第020話 女難?

 北大陸の最北端。険しい山に囲まれた土地に大規模な集落が存在していた。


 集落の名はリベルという。ここは千年前に存在したという勇者ツルオカが土着の神となった場所であり、ここに集う彼らはツルオカを神として崇める者たちである。


 しかしながら、アストラル世界の主神はディーテであり、副神としてシルアンナがいる。土着信仰はその時々で生まれていたけれど、基本的に定着したり、世界に拡大していくことはなかった。


 ところが、ツルオカを神としたホリゾンタルエデン教団は彼の死後、千年も存在し続けている。秘密裏に信徒を集め、少しずつ力をつけてきたのだ。


 隠れ里リベルはホリゾンタルエデン教団の総本山。周囲を険しい山々に囲まれている立地は迫害の歴史が背景にある。ディーテ教しかなかった千年前に彼らの思想は共感を得ることなく、人目を憚るようにして生きるしかなかったようだ。


「我らの悲願は達成されるだろう。どうやら魔王候補がこの大地に産まれ落ちたらしい。ツルオカ様の神託通りに魔王はこの穢れた世界を破壊し尽くす。更にはツルオカ様は邪竜という強大な存在の復活も預言されている。全ては世界が穢れておるからだ。従ってツルオカ様はこの大地を浄化すべく世界に降臨されるだろう」


 信者を前に語るのはペターパイ教皇である。彼はツルオカ神の神託を受ける唯一の存在であり、信徒たちにその内容を伝える役目を持つ。


「どうやら邪教徒に聖女が現れたらしい。しかし、報告によると穢れているようだ。やはり我らはかの教団と相容れない。今こそホリゾンタルエデンの思想を全世界に知らしめるときだ。これより我らは今まで以上の活動を始める。最高神ツルオカ様の復活に向けて動き出すときなのだ!」


 世界から隔絶した立地に総本山を構えるホリゾンタルエデン教団であるが、世界中で支部と呼ぶべき地下活動をしており、異教の情報収集は常に行っていた。


「最高神ツルオカ様の復活には贄となる魂があと幾万と必要らしい。最高神ツルオカ様が再びアストラル世界へと降臨される日がくるように、我らは贄を捧げて祈るしかない。ツルオカ様はかつて仰った。この大地に降臨する折には全ての凹凸をならし、地平の彼方まで見渡せる楽園を築き上げるのだと。つまりはツルオカ様が復活なされるとき、我らが期待する地平の楽園ができあがるのだ。今こそ我らは立ち上がるべき! 穢れたこの世界を浄化してやるのだ!」


 ペターパイ教皇の演説染みた話に信徒たちが喝采の声を上げる。世界の浄化を教義としてきたホリゾンタルエデン教徒たちは最高神と崇めるツルオカの復活に期待していた。


「無限に続く地平に幸あれ! 真の楽園を手に入れるのだ!」


 力強く拳を掲げるペターパイ。呼応するように信者たちも腕を掲げて大歓声を上げた。


 長きに亘る地下活動のおかげで、ホリゾンタルエデン教団は力を付けている。

 神託による新世界。邪教を排除し、彼らが望む楽園をアストラル世界に築こうとしていた。


 最後にペターパイはかつてツルオカが口にしていたという異界の文言を声高に叫んだ。


 ヒンニュウ シカ カタン!――――と。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 聖堂をあとにしたクリエス。教会の大扉を抜けると、そこにはミアとイーサが浮かんでいた。


 惚けた笑顔を見ると溜め息が出てしまう。今し方、祓うと決意したのだが、もう十日以上も一緒にいるのだ。道中の話し相手でもあったし、少しばかり(胸元に)情が湧いてもいる。


