第022話 旅の目的

 紅盗賊団を一網打尽にしたクリエス。レベルアップに加えて、戦利品を得ようと魔眼で突き止めたアジトへとやって来た。


『婿殿、なぁんもないの? しけた盗賊団よなぁ』

『本当ですね。銀貨が三十枚しかありませんし、ゴミばかりです』


 アジトは木造の一軒家であったが、部屋は二つしかなく、盗品も乱雑に置かれているので価値があるとは思えない。


「まあでも、魔眼の鑑定で価値あるものを見つけよう」


 アイテムボックスというギフトがあるのは本当に助かる。重さを感じなかったから、とりあえず回収しておけば少なからずお金にはなるだろう。


「短剣ばっかりだな。あとは……」


 ここでクリエスは発見する。価値がありそうな古い魔道書を。


「これなら高く売れそうじゃないか?」


 表紙には暗黒魔法と書かれている。革製の背表紙がボロボロになっていることから、かなり古い魔道書なのだろうと思う。


『む、婿殿……?』

 ここでイーサが小さな声を上げた。彼女は何やら驚いたような表情である。


「何だ? まさか呪われてるとかいうなよ?」

『ああいや、そういう意味じゃない……』


 まるで意味が分からない。必要以上に驚いているイーサが何を考えているのか。


『それは妾の日記じゃ――――』


 イーサの話にクリエスは目が点になってしまう。表紙には間違いなく魔道書と書かれていたというのに、イーサの日記だなんて意味が分からない。


「日記? 表紙の文字はあとから書かれたものか?」


『そうじゃろうな。ベヒーモスの革をなめして作らせた日記帳に間違いない』

「まぁた大層な怪物の素材だな……」


 開いてみると見たことのない文字が並んでいる。挿絵があることから、絵日記なのだとクリエスは思う。けれども、内容は全く理解できないものだ。


「なんて書いてあんだ?」

『あーこれは何だ。いわゆるその……』


 何だか照れくさそうなイーサ。どうしてか彼女らしくなくモジモジと恥じらっているようだ。


『男漁り日記じゃよ!』

「もっと恥じるべきだ!!」


 完全に黒歴史じゃねぇかとクリエス。どうもイーサは襲った男の感想やらを日記としてしたためていたらしい。


「中身を知ると、この人体図も生々しく見えるな……」


 何かの呪印が人体に施されたような絵と謎の文字。それらはイーサが男の特徴を描いて、感想や得点を記しただけである。暗黒魔法とのタイトルは恐らく解読できなかった者が勝手に名を付け、高額で売れるように付けただけだと考えられた。


「あれ? そういえば……」


 ここでクリエスは思い出した。そういえばイーサは目を付けていた男にショック死させられたのだ。またそれは勇者ツルオカではないかと考えられている。


「おいイーサ、お前をショック死させた男の記述はあるのか?」


『もちろんだとも! 最後の日は記述などないが、あの男はかなり前から目を付けておったでの。色仕掛けの対策としてあらゆる方向から情報収集をし、考察やら予想される反応まで細かく明記しておるわい!』


