第007話 転生

 留守番のポンネルによる報告を受けたディーテ。正直なところ、アストラル世界が魔王と邪竜の脅威から抜け出せるようには思えない。


『それで何とか改宗を止めさせようとしたのですけどぉ……』


 まだ悪い話が続くのかとディーテは気の抜けた返事をする。今以上に状況が悪化することなど考えられないが、既にポンネルは僅かな時間で10%以上も警報値やらを上げているのだ。追加の報告は心して聞く必要があった。


『近隣の村まで改宗するみたいですぅぅ!』


 ディーテは絶句している。ポンネル教が根付きやすいように信仰心の薄い小さな農村部を見習いの彼女に任せたのだ。それをエリアごと改宗させてしまうなど想定外も甚だしい。


「このポンコツ……」

「ディーテ様ァァッ! 今、わたしのことポンコツって言ったのですぅ!?」


「いいえ、気のせいよ。貴方の名前を呼んだだけ。それでポンネル、良い子だからワタシが側にいない場合は何もしないでください。何が起きても静観するように……」


 ディーテは釘を刺す。このまま彼女を放置していてはアストラル世界の終末が早まるだけであると。


『了解なのですぅ。ホリゾンタルエデンとかいう邪教が更なる動きを見せても大人しくしているのですぅ』


「ホリゾンタルエデン? ポンネル、直ぐに戻りますから、もう動かないでくださいね? 頼みましたよ?」


 些か不安がよぎるのだが、見習い女神のポンネルに行動させてはいけない。彼女が介入すると世界は更なる混乱に陥ってしまうはずだ。


 嘆息するディーテにシルアンナは疑問を口にする。クリエスたちを転生させる前に聞いておかねばならないと。


「それでディーテ様、警報の原因は究明できているのでしょうか?」


 シルアンナの問いにディーテは頷いている。主神である彼女はある程度理解しているようだ。


「実はポンネルも話していたホリゾンタルエデンという土着信仰が力を付けているのです。地平の楽園と称した教団が暗躍しております」


「ホリゾンタルエデンですか……?」


 それはシルアンナが初めて聞く教団であった。土着信仰は様々であったけれど、世界的に拡がることはまずない。小さなエリア内で完結することが多かった。


「その土着信仰が魔王候補の誕生と関係していたのでしょうか?」


「魔王や邪竜に関しては引き金となっている感じです。彼らの動きは世界の安寧に反しており、世界の穢れとなっています。それ故に災厄が生み出されやすい環境に世界は変貌しておるのです」


 今はまだ魔王候補の発生だけに留まっている。しかし、邪竜の発生値も上がっており、時間の問題なのかもしれない。


「現状では何とも言えませんが、恐らく災禍警報に格上げされた事実は魔王や邪竜以上の存在が現れる可能性を否定しません」


「それ以上の脅威ですか?」

「それこそがホリゾンタルエデンの目的ではないかと考えております。いわゆる邪神。彼らはそれを復活させようとしているのではないかと」


 まだ推測の範囲ですがとディーテ。更なる脅威は邪神という神格であるという。加えてディーテには思い当たる節があるようだ。


 しかしながら、ディーテはこの話題を打ち切ってしまう。シルアンナは詳しく知りたいと考えていたけれど、不確定な結論を伝えるつもりがなかったのか、ディーテは強引に話を転換している。


「さて、それでは二人に加護を与えましょうか。シルは陽菜に。ワタシはクリエス君に加護を与えます」

「陽菜に超怪力を与えるのでしょうか?」


「ここは陽菜のやる気に期待しましょう。ジョブがクレリックであるクリエス君はやはり後衛職です。透視スキルは熟練度により支援として役立つこともあるでしょう。それに伸ばすべきは支援魔法であって、剣術まで求めると中途半端になる恐れがありますから」