「お前たち、天に還るつもりはないか?」


 自発的に還ってくれたのなら非常に助かるのだが、生憎と二人はそれを受け入れないだろう。


『婿殿、冗談はよせ。妾は婿殿の死後も一緒にいるつもりじゃ』


『旦那様、貴方様が失われ、霊体となったその日こそ新婚初夜を迎えられるのだと考えております。よって旦那様が生きておられる内に天へと還るつもりはありません』


 やはり二人はクリエスに付きまとうようだ。無駄だと分かって聞いたのだけど、これには嘆息するしかない。


「悪いけど、俺はお前たちを祓うことにしたから……」


 予め伝えておく。どうしてもヒナを生かしたいのだ。クリエスに悪霊を優先するという選択はなかった。


『婿殿ぉ、冗談はやめるのじゃ。妾がいなければ寂しい夜を迎えることになるぞ?』


「エロい夢ばっか見せる淫魔は祓う。もう決めたことだ」


 まずはイーサに。冗談ではなく本気であることを伝えている。


『かといって旦那様では私たちを祓えないではないですか?』


「毎日、神に祈り、延々と浄化をかけ続ける。身体能力と併せ全体的なステータスアップを図るんだよ。俺がお前たちの格を超えたのなら祓えるはず」


 イーサとミアは視線を合わせている。どうやら二人にもクリエスの本気が分かったらしい。


『ま、そのときは祓われてやるのじゃ。婿殿が妾よりも強くなるのなら……』


『確かに旦那様が強者であるのは妻の誉れです。了解しました。そのときは旦那様の手によって天へと還りましょう』


 意外にも二人は素直に聞き入れている。クリエスが自分たちよりも強くなる未来などないと考えているのかもしれない。


 このあとクリエスは道中の食糧を買い込んで港町エルスを発つ。目指すは大陸の西端。一刻も早く強くなり、ヒナと再会したいと願う。


 エルスを発って数日は良い天気で牧歌的な時間が流れていた。街道はよく整備され、牧歌的で長閑な光景がずっと続いている。

 これならば国境越えも苦ではないとクリエスは考えていたのだが、一週間が過ぎて街道は峠越えとなり、周囲は岩山に囲まれてしまう。


「雨まで降ってきやがった……」


 長く緩やかな上り坂であったけれど、雨まで降ってくると流石にキツい。空には暗雲が立ち籠めて、嵐になるような予感さえする。


「んん?」


 突如として雨靄を割いて人影が飛び出してきた。短剣を片手に現れた集団。武器を持つ者たちが善良な人間であるとは思えない。


「盗賊か……」


 クリエスは動じるどころか、ニヤリと笑みを浮かべる。ここまでろくに魔物が現れなかったのだ。盗賊であればレベルは高いはず。魂強度が高ければ高いほど討伐時の吸収に期待できるというものだ。


「お兄さん、この街道を一人旅とか度胸あるね?」


 盗賊と思われる一団は合計で十人。クリエスに話しかけたのは意外にも女性であった。


「お前たちは何者だ? 返答によっては全滅させることになる」


「フハハ、あたいは紅盗賊団の団長ジルってんだ。この辺りじゃ、あたいたちを知らない者なんていない。お兄さん、あたいたちが紅盗賊団くれないとうぞくだんと知っても戦うつもりかい?」


