第014話 悪霊たちの正体
ボロボロになった服を古着で揃え、クリエスは大通りにある武具屋へとやって来た。
予算はあまりなかったけれど、ソロで戦うならば長剣くらいは欲しいところ。ヒナがいる北大陸は遥か先なのだ。エルスまでの道のりほど簡単ではないだろう。
「おやおや、新人さんかえ?」
中古の武器が多く並んでいたから入店したのだが、店員のお婆さんは早速とクリエスに密着している。
「婆ちゃん、俺は安い剣と防具を探している。一番安いのはどれだ?」
「そこの棚にある防具とラックに突き刺さってる剣は全部銅貨1枚さね」
一番安いものは銅貨1枚らしい。価値的にいうと、お洒落なお店でディナーが食べられる程度。露店などの食事であれば端銭単位であり、銅貨一枚は端銭100枚分の価値であった。
「革の鎧は動きやすかったけど、耐久性が最低だったな」
まずはリトルドラゴンに破壊された防具から選ぶ。銅貨1枚であるのだが、金属製の鎧まで棚には並んでいる。
『婿殿、この鎧はどうじゃ?』
『あの鎧の方がお似合いになりますよ!』
ここに来て悪霊の二人が騒ぎ出す。先ほどまで一言も喋らなかったというのに。
「お前ら、さっきまで静かだっただろ……?」
『いや、あのリリアとかいう女は割と手練れのようじゃ。見つかって面倒なことになるのは婿殿に迷惑じゃからな』
『お美しい旦那様であっても、霊に取り憑かれていると察知されては流石に問題ですからね』
「マジで言ってんの? お前たちでも気遣いができんのな?」
確かにAランク冒険者だと話していたし、悪霊二体に取り憑かれているなど大問題に発展するかもしれない。よって二人の判断は適切であるように思う。
「何をブツクサ言うとる?」
老婆はクリエスにピッタリとくっついている。やはり盗まれないようにとのことだろう。何しろクリエスは古着を着ているのだ。金持ちに見えるはずもない。
「いや、この鎧と盾をもらいます。あと剣を見させてもらいますね」
「ほう、フルセットか。ならば特別にサービスしてやろう……」
老婆が笑顔を見せた。装備一式を買うというクリエスにサービスしてくれるという。
「このビッグナスビ級のデカパイを好きにしていいぞ!」
「腐ってるだろ、そのナス!!」
いらねぇわとクリエス。確かに老婆は巨乳であったけれど、旬が過ぎているどころか、既に化石級であった。
「男はみんな好きじゃろ? 多少、とうが立っておろうと……」
「立ちすぎなんだよ!」
老婆は怪訝そうな顔をする。クリエスとて巨乳は大好物だが、考古学に興味などなかった。
「せっかく港町エロスに来たんだから、楽しんでいけばいいのにのぉ」
「俺はエルスだと聞いたけどな!?」
そうとも言うなと老婆。どうにもツッコミ疲れてしまう。
エルスに到着してから出会う女性はスケベ過ぎる。土地柄なのか、エルスの住人は割と性に寛容なのかもしれない。
「若いんだから我慢しなくてもいいのじゃよ?」
「我慢してんじゃねぇよ!」
どうやら老婆はクリエスの女難スキルに惑わされている感じだ。スキルランクが二つ上がったせいかもしれない。もし仮に女難スキルの影響であるならば、さっさと剣を決めてクリエスは退店すべきだ。
『旦那様、この剣ってオリハルコンですよ?』
そんな折り、ミアが指さす。乱雑に突っ込まれた一本の長剣。かなり黒ずんでいたものの、彼女はそれが稀少金属であるオリハルコン製だという。
『マジ? 銅貨一枚なら安すぎるだろ?』
心の中で問う。もし仮にオリハルコンであったなら、即買いすべきである。
『この紋章は見覚えがあるぞ! 妾をショック死させたあの男が使っていた意匠じゃ!』
イーサもまた意見する。しかも彼女はこの剣を以前に見たことがあるらしい。イーサは意匠だと話したけれど、確かに剣の腹には見慣れぬ文字で銘が刻んである。
【ツルオカ】
クリエスだけでなく、イーサとミアも読み方を知らないようだ。業物によくある工房の意匠なのかもしれない。
『どう読むんだ、これ……』
『恐らくは古代文字じゃの。あの男が持っていたのだから、きっと業物じゃぞ!』
『マジで? 呪われるとかないだろうな?』