 納得した様子のシルアンナ。ニコリと微笑みを返していた。

 いよいよディーテたちは転生の準備を始める。超怪力を陽菜に与え、透視をクリエスへと授けることに。


「陽菜は十八歳までに制約条件の規定値を超えておくこと。更には戦闘スキルを身につけておきなさい。せっかく制約条件を満たしても、スキルがなければ戦えませんからね」


「ディーテ様、スキルは転生後でも覚えられるのでしょうか?」


「貴方に与えたのは女神の加護であり、転生者の特権なのです。アイテムボックスやステータスの閲覧が可能となるだけでなく、主神との交信もできる稀有なスキル。一般的なスキルとは異なるものであり、基本は努力によってスキルを獲得します。住人たちは生活に役立つスキルを一つずつ手に入れていくのですよ」


 陽菜は頷いている。生き抜かねば意味はない。制約条件を満たし、夢を叶えるためにはスキルが必要なのだと思う。


「クリエスも一応は戦闘訓練をしてね。転生場所は南大陸にあるレクリゾン共和国。両大陸を合わせても唯一のシルアンナ教国なんだけど、平和で良い国だから」


 シルアンナも説明をする。クリエスは元々南大陸のアーレスト王国出身であったが、信仰が異なるレクリゾン共和国へと転生することになった。


「レクリゾンって南東の弱小国だったと思うが? そこは大丈夫なのか?」


「南大陸の東側はディーテ様の信仰がまだ薄い場所なのよ。私の信徒は東部にしかいないわ。確かに弱小だけど、周りのディーテ教徒たちはそれほど攻撃的じゃないし、戦争状態でもないからね」


 クリエスが知る限り、ディーテ教徒はかなり熱心であった。よって異教徒として迫害を受けないかどうかが気になってしまう。


「レクリゾン共和国の首都ダグリア周辺には、そこそこ強い魔物が現れるし、鍛錬の選択肢も色々とある。でも巨乳な彼女は自分で探しなさい。ちなみに女性の服を透視すれば、頭が割れるほど痛む制約を付けておいたからね」

「余計な事するなよな!?」


 クリエスは透視を使って巨乳女子を探そうとしていた。しかし、既に見透かされていたらしく、対策として制約を勝手に付与されている。


「陽菜と合流するのは充分な基礎訓練を終えてからでいいわ。既に魔王候補は誕生しているけれど、脅威となるまで時間がある。成人するまでに神聖魔法を習得し、尚且つ一人でも戦えるように鍛錬するのよ? 陽菜や魔王候補がいる北大陸には一人で向かわねばならないのだから」


 アストラル世界の成人年齢は十八歳だ。陽菜とは異なり、クリエスは成人したあとも存在が許されている。北大陸への道中は当然のこと、場合によっては先に陽菜が輪廻へと還ってしまうので、ソロでも戦える準備が必要だという。


「おいヒナ、絶対に制約条件を満たすんだぞ? 透視を封じられた俺にはお前が必要なんだ……」


 前世の経験から巨乳な彼女を手に入れるのは難しいと分かっている。だからこそ、将来有望な陽菜を予約したいと願う。


「もしも、お前が手に入るのなら他には何もいらない――――」


 続けられた台詞に、不覚にも陽菜はときめいていた。

 他の全てを擲ってまで自分が欲しいだなんて。漫画の主人公が口にするようなキザで甘い台詞は陽菜の心に突き刺さっている。しかし、同時に彼女を困惑させてもいた。


「わた、わたくしは別にその……」


 返答すべき言葉が上手く口を衝かない。前世ではこのような場面など一度もなかったのだ。ずっと女子校だった彼女にとって、告白のようなクリエスの台詞に対処する術はない。


「約束してくれ。来世は俺の隣にいることを……」


 ジッと見つめられ、陽菜はようやく返事としての頷きを見せた。


 死後にあった邂逅。それだけでもドラマチックで漫画にあるようなシチュエーションである。真っ直ぐに向けられた好意には明確な下心が見え隠れしていたけれど、陽菜はどうしてか嬉しく感じていた。


