第010話 初めての戦闘

 旅立つことを決めたクリエス。決心が揺るがないうちに支度をし、レクリゾン共和国首都ダグリアから北を目指して歩くことに。


 街門の守衛に挨拶をし、いざ外の世界へと赴く。

「ダグリアは良い街だったけど、俺には満足できなかったな……」

 間違いなく主神のせいだと思う。主神が板胸であることが、街の女性をペチャパイにしているのだと。


 少しばかり気持ちが昂ぶっていた。クリエスは初めて冒険に出るのだ。安い長剣に革製の鎧であるけれど、見た目はいっぱしの冒険者である。


「ステータスもなかなかのものだろ?」

 クリエスは治癒士として働く傍ら、剣術の稽古やステータスアップのためのトレーニングに取り組んでいた。旅立ちの日を想定し、ソロでも戦える準備を充分にしていたのだ。


【名前】クリエス

【種別】人族

【年齢】16

【ジョブ】クレリック

【属性】光

【レベル】1

【体力】45

【魔力】55

【戦闘】33

【知恵】39

【俊敏】28

【信仰】52

【魅力】40(女性+40)

【幸運】2

【加護】シルアンナの加護

【スキル】

・透視(99)

・剣術(21)

・ライトヒール(100)

・ヒール(88)

・浄化(30)

【付与】

・貧乳の呪い[★☆☆☆☆]

・女難[★☆☆☆☆]


 治療院に勤めていたおかげで、クレリックの基礎魔法であるライトヒールは上位のヒールにまで昇格している。

 各種スキルは熟練度が100に到達すると昇格できるのだ。昇格先がないものもあるけれど、ヒールはまだまだ昇格していく神聖魔法である。


 また同じクレリックの基礎魔法である浄化は毒や呪いを解くための初級魔法。しかしながら、たまにしか使用する機会はなく熟練度は30とあまり伸びていない。


「しかし、ヒナは大丈夫なのか? 毎日トレーニングに励んでいる俺でさえ、戦闘は33で体力は45しかない。あと一年と三ヶ月くらいだし……。レベルアップにどれだけ効果があるのか分からないけど、十八歳までに200以上とか無理なんじゃないか?」


 クリエスはヒナを心配している。公爵家のご令嬢となった彼女は自由な時間が少ないはず。その中で課せられた条件を満たせるとは思えない。


「まあでも、俺はヒナに会いに行くって決めたんだ……」

 もしもヒナが十八歳で運命的な死を遂げるのならば、それまでに会っておきたいと思う。天界で交わした約束を果たすためにも。


 意気込んで出発したというのに、街道には少しも魔物が現れなかった。よって早朝から街を出たクリエスは一日でかなりの距離を進んでいる。


 ところが、夕暮となり、街道が森に差し掛かって直ぐのこと。急に茂みが音を立てた。ようやく魔物が現れたのかもしれない。


「盗賊か魔物。ここは透視を使って……」


 深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。転生前は何の役にも立たないと考えていた透視だが、この人生においてはかなり役立っていた。患者の病状を調べることもできたし、闇夜であっても夜目が利いたのだ。