幾ら名剣であっても、妖刀や邪剣の類では扱いきれない。クリエスに祓える程度であれば問題はないが、生憎とステータスは四分の一にまでダウンしているのだ。
『呪いの類はない。婿殿、安心せい』
『霊の反応もありませんよ、旦那様!』
意外と役に立つ悪霊の二人。呪いを受けたり、霊が取り憑いていることはないようだ。
「婆ちゃん、この剣にするよ!」
「男らしい決断力だの。全部で銅貨二枚に負けてやろう」
銅貨三枚のところを二枚に負けてくれるという。ビッグナスビ級のサービスを断ったからか、或いは単に在庫整理できたからか。クリエスは思わぬところで節約できていた。
「兄さんや、次の来店時にはビッグナスビもよろしくの!」
「だから、いらねぇって!」
年寄りのジョークなのかさっぱり分からないが、クリエスは手を振ってお婆さんと別れた。このあとの用事は宿を探すだけである。
しかし、宿探しは難航してしまう。大通りにある宿屋は軒並み銅貨十枚以上。しかも素泊まりであって、食事は別に用意する必要があった。
「交易で賑わっているにしても高すぎるな。かといってエロサブマスターの部屋に泊まるなんてできないし……」
リリアなら食事付きで銅貨一枚であるが、色々と搾り取られてしまう。妙齢でもあるし、下手な別れ話は前世と同じ結末を迎えてしまうはずだ。
クリエスは街中を歩き回り、そのうちガラの悪いスラム的な通りへと辿り着く。
引き返そうかと思うも、眼前には『三日月亭』という酒場兼宿屋があった。また看板には一泊銅貨一枚と書かれている。
「どうみても俺は新人だしヤバいかな。でも、この値段は魅力的……」
クリエスが二の足を踏んでいると、
『婿殿、妾に全て任せておけ。強力な爆裂魔法や催淫スキルを持っておる。恐れることは何もないのじゃ!』
イーサがクリエスの背中を押す。さりとてクリエスは軽蔑するような薄い視線を向けている。
「名もなき男に看破されたスキルなんぞに期待しねぇよ……」
イーサの申し出は心強くもあったけれど、彼女がスタイルを馬鹿にされただけでショック死してしまう豆腐メンタルなのは明らかだ。
『旦那様、悪漢が襲ってこようものなら、私の腐食術や死霊術にお任せください!』
「街中に死霊なんていねぇよ。お前にも期待していない」
二人の存在は少なからずクリエスに安心感を与えていたけれど、よくよく考えると役に立ちそうにない。強者であるはずのイーサでさえ、名もなき男に負けているのだから。
「男は度胸だ。やっぱ銅貨一枚ってのは捨てがたい……」
今やクリエスのステータスは四分の一である。取り憑いた二人が輪廻に還らぬせいで、成人男性の平均より少し強い程度。酒場には荒くれ者が集っているはずだし、踏み込むのには不安しか覚えない。
「取り憑かれる前に祓うべきだったな……」
如何に強大な悪霊といえども、レベルアップ直後のステータスであれば祓えたかもしれない。実際に取り憑かれた今となってはだが、悪霊に隙を見せたのは失態であった。
「よし、行くぞ……」
クリエスは堂々と三日月亭へと入っていく。それこそ新人だと思われてしまえば舐められてしまうだろうと。
昼間だというのに、一階は酒を飲む者たちで溢れていた。だが、それは想定内だ。治安が悪そうなストリートにある酒場が落ち着いた雰囲気であるはずがない。
一つ息を吸ってから、クリエスは奥のカウンターにいた店主らしき男に声をかける。
「宿泊したいのだが?」
ここまで酔っ払いに絡まれなかったのは幸いだが、受付の店主もまた筋骨隆々であり、善良な市民であるようには思えない。
「金は持ってるのか? 一泊銅貨五枚だ……」
クリエスは早速と吹っかけられてしまう。看板には銅貨一枚だと書かれていたのだ。店主はクリエスをカモだと思ったのか、五倍の料金を吹っかけていた。
『旦那様、このようなクソ野郎は腐乱死体にしてやりましょう!』
『婿殿を愚弄するなど許せぬ! 魂が壊れるまで痛めつけてやるわ!』
店主の対応に悪霊の二人が荒ぶっている。物騒な話にクリエスは不安げな表情を浮かべていた。
次の瞬間、クリエスは身体の自由を失う。どうしてか勝手に口が動き、意図せず言葉を発している。
「おいクソハゲ、貴様は妾を怒らせた。今さら後悔しても遅いぞ? このゴミ溜めが貴様の墓標となるのじゃ!」
