第018話 思わぬ依頼
三日月亭に一泊したクリエス。朝食にしようと一階へ下りるも、彼は注目の的であった。
「ま、しゃーねぇな……」
クリエスが席に着くと、
「クリエス様、こちらが朝食でございます……」
店主自らが配膳してくれた。流石に死の恐怖を味わっただけはある。彼は魔王候補とハイエルフのネクロマンサーと対峙したのだ。そのトラウマは容易に推し量ることができた。
「俺は気が済むまで無料で泊まるからな?」
「もちろんでございます! どうぞごゆっくり……」
周囲のゴロつきたちも、クリエスに一目置いていた。クリエスが話し始めるや、静まり返っている。正直に居心地が悪いと感じるほどに。
朝食を済ませ、クリエスは堂々と宿を出て行く。目指すは冒険者ギルド。記念すべき最初の依頼を受けるつもりであった。
「まさか俺が冒険者なんてな……」
前世では考えもしないことだ。冒険者の治療は何度も行っていたけれど、彼らと同じ立場となる日が来るなんて今でも信じられない。
「あ、カリエス君! こっちよ!」
「クリエスですって!」
サブマスターであるリリアがお約束とばかりに名前を間違えている。今日もピンク色に染まった笑顔を向けていた。
「よく眠れた? お姉さんがいなくて寂しかったんじゃない?」
「何の問題もありませんでした。無料で泊めてくれる宿がありましたし」
予想していなかったのか、リリアはぶぅっと拗ねたような声を出す。仕草は可愛らしかったけれど、残念ながら彼女はクリエスの守備範囲外だ。
「それで、これが査定金額よ。ギルド員総出で数えたんだから! ちょっとくらいお姉さんに付き合ってくれてもよくないかなぁ?」
用意されたのは銀貨が50枚と銅貨が10枚である。銀貨の価値は銅貨1000枚分。リリアがいうにはこれでもかなり高額査定であるようだ。
「割と頑張ってくれたのですね? でもリリアさんに興味はないです」
「んもう、クリエス君って本当にガツガツしてないのね? でもまあ、リトルドラゴンの素材は本当に助かったわ。最近は防具が不足し始めているからね」
妙な話となる。クリエスは昨日装備を揃えたばかり。武具屋のお婆さんはそんな話をしていなかった。
「どうして不足し始めているのです?」
「実は最近、辺境の集落が襲われる事件が相次いでいるのよ。ホリゾンタルエデン教団っていう邪教の僧兵が村々を襲って、人を攫っているんだって。襲われているのはディーテ教を信仰する国ばかりなんだけど、最近は割と大きな町も襲われたりしてるの。それで武具が足りなくなっていてね。レクリゾン共和国にまで商人が買い付けに来ているのよ」
どうやら新興宗教が台頭しているらしい。往々にして宗教は争いごとに発展してしまうものだが、略奪や人攫いまでいくと盗賊と何も変わらない。
「それでクリエス君、依頼を受けていく?」
「いえ、割と纏まった金額になったので、エルスを発とうと考えているのですけど」
銀貨が五十枚もあれば旅費として充分だ。従ってクリエスはエルスを発つつもりでいる。いち早くヒナと合流するため。彼女は制約を遂げられないはずだとシルアンナに聞いたからだ。
「依頼を受けて、次の街で報告って可能ですか?」
「もちろんよ。でも本気なの? エルスを勃つって……」
「言っとくけど発つだからな!? 出発って意味!」
クリエスのツッコミに分かっているわよとリリア。どうにも最後までクリエスは彼女を掴みきれない。
「早く依頼書を見せてくださいよ。俺は北大陸を目指しているんですから」
ヒナがいる北大陸は遥か先である。なので必要以上に留まる理由はなかった。
「北大陸? というと西を目指すってことかな? エルスより北へ行くにはアル・デス山脈越えルートしかないし」
クリエスはエルスを発って北へ行こうとしていた。しかし、そのルートは険しい山々を越えるルートになるため、通行する者などいないという。
「じゃあ、海路は駄目なんですか? 港町だし」
「海路は一番近い街でも金貨10枚よ? 北大陸まで乗るなら白金貨がいるかもね。お金があるなら間違いなく海路が安全で早いけど」
金貨は銀貨千枚分。また白金貨には金貨千枚の価値があった。
