第013話 港町エルス

 首都ダグリアを発って十日。クリエスはようやく港町エルスへと到着している。


 ステータスダウンに加え、折れた長剣が心配であったけれど、道中はホーンラビットのような剥ぎ取りナイフで戦える魔物しか現れなかった。さりとて魔物が弱かったせいか、レベルは一つも上がっていない。


「とりあえずリトルドラゴンの素材を売って、宿代を捻出しよう……」


 女神の加護にはアイテムボックスが含まれている。ギフトとも呼ばれるそれにクリエスはスライムの核石やホーンラビットの亡骸を収納していた。かといって、やはり売却のメインはリトルドラゴンであろう。一応は竜種であるのだから、しばらくの生活ができるくらいの金額で買い取ってもらえるはずだ。


 早速とクリエスは冒険者ギルドへと飛び込んでいる。


「いらっしゃいませ! ってあら、新人さんかしら?」


 受付の女性は二十代半ばといったところ。直ぐさま胸に視線を向けるも、クリエスが求めるものを彼女は持っていなかった。


「えっと、冒険者登録がしたいのです。あと買い取りもお願いできたら……」

「はい、了解。少し待ってね?」


 受付の女性は水晶を机の下から取り出す。恐らくはある程度の資質を判別できる神具に違いない。


「手を当てて祈ってくれる? これは我らが主神シルアンナ様に通じている神具なの。君の名前からジョブや属性、大凡の強さまで調べることができるわ」


 優しい笑みを向けられるもクリエスは無表情だ。如何なるハニートラップを仕掛けられたとして、無乳である彼女に揺らぐことはない。


 クリエスは水晶に手を当てて静かに祈りを捧げる。そういえばシルアンナに聞きたいことがあったのだ。本当に神具であれば脳裏に顕現してくれるかもしれない。


『クリエス、大丈夫だった?』


 程なくシルアンナが脳裏へと降臨。やはり教会と同じく、神具は彼女と接続ができるらしい。


『いやまあ、何とかな。それで俺はまたも呪われたようなんだが、どうすればいい? イーサって悪霊は間違いなくヤバいよな……?』


『ああ、それね。私も調べてるところなの。恐らく千年前の警報は彼女のせいだと思う。詳細が分かれば祈りのときに伝えるから……』


 あまり長話はできない。とはいえ既にシルアンナも動き始めているのだと分かった。流石は加護を与えた主神だとクリエスは思う。


 ゆっくりと目を開くクリエス。もうシルアンナとの接続を切断されていた。


 ギルド員は得られた情報を書き写し、何度か頷きながら顔を上げる。


「名前はカリエス君か……」

「クリエスです!!」


 いきなり名前を間違われてしまう。しかも、何だか卑猥な感じに。


「ああ、ごめん。最近欲求不満で……」

「人の名前で解消すんじゃねぇよ!?」


 前世から通して名前はクリエスであったが、カリエスだなんて間違われ方は初めてである。


「って、なかなか強いじゃない? 属性も凄いわ。光属性に加えて闇属性を同時に持つダブルエレメントなんて初めて見た。お姉さん、このあと暇なんだけどな……?」


 基本四属性が火・水・風・土の四つである。加えてレアエレメントである光と闇、更には派生レアエレメントの雷や氷なんて属性まで存在した。


 二属性に関しては間違いなくネクロマンサーと魔王候補のせいだ。元々のクリエスは光属性の使い手でしかなかったのだから。


「いえ、そういうの結構です。買い取りお願いします……」

「つれないわねぇ。ウンとサービスしちゃうわよ?」

「買い取りお願いします」


 彼女は確認の必要もないくらいの板胸であった。レクリゾン共和国では需要があるかもしれないが、生憎とクリエスの趣味ではない。


「ちぇぇっ、つまらないのぉ……」


 口を尖らせながら、女性が手招きをする。

 クリエスが案内されたのは受付の隣にある大部屋。解体用の巨大な机があることから、魔物はここで査定してくれるのだろう。


「ここが解体場だけど、クリエス君って今日は何も持ってきていないのよね? いつでも持ち込みしてくれたら査定してあげるわ。それとも今日はお姉さんをここで解体しちゃう?」


