第024話 女神たちの考察

 エンジェルゲートにある下界管理センター。大きな部屋に三人の女神が集まっていた。


「本日は今後の対策について話し合いましょう。既に魔王候補が北大陸のデスメタリア山の麓に出現し、更には邪神注意報が発令されたからです」


 ここはディーテの業務室。見習いであるポンネルはいつも一緒にいるけれど、今日はシルアンナにも招集がかかっていた。


「まずはワタシから。ホリゾンタルエデン教団の足取りについてですが、どうやら北大陸に教会本部を設立しているようです。各地に支部を構えており、攻勢を強めております」


 ホリゾンタルエデン教団は千年に亘り地下活動を続けてきた。最近になって、ようやく動きを活発化させている。これまでは少しも足取りが追えてなかったものの、皮肉にも行動を起こすようになったせいで本拠地の場所を特定できつつあるようだ。


「詳細は分からないのでしょうか?」

 シルアンナの問いには頷きが返されている。北大陸にあることだけは突き止めたらしいが、ディーテ教のネットワークをもってしても未だ本拠地は掴めていないとのこと。


「あとヒナは聖女になることを承諾してくれました」


 続けられたのはクリエスに取り憑いた悪霊対策について。それはシルアンナが聞いていたようにヒナが聖女となり、クリエスの悪霊を祓うこと。シルアンナは説得できないと考えていたけれど、どうやらディーテはヒナと合意したらしい。


「よくヒナを説得できましたね?」

「まあ説得というか、あの子は聖女になっても生きるつもりらしいわ。必ず制約を遂げるのだと話していました……」


 意外な話であった。とはいえ、聖女を巡る問題の結末はヒナが渋々同意したかのように感じる。生への執着を残しては中途半端になり、全てが失敗するような気さえした。


「聖女へのジョブチェンジに失敗するということはないですか?」

「問題ありません。ヒナは自身の言葉を違えない。必ずや責任を持って遂げてくれるはず。彼女なら優先順位は見誤らないでしょうし、ワタシはヒナが両方を成し遂げてくれると信じておりますから」