 悪霊が見えない彼女たちはクリエスが一人なのだと考えているらしい。不適な笑みをジルは浮かべている。


「俺を馬鹿にするのはやめておけ。この岩山が消し飛んでも知らねぇぞ?」


 一応は忠告しておく。悪霊二人の力を借りるつもりはなかったけれど、怒らせてしまえばその限りではないと。


『旦那様、少し威圧してやりましょうか?』

『婿殿よ、身の程知らずを認知させることも必要じゃぞ?』


 まだ落ち着いている二人だが、油断は禁物である。かといって十人を相手に無傷で倒すのは難しい。彼女たちが激昂しない内に驚かせておくのは悪くないような気もする。


『トドメは俺が刺す。お前たちは脅かすだけにしろ』


『もちろんです! 旦那様、手を掲げてください』

『婿殿の動きに合わせて妾も行動するぞ!』


 エルスにて祓うと明言したというのに、二人は何も気にしていない。それどころかクリエスに協力的である。


 ならばとクリエスは頷き、彼女たちが話すように右手を掲げてみせる。


「盗賊よ、刮目せよ!」

 ほんの少し脅かすだけ。少なくともクリエスはそう考えていた。


『出でよ、ドラゴンゾンビ!』

『フハハ! 地獄の上をいく超大地獄を見せてやるのじゃぁぁっ!』


『おい、やめろ!!』


 過大評価であったのか、若しくは過小評価であろうか。クリエスは二人の言葉を信用しすぎていた。


 眼前には暗黒へと繋がるような黒い渦が生み出され、更には巨大な腐肉の怪物が召喚されてしまう。


『やめろ! 絶対にそれ以上は動くなよ!?』


『了解しました。でもドラゴンゾンビは広範囲に毒とか吐けますよ?』

『吐くな! 周辺一帯を不毛の地に変えるつもりか!?』


 まずはミアに指示。山のように大きなドラゴンゾンビが吐くというのだから、普通の毒だとは考えにくい。


『イーサも発動させんなよ? どうせその渦はこの岩山を全て飲み込んで消し去るくらいの魔法だろ?』


『婿殿、よく知っているな! 爆裂魔法でも最大級の魔法なのじゃ!』


 知ってるなじゃねぇよとクリエス。やはり尋常ではない禍々しさは魔王級の魔法であるらしい。


「あ、あ……あぁぁ……」


 もう盗賊たちに戦う意志があるとは思えない。威勢の良い話をしていたジルも固まって動けないどころか、会話すらままならない様子だ。


「まいったな。全滅させるつもりだったのに……」


 戦意がないものを無慈悲に斬るなんてクリエスにはできない。彼は巨乳好きなだけで、根は正義感溢れる聖職者なのだから。


『婿殿、せっかくじゃから奴隷にしてはどうか? 妾は手懐ける固有スキルを持っておる』


 ここでイーサから提案があった。盗賊団を見逃したとすれば、間違いなく次の弱者が狙われてしまう。だとすれば契約を結ぶのは悪くないように思う。


『でも、お前はやり過ぎるからなぁ』

『任せるのじゃ! 犬っころを飼うようなもんじゃて!』


 一つ息を吐いてから、クリエスは団長というジルに近付く。


「俺の実力は分かってもらえたかな?」


 そう尋ねるとジルは過剰に首を上下させる。襲ってはならない相手に手を出してしまったことを彼女も理解したみたいだ。


「お前たちを生かしてやっても良い。ただし、盗賊団は解散だ。あとお前たちの私財は全て没収する。同意するのなら、命は助けてやろう」


「ほ、本当ですか!? あたいたちを見逃してくれるのかい?」


「そう言っている。だが、悪さをしないように契約をしてもらう。それが条件だ」


 クリエスの話に全員が頷いている。どうやら戦うことも逃げることもできないことを理解できたらしい。


『イーサ、それで契約ってどうやんだ?』

『いや単に強力な魅了をかけるだけじゃ。魂レベルで抗えんくらいの……』


『それじゃあ、懐かれるだけだろ? ちゃんとした契約でなければいけない』


 魅了はどこまでいっても魅了である。よって彼女らがクリエスのいないところで悪事を働く可能性を残した。


『旦那様、でしたら呪いを重ねがけしましょう。スキルではないのですが、私は呪縛契約を扱えます。呪いで縛り付けておけば安心です!』


 ミアが手を挙げて言った。確かに魅了をかけてから呪いを上書きすれば、恨まれることも悪事を働くこともできないだろう。


『よし、ならその方針で行こう』


 クリエスは呪文を唱える振りをして悪霊の二人が動いてくれるのを待つ。

 程なく視界が桃色に染まり、瞬く間に全員の目がハートになってしまう。


