第017話 ヒナとディーテ

 グランタル聖王国聖都ネオシュバルツ。ヒナは日課である早朝の祈りを捧げるため、大聖堂へと赴いている。


「ディーテ様、本日も世界をお守りください……」


 いつもは一方的に祈るだけであったのだが、どうやら本日は異なるようだ。祈りを捧げるヒナの身体を優しい輝きが包み込んでいた。


 脳裏に浮かぶ影。それは転生した直後に強くなる方法を聞いて以来となるもの。懐かしくも感じる主神の姿であった。


『お久しぶり、ヒナ。よく頑張っているわね?』


 脳裏に現れたのはディーテ神であった。意外にもお褒めの言葉をもらっている。彼女はヒナに少しも期待していなかったはずなのに。


『ディーテ様、わたくしに何用でしょうか?』

『あら、聡いわね? 少しばかり報告とお願いがあったのよ』


 どうやら何か動きがあったようだ。ヒナは心して聞かねばならない。


『ヒナ、貴方の頑張りは評価できるものです。しかし、まだまだ物足りませんし、成長のペースは落ちています』


 恐らく発破をかけるためだけに現れたのではない。ヒナは瞬時に察している。


『わたくしは剣術と魔法、身体強化の鍛錬を毎日の日課としておりますが、もしかして今のままでは制約に間に合わないのでしょうか?』


『実をいうとシルアンナの使徒が旅立ったのです。ですが、問題がありまして、ヒナに助力を願いたいと思いましてね。貴方は光属性を持っておりますし、神聖魔法を修めて欲しいのですよ』


 ヒナの質問に対する返答はなく、どうしてか支援魔法を習得して欲しいという話が続く。


『神聖魔法というと、知恵と信仰のステータスアップでしょうか?』


『その通りです。信仰は祈り続けることだけでなく、神聖魔法を使用することでも上がります。神聖魔法にも色々とございますが、特に浄化を使用してください』


『いや、わたくしには制約が……』


 一方的に押し付けられるのは納得がいかない。ヒナにだってプランがあるのだ。十八歳の誕生日を無事に迎えるため、彼女は鍛錬に精を出しているのだから。


 対するディーテは憂鬱そうな表情を浮かべる。それだけでヒナは良くない話が続けられるのだと思う。


『申し訳ありませんが、ヒナは生を諦めてください――――』


 いきなりの通告であった。転生時に夢へと顕現して以降、一度も現れなかったディーテ。今さらになって姿を見せた理由は残酷な話を告げるためであった。


『わたくしの努力が足りなかったのでしょうか!? であれば更なる精進をいたします! どうか、わたくしにもう一度チャンスをお与えください!』


 公爵家の一人娘として生きてきた。しかし、まだ彼女は遂げていない。悪役令嬢として世間から疎まれ、悪評を覆していくという夢を。


 精一杯の懇願であったけれど、ディーテは顔を横に振った。残念ながらヒナの願いは彼女に届かない。


『貴方の頑張りは評価しております。ですが、制約を果たしたとして、それは最低限なのですよ。しかも、問題が発生してしまいまして、ヒナには生を諦めてもらうという結論に至りました』