「透視!」

 早速と茂みの中を透視してみる。そこに何がいるのか。暗がりに潜むものが何かをクリエスは判別しようとしていた。


 刹那に息を呑むクリエス。魔物であればゴブリン程度だと考えていたというのに、透視により判明するのは予想よりもずっと巨大な影である。


「ドラ……ゴン……?」


 不気味に浮かび上がるその影は一定の回答を導く。竜種としては小型であったけれど、その姿は明確にドラゴンであり、駆け出しの冒険者にとっては脅威そのものであった。


「マジかよ!?」

 逃げようと考えた直後、ドラゴンは勢いよく茂みから飛び出す。クリエスに噛みつこうと大きな口を開いて飛びかかってきた。


 透視を使っていたおかげで何とか躱すクリエス。逃げようとするも、ドラゴンはまたも素早く移動し逃げ道を塞ぐ。


「ちくしょう、速ぇな……」

 図体に似合わぬ軽快さであった。間一髪で噛みつき攻撃を回避したクリエスだが、逃げ切れるとは思えなくなっている。


「戦うっきゃねぇか……」

 まさか初めての実戦がドラゴンだなんて、想定外も甚だしい。しかしながら、逃げようとしても背後から噛みつかれるだけ。一本道の街道を戻るだけでは逃げ切れるはずもない。


「クソッタレ! 俺は支援職だぞ!?」

 クリエスは鉄剣で斬り付けていく。だが、ドラゴンは気にすることなくクリエスに体当たりを仕掛けている。


「ぐぁぁっっ!」

 一撃が重すぎた。クリーンヒットではなかったというのに、革の鎧は呆気なく破壊され、クリエスは後方へと飛ばされてしまう。


「ヒール!」

 直ぐさまヒールを唱えて立ち上がる。鎧のおかげで致命傷ではなかったけれど、現状は逃げることも戦うこともままならない感じだ。


 旅立っていきなりの窮地である。こんなところで輪廻へと還るために転生したのではない。


「透視!」

 再び透視を実行。暗視が可能なスキルであったものの、効果時間は十秒ほどしかなく何度もかける必要があった。

 どう行動すべきかと思考していたところ、


『透視の熟練度が100になりました』


 不意にクリエスの脳裏へと通知が届く。


 それはスキルの熟練度が最大値の100に到達したとの内容だ。シルアンナの加護により状態の変化が知らされている。


『透視は魔眼に昇格しました――――』


 続けざまの通知に息を呑む。どうやら透視には昇格先があったらしく、熟練度がマックスになったことで魔眼へと昇格を果たしている。


「マジ……?」

 スキルは基本的に魔力を失う。魔力切れとなれば術者は意識を保てなくなるのだ。透視程度で目眩を覚えることなどなかったけれど、昇格した魔眼ではどうなってしまうのか分からない。