『おい、やめろ!』
勝手に喋り出したのは明らかにイーサだ。彼女を制止しようとクリエスは心の中で叫ぶも、イーサは少しも聞く耳を持たない。憑依していた彼女は完全にクリエスの身体を乗っ取ってしまう。
「爆散せよ! 妾の怒りは永遠に貴様の魂を破壊し続けるのじゃぁぁっ!」
クリエスが唱えたこともない呪文をイーサは詠唱し始める。身体中の魔力が手の平に集中していくのがクリエスにも理解できた。
「ゴミ掃除は得意ですの。貴方はたった今、生きる資格を失ったのです。聡明な旦那様を騙すなど、凡そ人の所業ではありません。蛆にまみれた廃棄物と成り果てなさい!」
ミアもまたクリエスの身体を乗っ取ったらしい。イーサの詠唱に割り込んでは謎の文言を口にしている。
『これは……マジでヤバいって!』
悪霊二人の詠唱に酒場全体が凍り付く。異様な魔力の圧縮は一般人でも容易に察知できたことだろう。
「ちょ、坊主すまん! ちょいとからかっただけなんだよ!」
「今さら四の五の言うな! 死をもって償うがいいのじゃ!」
「貴方は今より腐り果て、生きながら標本となるのです! 下水道に飾り付けてあげましょう!」
並列起動する魔法陣。その強大な魔法は尋常ではない魔力波を発している。
刹那に店全体が軋むような音を立てた。ろくな建て付けではない三日月亭は魔法の発動前であっても、既に倒壊してしまいそうだ。
『やめろっ!』
いきなり問題ごとを起こすのは得策ではない。だからこそ、クリエスは声を張る。この二人を止められるのは自分しかいないのだと。
『もう二度と口を聞いてやらねぇからな!――――』
一瞬のあと、禍々しい魔力波が消失。地響きすらしていたというのに、酒場は静まり返っている。ここが斎場であると言われたら、信じてしまうほどに。
『婿殿、妾はちょっとした余興のつもりだったのじゃよ……』
『私も脅かしただけです! 本気で標本にしようなどとは……』
即座に身体の支配権が戻されていた。悪霊の二人はクリエスに心酔しているようで、彼に嫌われることを良しとしないらしい。
頷くクリエスは店主に向かって言い放つ。
「俺の気が済むまで無料で宿泊させろ。新人だと思って舐めんなよ?」
「も、もちろんでさぁ。好きなだけご宿泊くだせぇ……」
店主は態度を翻す。肌に刺さるような魔力波を感じては流石に口答えできないようだ。
これにて予算的な問題は回避できた。しかしながら、部屋に入ったクリエスは不満げである。ベッドに腰を掛けて、悪霊の二人を睨み付けていた。
「お前たち分かっているだろうな?」
他人に見えないからと油断していた。まさか聖職者の身体を乗っ取ってしまうなんてと。
『婿殿、すまんのじゃ。妾はカッとなってしもうた……』
『私もです。旦那様の扱いが酷すぎましたので……』
動機は悪くないどころか有り難いものだ。しかし、二人は明確な殺意を持っていたし、イーサに関しては確実に宿ごと破壊していただろう。
「俺はルーキーなんだ。あまり目立つのは困る。あの場面も少し怖がらせるだけでよかったんだ……」
シュンとする二人。ここまで懐かれる覚えはなかったけれど、やはり女難にある好感度プラス補正が効果を発揮しているのかもしれない。
俯く二人にクリエスは頭を掻く。少しくらい反論があると考えていたのだ。こうも素直に反省されてしまうと文句もいえなくなる。
「まあ、次からは気を付けろ。これから先も俺はからかわれたり、時には暴力を受けるかと思う。他人からすれば害がなさそうな少年だからな」
『いやでも、旦那様はどうして少年の姿をしているのでしょう?』
クリエスの話にミアが聞いた。どうしてと言われても十六年しか生きていないというだけだ。彼女の問いに対する回答をクリエスは導けない。
『うむ、婿殿は立派な大人じゃというのに、幼い格好をしておるの……』
イーサもまた同意していた。二人はかなり上位の霊体である。よってクリエスは二人が何を見ているのか見当をつけていた。
「お前たちは俺の魂を見ているのか?」
そうとしか思えない。幾ら好感度上げのスキルがあるといっても、少年だと思えば異なる感情となるはずだ。
