第016話 千年前と現在
千年前にディーテが引いたのは勇者ツルオカというらしい。しかしながら、この話には疑問が思い浮かぶ。
「ディーテ様が勇者を引くなんてあり得ないのですぅ」
ポンネルが口を挟んだ。最低の引きを見せるディーテが勇者を引いたなんて、昔話でも信じられないことであると。
「ポンネル、ワタシとて常に爆死していたわけではありません! 一応は勇者を引いたのですから……」
何だか微妙な言い回しである。ディーテならば嬉々として過去の偉業を口にしただろうに。
「一応って何か問題でもあったのでしょうか?」
今度はシルアンナが問う。恐らくは何かしら問題を抱えていたのだろうと。クリエスのようにデメリットがあったのだと予想できた。
「ジョブは間違いなく勇者であったのだけど、強い思想を持っていたのよ」
「強い思想?」
「これが召喚時のステータスなんだけど……」
言ってディーテは勇者というレアジョブの魂評価を二人に見せた。
【ジョブ】勇者
【性別】男性
【体力】S
【魔力】S
【筋力】S
【知恵】S
【俊敏】S
【信仰】S
【魅力】S
【幸運】S
【付与】
・憧れのド貧乳
・言霊
【召喚時間】五時間
【総合ランク】S
「オールS評価とか凄すぎるじゃないですか!?」
「まあそうなのですが、魂に付与された先天スキルが問題なのです」
はぁっと長い息を吐くディーテにシルアンナも気付かされていた。
「憧れのド貧乳……?」
「勇者はド貧乳にしか興味がなく、ワタシの指示を少しも聞いてくれませんでした……」
薄い目をするシルアンナ。せっかく召喚した勇者だが、彼はその性癖から爆乳であるディーテの命令を少しも聞かなかったらしい。
「もしかして……」
ここでシルアンナも感付いていた。ステータスから付与されたスキルまで。凶悪な魔王候補をショック死させた原因について。
「勇者ツルオカがイーサをショック死させたのでしょうか!?」
「恐らく。彼は一度もワタシに祈ることなく世界を自由に動き回っていましたから、残念ながらツルオカの行動は幼少期を除いて、まるで把握できておりません。ワタシへの信仰心はゼロであり、デバイスにて存在位置を確認することすら困難であったのです。またツルオカは言霊という強力なスキルを有していましたし、精神ダメージを与えるのは得意でしたから、彼の仕業だと思います」
基本的に女神たちは魂の管理が主な仕事である。
一方で世界は意志を持ち、自ずと発展していく。しかし、世界がバランスを崩し凶悪な存在を生みだしてしまうと、予定にない大量の魂が輪廻へと還ることになる。加えて終末世界ともなると魂の流転が完全に途絶えてしまうのだ。
だからこそ女神たちは世界がバランスを取り戻せるよう転生魂を送り込む。悪しきものを排除し、正常な状態へと戻すために。
しかしながら、千年前にディーテが送り込んだ勇者は少しも彼女を信仰しなかったらしい。送り出した魂は世界の管轄下となり、女神たちは信仰心を頼りとして接続するしかなかったというのに。
「いやでも、イーサはスタイルを馬鹿にされたと話していましたよ!? 貧相な身体だと言われてショック死したのだと!」
イーサの話では胸が小さいという理由だった。スタイルに自信を持っていたイーサには衝撃的な話であり、それ故に死んでしまったという。
「それは勘違いでしょうね。彼が話すところのスタイルは貧乳であることが前提です。貧相とは……まあその彼が呼ぶ……駄肉という意味でしょうね」
白目を剥くディーテ。恐らくその話はトラウマなのだろう。駄肉と呼ばれたこと。貧相だと言われた話にも思い当たる節があるらしい。
「勇者ツルオカの問題はそれだけではありません。勇者であるコウイチ・ツルオカ(鶴丘好一)はあろうことかアストラル世界で布教活動を始めてしまったのです。世界を隈無く回り、貧乳信者を集めて回りました。その成果として彼は死後に土着の神となり、ド貧乳の神として祀られてしまったのですよ……」
女神以外の信仰も存在はするけれど、世界中で力を持つことは稀である。また民間信仰が力を持ちすぎると世界のバランスが崩れてしまうことになった。
「と、いうことは……?」
薄々と感付いていたシルアンナだが、確認のために問いを返している。
「結果としてツルオカはディーテ教を邪教とするホリゾンタルエデン教団の神となったのです……」