「でも使うっきゃねぇなっっ!」


 効果の程は不明であったものの、透視から昇格したのだ。用途が拡がっている可能性は充分に考えられる。


「見通せぇぇ、魔眼ッッ!」

 瞬時にクリエスの視界が変化。これまでの透視とは明らかに異なっている。視界に浮かぶ文字。やはり昇格したスキルは新たな力をクリエスに与えていた。



【リトルドラゴン(幼体)】

【種別】地竜種

【属性】火

【レベル】30

【体力】198

【魔力】15

【戦闘】58

【知恵】8

【俊敏】51

【幸運】13

【説明】成体は幼体の約二倍。成体と比べて鱗が脆く、弱点も多い。



 ドラゴンのステータスや説明が視界に浮かんでいる。加えてドラゴン自体にも赤いマーカーのようなものが見えていた。


「魔眼の効果なのか……?」

 説明にある『弱点も多い』を鵜呑みにするならば、視界に現れた赤いマーカーこそが弱点であるはずだ。


「クレリックである俺に近接戦しろってか……」

 このタイミングでの昇格には世界の作為的な意志を感じずにいられない。

 クリエスは笑みを浮かべ、更には愛剣を握る手に力を込めた。


「いいぜ、やってやろうじゃんか!!」

 どうせ容易に逃げられない相手である。腹を括ったクリエスは果敢に斬りかかっていく。魔力が尽きて治癒魔法が唱えられなくなるまでは戦い続けようと決めた。


 リトルドラゴンに浮かぶ赤い点を狙って、クリエスは力一杯に鉄剣を突きつける。

「いけぇぇえええっっ!」

 先ほどは少しも効いた感じがなかったけれど、此度の攻撃では身体をくねらせ、小さく声を上げている。やはり赤いマーカーはリトルドラゴンの弱点に相違ない。


「柔い鱗が見えてんのか!?」

 反撃がないならばと、クリエスは攻撃を続けた。

 二度目の攻撃では鱗を破壊し、肉に突き刺さった感触がある。


「待ってろよ、ヒナァアアア!」

 一気呵成に攻め立てていく。しかしながら、小型の地竜種とはいえ、ドラゴンは生態系の頂点に君臨する魔物だ。簡単な相手ではないことくらいクリエスにも分かっていた。


「ちっくしょう、ヒール!」

 弱点が分かったとして、一方的な戦闘とはならない。クリエスは少なからず反撃を受け、戦いは両者共が決め手を欠いて疲弊していくだけであった。


「ヒナの巨乳を拝むまでは死んでも死にきれねぇえええっ!」

 既に上半身を覆う鎧はなく、攻撃を受ける度にクリエスは体力を失っている。その都度ヒールをかけていたけれど、買っていた魔力回復ポーションの残数が気になり始めていた。


「魔眼よ、弱点を晒せぇぇっ!」

 それでもクリエスは諦めない。消耗戦の先に勝利があるのだと疑わなかった。


 幾度となく斬り付け、どれほど攻撃を受けたことだろう。つぶし合いともいえる戦闘の結末。魔力回復ポーションを飲み尽くしたクリエスの敗戦が濃厚となりつつある。


「クソが……」

 リトルドラゴンも間違いなく疲弊している。だが、流石は竜種であった。逃げることなく向かってくる様子は、決定的なダメージを与えない限り戦闘が続くのだと予感させている。


 酷く頭が痛む。どうやらクリエスは魔力切れの兆候を来しているらしい。

「ヒナ……」

 天界での約束。クリエスの意識を繋ぐのはそれだけであった。世界を救うだなんて大仰な使命など今は考えられない。クリエスはこの先にあるはずの希望に縋るようにして無理矢理に身体を動かしている。


「俺はヒナと再会するんだぁぁっ!」

 声を張り、力を絞り出す。この窮地を生き抜く明確な目的がクリエスを支えていた。


「まだ俺は生きてぇぇんだよォォッ!!」

 絶叫しながらクリエスは鉄剣を振る。声を張っていないと、もはや意識を保てそうになかったからだ。


 力の限りに振り下ろしたその攻撃は今までと大差がないものだ。けれど、結果として明確な違いをもたらせてもいた。


『サブジョブ【剣士】を獲得しました』


 不意に知らされたのはジョブに関するもの。ジョブはクレリックであったはずが、どうしてか剣士を獲得したという。


「剣士!? どうなってんだ!?」

 困惑するクリエスだが、とりあえずは距離を取ってステータスを確認。何がどうなってしまったのかを知ろうとして。



【名前】クリエス

【種別】人族

【年齢】16

【ジョブ】クレリック(剣士)

【属性】光

【レベル】1

【体力】60

【魔力】55

【戦闘】52

【知恵】39

【俊敏】28

【信仰】52

【魅力】40(女性+40)

【幸運】2



 上がりにくかった体力値と戦闘値が一度に跳ね上がっていた。また通知にあった通り、ジョブのクレリック表示に剣士が追加されている。


 ゴクリと唾を飲み込むクリエス。心身共に疲れ果てていたのだが、確実に強化された戦闘値は彼の心を強くした。


「俺はまだ戦える……」


 再び剣を構えるも、クリエスの視界に影が映り込む。

 刹那に攻撃であると察知し、クリエスは素早く後退。けれど、それは今までのような噛みつきや前足での攻撃ではなかった。クリエスを襲ったその攻撃は長い尻尾を振り回す範囲攻撃に他ならない。


「ウソだろっ!?」

 尻尾の攻撃範囲から逃れられる術はなかった。よってクリエスは決断する。リトルドラゴンの尾が向かってくるのなら、その攻撃に合わせるだけだと。ある種の開き直りをクリエスは見せていた。