 酷く胸が痛む。前世の最後は恐怖すら感じる時間がなかったけれど、ヒナはこの生において明確に余命宣告を受けていた。


『問題とはなんでしょう?』


 聞いておかねばならない。もし仮に自分がこの生を諦めるのなら、対価としてアストラル世界は何を得るのかと。


『旅立ったクリエス君が厄介な悪霊に取り憑かれてしまってね。アストラル世界にはその悪霊たちを祓える聖職者がいないのよ。だから、その役目をヒナにお願いしたいの』


 悪霊に取り憑かれたとか驚きである。割とヒナはファンタジー世界に順応していたけれど、それでも悪霊が実在し、人に取り憑いてしまうなんて聞いたことすらなかった。


 幾ばくかの静寂。目を閉じて考えるような素振りをしたあと、ヒナは頷いている。


『そのような理由なら承知いたしました。直ちに魔道書を取り寄せ習得いたします』


 ヒナは理解していた。自身は期待されていないのだ。救済の中心人物であるクリエスを世界が失うわけにはならない。よって自身の制約は後回しにされるのだと。


『ヒナ、感謝します。代償というわけでもありませんが、貴方には謝礼を用意しております。どうかクリエス君を助けてあげてください』


 承諾したヒナを惑わせるような話はなかった。ディーテは即座に謝意を伝え、優先順位に間違いがないことを付け足している。


『それでディーテ様、一つお聞きしてもよろしいですか?』


 ここでヒナから質問が向けられる。ディーテとしては伝えられる全てを話したつもり。しかしながら、ヒナは疑問を抱いているようだ。


『もし仮にわたくしが神聖魔法を習得し、加えて制約を果たせたのなら、わたくしは十八歳以降も生き続けられるのでしょうか?』


 ディーテは息を呑んだ。たった今、生を諦めろと通達したところである。嘆くことなく受け入れたようなヒナは、実をいうとまだ諦めていなかった。


『ヒナ、それはとても難しいことよ? ただでさえ後衛職の貴方が神聖魔法を使用すると、間違いなくジョブチェンジの機会が訪れます。その先にあるジョブは『聖女』であり、戦闘値と体力値とは無縁のジョブ。またワタシたちは聖女になってくれることを願っておるのです』


 ディーテは全てを伝えていた。犠牲を願ってもヒナは愛すべき使徒なのだ。熱心に祈りを捧げてくれる彼女は本来なら庇護されるべき者である。


『わたくしは承知したとお伝えしました。求められることを成す。それは天界で語ったまま。今まで以上に鍛錬に精を出し、双方を成し遂げてみせます』


 毅然と返されてしまった。

 これには嘆息するディーテ。本当に強い子だと思う。死を宣告されたとして、前を向く力を持っているなんてと。


 少しばかり考えたあと、ディーテは頷きを返す。確かに世界は無限の可能性に満ちているのだ。それこそ人はその歴史において数々の困難を乗り越えていた。従って試すよりも前に女神が否定するべきではないとディーテは考え改めている。


『分かりました。ヒナ、貴方は聖女になり、制約を遂げなさい。残された時間を精一杯に生きて見せなさい。ワタシはそれを望みます』


 とりあえずは生の継続に了承を得られている。ヒナが十八歳以降も生きるかどうかは今後の努力次第となっていた。


『ヒナ、ワタシから一つヒントを差し上げましょう。ヒナが双方を成し遂げるためのこと。まずは神聖魔法の習得。幸いにもJKというジョブはスキル習得に制限がありません。ライトヒールと浄化。初級神聖魔法である二つは直ぐに覚えられるはず。聖職者であれば最初から習得している基礎魔法なのですから』


 諦めろと言ったディーテであるが、ヒナを助けるような話を始める。彼女としても苦渋の選択であったことをヒナは知らされていた。


『熟練度が100に到達するとスキルや魔法は昇格します。そこで貴方が先天的に持っていたスキル【華の女子高生】。貴方が両方を遂げるには、この固有スキルにかけるしかありません』


 ディーテはヒナが双方を遂げられると考えていない様子。最終的に縋るべきものを彼女は提示していた。


『華の女子高生は制服を来ていなければ効果を発揮しないのでは?』


『その通りです。エリア限定スキルかと考えておりましたが、今もヒナのステータスに残っているでしょう? どうやら先天スキルとして世界に認められたようです。大斧や大槌を装備すると強くなるドワーフが存在するのと同じ限定的なスキル。女性固有のスキルとなっております。ジョブに紐付けもされておりませんので、なくなる心配はありません』


 まだヒナにはディーテの真意が掴めない。彼女が何をしろと諭しているのか理解できないままだ。


『恐らく華の女子高生には昇格先があります――――』


 世界は生きとし生けるもの全ての意志である。自ずと発展していくものであり、時として竜神のような安寧に導く神格を自然と生み出したりもする。

 女神たちが直接介入をしない理由は世界が包括的な意志を持っているからであり、下手に介入するとバランスを崩す原因となるからであった。


 従って女神にも把握しきれない事象が多々存在している。導き手である女神は世界の決定を促すことはできても、実行する役目は持ち合わせていない。


『昇格……ですか?』


『ええ、現状では20%アップでしかありませんが、昇格すれば間違いなく強力なスキルとなるはずです。現実に人族やエルフ族、ドワーフ族といった人種を束ねる者はいずれも強大な先天スキルを保有しております。もし仮に昇格させられたのなら、途切れたはずの未来が僅かにでも繋がることでしょう』


