第021話 追放されるには……

 ディーテに指示されたまま、ヒナは記憶を頼りにデザインした制服を十着ほど誂えていた。


 本当に着ているだけで昇格するのか分からなかったものの、スキルが機能しているのは間違いない。制服を着用すると、全ステータスが確かに20%アップしていたのだ。ならば十八歳以降も生きるため、ヒナは固有スキル[華の女子高生]が昇格することに懸けるしかなかった。


 あの日から朝の鍛錬は四時からとし、睡眠時間は三時間程度にまで削っている。夜は夜で神聖魔法を習得するために、ヒナは時間を費やしていた。


「お嬢様!」


 筋力トレーニングに精を出していたヒナにメイドのエルサが声をかけた。彼女は剣術の師匠でもあるのだが、筋力トレーニングにおいてはヒナが独自に行っている。前世の知識を有していたヒナは筋力アップに効果的な器具を職人に作らせていたからだ。


「何のよう? 朝食の時間にはまだ早くない?」


 まだ朝の六時である。プロテインの代わりとして挽いた豆のミルクジュースを飲んでいたので、正直にまだお腹は減っていない。


「いえ、それがまた王城から使者が来まして……」


 王家主催のパーティーに参加してからというもの、ことある毎に使者が屋敷までやって来る。それもなぜか王子からお茶のお誘い。ヒナは完璧に嫌われたと考えていたのに。


「断ってくれる? わたくしは忙しいの。追放してくれるならまだしも……」


「お嬢様、言っては何ですが、パーティーの折に会話が弾んだのではございませんか? 殿下はお嬢様が走り去ったあと顔を真っ赤にしておりましたけど?」


 それはヒナが知らない話である。確かに自分は王子を罵り、走り去ったはず。振り返りもせずに真っ直ぐ馬車まで向かったのだ。


「そんなはずないわ。わたくしは殿下に嫌われようと暴言を吐いたのです。好かれる話をした覚えなどありません!」


 ヒナはあの日の暴言を思い出しながら語るが、対するエルサは薄い目をしている。


「お嬢様はかなりズレておりますので、恐らく暴言とやらも殿下にとってはご褒美だったのでは……」


「わたくしは殿下に馬鹿と罵ったのですよ!? それで好きになるなんて、あり得ませんから!」


 エルサには分かっていた。言葉のチョイスはさておき、恐らくヒナは躊躇して小さな声で馬鹿と口にしたのだろうと。


「まあそれはさておき、もう五度目です。流石に一度くらいは王城へ赴かないことには宰相である公爵様にもご迷惑となるでしょう。男女の問題とはいえ……」


「殿下と男女の問題など何もありません!」


 ヒナの反応にエルサは溜め息を吐く。このところ以前にも増して身体を鍛え上げているヒナが何を考えているのか分からなかったのだ。公爵家のご令嬢であるのなら、王子に見初められることを優先すべきである。


「まあでも、しょうがありませんね。七時から食事をし、そのあと王城へと向かいましょう。わたくしには時間がないというのに、殿下の我が儘に付き合わなければならないなんて……」


 ヒナはルーカス第一王子からの誘いをずっと無視している。追放であればテオドール公爵共々登城を求められるはずで、ヒナだけが呼ばれるはずがなかったからだ。


「殿下と会話するにしても、わたくしの目的は濁して伝えなければいけませんね。流石に追放してくださいともいえませんし……」


 日課を全てこなしてから、ヒナは迎えの馬車に乗る。エルサを引き連れて王城へと向かうのだった。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ルーカスはヤキモキとしていた。それはそのはずパーティーの翌日から使者を何度も向かわせているというのに、ヒナが一度も登城してくれないからだ。


「もしかして嫌われていたのだろうか?」


 今さらに考えてしまう。確かに彼女は馬鹿と口にしたのだが、ルーカスはそれに悪意が籠もっていないと感じたのだ。寧ろ別れ際のはにかんだ笑みは愛情が込められているような気がしている。