「まだ死ねないんだ……」

 ゴクリと唾を呑み、クリエスは鉄剣を振り上げている。


「俺はこの手に掴み取るだけだ!!」

 襲い来る尾に合わせ、力の限りに振り下ろす。それこそ全身全霊の力でもって。


「大いなるヒナの双丘をなぁぁあああっ!」


 体力も魔力も限界であったけれど、クリエスは気合いを乗せて愛剣を振り切っている。

 刹那に霞む視界を横切る巨大な影。それはクリエスをかすめるようにして後方へと飛んでいく。


 ここでクリエスは初めて手応えを感じていた。何かを綺麗に切断したような心地よい感触が手の平に残っている。


「切断したのか……?」

 眼前で悶絶するリトルドラゴンを見る限りは明らかだ。リトルドラゴンの尾は胴体から切り離され、後方へと飛ばされていた。


 程なくリトルドラゴンは頭をもたげて咆吼する。流石に怒り狂っているらしい。だが、クリエスは再び剣を握る手に力を込めた。


 戦闘開始から初めて勝機を見出したのだ。ここが踏ん張り所であると理解し、クリエスは悲鳴を上げる身体を無理矢理に動かし駆け出している。


「くたばれぇぇえええっっ!!」

 眉間に見える弱点。今までは噛みつきを恐れて避けていた場所だ。開き直ったクリエスは反撃を恐れることなく全力で剣先を突きつけていく。


 瞬時に響き渡る金属音。力の限りに突き上げた鉄剣は根元から折れてしまう。けれど、クリエスの愛剣は目的を遂げてもいた。


 折れた刀身はリトルドラゴンの額に奥深く突き刺さっていたのだから……。


 耳をつんざく咆吼を上げたかと思えば、リトルドラゴンはゆっくりと頭を沈めて、徐に大地へと伏していく。


 荒い息を吐きながら、クリエスはそれを眺めていた。再びドラゴンが動き出すのなら、もう戦えない。クリエスに他の武器はなく、たとえあったとしても剣を振る力は残されていないのだ。


 呆然とリトルドラゴンを見つめている。倒れ込みピクリとも動かなくなったそれをクリエスは眺めるだけだ。

 やはり眉間に突き刺さった剣は致命傷であったらしく、リトルドラゴンは絶命していた。


「勝った……」

 流石にへたり込むクリエス。前世から考えても魔物を倒した経験などなかったというのに、初めて戦った相手が竜種だなんて今でも信じられない。改めて考えると、あまりにも無謀な戦いであったと思う。


 しばらくしてリトルドラゴンの亡骸から瘴気的な靄が漏れ出す。立ち上がる気力すら失われていたクリエスは危ないと感じつつもそれを全身に浴びてしまう。


「えっ……?」

 初めての魔物退治。前世において討伐されるゴブリンを見たことはあったけれど、目に見えて黒い靄が漏れ出していた記憶はない。流石に毒でも浴びたのかと不安を覚えている。


「ステータスに変化はないけど……」

 クリエスが安堵した直後のこと、


『レベル15になりました』


 聞き慣れぬ通知が届く。女神の加護は基本的に変化を伝えているのだ。だとすれば、先ほどの靄はシルアンナが話していた魂強度。リトルドラゴンが溜め込んでいた魂の力なのだと思う。確かにシルアンナは討伐者が魂の力を引き継げると話していたのだ。


 再びステータスをチェックするクリエスは愕然としていた。



【名前】クリエス

【種別】人族

【年齢】16

【ジョブ】クレリック(剣士)

【属性】光

【レベル】15

【体力】212

【魔力】151

【戦闘】159

【知恵】95

【俊敏】64

【信仰】145

【魅力】140(女性+40)

【幸運】10



 明確にステータスが跳ね上がっていた。最初は毒や呪いの類かと考えたけれど、どうやらレベルアップに不可欠な魂強度の吸収が先ほど起きたらしい。


「このステータスの上がりようは……?」

 レベルなんて概念はアストラル世界に存在しない。強さを調べる神具はあるけれど、詳細なステータスを確認できないのだ。従ってアストラル世界の人々にはレベルなど調べようがなかった。


 いよいよ女神の力を知らされている。クリエスは人が強くなるメカニズムを理解させられていた。強者を倒して強くなる。討伐者には魂強度を引き継ぐ権利があるのだと。


「待ってろよ、ヒナ……」

 確固たる自信が芽生えている。武器は折れた鉄剣しかなかったものの、クリエスは戦えると思う。

 だからこそ、欲望に満ちた台詞を口にする。未来は確定的であるのだと。


「お前の巨乳は俺のものだ――――」



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