流石に受け入れ難い内容であった。召喚した女神の命令に背くどころか、敵対してしまうだなんて許容できる話ではない。
「つまるところ、此度の警報は全てホリゾンタルエデン教団が原因です。千年をかけて力を蓄えたホリゾンタルエデン教団が世界を終末へと導いています……」
アストラル世界の災禍警報はどうやら千年前の続きであるようだ。よりによって危機回避に送り込んだ勇者がそれを引き起こしていた。
「ディーテさまぁ、邪神に関する警報はまだ出ていないのですぅ」
ポンネルが言った。確かに現状のアストラル世界は魔王と邪竜の警報のみ。その二つは間違いなく現実の災禍となるだろう。けれども、邪神についてはまだ発生確率すら表示されていない。
「それは時間の問題でしょう。ホリゾンタルエデン教団は最終的に邪神復活を目論んでおりますから。各地で生け贄となる女性が攫われているのです。動きが活発化すれば邪神発生率が表示され、警報の格上げとなるでしょう」
ディーテは邪神に関する警報も近いと考えているらしい。世界に蔓延る混沌の渦を肥大化させているのはホリゾンタルエデン教団に他ならないのだと。
「嗚呼っ! ワタシがド貧乳でさえあれば! どうしてワタシはナイスバディに生まれてしまったの!? ねぇ、そうでしょ、シル!?」
「ソ、ソウデスネ……」
今度はシルアンナが白目を剥く。確かにディーテがド貧乳であれば避けられた災禍かもしれない。かといって真面目に考える気がしない話である。
「しかし、ディーテ様ぁ、やはり勇者だからキャンセルできなかったのですかぁ? 命令を聞かない強者なんて後々の災いにしかなりませんよぉ?」
素朴な疑問はポンネルから。指示をきかない魂ならばキャンセルをして、次を召喚すればいいはずだ。
「最後の一回で引いたのよ。勇者フェスだったのだけど、百回引いて最初で最後の勇者。あれは世界を担当して初めての警報だった。焦ってしまって、ワタシは神力が溜まるまで待てなかったのよ……」
今思えば、制約を課すべきだったとディーテ。彼女は千年後の災禍など考えもせず、彼が望むままに転生させてしまったようだ。
「嗚呼、ナイスバディなワタシが全て悪いのです! この巨乳さえなければ! ねぇ、そうでしょ、シル?」
「ソ、ソウデスネ……」
思わず魂が抜けそうになってしまうけれど、シルアンナには報告義務がある。まだクリエスの話には続きがあったのだ。
一つ息を吸ってから、シルアンナは知り得た事実を口にする。
「ミアとイーサのことなのですが、今のところクリエスに協力的です。旦那様とか呼んでおりますし、クリエスの命令には従っております」
意外な話にディーテは目を丸くした。それもそのはず、彼女は千年前の凶行を見ていたのだ。災禍級の悪霊が生者に服従するなんてと。
「もしかしてクリエス君の女難が仕事をしたの?」
考えられる理由はクリエスが持っていた先天スキルである。女性の好感度が上がりやすくなり、トラブルに巻き込まれやすくなるというものだ。
「間違いありません。災禍級の悪霊と出会う時点でトラブルですし、彼女たちはクリエスに取り憑き、女難を二つもランクアップさせました。そのせいでクリエスに魅了されていると考えるべきです。彼女たちは女難の影響を受けてクリエスに心酔しきっていますから。ステータスは四分の一になってしまいましたが、上手く懐柔できれば戦力として考えられるやもしれません」
悪霊の二人はいずれも世界を破滅に追い込むような存在である。今のところという注釈はあったけれど、味方であるのなら心強い戦力であった。
「いずれは祓うべきでしょうが、現状では仕方ありませんね。けれど、あの二人を甘く見てはなりません。クリエス君の制御下を離れたとき。またはクリエス君が身体を完全に掌握されたとき。邪神と併せて世界は終末を迎えることでしょう」
シルアンナの進言であったけれど、やはり当時を知るディーテには災禍そのものらしい。祓う前提で考えているようだ。
「しかし、アストラル世界に彼女たちを祓える人材などおりませんよ? クリエスが取り憑かれてしまうくらいですし……」
「いえ、可能性を秘めている者なら存在します」
シルアンナの疑問には直ぐさま回答があった。ディーテには凶悪な悪霊を祓う人材の当てがあるとのこと。
