくか、或いはシルアンナ教徒につくか。

 ところが、イーサが続けた話は予想し得ないものだった。ディーテ教徒と戦う者たちはシルアンナ教徒などではないという。


『ツルオカの紋章じゃ――――』


 ツルオカといえば千年前の勇者だ。シルアンナ曰く邪教の神となった者の名であろう。


『間違いない。あの紋章は奴が地平十字と呼んでいたものじゃ』

「なら俺はディーテ教団につく。手出しは無用だぞ?」


 走り出すクリエス。前世において司祭を務めたのだ。転生した今もディーテ教を信じているし、信徒たちが悪であるはずがないと考えている。


「加勢するぞ!」

「き、君!?」


 流石に僧兵は驚いていた。突如として少年が戦闘に加わったのだ。しかも、味方についてくれるだなんて想定外である。


「戦えるのか!?」

「戦えなきゃ加勢しねぇよ!」


 クリエスは果敢に斬りかかっていく。敵兵を次々と斬り裂いていった。優勢であったはずの邪教徒たちをクリエスは一人で切り捨てている。


「やるじゃないか!?」

「やっぱ、こいつらは邪教の僧兵か!?」


「敵はホリゾンタルエデン教団。邪神を崇拝するこいつらは我らだけでなく全世界の敵なのだ!」


 イーサの話に間違いはない。やはり敵兵はホリゾンタルエデン教徒である。狂気の目をして襲い来る様子からして、ろくなものではないだろう。


「でやあああぁぁっっ!」


 邪教徒ならば遠慮はしない。クリエスはものの見事に敵兵を仕留めていく。レベルアップのおかげか、敵の動きは止まったように見え、更には一撃にて鎧ごと斬り裂いてしまう。


 程なく戦闘が終了。クリエスが参戦したことにより、ディーテ教徒たちは襲いかかったホリゾンタルエデン教徒を返り討ちにできていた。


「君、助かったよ。もの凄い腕前だな?」


「いや別に。役に立って良かったよ……」


 シルアンナ教徒だと話せば話がややこしくなる。よって自身の話は伏せておくべきだろう。


「それで貴方たちはどこへ行こうとしてるんだ? 公国に用事?」

「俺たちはディーテ様の神託をレクリゾン共和国に伝える役目を担っている。デルクサイト皇国にも他の僧兵が向かっているんだ」


 デルクサイト皇国は共和国の北側にある小国。真っ先に改宗したレクリゾン共和国とは異なり、まだシルアンナ教徒の数は国民の半数ほどである。一応の国教はディーテ教会であったけれど、国内にはシルアンナの教会も点在しているという土地柄であった。


「いや、共和国の国教はシルアンナ教だろ?」


 女神たちは助け合っているのだが、生憎と人間は違う。大小を問わず異教徒との争いごとは世の常である。


「それも神託にあったんだ。どうやら世界は滅び行く運命にあるらしい。全ての種族が手を取り合って立ち上がるようディーテ様は仰っていた」


 なるほどとクリエス。アストラル世界の九割が信仰するディーテ教。よって彼女の神託は絶大な効果を発揮するだろう。


「それでホリゾンタルエデン教団は、やはりディーテ教団を敵と見做しているのか?」

「奴らはあろうことかディーテ様の存在を否定する教義を持っている。いわゆる地平信仰だ。最近になって力を付けてきて、こういった戦闘が各地で頻発している」


 村などを襲って女を攫っていくことも多いという。かつてツルオカが望んだ平らな世界をホリゾンタルエデン教団は構築しようとしているらしい。


「でも、平らな女神もいるだろ? えっと、女神シルアンナとか……」


 今も監視している彼女に悪い気もしたけれど、クリエスは疑問を口にする。ホリゾンタルエデン教団がディーテを否定したとして、世界には対照的な女神シルアンナもいるのだと。


「初代教皇であるツルオカの時代にシルアンナ教は存在していない。アストラル世界は一神教だったんだ。何しろ千年前の話だからな。ホリゾンタルエデン教団がシルアンナ教会をどう捉えているのか分からないのだが、我らは信託を彼らに伝えるだけだ……」


 思いのほか、対立には長い歴史があるようだ。シルアンナの胸を知るクリエスはホリゾンタルエデン教団が脅威と考えている可能性は低いと思う。


「とにかく助かったよ。俺たちは先を急がねばならない」

「いや、問題ねぇよ。俺は巨大な双山を愛する者の味方だからな」


 言ってクリエスは手を振った。懐かしさすら覚えるディーテ教の僧兵たち。立ち去っていく僧兵たちの背中に旅の安全を願っている。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ネブラへと戻ったクリエスは謁見の間へと通されていた。