「ああ、ヒナ……」


 日増しに募る想い。ルーカスはもうヒナのことしか考えられなくなっていた。

 長い溜め息を吐いていると、不意に部屋の扉がノックされる。


「殿下、ヒナ様がお見えになられました」


 突如として知らされる吉報にルーカスは思わず泣きそうになってしまう。


「早くお連れしろ! 丁重にな!」


 侍女に指示を出し、自身は鏡の前で身だしなみをチェック。迎えを送ったのは自分自身であったけれど、本当に会いに来てくれるとは既に考えられなくなっていたのだ。


「失礼致します」


 品のあるノックのあと、侍女が扉を開く。


 眼前に現れたのは紛れもなくヒナ・テオドール。あの日から何度も夢に見た光景であった。見慣れぬ服装ではあったけれど、感情を掻き乱されたルーカスにとっては些細なこと。彼は秘められし気持ちのままに声をかけている。


「ヒナ、会いたかったよ……」


 泣き顔か笑顔か分からぬ表情で出迎えてしまう。思わず抱きしめたくなっていたのだが、ルーカスは何とか理性を繋ぎ止めていた。


 対するヒナは追放を促そうと思う。全てを洗いざらいにぶちまけるのではなく、さりげなく伝えることで、ルーカスに追放してもらえればと考えている。


「殿下、わたくしはずっと(追放されることを)待っておりましたのに……」


 第一声はルーカスにとって意外な話であった。どうやらヒナは登城したくなかっただけ。

 彼女が注目を浴びたくなかっただけなのだと、ルーカスは推し量れている。


「そうかすまない。(ヒナも会いたいと考えているなんて)僕には想像できなかったんだ」


「いえ、わたくしこそ(婚約破棄の前に追放を求めるとか)浅はかな考えでした」


 侍女は退室するタイミングを失っていた。ようやく殿下に春が訪れたような気がして。初々しい若者の遣り取りに聞き入ってしまう。


「殿下、わたくしは十七歳になろうとしております。(婚約してから一年で婚約破棄するには)もう遅すぎると思いませんか?」


「そんなことはない! 遅すぎることなんてないぞ!」


 ヒナの話には直ぐさま反論がある。ルーカスは大袈裟に首を振って否定していた。

 しかしながら、ヒナは続ける。彼女は本心を告げていくだけだ。


「わたくしには(幼い頃に婚約をして嫌われるという)野望があったのです。でも、今やそれは叶わない……」


「ヒナ、君は(王妃として嫁ぐ)覚悟があったのかい? 僕は君がそこまで(地位や権力に)固執しているとは考えもしなかった……」


 傍目には成立している会話であったものの、それは確実に齟齬をきたしており、誤解の溝が深まっていく。


「もう(婚約解消ルートは)遅いのですよ。現状のわたくしには殿下とお会いし、(追放を)ご決断いただくという願いしかありません。それもまた遅すぎたのですけれど……」


「ヒナ、まだ遅くないよ。僕はこれでも第一王子だ。君が望むようにしてあげられる。たとえ父上が反対したとしても!」


 ルーカスは思う。今の今まで色恋沙汰に興味を示さなかったせいで、ヒナを悲しませていたのだと。


「確かに(追放だけなら)まだ間に合うような気もします……。本当にお願いできるのでしょうか?」


「ああ、任せてくれ! 鈍感だった僕を許して欲しい。償いとして僕は君が望む全てを用意すると約束しよう」


 ヒナが笑顔を見せるや、侍女が二人に拍手を送る。何が何だか分からなかったものの、ヒナは侍女に向かってありがとうと頭を下げてしまう。


「今日は殿下にお会いできて良かったです。あとはわたくしが頑張るだけですね?」


「僕も同じ気持ちさ。(他のご令嬢たちの嫌がらせとか)大変だろうけど、ヒナには頑張って欲しい。想いの強さで障害は乗り越えられるはずだ」


「(追放後の)大変さは存じておりますし、元より覚悟の上です。ルーカス殿下、どうぞよしなに……」


 天然ぶりを大いに発揮し、意気揚々とヒナはテオドール公爵邸へと戻っていく。

 思いもしない事態に発展するとは考えもしていないヒナ。ようやくと悪役令嬢として歩めるものと疑っていない。


 だからこそ、唯一得意としている悪役令嬢ロールを実行。左手を腰に当てて胸を張る。右手はさりげなく口元に添える感じ。王城の正門前ではあったけれど、ヒナは得意げに高笑いをするのだった。


「オーホッホ!!――――」



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