「クリエス様、承知いたしました。転生を認めていただいたわたくしに異論などありません。必ずや再会いたしましょう」


 男性の欲望は表紙買いをした同人誌によって理解しているつもりだ。世間知らずな陽菜は男性全般が同人誌の内容通りであり、クリエスが異常な性癖を持っているとは考えていない。だからこそ快諾の言葉を返していた。


 二人の遣り取りを微笑ましく見守っていたディーテ。彼女たちの約束が果たされることを願うけれど、本心では難しいとも考えている。


 何しろディーテは今回の召喚が大失敗だと考えていたからだ。スキルを含めて散々な結果であったと。彼女にとって制約として課した十八年は神力を貯めて再召喚するための期間でしかなかった。


「陽菜、貴方が生を受けるテオドール公爵家は北大陸の西端にあります。グランタル聖王国という強国にあって、ディーテ教の総本山がある場所です。必ずや貴方の力になってくれるでしょう」


 ディーテが陽菜の転生先について話す。

 考えるに陽菜はクリエスよりも楽な転生先であるらしい。アストラル世界の九割がディーテ信徒であるのだから、有利な立場を選びやすいのだろう。


「最後にジョブに関して説明しておきます。クリエス君はAランクのクレリック。陽菜はDランクのJKというエリア限定ジョブです。魂ランクはステータス値の伸びに直結しており、陽菜はクリエス君よりも明らかに成長しにくいはず。しかしながら、ステータスや名声を上げていけば、上位ジョブにジョブチェンジできる場合がございます」


 ディーテはジョブについての説明をしていく。主に陽菜に向けての話であったけれど、クリエスにとっても重要な内容である。


「英雄クラスであるSランクジョブにもなれば、補正値が加わり莫大なステータス値が加算されることでしょう。けれども、簡単ではありません。何しろジョブは世界が決めること。世界に認められることが必要だからです。貴方たちは世界に認められるよう精一杯に努力すること。自ずと示された道を歩み、世界を救って欲しいと思います」


 どうやら世界という概念が女神とは別にあるようだ。ディーテ曰く、女神の加護以外は世界の管轄であり、スキルやジョブの昇格はそのときどきで世界が決定するらしい。


「ディーテ様、というとわたくしのジョブも地球世界が選定したものなのでしょうか?」


「そういうことになります。ですので、地球世界のジョブを持つ陽菜をアストラル世界は既存のジョブに当て嵌めて存在を許すことでしょう。従って上位のジョブが用意される可能性は高いです。また成長や世界の認識が新たなジョブの扉を開く切っ掛けとなります。要は努力し続けることで貴方も強くなる可能性を見出せるというわけです」


 頷く陽菜。どうせ一度死んだ身なのだ。努力し続けて夢を叶えようと思う。


 一方でクリエスは何の問題もないらしい。陽菜が巨乳であると分かっただけで、彼は此度の転生に意味を見出しているのだから。


「二人とも、教会を見つける度に主神に祈りを捧げなさい。使徒である貴方たちと主神は繋がっております。指示や忠告もできますし、祈りはワタシたちの神力に直結しますからね。怠ることのないように願います」


 最後に転生する二人に対して指示を出した。主神に祈ること。それは適切なアドバイスがもらえることであり、ひいては主神の力を増幅させることなのだと。


「さあ、旅立ちなさい。見事アストラル世界を救い出したそのときには特別な褒美を授けます。貴方たちが努力を惜しまぬこと。勇気と信念により救世主となれるよう期待しております」


 ディーテがそういうと、クリエスと陽菜の身体を神々しい光が包み込んだ。


 まさに神の御業。女神であると知っていた二人も驚きを隠せない。

 輝きが消失していくのと同期をし、二人の身体が透けていく。


 今まさにアストラル世界へと二つの魂が旅立ち、新たな生を受けることになった……。



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扉絵を描きまして近況に貼ってます。

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