第003話 同界転生の結果

 全身に走る激痛や吹き出す血しぶきの記憶。明確に死を悟ったクリエスであったが、どうしてかまだ意識がある。


 咄嗟に身体を確認するも、なぜか血の跡も傷痕もない。そもそも痛みすら感じないなんて、クリエスには理解不能であった。


「ようこそ、クリエス……」


 ふとクリエスは声をかけられている。声の方を振り返ると、そこには薄い水色の髪をした少女が立っていた。


「君は……?」

「私は女神シルアンナ。シルアンナ教の主神といえば分かるかしら?」


 簡単な自己紹介をシルアンナは口にする。

 クリエスは元アストラル世界の一員なのだ。加えて聖職者であった彼ならば、信徒が少ないシルアンナ教であっても知っているだろうと。


「シルアンナ教? 何だそれは?」


 ところが、クリエスはまるでシルアンナ教を知らないようだ。まだ国教に定めた国は一つしかなかったけれど、シルアンナの教会がある国は彼がいたアーレスト王国と同じ南大陸にあったというのに。


「本気で言ってんの? 聖職者だったのよね?」


「俺はディーテ様しか眼中にない。他の教団には何の興味も持っていないからな。てか、ここはどこなんだ? 俺はさっきまでアリスと聖堂にいたはずなんだが……」


 クリエスが召喚されたのはシルアンナの業務室だ。文明レベルでいうとアストラル世界よりも天界はずっと進んでいる。従って、元いた場所と異なるくらいは彼にも分かったことだろう。


「ここは天界にある下界管理センターよ。君は先ほど死んだばかり。輪廻に還るところを寄り道してもらったのよ」


 小首を傾げるクリエス。死んだことは理解できたようだが、寄り道の意味合いが分からないらしい。


「天界に喚ばれた理由は? 俺が聖職者だったからか?」


「ジョブは関係ない。単に優秀な魂であったから。君の魂は召喚陣のサーチに合致し、転生する許可を得られた。私の使徒となり、再びアストラル世界に戻れるのよ」


 シルアンナはここも簡潔に伝えた。彼がもう一度人生をやり直せるという話。大凡、人は利己的であり、こういった場面では二つ返事で了承を得られるものだ。


 しかしながら、クリエスは首を振る。如何にも同意していないといった風に。


「無理だ。俺はディーテ様に全てを捧げた敬虔な信徒だからな。お前の力にはなれない」


「貴方はAランクの評価を受けた優秀な魂なのよ? やり直しには加護を与えられるし、二度目の人生はきっと素晴らしいものになるわ」


 説得を試みるシルアンナだが、クリエスは首を縦に振らなかった。自身が語った通りに、信仰を変えるつもりはないらしい。


「まいったわね……。同意がなきゃ転生させられないし……」


 転生は魂の同意があって初めて成される。魂が成仏し輪廻へ還ることを望むのなら、シルアンナは無理強いできない。


「ねぇ、希望とかないの? 一応は私も女神だからね。貴方の要望に応えられるはず」


 ガチャを引き直す神力がないシルアンナは尚も説得してみる。仮に転生させられなかったとして、神力は返還されないからだ。


「希望?」


 ここでクリエスに変化がある。首を振るだけであった彼が問いを返していたのだ。


「何でも良いのよ? 性別を変えたりはできないけれど、お金持ちの子供として生まれたり、貴族になったりもできる。貴方が私の期待に応えてくれるのなら、私は貴方の望みを叶えられるわ」


 粘る価値ありと見たシルアンナは攻勢を仕掛ける。高貴な者への転生は人生において勝ち組だ。そういった条件であればクリエスを軟化させられるに違いないと。


「いや、そんなのじゃねぇんだ……」


 クリエスはやや凄んだ声を出す。彼の様子を見る限り、どうやらシルアンナは間違った提案をしてしまったらしい。


「俺が望むもの。それが成されるのなら、同意してやってもいい」


 あくまで彼は強気である。相手は女神であったというのに、自身の手の平にあるかのような物言いであった。


 さりとて、シルアンナは頷いている。クリエスを説得できなければ、アストラル世界の危機にシルアンナは少しの関与もできなくなってしまうからだ。


 静かに語られていく。クリエスが何を望んでいるのかを。


「巨乳なガールフレンドが欲しい――――」


 告げられた希望に唖然とするシルアンナ。彼女は次なる待遇を考えていたところであったけれど、返答は予想とまるで違っている。


「巨乳……?」

 耳を疑ったシルアンナは思わず問いを返していた。


 転生の特典として望むにしてはささやかすぎる。そんな希望は生を受けるだけで幾らでも叶う可能性があるのだから。


「いや、どうしてまた? 転生したなら自分で気に入った子に告白すればいいじゃない?」


「違うんだ! なぜか俺の周囲は貧乳ばかり集まってしまう! ディーテ信徒は全員が巨乳好き。ただでさえ競争率が激しいってのに、どうしてか俺には巨乳が寄りつかないんだよ! ディーテ様のような超大巨乳と付き合いたいんだ。俺は金や地位よりも、巨乳な彼女が欲しい!」


 シルアンナは薄い視線を向けた。正直にこの召喚は失敗じゃないかと思う。高ランクの当選に浮かれていたけれど、そもそもおざなりガチャで引いた魂が大当たりであるはずもないと。


「確かにディーテ様は爆乳だけど、全員がそんなフェチじゃないでしょ?」


「愚弄するな! 我らディーテ教徒は大いなる双丘の下に団結しているのだ! ディーテ様こそが唯一神! 如何なる侮辱も許さんぞ!」


 どうやら地雷を踏んでしまったらしい。クリエスたちディーテ教信徒は考えていたよりもディーテに心酔しているようだ。巨大な二つの連山に彼らは導かれていた。


「ちょっと待って! 別に私はディーテ様と敵対してないから!」


「やはり邪教に違いない! 教団名からして悪そのものだろ!?」

 怒りに任せてクリエスは声を張る。シルアンナ教が邪教たる所以を。


「ペチャパイな教団など認めん!」


「シルアンナ教団よ! 耳腐ってんじゃないの!?」


 気にしていたのか、シルアンナは胸を押さえながら語気を荒らげる。流石の彼女もご立腹のようだ。


「チッパイナもチッサイナも変わんねぇだろ?」

「だからシルアンナよ! ホント生臭坊主ね!?」


 最早、転生の同意は得られそうになかった。双方が睨み合う状況で転生が成されるはずもない。


 ところが、二人の言い争いに終止符が打たれた。不意に現れた来訪者によって。


「シル、入るわよ……」

 唐突に業務室の扉が開く。応答を待つことなく扉を開いたのは金色の髪をした美しい女性である。


 部屋にいた二人は当然のこと驚くけれど、知らない顔ではない。

 現れたのはシルアンナの上司であり、クリエスにとっては信仰対象であったのだから。


 刹那に調和の取れた声が室内に響く。現れた者の名を二人ともが口にしたことで。


「「ディ、ディーテ様!?――――」」

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