第027話 悪役令嬢と英雄
ルーカス王子との婚約を一夜にして破棄したヒナ。日々、追放されるその時を待っていたけれど、生憎と王城への呼び出しはなかった。
「どうなってますの? わたくしは王家に泥を塗った悪女だというのに……」
今度ばかりは間違いなく追放だと考えていた。何しろ王子に暴言を吐いたレベルではない。王家も親しい人には伝えていただろうし、贈り物も用意し始めていたことだろう。場合によっては諸外国への報告も済ませていたかもしれないし、撤回は簡単な事務仕事で終わるはずがなかった。
堪らずヒナは父であるテオドール公爵と話をしようと書斎へと向かう。夢にまで見た婚約からの破棄追放ルート。今回を逃してなるものかと彼女は息巻いていた。
「お父様!」
珍しく大声を上げながら書斎に入ってきた娘に、公爵は相変わらずユルい表情を見せる。
「どうしたヒナ? 今日の鍛錬は終わりなのか?」
公爵はヒナの話を疑っていない。ディーテ神より神託があり、ヒナの寿命が十八歳になる前日までだという話を。
「いいえ、そのような話ではありません! どうして、わたくしは追放されないのでしょうか!?」
バンと机を叩いてヒナは訴えている。旅立ちの日は悪役令嬢らしく、ひっそりと逃げるように街を出て行くつもりだった。従って彼女は予定と異なる現実について問い質す。
「ああ、その話はなくなった。ヒナの事情を王家は理解してくれたのだ。ちょうどエバートン教皇に神託があったそうでな。教会はヒナが聖女になるべき存在だと言って、追放に猛反対したのだ。また神託にはヒナの運命についてもあったらしく、お前が語った内容に嘘はないと証明されている」
「そんな……?」
ふらつきながら頭を抱えるヒナ。計画が水の泡となった現状を嘆いている。
確かにディーテは神託にて根回ししておくと話していたけれど、最悪のタイミングでそれは伝えられてしまったようだ。
ようやく追放されると考えていたというのに、蓋を開けば婚約話が立ち消えしただけであるらしい。
「お父様、わたくしは追放されないのですか……?」
「本当に良かった。私も覚悟していたのだがな。あとはヒナが運命に抗い十八歳の誕生日を迎えるだけだよ……」
目眩を覚えてしまう。眉間に指を当て、ヒナは大きく息を吸い込む。
一体何の因果なのだろうと思わざるを得ない。千載一遇のチャンスであったけれど、婚約破棄から追放ルートは明確になくなってしまった。
落胆したヒナは公爵に返事もせぬまま、フラフラと部屋を出て行く。
パタンと扉を閉め、溜め息を吐いた。どうしてこうも上手くいかないのかと。
「これ以上ない追放のチャンスでしたのに……」
ここ数日、追放されたあとの日々について妄想していた。各地で石を投げつけられたり、言葉にするのも憚られる汚い言葉を浴びせられたり。
悪役令嬢として生きるシミュレーションをヒナは脳内にて繰り返していたのだが、それらは無駄に終わってしまう。
世間から疎まれようと強く生きる。ヒナは覚悟していたというのに、結果は安穏とした公爵令嬢生活が続くだけのよう。
「もう旅立ちましょう……」
ヒナは決意をする。最近はステータスも伸びないし、ディーテが話していたように、基礎値の上昇はそろそろ限界なのだろう。旅をしながらレベルを上げ、ステータスをプラスしていくべき頃合いだ。
「クリエス様……」
天界で会っただけの人。もう顔もあまり思い出せなかったけれど、今でも彼の言葉が脳裏をよぎる。激しく感情をかき乱されたあの台詞。ときめきを覚えた命令にも似た言葉だけは忘れられない。
悪役令嬢になれないのなら、彼に会いたい。漫画で読んだような世界の救世主。彼と共に英雄になりたいと願う。
「お嬢様、こんなところにいらしたのですか? 剣術稽古の時間ですよ?」
廊下で溜め息を吐いていると、師匠兼専属メイドのエルサがヒナを捜してやって来た。
彼女の問いに小さく頷いたヒナ。決意を早速と実行するべきだと思う。
「エルサ、旅に出ましょう!」
「はいぃ?」
唐突な話に戸惑うエルサ。しかしながら、長年ヒナの天然ぶりと付き合っている。だからこそ彼女は深読みをし、それに従い返答としていた。
「いよいよ、そのときが来ましたか。私の準備は滞りなく……」
常々、旅立つことになることをヒナは伝えている。よってエルサは困惑しながらも、彼女の意を汲んでいた。
「ええ、南大陸を目指します。わたくしは今よりもずっと強くならなければなりません」
ヒナの制約についてはエルサも知っていた。幼い頃からストイックに鍛え上げていたヒナが不思議に思えていたけれど、制約について聞かされてようやく得心している。
「ここに白金貨が千枚ございます。旅の準備をお願いしてよろしいですか?」
「小国でもお買い上げになるおつもりですか? 旅の準備など金貨が数枚あれば充分です」
相変わらず白金貨単位でしか考えないヒナにエルサは溜め息を吐くが、旅立ちが冗談ではないことを知らされている。ならば、主人が望むままに旅の準備を始めようと思う。
「私が出来る限りサポートいたします。お嬢様には必ず成人となっていただきますゆえ」
この歳まで一人で抱えていたなんて、頭が下がる思いだ。幼い頃であれば、親に泣きつくような未来を知らされていたというのに、ヒナは今までずっと強くあったのだから。
「お願いします。わたくしは悪役令嬢として、十八歳も二十歳も生きたいと考えております」
「悪役令嬢はどうか分かりませんけれど、可能な限り助力いたします。ヒナ様はアストラル世界の希望です。使命の途中で失われてはなりません」
エルサの話に頷くヒナ。彼女も失われるつもりなどないらしい。
今回の人生は完走すると決めているのだ。家族や友人を悲しませないためにも。
「エルサ、世界を救いましょう!」
大きすぎる目標だが、平然と口にする。ヒナが寿命を全うするには制約を遂げるだけでは駄目なのだ。魔王や邪竜を討伐し、世界に平穏をもたらせた先にしかそれは存在しない。
けれど、今さらである。そんなことは転生前から分かっていたことだ。よってヒナは凜々しく微笑んで、何の不安もないことをエルサに訴えるだけであった。
頷くエルサにヒナもまた頭を上下させる。
決意のままに動き出す時が訪れたのだと……。
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