「だからそういうの結構です。俺はギフト持ちなんで……」


 アイテムボックスはかなりレアな先天スキルだが、ギルド職員なら知っているはずだ。


「ええ!? ギフト持ちだなんてイヤァァン! お姉さん急に身体が火照ってきちゃった……」


「何なら浄化魔法をかけましょうか? 穢れが取れますよ?」


「んもう! これだけアピってるのに、つれない子! 余計に燃えてきちゃう!」


 過度に疲れるピンク脳のギルド職員であるが、少ない手持ちのせいでクリエスは彼女の相手をするしかない。


「じゃあ、出しますよ?」

「うん、全部出してぇぇっ!」


 一言一言がいかがわしく思えてしまう。嘆息しつつもクリエスはスライムの核石とホーンラビットを全て取り出す。十日分であったから、それだけで机の上は一杯になっている。


「すっごぉぉぉぉい! いっぱい出たねぇぇ!」


 どうしてもピンク色になる受付にクリエスは軽蔑の眼差しを向ける。更には、まともな査定ができるのかと不安を覚えていた。


「まだあります。とびきりデカいのが……」


「お姉さん無理だから! とびきりデカいのなんて受け止めきれないわ! でも早く! クリエス君、カモーーン!」


 どうにも彼女を信用しきれないクリエスだが、出せというのだから出すだけだ。しかし、机は既に一杯なので床へとリトルドラゴンを置く。


 刹那に唖然と固まる女性。今までの態度が全て作っていたのではと思うくらい真顔でリトルドラゴンを眺めている。


「ちょっと、クリエス君……。これリトルドラゴンじゃない……?」


 一応は彼女もギルド職員なのだろう。巨大な亡骸を一瞬にして見極めていた。


「ええまあ。死ぬかと思いましたが、何とか一人で討伐できました」


「新人でしょ!? ソロ討伐だなんてあり得ない……」


「と、言われましてもね。俺は実際に狩ったんです。何度も斬り付けて、最後は鉄剣が折れてしまいましたが……」


 今も額には鉄剣の刀身が埋まったままだ。引き抜けないくらい奥深くガッチリと食い込んでいる。


「これは凄いわ。的確に攻撃を仕掛けている。眉間も弱点の一つだし、無駄な攻撃が一つも見当たらない……」


「受付なのによく知っているんですね?」


「一応、私はサブマスターで、Aランク冒険者でもある。リリア・ステシールと聞けばエルスでは知らない者なんていないわよ?」


 たまたま受付にいただけのようだ。リリアは新人を見つけたから、クリエスの相手をしただけらしい。


 リリアは興味深そうにリトルドラゴンの亡骸をチェックしている。身体にある数々の傷。どれも柔い鱗を狙っており、とびきりの腕前を持つ剣士にしか思えない。


「性職者にこのような離れ業が可能なの……?」

「聖職者な!? 何か不穏な感じがするから突っ込んどくけど……」


 見直したというのに、透かさずエロ成分を出す。クリエスをからかっているのか、彼女は真面目な話を続けない。


「俺は剣術も嗜むんです。サブジョブといえば分かりますか?」


「そりゃ聞いたことはあるけど、ギルドの水晶じゃクレリックとしか表示されていないわ」


 不思議だとリリア。聖職者であるクリエスがどうやったらリトルドラゴンをソロ討伐できるのか少しも分からないようだ。


「まあいいよ。買い取ってくれたらそれでいいですから」


「この査定は明日の朝までかかるわ。悪いけど、明日また来てくれない?」


「それなら良い宿はありますか? 俺はエルスに初めて来たのです。汚くても狭くても構わない。安く泊まれるところならどこでも……」


 治療院で働いていたけれど、自己鍛錬の時間を多く取ったため、週に三日しか働いていないのだ。


 日々の生活は最低限としていたけれど、剣術を習うのにも装備を揃えるのにもお金が必要だった。よってクリエスの貯金は雀の涙である。


「なら、とっても良い宿があるわよ?」

「本当ですか!? 是非紹介してください!」


「焦らないの。冒険者にぴったりの宿。銅貨一枚で一泊二食付き……」


 宿泊費以外に必要ないのならクリエスの希望通り。銅貨一枚は明らかに破格だが、冒険者ギルドが勧める宿であれば問題もないだろう。


「今なら素敵なサブマスターが付いてくるの! 燃えたぎる夜を保証するわ!」

「てめぇの部屋かよ!?」


 どうにも疲れてしまう。出会ってから今までずっとリリアのペースであった。


「性職者なんだからガツガツいきましょうよ?」

「聖職者だっていってんだろ!?」


 もう付き合いきれない。既に査定の依頼を済ませたクリエスは、じゃあなと声をかける。


 早く宿を探さねばならない。加えて失われた装備品の買い換えが必要なのだ。


 振り返りもせず去って行くクリエスにリリアが叫ぶ。


「カリエス君、大人の冒険しましょうよ!――――」


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カクコン8参戦中!

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ます!(>_<)/

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