 計画的なのは良いことだが、目的は男漁りである。さりとてイーサはサキュバス族であったのだから仕方のないことかもしれない。


 クリエスには読めないのでイーサに目的のページを探してもらう。特に分厚くない日記であったものの、どうやら魔術が施されており、ページは無限に続いている。


『あった! これがあの男を初めて見たときの日記じゃな!』


 イーサによると今から千年と少し前だという。やはり勇者ツルオカが召喚された時期と重なっている。


『いや懐かしいわい! まだ妾も純情じゃったなぁ……』

「へぇ、これは何て書いてあるんだ?」


 当時を懐かしむイーサにクリエスが聞く。共通言語で書かれていない日記は秘め事をするのに適していたのだろう。

 照れるようなイーサを見ると、聞かずとも初恋云々の話であると分かった。


『アレの長さじゃ!』

「純情の意味を調べてこい!」


 溜め息しかでない。サキュバスは何処までもサキュバスであるようだ。この先が思いやられる内容であった。


「てことは、ずっとお前の性的調査が綴られているだけか?」

『そうでもないぞ? あやつの装備やらを模写したりもしたのじゃ』


 そういえばクリエスはツルオカの剣らしきものを手に入れていた。本当に勇者が使用していた愛剣なのかどうか知りたく思う。


『えっと、どこじゃったかな。そんなに後ろではなかったはずじゃ。こうなると[愛剣]でページ検索した方が早いかもしれん……』


 パラパラとページを捲るイーサ。途中にある人体模写の数だけ漁ったのかと考えると溜め息しかでない。

 諦めたのかイーサは魔術に頼ることに。[愛剣]と唱えて彼女はページ検索を始めている。


『むぅ!?』

「お、このページか? ってか、これは剣なのか?」


 検索が終わってページが表示された。長くはあったけれど、その絵はどう見ても剣には見えない。絵が下手クソなのかもとクリエスは思った。


『いやすまん。別のタグ(付箋)設定に引っかかったみたいじゃ。つまりこれは……』


 どうやら間違いであるらしい。イーサはタグ設定に失敗して違う何かの絵を喚び出してしまったようだ。


『あの男のアレ[愛剣]じゃな……』

「淫語でタグ付けすんな!?」


 どうにもテンポ良く進まない。もう興味も失せかけたところで、

『あったぞ、婿殿! これこそがあやつの愛剣じゃ!』

 期待せずに見てみると、そこには確かに長剣の絵が描かれていた。


「これは……?」


 ゴクリと息を呑んだ。クリエスが買った剣とよく似ている。剣の形から柄の模様まで瓜二つ。何より剣の腹にある銘が謎の文字で刻まれており、見たところ同じものとしか考えられない。


【ツルオカ――――】


 見比べても同じ文字だと感じる。どうやらイーサの記憶違いということはなさそうだ。それは見間違えるほど複雑な銘でもなかったのだから。


「イーサ、お前はツルオカについて何を知っている? この男は世界に破滅をもたらす邪神として復活するらしい」


 ショック死させられた相手だが、イーサが気にしていた男でもある。よって彼女が裏切るような可能性を否定できない。従ってクリエスは彼女の真意を問うしかなかった。


『ツルオカはのぉ……』


 重い口ぶりはやはり気乗りがしないからだろう。邪神だとしてもイーサは復活を願っているのかもしれない。


『とにかくアレがデカい!』

「もう分かったからソレ!」


 この分だと特に後ろ髪を引かれているということはなさそうだ。率直な印象を最初に口にしたのだ。イーサが思案する様子にも誤魔化す素振りはない。


『まあ妾とて多くは知らんのじゃ。何しろ光属性であったからの。淫夢を見せることすら叶わなんだ』


 どうやらツルオカは光属性の魂であったらしい。それが邪神となるだなんて皮肉な話である。


「おい、俺も光属性だが、普通に取り憑いているだろ? 淫夢も強制視聴させられるし」

『婿殿もなかなかじゃが、あやつは格が違うぞ。まともにやり合ったのなら、妾とて相当苦労したはずじゃ』


 イーサの口ぶりによると彼女は勇者よりも強かったかのように感じる。しかし、実際のところは言霊というスキルによってショック死させられていた。


「コロっと負けたくせに勝てるだと?」

『まあ手段を選ばなければじゃ。大陸ごと海に沈めるとかの……』


 聞けばツルオカは相当な猛者であったらしい。同じ転生者であるけれど、勇者というハイレアジョブを持つ彼はクリエスよりもずっと強かったのだろう。


「他に何か知っていることはないか?」

 情報収集を続ける。最終的な敵が邪神ツルオカであるのなら、少しでも情報を得ておくべきだろうと。


『夢に入り込めんかったからな。妾は詳細を調べられんかった。じゃから、実体で籠絡してやろうと、あの泉で休んでいるところを襲ったのじゃ』


 そういえばイーサは実力行使に出て返り討ちに遭ったのだ。サキュバスであるというのにスタイルを馬鹿にされてショック死する羽目に。


『まあでも、最後の会話はよう覚えておる……』

 ところが、イーサは接触した折りの情報を持っているらしい。ツルオカを誘惑したときには会話があったという。


『あやつは妾を軽蔑の眼差しで見ておった。美しい妾の裸体を目の当たりにしても!』

 当時を思い出したのか、イーサはグヌヌと怒りが込められた声を上げる。忌々しい記憶は千年が経過しようと何も変わらない。


「脱線するな。情報だけ話せ……」

『婿殿、妾はナイスバディじゃろ!? 欲情するじゃろ!?』


「ああ、悪霊じゃなかったなら凄く良い女だ……」

『婿殿ォォッ!!』


 慰められたイーサはクリエスに抱きつこうとするも、霊体である彼女はすり抜けていくだけである。


『ああ、受肉したいのじゃ! 婿殿と組んず解れつ……』

「さっさと話を続けろ!」


 受肉されては堪ったものではない。ディーテ曰くクリエスに取り憑いている今こそが祓うべきとき。千年前の魔王候補が復活だなんて、世界はより一層バランスを崩してしまうことだろう。