 ディーテが信じるのであれば、シルアンナは口を挟めない。主神が了承したことに異論を唱えるなんてできるはずもなかった。


「悪霊の話でしたら、私からも一点……」

 ここでシルアンナが手を挙げる。悪霊の話であれば彼女にも報告すべき内容があった。それはヒナの話を聞いたクリエスのことである。


「クリエスにはヒナが制約を遂げられないだろうという話をしています。彼は女神の決定を良しとせず、自分自身で悪霊二体を祓うと話しております」


 天界での遣り取りから容易に想像できる報告であった。クリエスはヒナを聖女にさせまいと、自力で祓うと宣言したらしい。


「まあそうなるかもね。ヒナはクリエス君のタイプだったし……」


 ディーテは溜め息を吐く。シルアンナが現状を伝えたのは彼の主神として当然のことである。しかし、クリエスに余計な労力を強いるのは本意ではなかった。


「あとクリエスは前世で彼を刺し殺した女性、アリス・バーランドに会うとも話しております」


 続けられたのはアリスの話。脱獄をして国際指名手配中のアリス・バーランドにクリエスが会おうとしていることだ。


「ああ、彼女は脱獄したのだったかしら?」

「そうなんです。指名手配中のアリスに会って呪いを解いてもらおうとしています……」


 シルアンナが懸念していることはディーテにも推し量れた。脱獄したアリスは何か目的を持っている。その彼女と接触することなんて良案だとは思えない。


「呪いを解くには転生を告げるしかないわね。そうなるとどういう行動にでるのか……」


 今回は警戒するはずで、クリエスも使命を分かっている。だから余程のことがない限りは大丈夫だろう。しかしながら、前世の最後と同じ結末になる可能性は間違いなく残る。


「急所を一突きされてしまえばヒールじゃ役に立たないわね……」

「エクストラヒールはSSランクスキルですからね。アストラル世界の歴史において一人も習得しておりませんし……」


 エクストラヒールは最上級の回復魔法であり、致命傷をも癒やす力がある。だが、他の世界を見たとしても、女神から加護として与えられた者しか習得者などいない。


「それでシル、クリエス君の旅は順調なの? ヒナにもそろそろ旅立ってもらおうと思うのだけど……」


「悪霊二体が護衛しておりますから、今のところは問題ありません。ただし、またトラブルを引き寄せたらしくて……」


 シルアンナはつい先ほどの出来事を口にする。どう考えても女難が引き起こした邂逅について。


「実はシルフ・イードと出会ってしまったのです」


「んん? 二代目のシルフ・イードは北大陸にいるはずだけれど?」

 小首を傾げるのはディーテだ。どうやら彼女は四大精霊の居場所を知っているらしい。


「いえ、初代シルフ・イードです。つい先ほどフォントーレス公国で問題を起こして、共和国へと不法入国しております」


「ちょっと待って、シル! どういうこと? 初代はまだ生きていたの? というより大精霊に不法入国も何もないでしょ!?」


 流石にディーテも取り乱している。生きているのなら世界が新たな大精霊を生み出すはずがないのだ。失われたからこそ二代目が据えられたはずだと。


「それがベリルマッド六世という鍛冶士によって鎧へと封印されたらしいのです。クリエスの予想では火の大精霊サラも水の大精霊ウンディーも装備品に封印されただろうと」


 信じられないといった風にディーテは顔を振った。しかし、クリエスの予想は見当外れではないようにも思う。


「なるほど、千年前の大混乱は最終的に土の大精霊ノアの仕業であったのですね。それでシルフは鎧の装備者を乗っ取り、サラを探していると……」


 察しのいいディーテにシルアンナは頷きを返している。女難が引き起こしたトラブルは常々報告しづらいものばかりだ。


「それで怒り狂った大精霊と会ってクリエス君は問題なかったの?」


「ええまあ。シルフに出会ったのは確実に女難のせいですけど、戦闘にならなかったのも女難のおかげです。シルフはクリエスに好意的でしたから……」


「なるほど。ならば大精霊を封印した武具についての情報を収集しましょう。この千年で動きがなかったことを考えると、封印が解けかかっているのか、或いは人目に付く場所にはないはずです。仮に封印が解けて三体の元大精霊が全て怒り狂っていたのなら、世界は益々バランスを崩すことでしょう。それらの武具は速やかに回収し、教会で厳重に管理すべきものです」


 既に世界には二代目の大精霊が選定されているのだ。よって初代の三体が大地に放たれ、好きなように行動すると世界は大きくバランスを崩してしまうことだろう。


「そういえば辺境の村に妙な剣があるのですぅ」


 ここでポンネルが口を挟む。どうやら彼女は大精霊の武具と思われる剣に心当たりがあるようだ。


「ポンネル、それはどこなの?」


「南大陸の北端のドイナー村ですぅ。もっともドイナー村はホリゾンタルエデン教団に襲われて、廃村になってしまったのですがぁ」


 頭を抱えるディーテ。大精霊の案件はかなりの大問題であったというのに、既に邪教の手に落ちているとは想定外である。


「でも剣はまだ何ともないようですぅ。のちに村へと押し入った盗賊たちが普通に持って移動してましたしぃ」


 ポンネルの話から推測するに、どうやら大精霊の武具は封印が弱まることで、装備者を乗っ取る可能性があるようだ。シルフが突然動き始めたことにより、そういった予測が成り立っている。


「最後に生み出された魔王候補の情報ですが、どうやらケンタウロス族の一人が力を手に入れてしまったようです」


 最後の議題は誕生した魔王候補について。千年前はサキュバスがそのジョブを得ていたけれど、今回はケンタウロス族であるらしい。


「元々は善良なケンタウロスでしたが、彼は進化してしまいました……」


 シルアンナとポンネルは眉根を寄せる。ケンタウロス族は単体で完結している種族であり、進化先など存在しない。少なくとも女神学校ではそう習っていた。


「ディーテ様ぁ、ケンタウロスに進化先があったのですかぁ?」


「厳密に進化先ではないのですけど、彼は固有進化を遂げ、魂ランクを上げたのです。元々強者であったのですが、魔王候補になる要件を満たしてしまいました」


 どうやら突然変異であるらしい。進化したケンタウロスは特別な進化を経たという。


「まあなんというか、彼は絶倫でした――――」


 続けられた話にシルアンナは小首を傾げる。何の脈略もなければ、今は魔王候補について話しているのだ。


「確かにケンタウロス族は年中繁殖期ですけど……」


「そうなのですが、魔王候補は性行為を覚えるや人格が豹変し、手当たり次第に女性を襲い始めました。それはもう凄い勢いで。しかも襲われた女性が死ぬまで腰を振り続けたようです」