シルアンナは眉根を寄せている。正直に転生者以外では無理だと思う。ディーテは主神であり、シルアンナよりもずっと多くの信者を抱えていたけれど、恐らく枢機卿や教皇ですら祓えないだろうと。
「誰なのでしょうか……?」
シルアンナの問いにディーテは長い息を吐きながらも、その回答を口にする。
「ワタシの愛すべき使徒よ……」
一拍おいて知らされる名はシルアンナもよく知る人物であった。
「ヒナ・テオドール公爵令嬢――――」
考えもしない名前である。シルアンナはヒナが制約を果たせないとばかり考えていたのだ。
「彼女は新たなガチャを引くまでの繋ぎではないのですか!?」
思わず声を張ってしまう。シルアンナは知っているのだ。ヒナを転生させることにディーテが少しも期待していなかったことを。
「ヒナはこの上なく努力しております。ジョブランクの低さにより、ステータスの伸びはいまいちですけれど、ワタシは彼女の頑張りを評価しておるのです。特に悪霊を祓う資質が備わっていること。やはりクリエス君を生かす方向でヒナには動いてもらうしかないように思います」
現状の女神にとって世界の救済はクリエスありきであった。ヒナを犠牲にしてクリエスに取り憑いた悪霊を祓い、更にはガチャを回して新しい転生者を送り込むこと。救済のシナリオはそんなところであった。
「しかし、ヒナに災禍級の悪霊が祓えるのでしょうか?」
「その問題こそがこの結論に至った理由です。毎日二度の祈りを欠かさぬヒナは今や聖女とまで呼ばれています。元より彼女は尖ったステータスを持っており、戦闘値と体力値を伸ばすよりも聖女に適したステータス構成なのです。ステータスが条件を満たせば、世界の認識が彼女のジョブに自然と反映されていくことでしょう」
世界の認識はジョブへと転換されるらしい。ヒナが聖女との名声を高めていけば、それがジョブチェンジに繋がるという。
「Sランクジョブ『聖女』へのジョブチェンジが成されるのなら、悪霊を祓えるはず。だからこそ、これからは知恵と信仰を伸ばしてもらいましょう。それらはヒナの魂評価で高かったステータス。戦闘値と体力値の強化を諦めたのなら、恐らく制約の時までには聖女となれるはず」
聖女は支援職の最高峰ジョブである。ディーテの話はヒナに十八歳以降の生を諦めさせ、クリエスに取り憑いた悪霊を祓わせるというものであった。
「それは辛い選択ですね。せっかく聖女になれたとして、生き続けられないだなんて……」
もし仮にヒナが聖女を目指すのなら、制約をクリアするのは絶望的だと思う。転生前の魂評価を知るシルアンナは長い息を吐いた。
「制約などしなければ良かったのかもしれません。かつての過ちを正す意味でヒナに制約を課しましたが、裏目に出るとは思いもしませんでした。こんなにも努力し真摯に向き合ってくれる魂だったなんてね。聖女を失うのは世界にとっても、ワタシたち女神にとっても悲劇でしかありません」
ツルオカでの失態から学んだつもりが、完全に逆効果である。制約さえなければ臨機応変に対応できたものの、ヒナは前衛を務めるための制約を課せられており、後衛職である聖女を目指すとすれば生を諦めるしかなかった。
「ヒナは納得するでしょうか……?」
シルアンナが問う。ここまで努力し続けた彼女が素直に従うのかどうかと。
「説得してみます。現状で考えられる最も適切な方策なのです。ヒナが前衛として残るよりも、クリエス君を生かしてガチャを引き直すことが……」
世界を歪ませないための五十年縛り。転生する魂は世界を治める女神の数だけ送り込めたけれど、ディーテであっても二つ目の魂を転生させることは許されていない。世界に建てられた女神という柱には一人ずつしか紐付けできないのだ。
「まあワタシに任せておきなさい。十八歳の誕生日にヒナが失われたあと、彼女の魂を保護します。天使に昇華させてワタシの仕事を手伝ってもらうつもりです。それがせめてもの罪滅ぼしですから……」
ディーテは代案を用意しているらしい。説得するには弱いものであったけれど、ヒナに次なる生を与えることで、彼女の溜飲を下げるつもりだ。
シルアンナは再び溜め息を吐く。世界を守るという義務が女神にはあると知っていても、犠牲を生む方法しか選べないなんてと。
刻一刻とアストラル世界の終焉が近付いている……。
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