 流石に集まった者たちは騒然としている。何しろクリエスは水竜退治に向かったのだから。


「クリエスよ、水竜はどうしたのだ? 逃げ戻ってきたように思うが……」


 やはりフォントーレス公王はクリエスが逃げてきたと考えているらしい。怪我がないどころか、彼は装備に汚れすらないのだからと。


「いえ、討伐しました」


 ざわつく謁見の間。どうにも信じられない話にクリエスは疑いの目を向けられている。


「言葉では証明などできんぞ?」

「もちろんです。アクアドラゴンの亡骸は持ち帰っておりますから。胴体は流石に取り出せませんので、頭部だけでよろしいですか?」


「何と! そちは水竜の頭部を切り落としたというのか!?」


 困惑する公王を放置して、クリエスは水竜の頭部を取り出して見せた。

 広々とした謁見の間であったけれど、水竜の頭部を取り出すと流石に狭く感じられている。


 居合わせた者たち全員が息を呑んでいた。

 あり得ない大きさ。綺麗な直線を描く切り口。胴体がどれほど巨大なのか少しも想像できなかった。


 公王ですら口を半開きにして呆然とする中、真っ先に口を開いたのはアナスタシア姫殿下である。


「流石はワタクシの婚約者です! クリエス様、不束者ですがどうぞよしなに……」


「待て、アナスタシア! 爵位は約束通り授けるが、結婚など許さんぞ!」


 ようやく公王は正気に戻ったらしい。姫殿下の爆弾発言が気付け薬となったようだ。


「しかし、お父様、クリエス様のような猛者を領地もない貴族とするだけで良しとするのですか? 彼は公国にとって非常に有益な存在だと思いますけれど……」


 アナスタシアの話には眉間にシワを寄せる。一代貴族の男爵位を授けたとして、領地もなければ縛り付けるようなものでもない。手を焼いていた水竜をソロで倒してしまうような強者を他国に取られるのは国益に反する。


「公王様、私には使命がございます。姫殿下のお申し出はこの身に余る名誉でございますが、私は旅を続けるつもりです」


 話がこじれる前にクリエスは本心を告げる。南大陸の小国に縛られるつもりはないのだと。

 この返答には笑みを浮かべるフォントーレス公王。クリエスの空気を読んだ発言に感謝しているかのようだ。


「そうか、ならば仕方がない。ただし、旅の道中も我が公国の貴族であるという自覚と責任を持つようにな。略式であるが、書面を用意するのでしばし待て……」


 アナスタシアが駄々をこねない内に公王は話を進める。通常であれば議会の承認やら面倒な手続きを踏むのだが、一代貴族であって公国に留まらないのならばと即座に爵位を授けるらしい。


 しばらくして大臣らしき男が戻ってきた。大層な盾と書状を運び込んでいる。


 公王はそれを受け取り、内容を読み上げていく。やはり物流を滞らせていた魔物の排除に対する報酬として、一代貴族という爵位は適当なものなのだろう。諸侯たちの反対はなく、寧ろ拍手が送られていた。


「クリエス、アーレスト王への書簡を併せて授ける。水竜の亡骸はアーレスト王に献上して欲しい。充分な報酬が受け取れるだろう」


 フォントーレス公国はやはり小国であった。報酬は爵位と金貨50枚。二国が放置していた魔物の討伐にしてはささやかなものだ。けれど、公国は水竜の素材を全て返してくれたし、本命の王国で充分な報酬を受け取れとのことである。


「クリエス様、今よりも功を重ねていただきたく存じます。ワタクシは待っておりますので……」


 アナスタシアは目に涙を浮かべていた。今や彼女は完全に女難の効果を受けている。ろくな会話もしていないというのに、別れを惜しむだなんてあり得ないのだ。


「クリエス、これより其方はクリエス・フォスターと名乗ることを許可する」


 一代貴族に任命されたことで、クリエスは名字を得る。ただのクリエスではなく、フォスター卿として生きていくことになった。当然のこと、公国による押しつけがましい名字拝領であったものの、クリエスとしては待ち望んだことでもある。


「フォスター卿、これより其方は我が公国の一員である。所領のない其方はどこにでも自由に行き来できるが、公国に害のない行動を求む」


「承知いたしました。陛下の名を汚さぬよう精進いたします。此度の厚遇には感謝の念を禁じ得ません」


 これにてクリエスの簡易的な叙勲式が終わる。最後に公王から盾を授かり、クリエスは正式に貴族となった。


 公国に迷惑をかけない範囲内であれば、クリエスは自由であるらしい。男爵位を得たといっても中身は何もなく、書類で確認したとして納税の義務もなければ、国内に留まる規約もなかった。


 フォントーレス公王に礼をして、クリエスは謁見の間を後にしていく。

 次に向かうはアーレスト王国。前世で二十年と過ごした場所にクリエスは舞い戻る。ディーテ教の司祭ではなく、なぜか公国の男爵として……。

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