 ディーテは実在する先天スキルから、派生先があると予想している。また昇格した折は強力なスキルになっているだろうと。


『ヒナ、これより貴方は制服を着て過ごしなさい。いつ如何なる時も制服を着て過ごすのです。ただし、常時発動スキルには熟練度がありません。よって貴方は昇格を信じて着続けること。双方を遂げるには華の女子高生を昇格させるしかないと言えます』


『いやしかし、制服と仰られてもアストラル世界には制服の概念すらないでしょう!?』


 ヒナの困惑は当たり前である。貴族学院でも私服なのだ。その条件を満たせるとは思えない。


『概念がないのですから、貴方が考える制服で構わないのですよ。早速と裁縫士に依頼しなさい。ワタシは貴方が全てを叶える姿が見てみたくなりました。決して楽な道のりではなく、寧ろ絶望的だといえます。けれども、ヒナは迷わず真っ直ぐに突き進んでください。準備が整い次第、旅に出てレベルアップをするように』


 ここにきてディーテはスタンスを変えていた。愛すべき使徒が絶望に暮れるよりも、何かに縋って生きられるようにと。


『分かりました。制服は直ぐに手配いたします。神聖魔法習得と併せて準備が整い次第、出立させていただきます。全てはディーテ様が望まれる世界へと導くために』


 ヒナの決心も固まっていた。どうせなら長生きしたい。悪役令嬢となり、悪評を覆したく思う。ならば、やるべきことをこなすだけである。


『ワタシの可愛いヒナ。よく聞きなさい。全てが上手く運んだとしても、貴方の未来は限定的です。か細い光を貴方自身が掴み取り、大いなる輝きとするのです。せめて貴方が歩む道程に光があらんことを。ヒナ・テオドールに祝福を授けます……』


 期待されていなかったヒナ。しかし、やる気は充填されている。まだ諦めるときではない。夢を追い続けても構わないのだと。


『ありがとうございます。祝福まで……』


『大した効果はありませんが、クリエス君のように貴方まで悪霊に取り憑かれては困りますからね。しばらくは悪しき存在から身を守れることでしょう』


 若干の幸運値アップ以外に祝福はステータスに影響を与えない。けれど、悪しきものを寄せ付けない効果があるという。神力を一万も要するものであったが、ディーテは惜しむことなくヒナに祝福を与えている。


『クリエス君は南大陸の東端におります。貴方に会おうと北へ向かっているようです。ヒナも急いでください。強大な悪霊に取り憑かれたせいで彼はステータスが四分の一になっているのです。災いの芽は摘んでおかねばなりませんし、クリエス君のステータスが下がったままでは世界救済という至上命令は遂げられないでしょうから』


 ここでヒナは不満げな表情をする。なぜなら彼女は知っているのだ。クリエスのステータスがダウンする条件を。


『クリエス様はまた同じ過ちを繰り返しておるのですか?』


『ああいや、そういうわけではないのですけどね。感付いている通り、悪霊は女性であり、二人とも巨乳です。ただし、本当に運悪く取り憑かれただけなので、嫉妬しなくても大丈夫ですよ?』


『二人って!? いや、嫉妬とかじゃありませんし!』


 否定しつつもヒナは顔を赤らめている。


『お前が手に入るのなら他には何もいらない――――』


 不意に思い出す台詞。今思い返しても胸が痛むほど脈打つ。身体目当てなのは明らかであったけれど、クリエスの話は告白も同然であったのだ。思い出す度に恥ずかしく、けれども嬉しいと感じる言葉である。


『悪霊は二体なのです。恐らくクリエス君が持つ女難が招いたトラブルの結果だと思われます。かといって女難は好感度アップ効果により悪霊を手懐けられている要因でもあるはずです。今のところはですがね……』