流石に金貨10枚は高すぎる。新人冒険者に残されたルートは西へと向かう街道のみ。まあしかし、どうせ北大陸でも西に向かうのだ。ヒナがいる場所は北大陸の西端にあるグランタル聖王国だと聞いているのだから。
「じゃあ、西に行きます。北大陸へ行くには西端まで行くべきでしょうか?」
「そうなるわね。アル・デス山脈が途切れるのは大陸の西だから。そこから北上して最終的には船に乗るしかないわね」
これより始まるクリエスの冒険。目指すべき道程が明らかとなった。西へと向かい北上、その過程で船の乗船賃を貯めておくこと。ヒナへと繋がる道筋が彷彿と示されている。
「了解しました。では西へ行くついでの依頼はありますか?」
この先もお金は必要になる。最終的な船賃が幾らかかるのか不明であるし、道中で受けられる依頼があるのなら受けておくべきだろう。
「そうねぇFランク冒険者は討伐依頼が少ないから……」
クリエスは新人冒険者である。従って割の良い討伐依頼など殆ど存在しない。道中で討伐した魔物の素材は買い取ってもらえるが、別途報酬を受け取ることは難しいようだ。
「これくらいかしらね?」
言ってリリアが取り出した紙には指名手配書と書かれている。どうやら国際手配された脱獄犯の捕縛がギルドに依頼されているらしい。
【依頼】脱獄犯捕縛
【依頼者】アーレスト王国
【賞金】銀貨500枚
【補足】殺さず捕らえること
依頼者であるアーレスト王国はクリエスが前世を生きた場所だ。現在地であるレクリゾン共和国から公国を挟んだ西側にある。通り道ではあるのだが、クリエスはどうにも嫌な予感を覚えてしまう。
手配書の続きを読んだクリエスは愕然と顔を振っている。
【捕縛対象】アリス・バーランド
【性別】女性
【年齢】33歳
【容疑】脱獄(終身刑)
【収監理由】クリエス・ワード司祭刺殺容疑
「何だよこれ……?」
自然と鼓動が高鳴っていた。記憶にあるというより、明確にクリエスが体験した話である。どうやらクリエスを刺し殺したあと、アリスは捕まってしまったらしい。
「確か一緒に死んでくれとか言ってたけど……」
年齢的にも容疑者はあのアリスで間違いないはずだ。脱獄してまで何を企んでいるのかと考えてしまう。
『婿殿、どうした?』
クリエスの変化を感じ取ったのか、イーサが聞いた。受け取った手配書に問題があるのかと。
『ああいや、この容疑者は前世の俺を刺し殺した女なんだ……』
『何と! 婿殿を刺し殺すなど、身体中に数多の槍を突き刺しても足りぬ大罪ではないか!?』
『旦那様、この依頼を受けましょう。生きながら全身を腐らせて差し上げます!』
『やめろ。お前たちは大人しくしておけ』
憤慨する悪霊の二人を宥めながら、クリエスは依頼書をポケットにしまい込む。前世での失態が今も続いているだなんて、流石に看過できないと。
「リリアさん、俺はこれを受けます。構わないですよね?」
「もちろんよ。というよりそれは早い者勝ちの依頼だから。シルアンナ様の加護があるように祈ってるわよ?」
どうやら個人として受ける依頼ではないという。手配書を持っておれば、あとは捕まえるだけ。最寄りの冒険者ギルドに連れて行けば賞金が受け取れるらしい。
「それじゃ、俺は行きます。リリアさん、お元気で!」
「ああん! 迸る若さを持て余したなら、いつでも帰ってくるのよ? お姉さん、いつでもウェルカムだから!」
最後までピンクなリリアに手を振って、クリエスは冒険者ギルドをあとにしていく。
目的地が決まり、道中の依頼まで手に入れたのだ。あとは食糧を買い込んで、早速と旅立つべきである。
「出発する前に報告しておこう。教会はどこだ……?」
クリエスは教会へ行くことに。目的や道のりについて主神と話をしておこうと。
『婿殿、教会は勘弁してくれ!』
『そうです! 私たちは心優しき悪霊なんですから!』
「うるせぇ、心優しき悪霊ってなんだよ……」
教会内の神聖な空気に悪霊は馴染めないのだろう。若しくは神聖な場所には近付けないのかもしれない。
さりとてクリエスは直ぐさま実行に移す。
最大目標は生きたヒナに会うこと。西へと向かい北大陸へと渡ること。サブ的な目標として前世の過ちを償うことであった……。
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