『うぐぅ……。あやつは冷酷な目をして言ったのじゃ。アストラル世界を破壊し尽くし、女神から世界を解放するのじゃと……』


 ろくな情報が聞けないかと思いきや、意外にも中身があった。

 ディーテの指示を少しも聞かなかったというツルオカはどうやら女神ディーテに不満を持っていたらしい。一神教であった当時のアストラル世界。ディーテを排除し、神になることを生前から企んでいたのかもしれない。


『妾のスタイルを存分に否定したあとのことじゃ。既に妾の心臓は鼓動を止め、意識が失われる瞬間のこと。あやつは確かに言ったのじゃ……』


 語られるのは悪霊になる直前の会話。イーサは最後に聞いたらしい。



『この世界は穢れている』――――と。



 穢れのない世界などあるはずがない。ディーテ教もシルアンナ教も目指すところは世界の安寧であったのだが、生憎と勇者ツルオカにその教義は伝わらなかったようだ。


「ツルオカってやつは生前から世界を破壊するつもりだったのか……」


 こうなるとホリゾンタルエデン教団の行動が見えてくる。彼らは世界を破壊し尽くしたのち、再構築するつもりなのだろうと。


『婿殿、どうするつもりじゃ?』

 ここでイーサが聞いた。決意に満ちた表情を見せるクリエスに。


「世界は穢れてなんかいねぇよ。ツルオカは目が腐ってんじゃねぇか? いつも世界は光に満ちている。いつだって美しい女神たちが微笑んでいるからな。だから、もし仮にホリゾンタルエデン教団が世界を破滅に追い込むというのなら、俺は女神の使徒として戦い抜くだけ……」


 クリエスは饒舌に語っていく。絶対に間違いないと思う。美しき女神たちが見守る

世界は穢れてなどいないはずだと。


「俺は救世の英雄にでもなってやんよ――――」


 澄んだ真っ直ぐな瞳はクリエスが本気なのだと知らしめている。英雄というジョブは勇者と並んで最高ランクの戦闘ジョブであり、クレリックから派生するかどうかも分からなかったというのに。


『フハハ、婿殿は男前じゃのぉ!』

『本当にご立派です! 旦那様は世界が求める英雄ですよ!』


 悪霊の二人も悪くないと考えているらしい。クリエスは大きすぎる風呂敷を拡げていたけれど、彼女たちはクリエスがそれを成すことを期待している感じだ。


 将来の目標を口にしたクリエスは徐に地図を取り出している。漠然とした目標を立てた彼であるけれど、そこまでの道のりは具体性に富んだものでなければならないのだと。


「まずは共和国からフォントーレス公国へと入る。そこから真っ直ぐにアーレスト王国へと向かうことにしよう」


 フォントーレス公国は独立国家であったものの、実質的にはアーレスト王国である。フォントーレス公爵を公王とする自治国。しかし、アーレスト王国の庇護下にあって上納金もキチンと支払っている。


 またアーレスト王国はクリエスが前世を生きた国であった。今となっては未練などなかったけれど、やはり懐かしく感じてしまう。最短ルートでもあるのだし、クリエスが避けて通る必要はない。


『そのあとは北西に繋がる道がありますね』


 南大陸の中央に位置するアーレスト王国。かの国から全ての街道が延びているといっても過言ではない。南大陸屈指の強国であるそこは地図上だけでなく、名実ともに南大陸の中心地であった。


「大深林越えはキツいけど、一応は街道として機能してるのか?」


『大深林は私の生まれ故郷ですので、ご安心ください! これでもライオネッティ皇国の第一王女ですから!』

「今や悪霊じゃねぇかよ……」


 アーレスト王国を超えた西側には二つの国があった。真っ直ぐ西へ抜けるとリンクシャア連合国であり、人族の一人旅でも問題はないだろう。しかし、ショートカット気味に北西へ向かうと、そこはアル・デス山脈の麓に拡がる大深林。ハイエルフが興したライオネッティ皇国の中である。


「まあでも斜めに動いた方が早いな。もう安全なんて考えてる時間はねぇし」


 一応は道が記されているのだ。南大陸の西端まではまだまだ距離があったけれど、直角に移動するよりもかなり短縮できるはず。


『ま、いざとなれば妾に任せるのじゃ。婿殿を死なせはせぬ!』

『私もです! 故郷である大深林を猛毒の沼地に変えてでもお守りいたします』


 やはり不安を覚えてしまうけれど、二人の声は心強くもあった。


 これによりルートが決定する。フォントーレス公国からアーレスト王国、更にはライオネッティ皇国へとクリエスたちは進むことになった。


 新たな敵が朧気に浮かび上がっていたけれど、臆することなくクリエスは旅を続けていく。天界でしたヒナとの約束を遂げるために。

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