 現状を聞いたヒナは頷いていた。クリエスが再び女性問題にて危機に陥ったのかと思えば、現状は不可抗力であったらしい。


『ならば頃合いを見計らい南大陸へと向かいます。わたくしは必ずやご期待に応えたいと考えておりますので……』

 ヒナの返事にディーテは嘆息している。やる気を見せる彼女に罪悪感が増した。


『こんなにも素直で努力家な使徒であるとは考えもしませんでした。ワタシはヒナを誇りに思います。これから先の困難も、貴方には乗り越えられると信じておりますからね?』


 祝福を与えたとして、邪悪を遠ざける効果と運気が上がるだけであった。とはいえ他にできることなどない。ヒナがこの先も生きていけることをディーテは切に願っている。


『ヒナ、気を付けて行きなさい。魔王候補や邪竜だけでなく、邪神の復活を目論むホリゾンタルエデン教団が動きを活発化させておりますので。地平の楽園と称するその教団はディーテ教を異端とする土着信仰であり、ディーテ教を信仰する村々が彼らに襲われております。もしも貴方がディーテ教の聖女となるのなら、命を狙われる可能性があるのです』


『地平の楽園ですか。心しておきます。仮に襲われたとしても、わたくしは邪教に屈しませんし、絶対に許しません……』


 毅然と語るヒナにディーテは満足そうな笑みを浮かべる。やはりヒナの魂は芯から強いのだと再確認できていた。


『それでディーテ様、わたくしにはもう一つ聞きたいことがあるのです』


 ここで話題が転換される。どうしてかヒナにはまだ質問があるという。


『あら? 何でしょうかね。ワタシに分かることでしたら何なりと聞いてください』

 現状のヒナがすべきことは明確に決まっている。だからこそディーテは彼女が何を疑問に感じているのか察知できずにいた。


 少しばかりの間があったけれど、頷くヒナはディーテに思いの丈を語る。


『実はまるで悪役令嬢として扱われないのです……』


 眉根を寄せるディーテ。しかし、直ぐさま思い出す。それはヒナが天界で口にしていたことであると。


『悪役令嬢とは貴方がなりたかったという地球世界のお伽噺ですね?』


『そうなんです。わたくしの力足らずか、誰も悪役令嬢だと言ってくれません。どうすれば悪役令嬢と呼ばれる日が来るのでしょう?』


 ディーテは悩んだ末、女神デバイスを操作。悪役令嬢についての情報を収集している。

 今となってはヒナに期待したいのだ。ガチャを引き直したとして、ここまで真摯に邁進してくれる魂は少ないし、当たりが出るとも考えにくい。ならば彼女が転生で望んだ姿になれるよう手を貸すべき。これから先、彼女は高いハードルを越えていかねばならないのだ。生きる意欲と努力する熱量を失わないためにも。


『なるほど、悪役令嬢とは苦境に陥りながらも、努力で困難を回避し、望む未来を手に入れる者を指すのですね?』


『そうなのです! 一般的には追放される未来を回避しなければなりません! わたくしは悪役令嬢と呼ばれ、徐々に悪評を覆したい。最終的にはハッピーエンドを迎えたいと考えております!』


 ヒナは訴えていた。理想の悪役令嬢について。公爵家の生まれであるのは望んだ通りだが、現状の彼女は王子との婚約話もなかったし、悪く言う者なんて一人もいなかったのだ。


『分かりました。ならばエバートン教皇に神託を授けて根回ししておきます。そこで貴方は制約について公表しなさい。十八歳で失われようとしていること。苦境から脱する必要があることを。それだけで旅立つ準備となるでしょうし、理想の悪役令嬢に近づけるはずです』


『ありがとうございます! ディーテ様!』

 ヒナの願いは叶っていた。アストラル世界の主神ディーテのお墨付きなのだ。ようやく悪役令嬢になれる日が来るのだと目を輝かせている。


 ヒナは不安よりも来たるべき日を待ち焦がれるのだった……。


★★★★★★★★★★★★★★★★★

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