「あ、あるじ様! あたい……もう我慢できない!」


 明らかにイーサの魅了が効果を発揮していた。ジルだけでなく、男共もクリエスに群がってしまう。


「ちょ、ちょっと!?」

「お前たち、あるじ様がお困りだ! 順番を待て!」


「あ、姉御、そりゃねぇっすよ! 俺たちだってあるじ様の寵愛が……」

「うるさい! あたいからだよ!」


 クリエスをそっちのけで順番が決まっていく。ジルを先頭に男たちも序列順に列を作っていた。


あるじ様ぁ、あたい身体が火照っちまったよ……」


 言ってジルは鎧を脱ぎ、服のボタンを一つ二つと外していく。


 刹那にガン見するクリエス。鎧を来ていたから分からなかったけれど、ジルはそこそこの巨乳であったのだ。


「メガパパイヤ級ではないにしても、ジャンボトマト級はあるじゃねぇか……」


「早く触ってよ、あるじ様……。そしてそのあとは……」


 ジルに促されるまま、クリエスは躊躇いながらもジャンボトマトを一掴み。

 その瞬間、クリエスの身体を電撃が迸った。


「や、柔らけぇぇっ!」


 人生初の感触に理性の糸が切れそうになる。ジルはかなり年上であり、顔もタイプではなかったというのに。


 ところが、このあとクリエスは思いとどまる。彼はこの世の誰よりも巨乳な彼女を欲しがっていたのだが……。


「姉御のオッパイは最高っすよね! 俺たちもお世話になっているんすよ!」


 手下の一言がクリエスの理性を繋ぎ止めた。鷲掴みにした手は離さなかったけれど、キッとした表情を男たちへと向ける。


「おいお前ら、ちょいと聞かせろ。まさか全員がこのジャンボトマトと組んず解れつしているのか?」


 睨みを利かすようにクリエス。紅盗賊団員はジルを除いて全員が男である。


「え、ええまあ。主様の魅力には敵いませんけれど、ジルの姉御には俺たち全員が世話になっておりやす……」


 まさか盗賊全員が同じ穴のムジナであるとは思いもしなかった。しかしながら、ふぅっと長い息を吐いたクリエスは意外にも冷静に対処している。


「そうか分かった……。やはり盗賊は盗賊だな。俺はクソみたいな兄弟なんか欲しくねぇんだよ……」


 フッと小さく笑ってから、クリエスは徐に剣を抜く。


「全員死ねぇえええっ!!」


 逆上したクリエスは男たちに斬りかかっていく。一列に並んでいた盗賊たちは即座に斬り殺されてしまう。男たちを全て斬ったあと、クリエスはジルに剣先を向けた。


「巨乳ビッチなど違法だ! 清純派巨乳こそがこの世の条理であり、お前は明確にギルティなんだよ!」


 命乞いをする時間すら与えず、クリエスはジルをぶった斬っている。


 荒い息を吐くクリエス。予定通りではあったものの、何だかとても疲れていた。右手に残る感触は最高のものがあったけれど、それでもクリエスは首を振っている。


「やはりジャンボトマトなどで妥協しては駄目だ……」


『そうですよ、旦那様! この超ドデカカボチャがあるではありませんか!』

「それは透けて見えるし、何より触れんだろう?」


 クリエスは嘆息する。もしもミアが生きていればと妙な思考を始めていた。


『婿殿、そこまで下品ではない妾のギガメロンも愛してやってくれなのじゃ!』

「鷲掴みできるようになったらな……」


 悪霊が幾ら巨乳であっても、触れないのでは意味がない。クリエスは回り回ってヒナしかいないと思い直している。


『レベル16になりました――――』


 不意に通知が流れた。それはレベルアップの知らせである。リトルドラゴンを倒してからウンともスンとも言わなくなっていたけれど、盗賊団はそれなりのレベルであったようでクリエスは魂強度を奪い取れたらしい。


「まあ結果は予定通りだ。そいや、この盗賊団ってこの辺りを根城にしてんだよな?」


『そうですね。どこかに洞窟でもあるのでしょうか?』

『行きがけの駄賃じゃ。こいつらが溜め込んでいたものは全ていただいて行こうぞ!』


 盗賊の所持品は倒した者に権利がある。確かに旅費の足しになるだろうし、少しくらい寄り道しても問題はないだろう。何しろ紅盗賊団は徒歩で現れていたのだ。そう遠くない場所に本拠地を構えていたに違いない。


 早速とクリエスは魔眼を使って周囲の探索を始めるのだった……。

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