 魔王覚醒に殺害数は必須項目だ。よってケンタウロスも例に漏れず殺害を繰り返したらしい。


「それは何とまあ、激しいものですね……」


 少しばかり頬を染めながらシルアンナ。生命の存続に必要不可欠と知っていたけれど、相手が死ぬまで続けるなんて想像もできない。


「彼の性癖は完全に壊れました。ケンタウロス族だけでなく、周辺に住む魔族系の住人をも彼は蹂躙し、女性を我がものとしたのです」


「しかし、女性を手に入れるだけで魔王候補化できるのでしょうか?」


 素朴な疑問である。ケンタウロスは上半身が人であり、下半身が馬。世界が生み出す魔物とは異なり、歴とした人種としてアストラル世界に存在している。高い知性と戦闘力を有していたけれど、急に魔王候補化するなんて想像もできない。


「確かに通常であれば脅威でもないのですが、とんでもないものと彼は結ばれてしまったのです。周囲に女性がいなくなったからといって……」


 そういえば千年前の災厄イーサ・メイテルは竜神の魂強度を奪い取り魔王候補化したのだという。この度も神格相当の力を取り込んだのだと思われた。


「それは何でしょう? この千年で世界はまだ神格相当の存在を大精霊以外に産みだしておりませんよね?」


「ええまあ、そうなのですが、彼は性欲に任せて、あり得ないものと繋がってしまったのですよ……」


 シルアンナにはまるで分からなかった。神格相当の存在が世界にはいないのだ。ケンタウロスが魔王候補化するには神格相当の力が必須であるはずなのに。


 ディーテが重い口を開く。彼女としても伝えにくい内容である感じだ。


「あろうことか竜穴と結ばれました――――」


 一瞬の間があく。原因を告げられたシルアンナは眉根を寄せるしかない。


「竜穴ですか……?」


 既に生物でも何でもなかった。地中には高濃度魔素を循環させる竜脈があり、地上に漏れ出す穴が各地にある。

 竜穴は魔素が吹き出すための穴であり、何とケンタウロスは強大な性欲に従ってその穴と結ばれてしまったらしい。


「通常なら高濃度魔素に肉体が耐えられず、即死するところですが、彼はいきり勃つアレで噴出する魔素を全て吸収し、行為の最中に上位種へと進化してしまったのです。そのせいでケンタウロス族としてはあり得ない魔力量を得てしまい、彼は魔王候補としての条件を満たしました……」


 高濃度魔素に耐える肉体へと進化したこと。ケンタウロス族が魔王候補になった理由は詳細を聞いた今でも理解が及ばない。


「進化を経てもまだ魔王候補である理由は……?」


「それも千年前と同じです。彼が望んでいないのか、若しくは魂強度不足でしょう。いずれにせよ魔王化は時間が解決してしまうでしょうね」


 現状では千年前のイーサよりも遥かに劣っているらしい。よってまだ覚醒にはある程度の時間が残されているとのこと。


「とりあえずはヒナとクリエス君に頑張ってもらうしかありません。大精霊の武具だけでなく、魔王候補についても。ホリゾンタルエデン教団に関しては各教会に通達を出すことにしましょう」


 一通り告げたあと、ディーテはため息を吐く。此度の警報は対応すべきことが多すぎたのだ。流石の彼女も疲れ果てた様子である。


「何とかアストラル世界に平和が戻ればいいですね……」


「ええ、頑張りましょう。ワタシたちは魂の管理者であり、世界の守護者でもあるのですから……」


 このあと今後の方針を確認し合ってから、急な女神たちの会議が終わる。


 千年前の悪霊から邪教ホリゾンタルエデン教団。更には魔王候補や邪竜、邪神と問題が山積している。かといって女神たちは導くだけだ。アストラル世界が未来にも存続し続けるようにと……。

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