クリエスは記憶を引き継いで転生している。従って霊体である彼女たちにはそれなりの年齢に見えているのかもしれない。
『そうですね。旦那様は若く立派な成人男性です。身体は幼いですが……』
『うむ、妾のタイプじゃぞ? 身体もそのうち魂に追いつくじゃろう』
やはり二人はクリエスの本質を見抜いている感じだ。確実に転生しているのだが、格の違いか見透かされている。
小さく息を吐くクリエス。そういえばこの二人について詳しく調べていなかった。一人旅の話し相手くらいにしか考えていなかったのだ。
「これからお前たちのステータスを確認する」
ふと思い出す。加護としてもらった透視スキルが魔眼に昇格したこと。女性の裸を見てはならないと釘を刺されていたけれど、彼女たちは既に透けて見える霊体である。更には魔眼であれば、ステータスだけを見ることも可能だろうと。
「いくぞ、魔眼! 凶悪な悪霊の本質を見抜けぇぇっ!」
『悪霊はないのじゃ、婿殿……』
『ああ、旦那様が私を罵ってくれている……』
反応は様々であったけれど、クリエスの頭は痛まない。不気味に光る右目は彼女たちのステータスを明らかとしていた。
【名前】イーサ・メイテル
【種別】悪霊(サキュバス)
【ジョブ】魔王候補
【レベル】不明
【属性】不明
【性別】女性
【体力】不明
【魔力】不明
【戦闘】不明
【知恵】不明
【俊敏】不明
【信仰】不明
【魅力】不明
【幸運】不明
イーサの情報は自己申告したもの以外に判明していない。リトルドラゴンでは弱点まで表示されていたというのに。
「やっぱ悪霊じゃねぇか……」
『妾は善良な悪霊じゃて!』
この結果により判明するのはイーサがリトルドラゴンを軽く超える存在だということ。霊体となった今も強大な力を持っているはずだ。
続いてミアの情報を見る。しかし、彼女もまた同じことであった。
【名前】ミア・グランティス
【種別】悪霊(ハイエルフ)
【ジョブ】ネクロマンサー
【属性】不明
【性別】女性
【レベル】不明
【体力】不明
【魔力】不明
【戦闘】不明
【知恵】不明
【俊敏】不明
【信仰】不明
【魅力】不明
【幸運】不明
ミアもまた自己申告に嘘はない。しかし、あとはさっぱりだ。確実に格上である二人の情報は何も閲覧できなかった。
『婿殿、他に何か分かったかの?』
魔眼は右目が赤く光るので彼女たちも何かしらの情報を覗かれていたと分かったはず。イーサは特に隠し事などないような感じだが、問いを投げている。
「ああ、お前たちが祓うべき悪霊だってことがな……」
『酷いのじゃ!』
『旦那様ァァッ!』
魔眼による鑑定結果は時間の無駄ともいえる。しかし、熟練度を上げるためには今後も使用していくべきだろう。
「ま、とにかく明日からは依頼を受けて金を稼ぐ。またレベルを上げるために俺が魔物を倒す。だが、思わぬ強敵が現れた場合は手を貸してくれ。それくらいできるな?」
自発的に輪廻へと還らぬ悪霊なら利用するだけだ。先ほど見た感じでは、強力な魔物が現れたとしても、彼女たちが倒してしまうはず。
『不安ですが頑張ります。古龍を腐らせてドラゴンゾンビとして使役した経験くらいしかありませんけれど……』
「うん、ミアは大人しくしといてくれ。世界が滅びる」
古龍だなんてお伽話レベルである。勝利しただけでなく使役してしまうなど、やはり彼女はただの悪霊ではない。
『当然のこと妾も手助けするが、過度な期待はするな。矮小なる妾は大海を裂き、大地を消失させるくらいしかできぬ。婿殿、すまないな……』
「うん、お前も待機な。指示を出すまで勝手に動くなよ? 絶対にだ!」
どうにも世界に迫る終末の原因は彼女たちじゃないかと考えてしまう。ただの悪霊にしては強すぎる。地縛霊であったから良かったものの、浮遊霊に分類されていたのなら世界はとうの昔に滅びていると思う。
「ま、俺はしばらくレベル上げに専念だな……」
兎にも角にもクリエスの新たな人生が始まろうとしていた。
鍛錬に明け暮れた日々は終わりを告げ、レベルアップにてステータス向上を目指す。クリエスは強くなり、取り憑いた悪霊を祓わねばならない……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます