第004話 主神ディーテ(爆乳)

「「ディ、ディーテ様……?」」


 喧嘩中に現れた女神ディーテにシルアンナは取り乱し、愛と呼ぶべき熱い信仰心を持っていたクリエスは直立不動である。


「あら、シルはもう召喚したの?」


 アストラル世界の主神ディーテは部屋の雰囲気を少しも感じ取っていない。二人は口論の真っ最中であったのだが、優しい微笑みを向けている。


「ディーテ様! 俺は貴方様を愛しています!」

「あっ! こら、やめなさい!」


 思い切りディーテの胸に飛び込んでいくクリエス。シルアンナの制止も聞かずに、無礼にも豊満なディーテの胸に顔を埋めている。


「あらあら? シル、この子は同界転生で喚んだのね?」

 既に状況は飲み込めているらしい。自身を知る魂が異世界にいるはずもないのだからと。


「ええ、私は神力が足りませんし。だけど、そいつ私の信徒にはなりたくないって……」


「だって、こいつはド貧乳なんです! そんなの女神じゃない! うわぁぁん!」

「なんですって!?」


 再び罵り合いが始まるかと思えば、ディーテはコホンと咳払いをして二人を諫めた。


「静かに! 二人とも仲良くしなさい! これからとても大事なお話をします。魂とはいえ、君にも関係のある話なので、ちゃんと聞きなさい……」


「自分はクリエスです! ディーテ様、俺は貴方様に全てを捧げた男です!」


 即座に自己アピールを始めるクリエスにディーテは頷く。美と豊穣の女神に相応しい上品な笑みにより、クリエスは再び直立不動となる。


「アストラル世界は千年前にあった災禍警報時よりも危うい状況です。千年前は何とか回避できた魔王候補の覚醒ですが、此度はそうも上手くいかないでしょう。現状は災禍警報でありますが、魔王候補と邪竜が高確率で発生するなんて、いつ終末警報に切り替わってもおかしくありません。よってワタシはこれより異世界召喚を行います。副神のシルにはサポートを引いてもらおうと考え、足を運んだのです」


「ああ、すみません。先走ってしまいました……」


 ディーテの話にシルアンナは頭を下げる。警報を聞いて直ぐさま行動するよりも、ディーテの指示を仰ぐべきであったと。


「それでシル、まだ引き直せる神力はあるの?」

「それが110しかなかったので、あとは無料のスキルガチャが一回引けるだけです」

 シルアンナの返答を受け、ディーテは頷いてみせる。


「じゃあ、クリエス君のステータスを見せてくれるかしら? それによってワタシも引き直す必要がありますからね」


 ディーテはシルアンナから女神デバイスを受け取る。早速と召喚したクリエスのステータスをチェックし始めた。


「あら? クレリックとか助かるわね。しかもAランクとか凄いじゃない?」

「ありがとうございます!」


 お褒めの言葉にシルアンナは笑顔を見せる。正直に自分でもステータス上は当たりを引いたと思っているのだ。


「んん? この子どうやら呪われてるわね?」


 ここでディーテは眉根を寄せた。ステータス評価は満足いくものであったけれど、どうやらマイナス面がクリエスにはあるらしい。


「魂に付随する先天スキル『女難』もマイナスだし……」

「ディーテ様、俺が呪われてるってどういうことです!?」


 ディーテの話に堪らずクリエスが問いを投げる。女難は死因からも明らかであったけれど、呪われているなんて考えもしないことだ。


「前世でよほど強い感情を向けられたのね。貴方には【貧乳の呪い】という厄介なものが付与されているわ」


 説明を受けてクリエスは理解する。その単語には思い当たる節がありすぎた。呪われたのは間違いなく前世最後の場面。刺し殺されただけでなく、強力な呪いを受けてしまったらしい。


「おのれ貧乳! ディーテ様、やはり貧乳はこの世から絶滅させねばなりません!」


「落ち着きなさい、クリエス君。世界には需要と供給というものがあるのです。貴方の好みと違うからといって否定してはなりません。仮にド貧乳であったとしても、極めてごく稀にそういった女性を好む男性が、ほんの僅かに存在するのですよ。そうよね、シル?」


「ソ、ソウデスネ……」


 白目を剥くシルアンナ。悪意しか感じない問いに、まともな返事ができるはずもない。


「ディーテ様、ならば了解しました! 全身全霊でもって貧乳を保護させていただきます!」


 従順な下僕のようなクリエスを見て、シルアンナは溜め息を吐く。先ほどは少しも自分の話を聞いてくれなかったというのに、ディーテであれば彼は全てを聞き入れてしまうのだ。


「あんたねぇ、私も女神なの。そこんとこよく考えてよね?」

「るせぇよ。俺はディーテ様の信徒だと言っただろうが?」


「クリエス君、シルに謝りなさい。今より貴方はシルアンナの庇護下に置かれます。布教及びワタシたちに助力すること」

「承知いたしました。ディーテ様が仰る通りに……」


 なけなしの神力で召喚したというのに、これではまるでディーテが召喚したみたいである。

 不満げな表情をするシルアンナであったけれど、彼女は解消すべき疑問を口にしていた。


「それでディーテ様、呪いって危ないやつですかね?」


 もし仮に自身が召喚した魂に欠陥があるというのなら、世界を救う上で問題になるのではないかと。


「貧乳の呪いはパーティーメンバーが巨乳であればステータスダウンを引き起こすようです。また巨乳女子の数が増えると呪いのランクが上がり、更なるダウンを引き起こしてしまいます。また先天スキルの女難は女性の好感度が上がりやすい代わりに、トラブルを引き寄せてしまうといったものですね……」


 身に覚えがありすぎて、クリエスは絶句している。自分時間でつい先ほど体験したばかり。労せずして女性を口説き落とせるのだが、結果として彼は刺し殺されている。


「ディーテ様、その呪いをどうにかできませんか? 私はガチャを引き直す神力を持っていませんし……」


 シルアンナはそのように願う。自身が引き当てたクレリックは優秀なステータスを持っている。だからこそ呪いさえ何とかなれば、ディーテの役に立てるのではないかと。


「もちろん何とかするつもりですよ。Aランクのサポートなんてなかなか排出されませんしね。警報中の特例を使用する予定です」


 小首を傾げるシルアンナ。警報中の特例は女神養成所で学んだけれど、現状で使用できる特例があったかどうかを思い出せずにいる。


「どうするおつもりですか?」


「警報発令中における女神は助け合わねばなりません。世界に送り込める魂の数は女神一人につき一つまでと決まっておりますが、付与スキルに関しての規定はございませんからね」


 女神は五十年に一人しか召喚魂を世界に送り込めない。予定にない強制転生は世界を歪めるからであり、世界を支える女神の数と同数までしか転生させられなかった。また、その理は警報時であろうと変わらない。


「ひょっとしてクリエスにスキル付与してくれるのでしょうか?」


 シルアンナはようやくディーテの意図に気付く。緊急時には加護として与える付与スキルについて制限が撤廃されるのだ。


「ええ、そのつもりよ。シルは神力が充分ではないでしょう? 加護くらいはワタシに任せておきなさい」


 世界の九割以上がディーテ信徒であることを考えると、副神のシルアンナには加護として与えるスキルまで神力を残せるはずもない。


「ありがとうございます! ディーテ様はどれくらい神力をお持ちなんですか?」

「ワタシ? 現状は一億ですね……」


 衝撃の神力量に目を丸くするシルアンナ。やはり世界の主神は違うなと感嘆の声をあげている。


「では早速、スキルの抽選を始めましょう。サポート特化のプレミアムガチャを回しましょうかね……」


 スキルガチャにおける使用神力の半分は最高神や男神たちがいる天上界への寄付となり、男神たちはそれらの神力を使用し、新たな世界を構築していくという仕組みである。



【プレミアムスキルガチャ(サポート特化)】

【使用神力】10000神力

【キャンペーン】

・サポートスキル率99%

・★5排出率90%

・★4排出率9%

・ステータスアップや有能サポート能力を得られます。



「一回に一万もかかるのですか!?」

「仕方ないわよ? ごちゃ混ぜのガチャを回すより、ピンポイントで回した方が結果的に安くつくからね」


 スキルガチャは排出後、10分以内に加護として与えるかどうかを決めなければならない。また保留しておくことができない仕様となっているため、女神は即座に決断する必要があった。


「さあ、いくわよ!」


 緊張の一瞬。女神デバイスが光を放ち、直ぐさま結果が表示された。



【根性】戦闘値3%アップ

【レアリティ】★★

【種別】戦闘スキル



「えっ?」

 この結果に唖然と固まるシルアンナ。どう考えてもディーテが間違ったガチャを回したとしか思えない。サポートスキル排出率は99%であり、★3スキル以下が排出される確率は1%しかなかったのだから。


「ディ、ディーテ様でもケアレスミスをされるのですね!」

「いえ、違います。ワタシは少しばかりガチャ運が悪いのですよ……」


 フォローしたつもりが、シルアンナの指摘は間違っていた。どうやらディーテは女神でありながら、不運であるらしい。しかも極小の確率を引いてしまうほど、神がかった不運の持ち主であるという。


「まだまだ神力は残っております! シル、ワタシの生き様をよく見ておきなさい!」


 このあとディーテはガチャを回し続けるも、奇跡かと思える御業で薄いところを引き続けてしまう。既に彼女は一千万という神力を使用していたというのに。


「ディーテ様! ここは一旦休憩としてディーテ様の異世界召喚を行えばよろしいかと!」


 流石に気が気でなくなり、シルアンナが進言する。想像を上回る不運ぶりにディーテが召喚するための神力がなくなってしまうのではないかと。


「はぁ、はぁ……。確かに少しばかり熱くなっていましたわ……」


 どうやら不運ではあるけれど、のめり込むタイプのよう。連続で回し続けたディーテは我を失っていた感じだ。


「ならばワタシの異世界召喚を先に行いましょう。対象が二人になれば、どちらかに使えるスキルが引けるかもしれませんし……」


 ここで作戦変更となる。召喚した魂が二人になることで、スキルの無駄引きはなくなるだろうと。



【ハイパーエクセレント英雄召喚ガチャ(異世界)】

【使用神力】一千万

【内容】

・今ならSランクの排出超絶アップ!

・勇者や救世主に最適なガチャ



 超絶アップとの文言にシルアンナは苦笑い。それがフラグであるような気がしてしまう。


「いくわよ!!」


 目が血走るディーテ。既に美と豊穣の女神という面影はなくなっていた。

 即座に輝きを放つ女神デバイスはその画面に召喚情報を映し出している。



【ジョブ】遊び人

【性別】男性

【体力】D

【魔力】E

【戦闘】E

【知恵】D

【俊敏】D

【信仰】F

【魅力】D

【幸運】E

【召喚時間】三時間

【総合ランク】E



「どぉぉしてぇぇっっ!?」

 ディーテの甲高い声が業務室に響き渡る。


 頭を抱えるディーテにはかける言葉がない。既にシルアンナは一億という神力でも足りないのではと思い始めている。


「あと八回引けるわ!」


 こうなってくるとクリエスのスキルに使用した一千万が惜しくなる。完全な無駄引きとなった結果がディーテに重くのし掛かっていた。


「いけぇぇっ!」

 二度目のガチャ。デバイスが壊れるくらいの勢いでディーテは召喚ボタンを押す。



【ジョブ】ジゴロ

【性別】男性

【体力】E

【魔力】F

【筋力】E

【知恵】F

【俊敏】D

【信仰】F

【魅力】C

【幸運】E

【召喚時間】一時間

【総合ランク】F



「えええ!? Fランクを排出するなんて、このガチャおかしいでしょ!?」


 ハイパーエクセレントだというのに、ゴミ同然の魂が排出されている。

 このあとディーテは六回連続でEランクを引き、もうあとがなくなっていた。


「アストラル世界、滅びるかも……」


 嘆息するシルアンナ。正直にクリエスのスキルどころではなくなっていた。救世主となる柱がいないのだ。Aランクのクレリックだけで魔王や邪竜に対抗できるはずがない。


「次よ! ワタシはここぞというとき力を発揮するの! 見てなさい、シル!!」


 いよいよ最後の召喚である。どのような魂が排出されようとディーテはそれを採用するしかない。


「お願い! 最高神様、ワタシのアストラル世界をお守りください!」


 最後は祈るように召喚ボタンを押す。女神の二人が祈りを捧げるという意味不明な状況であった。

 輝きを帯びた女神デバイス。程なく画面に召喚結果を表示している。



【ジョブ】JK

【性別】女性

【体力】D

【魔力】F

【戦闘】E

【知恵】A

【俊敏】D

【信仰】F

【魅力】A

【幸運】F

【召喚時間】三時間

【総合ランク】D

【固有スキル】華の女子高生(制服を着用するとステータス20%増)



 望みをかけた最後のガチャであったが、敢えなく爆死。だがしかし、ディーテは両手を挙げて喜んでいる。


「や、やったわ! シル、遂にDランクを引いたわよ!」


 そういえば九回目にして初めてのDランクであった。かといって既に引き直すこともできないし、現実を受け止める必要がある。


「おめでとう……ございます。とても尖ったステータスのようで……」

 流石にツッコミを入れるなんてできない。歓喜する上司にハズレですと言えるはずもなかった。


「それでJKってジョブは何でしょうかね?」


 話題を変える目的でシルアンナは疑問を口にする。聞いたことがないジョブ。エリア限定の固有ジョブであるのは明らかだ。


「ちょっと待って。メガミディアで調べてみるわ」


 どうやらディーテも知らないジョブであるらしい。デバイスのタスクを変更し、ディーテはJKについて調べている。



【JK】女子高生の略語。地球世界にのみ生息。地球世界の一部地域では無双。



 唖然とする二人の女神。間違いなくジョブと表示されていたけれど、それが女子生徒を意味する言葉だなんて考えもしていないことだ。


「えっとディーテ様、本当にこの子を召喚するのですか? 確か地球世界は魔法やスキルがない世界だったかと……」


 魔法が使えなければ魔王や邪竜と戦えるはずがない。加えてジョブが学業に勤しむ者ならば、非戦闘員に違いないのだ。


「魔法に関しては努力次第よ。とりあえず召喚されるのを待って、幾つか質問してみましょう。そのあとで決めたとしても問題はありません」


 世界に送り込める魂は女神の数だけであり、各女神は五十年に一人だけしか転生させられない。だが、たとえ天界に喚び寄せたとしても、それは転生にカウントされないのだ。相応しくなければ輪廻へと還すだけで良かった。


「そうですね。引き直す神力も残っていませんし、何か特別な能力を持っているかもしれません」


 二人は最後の召喚対象を喚び出すことに。アストラル世界の窮地を救えるかどうかの判断は当人との面接後となる。


 対象の魂が前世から切り離されるまで三時間。嘆息しつつも待つしかない二人であった。

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